右京たちは敦宅の右隣りにある家を訪ね、その門を叩いた。すると、ボサボサ頭の青年が出てきた。
小田原信介である。信介は「なんですか?」と言いながら目を逸らした。
右京が笑顔で挨拶する。
「どうも、こんにちは。昨日は〝一日に二度もお会い〟しましたねえ」
「いや、一度しか会ってないですから」
素っ気ない態度の信介を余所に右京はいきなり本題に入った。
「おや、そうでしたか……まあ、それはよいとして……今回は〝佐藤淳也さんのお部屋の窓から血の付いたナイフを投げ入れた件〟で、お話を伺いに参りました」
「「「「はぁ!?」」」」
信介と右京の後ろに居た三人は大きく口を開けながら固まった。
「恐らくあなたは僕たちが寺子屋近くの部屋を借りて会議をしているところをこっそり聞いていた。そこで霊夢さんが話した〝淳也さんが舞花さんに振られた〟という話を耳にする。それを知ったあなたは皆が寝静まった後、静かに家を出て淳也さんの家へ行き、窓が開いていることを確認してから、ナイフをそっと投げ入れて自宅へ戻った――違いますか?」
右京の推理を聞いた信介は取り乱した。
「ちょ、ちょ、何を言っているんですかぁ!? そんな訳ないじゃないですか!? 言い掛かりにも程がある!」
「僕は当たっていると思うのですがねえ」
「違う! そんな訳ない!」
「では昨日、あなたは僕たちが去った後、どこで何をしていましたか?」
信介は疑惑を向けられた事による憤りからか全力で叫ぶ。
「俺はぁ! 執筆活動で頭が一杯なんだぁ! ずっと、ここで作業していたぁ! 主人公と幼馴染の甘くて切なくてとろけるような場面を書き上げるために色々と想像を膨らませていたんだよぉぉぉ! 作業に夜中まで掛かったから疲れてさっきまで寝ていたんだぁ!」
どうやら、彼の恋愛小説には〝そういった〟場面があるようだ。
それを聞いた女性陣の目が一気に冷めた。
「なるほど……昨日はどこにも出かけていない。そういうことですね?」
「そうですよ!!」
「ふむふむ、困りましたねえ……」
右京はしばしの間、黙る。
それを証拠がないからと考えた信介が反撃に出る。
「だ、大体、証拠もなく人を疑うなんてどうかしてます! いくら慧音先生のお知り合いだからってやっていいことと悪いことくらいありますよ!」
「確かにその通り」
「ふ、ふん!」
信介は勝ち誇りながら腕を組んだ。後ろの三人も不安そうな顔で右京を見る。
しかし、刑事は顔に笑みを浮かべながらスマホを取り出し、昨日撮影した〝奇妙なモノ〟を表示させた。
「これ、あなたですよね?」
「はえ?」
そこには物陰に隠れる信介の姿があった。
「この機械はスマートフォンという表の世界の式神です。この式神はとても賢く、なんとカメラのように写真を撮る事ができるのですよ」
右京はスマホの画面をスライドさせて何枚もの写真を見せる。それらの写真にはコソコソ隠れる信介の姿が映し出されていた。
実は昨日の昼頃一人で行動していた刑事は何者かが自身の後を付けてくるのを察知。記念写真を撮るフリをして尾行者である信介の姿をカメラに収めていたのだ。
ごく自然にお喋りと写真撮影をする右京に信介はまんまと騙された訳だ。
現役刑事をまともに尾行できるのは公安やスパイくらいだろう。信介程度の素人ではすぐに気付かれて当然である。
無論、右京は魔理沙たちにもこれら数々の証拠画像を見せた。
信介は引きつった笑みを浮かべるが、これだけでは終わらない。
「それにこの式神の能力は写真だけではありません。動画という静止画を連続で描写してあたかもそれが動いているかのように見せる機能もあるのですよ。このように」
右京は動画を再生させた。音声付きの動画が流れる。
その動画は一分程だったが、信介がしっかりと右京の跡を付けていた様子が映し出されていた。
信介の声こそ聞き取れなかったが、彼が意図的に右京を付けていたのは明白である。右京の後ろにいる三人が鋭い目で信介を睨む。
信介はその凄味に圧倒されつつあったが、最後の抵抗に出る。
「こ、これはきっとあれだ……僕の〝生き別れた弟〟です、きっとそうです!」
「はぁ?」
信介の見苦しい言い訳に激昂しそうになった魔理沙が右京の前に出ようとしたが、刑事がそれを制止して「もう少しだけ僕に任せて下さい」と言った。
「生き別れた弟さんですか……随分、都合良く帰ってきましたねえ」
「きっと、俺を探していたんですよ!」
「それが何故、僕の尾行に繋がるのでしょう?」
「たぶん、あなたを俺と勘違いしたんですよ!」
「……何言っているのよ、この人」
霊夢はどうしようもなく呆れた顔で目の前のやり取りを眺めていた。
隣の慧音は怒りのせいか真顔になっている。そろそろ爆発するかも知れない。
右京は最後の詰めに入った。
「あなたの言い分だと、生き別れた弟さんが僕を信介さんと間違えて後ろからコソコソと付け回していたということになりますが……それでよろしいのですね?」
「そ、そうです。それしか考えられません!」
「わかりました――」
右京は確認を取ると、スマホを指で操作してボイスレコーダーを起動する。
そこには信介そっくりの声が入っており。
――クソ! 見失った! どこだよ杉下!
という音声が流れる。声の主は凍りついた。
「あなたの弟さんは一度、僕の姿を見失って焦っていました。その時、僕はあえて姿を眩ましたのですよ。これはその際、録音したものです。そうとも知らず、弟さんは僕を〝杉下〟と呼んだ。生き別れた弟が兄を呼ぶ際、果たして名前ではなく苗字で呼びますかねえ。僕には少し理解しがたいのですが――どうでしょう?」
「そ、そ、それは……」
信介はこれ以上の反論が思い付かなかった。
右京の後ろでは八卦炉を取り出す魔理沙、お祓い棒を手に取る霊夢、真顔で拳を打ち鳴らす慧音と地獄絵図が広がっていた。
慌てふためく信介に右京が顔を近付けてドドメを刺す。
「これ以上、誤魔化しても無駄です。今、君は僕たちに嘘を吐いた。しかも恩師がいるにも関わらず。何かやましいことがなければ普通そんなことしませんよねえ~?」
「い、いやその――」
「いい加減白状なさい! 周辺を調べれば何か証拠が出てくるかもしれません。罪が重くなりますよ――小田原さん!!」
相手の顔にギリギリまで詰め寄り威圧して竦ませる。杉下右京の必殺技である。
観念した信介はその場で華麗な土下座を披露する。
「すみませんでしたああああああああああああああああ! 許して下さいいいいいいいいいいいいいいいい!」
圧力に屈して自白する信介を右京以外の三人が取り囲むように近寄った。
「許してくれはないだろ?」
「あなたが殺したってことでよいのかしら?」
「この――馬鹿者が!!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
心が折れた信介は幻想郷の猛者二人と恩師に軽蔑されながら、右京に真相を語った。
事件前日徹夜で執筆活動をしていた信介は疲労で寝落ちしてしまい、気が付いたら昨日の十時頃に目を覚ました。
いつも通り鍵をかけてない窓を開けようとしたらその下に血で汚れたナイフが落ちているのを発見する。
最初は意味が解らなかったが、家の外で里人たちが「里の人間が殺された」と騒いでいると知って、直感的にこのナイフが凶器であると悟った彼はナイフを隠した。その際、指に血が付着してしまったので洗い流したのだが、不運なことにそのタイミングで右京が扉を叩いたのだ。
里人である信介は魔理沙や霊夢が有名人である事を予め知っており、彼女たちを引きつれてやって来た右京にバレたらマズイと思って誤魔化したそうだ。
その後、酷く腹が減った信介は遅い目の昼飯を食べに外出するもそこで一人きりの右京に遭遇。刑事が自分を疑っていないか調べるために尾行。寺子屋付近の空き部屋を突き止めて、話を盗み聴きしたそうだ。
と言っても会議の序盤、それもごく一部だけしか聞いておらず、会話の内容はほとんど知らないと語った。唯一、聞けたのは淳也の件だけだそうだ。周囲に人気もあり、バレたらマズイと思って早々に逃げたらしい。
そして、淳也が舞花に振られたと知った信介は彼の部屋にナイフを投げ入れれば彼が敦を殺したと疑われて自分は救われるだろうと考え、その日の深夜に実行したとのことだ。
右京たちは青年のあまりの身勝手振りに呆れ返った。
「アンタ、最低だな」
「どうしようもない人ね」
「呆れて物も言えん」
魔理沙も霊夢も慧音も信介の行動に嫌悪感を抱いていた。
右京は再度確認を取った。
「今、話した内容は本当ですか? 嘘は吐いてませんか?」
「本当です! 俺は殺してません!」
「どうだかなぁ」
「怪しいもんよね」
「はぁ……」
魔理沙と霊夢は信介を信用しておらず、慧音に至っては右手で頭を抱えている。自分のかつての教え子がこんな馬鹿なことをやらかしたのだ。
そのショックは大きい。もし、右京がいなければ何発か強烈な拳骨を叩き込んでいるはずだ。それくらい頭にきている。
そんな中、右京だけは。
「僕は、君が巻き込まれたのだと思っていますよ」
「本当ですか!?」
信介は救いの手が差し伸べられたと歓喜した。
「まず、君は僕が考えている犯人像とは異なります。君は非常に臆病で自己愛が強く、短絡的で倫理観に欠けている。なので、君は敦君殺しの犯人ではないでしょう。ですが――」
瞬間、右京はその目を鋭く尖らせた。
「君が我が身可愛さに淳也さんを事件に巻き込んだ。それは決して許されるべきことではありません。それ相応の報いを受けるべきです」
「そ、そんな……俺だって被害者なのに……」
「無実の人間を殺人犯に仕立て上げようとしたのは君です」
「だって、俺みたいな孤立している奴が巻き込まれたなんて言ったって誰も信じてくれるはずない――」
右京は信介の発言を遮った。
「君の性格が問題で誰からも信じて貰えないことと無実の淳也さんに罪をなすりつけることは全く別の問題です。それはどこまで行っても変わりません。無実の人間を犯罪者にしようとした君の罪も重いですよ? それも……表の世界で居場所を失い幻想郷にやって来てようやく人生を楽しめるという時に君は彼を巻き込んだのです。僕はそんな卑劣な行為は許しません。例え、幻想郷に明確な法律がなくても何かしらの罰を受けるべきです。君に甘えたことは言う資格はありません。どうか僕が真相に辿り着くまでの間、容疑者として牢屋でもどこでも構いませんから薄暗い世界に閉じ込められていて下さい。以上です」
右京は冷静かつ的確に信介が裁かれるべき理由を述べて、反論も許さないくらい徹底的に叩き潰した。信介は涙を流しながら地面にひれ伏し「すみませんでした……」と何度も繰り返しながら泣きじゃくっていた。
その姿に三人は驚く他なかった。論理的で少々、変わった人物ではあるが、彼の言い方にはどこか優しさと厳しさが混じっていた。
魔理沙は「どこぞの新人閻魔よりも閻魔らしいな」と。霊夢は「口うるさいだけの仙人に聞かせてやりたいわね」と。
慧音は「自分に同じことが言えただろうか」と刑事を見ながらそれぞれが何かしら考えさせられた。
しかし、これからこの三人は杉下右京という人物の本当の凄さを思い知ることになる。