相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第22話 幻想のボーダーライン

 信介を連行し、慧音が信介宅に戻ってきた頃には全てが終わっていた。

 右京の大声が聞こえたので急いで春儚の家に飛び込んだ慧音はその光景に絶句した。

 固まる魔理沙に目を見開く霊夢、項垂れる右京。慧音が叫ぶように問う。

 

「何があったんですか!?」

 

 右京は静かに事の顛末を話した。

 彼女もまた、視線を春儚の下へと落とす。そこには確かな憐みが込められていた。

 その後、慧音が里人を呼び、春儚の遺体は診療所に運ばれ、正式に死亡が通達された。

 

 里人たちがどよめく中、その様子を後方から右京たち三人が眺めていた。

 沈痛な面持ちの右京、ため息を吐く魔理沙、視線を落とす霊夢。まるでお通夜のようであった。

 右京は後の処理を慧音に任せ、気落ちしている二人を拠点まで連れて行った。部屋に着いた右京は二人を座らせた。

 

「お二人とも、お疲れ様でした」

 

「ああ……」

 

「はい……」

 

 二人の顔には疲れの色が見えていた。

 右京は独り言のように呟く。

 

「彼女は自殺用のトリカブトを取り出す隙を作るために僕を台所へと誘導し、証拠を確認する最中、お二人の前で自殺を図った。最後の最後まで七瀬春儚は演技を続けていた。そういうことでしょうねえ……」

 

 やられた相手を分析する刑事。その話を二人は無言で聞いていた。

 

「しかしこれで彼女が妖怪の研究に走った動機がわかりました」

 

「どういうことだ?」

 

 魔理沙の質問に右京が答える。

 

「春儚さんの話を聞いた時は外への憧れもしくは亡くなった勝次さんへの憐みが動機だと思いました。ですが……本当の動機は別にあった」

 

「本当の動機?」

 

「トリカブトの花言葉をご存じですか?」

 

「花言葉?」

 

 魔理沙は首を傾げ、霊夢もわからない様子だった。

 右京が告げる。

 

「〝復讐〟です。そして彼女は自身の死をお二人に見せつけるかのように自殺した。もう――わかりますね?」

 

「「あ……」」

 

 二人は口を開けながら、右京の言わんとすることを理解した。再び、彼女たちの顔から血の気が引いていく。

 

「恐らく、あなた方の復活した勝次さんへの対応が彼女の心を深く傷つけた。何食わぬ顔で復活した勝次氏を退治して証拠品を燃やす霊夢さんにそれを当然かの如く受け入れた魔理沙さんたち。きっと、彼女は許せなかったのでしょうね。愛した人を化け物扱いしたお二人を……。だからこそ、妖怪の力を手に入れて復讐しようと企て、それが叶わなくなったので目の前で〝抗議の自殺〟を行った。

 このように考えれば一連の彼女の行動が繋がります。あなた方の復活した勝次氏への対応は正しかったのかも知れませんが、その際の配慮を欠いた態度が七瀬さんを狂気に走らせ、結果、敦君が犠牲になったと考えることもできます」

 

「「……」」

 

 七瀬春儚の心情を代弁するかのような発言をする右京。

 魔理沙は帽子を深く被って顔を隠し、霊夢は目を逸らしながらばつの悪そうな表情をした。

 

 この杉下右京は敵にも、そして味方にも容赦しない。例え、それが今回共に戦った仲間で年端もいかぬ少女であったとしてもこの男には関係ない。

 

「魔理沙さん、あなたには勝次さんたちの気持ちがわかるのではありませんか? 魔術に走り力を手に入れ、故に居場所を失ったであろうあなたになら」

 

「――ッ!」

 

 魔理沙は動揺を見せながらも右京をグッと睨み付けた。

 

「……その様子だと、案外ハズレではなさそうですね」

 

「ぐぐ!?」

 

 右京はごく自然に鎌をかけ、魔理沙はそれに引っかかった。悔しがる魔理沙を余所に今度は霊夢に話しかける。

 

「霊夢さん、僕はあなたが取った春儚さんへの行動に正直――どうかしているのではないかと思いましたよ」

 

「え?」

 

 戸惑いを隠せず、呆気に取られる霊夢。

 刑事はそんな巫女にも容赦しない。

 

「あなたが妖怪を退治して幻想郷の平和を守ってきたことは事実でしょう。僕もあなたの目に正義の炎を感じました。ですが、あの行為を見てから、それは人を守るというよりは幻想郷の〝体制〟を守り抜く意思から来ているのだろうと感じました」

 

「なんで……」

 

 幻想郷へ来たばかりなのにどうしてそんなことがわかるのかと言わんばかりの顔で霊夢は右京を見た。

 

「あの目を見ればわかりますよ。あれは僕が職業柄、常に向き合ってきた〝目〟です。情を捨て、狂気に走る〝犯罪者〟のものです」

 

「犯……罪者……」

 

 右京に指摘され、心に今まで感じた事がないモノが流れ込み、混乱する霊夢。

 魔理沙が「おい!?」と霊夢を庇おうとするが、右京がそれを遮る。

 

「犯罪者にも色々なタイプがあります。自分身勝手な理由で罪を犯す者、大切な人を守るために仕方なく犯罪に走る者、そして〝体制〟のために自身や他者を犠牲にする者。僕はどんなタイプの犯罪者も逮捕してきました。そこに区別はありません。もちろん、敵味方問わず真実を解き明かして裁きを受けさせました。

 人殺しも詐欺師も、総理大臣も、苦しむ貧しい人々に救いの手を差し伸べた元法務大臣も、官僚も、妊婦も、お世話になった方々も、そして――僕を慕ってくれた〝相棒〟でさえも……。だから、僕はあなたの事情が何となくわかってしまったのですよ」

 

 その常軌を逸した行動の数々を顔色一つ変えず語る右京に対し、魔理沙と霊夢は底知れぬ恐怖を覚えた。

 自分たちの目の前にいる男が今まで出会ったことのないタイプの〝怪物〟に見えたのだ。

 

「僕もよいことばかりしてきた訳ではありません。犯人逮捕に手段を選ばず、時には証拠をねつ造、時には相手の大事にしている物を人質に取って半ば強引に真実を吐かせ、時には関係者に辞職覚悟の行動を促すなど――今思えば〝もう少しやりようがあったのでは〟と後悔することもあります。ある意味、僕とあなたは職務になると〝非情〟に徹するという点で似ている。しかし、僕は犯罪者を、殺意を宿した目で睨んだことはありません。そこがあなたとは違うところです」

 

 二人は顔を引きつらせながら、息を飲んだ。

 

「僕はまだ純粋な妖怪を見てません。本物の人外と対峙するにはあれくらいの覚悟がいるのでしょう。ですが、今回の相手は素人から見ても明らかに大した力を持たない存在でした。如何に妖怪の疑いがあったにしても、あの時点で里の人間の可能性があった者を、常軌を逸した殺意を込めて脅すなど、人としてどうかしています。

 もし彼女がその姿に怯えて喋れなかったとしたらあなたは拷問でも行ったのではありませんか? 僕はそんなことは許せません。例え、ここが日本ではない場所だとしても阻止します」

 

「だから、あの時、割って入ったんだな……」

 

「ええ、霊夢さんに人を痛めつけて欲しくなかったので」

 

 実際、魔理沙もあの時の霊夢の行動に「何もそこまでする必要は……」と感じていたのだが、竦んで動けなかったのだ。それを右京は平然と阻止した。きっと、並みの精神力では気圧されて何もできないのだろう。右京の精神力は人外の域にあるのかも知れない。巫女は無言で刑事を見たままだ。その目にはどこか怯えていた。

 

「僕は霊夢さんと初めて会った時、あなたを普通の――どこにでもいる少女だと思っていました。紅茶を飲みながら魔理沙さんと語り合う姿はとても穏やかでしたよ。

 ですが、敦君の事件後のあなたはどうでしたか? 妖怪の仕業を疑い、その姿勢を崩さなかった。僕でさえ、往生際が悪い思うほどに。その偏った思考があの行為に繋がったのではないですか? 最後まで犯人を妖怪だと決め付けるあなたの思考は冤罪を作り出す表の警察官たちの思考と大差ありません。このまま行けば、きっと、その正義を暴走させ、取り返しの付かないことを仕出かす。そんな気がしてなりませんでした。何故ならば、僕の経験上、あんな目をした人間がまともな最後を迎えた試しがないからです。僕はあなたにはそうなって欲しくありません。

 ですから、これを機にほんの少しでよいので他者への情けを以て職務に励んで下さい。それが、あなたが道を踏み外さない唯一の方法です。僕のように歳を取ってから後悔することなく、あなたがご友人たちと素敵な日々を歩んで行けることを僕は心の底から願っています」

 

 隣で話を聞いていた魔理沙は何とも言えない表情をしていた。

 右京の言葉には厳しさと優しさの両方が含まれていたからだ。これは幻想郷の人間では決して真似できない。

 魔女は「まるで裁判官だな」と小声で呟きながらも、どこか心に来るものがあったようだ。彼女は再び、帽子で顔を隠す。

 右京の話を聞き終わった霊夢は右京の真面目さへの呆れからか、軽くため息を吐いた。直後、少しだけ笑った。

 

「私……杉下さんのこと――苦手かも知れません」

 

「それは残念ですねえ〜」

 

「ふふ……」

 

 霊夢は付き物が取れたのか、年相応の表情をする。

 友人の魔理沙はそんな巫女を嬉しそうに眺めていた。

 右京が言う。

 

「お二人とも、喉が渇いたでしょう? 何か飲みに行きませんか? 奢りますよ」

 

「おお、いいなそれ! 私は飲むぜ。霊夢は?」

 

「私もご馳走になります」

 

「では参りましょうか」

 

 三人は拠点を後にして喫茶店へと向かう。未だにどよめく人々を横目に心をしんみりさせながら、大通りを歩いて行く。

 先行する二人の姿を眺めながら、刑事は思う。

 

「(とても、よい子たちですね。人を超えた力を持っていてもやはり、人間です。彼女たちには幸せな日々を過ごして貰いたい。ですが――)

 

 思いつめた表情をする右京が嘆く。

 

「(この里の現状を見る限り、そうとも言っていられないかも知れません)」

 

 杉下右京は里の人々を眺めながら、とあることを考えていた。

 

「(この里は妖怪の事件こそ多い物の反面、人による事件があまりに少ない。間違いなく上白沢さんの能力で不都合な事実が隠ぺいされている。僕が鈴奈庵で調べ物をしている際に阿求さんが警告に来たのもそのためでしょう。余計なことをしないで欲しいと)」

 

 右京は今まで沢山の事件を解決してきた。

 その彼が慧音の能力を知って警戒しないはずがなかった。

 診療所で人による殺人事件に動揺を隠せない先生を見て、最初は平和なのだろうなと思ったが、慧音の能力を確認してから右京の中で隠ぺいの疑惑が深まった。

 それから歴史を調べることにした。鈴奈庵で把握できた事実は妖怪関係の事件ばかりで人が里の中で起こす黒い内容がほとんど出てこなかった。

 小鈴に禁忌を口にした際、阿求がやって来たのも偶然ではない。彼女は悪戯に真実を探らないで欲しいと遠回しに伝えに来ただけだったのが、和製ホームズの悪い癖を刺激する結果に終わった。

 阿求と慧音が繋がっていると知った右京は彼女たちを欺きながら里の真実を探った。

 初めは犯人の動機として考えてきた〝やってはいけないこと〟の意味だったが、勝次の同期の易者からの情報で〝妖怪に近付く行為〟がそれに該当するのではないかと勘付いた。

 

 しかし、ならば何故、霧雨魔理沙が処分されないのか気になった。魔術も妖怪に近付く行為ならばそれを学ぶ元里人の魔理沙も例外ではないはずだが、彼女は今も堂々と里へ出入りしている。里人たちも自然に受け入れている。

 つまり、その先が問題なのだと右京は察し、この里における禁忌とは〝人間が妖怪になる〟ことなのだろうと仮定した。

 

「(人間が妖怪になってはいけない理由とは何か……)」

 

 幻想郷は妖怪の支配する地域、言うなれば、妖怪の国である。妖怪が実在するのだから、本来、人間が妖怪になるのは自然な流れである。

 妖怪とは人間の恐怖が生み出した産物であり、おとぎ話でも人間が妖怪になるパターンは存在する。

 では何故、里では禁忌に指定されているのか。駄目なら駄目だと里のルールに記載すればよいだけ。隠す意味はあるのだろうか。

 右京は里で情報が隠ぺいされている事実と禁忌の内容を重ね合わせた。

 

「(妖怪の恐怖を煽るような情報と妖怪になることを禁じられた里……一見、普通に見えますが、この里の立地を考えると、答えは出ます)」

 

 妖怪とは人の恐れを食べて生きる存在。つまり、彼らの生命維持には人間が必要不可欠。おまけに里は妖怪の勢力に包囲されるように作られている。それが何を意味するのかもはや言わずともわかる。

 

「(この里は妖怪が存続するためのエネルギー源となっている。それならば辻褄が合う)」

 

 右京はこの里が、妖怪が存続するためだけに作られていることを悟った。

 だから周囲を妖怪たちが覆っているのだ。人間たちが逃げられないように。

 情報の隠ぺいも里内の妖怪化禁止も里外に住む妖怪たちへ恐怖の感情を向かわせるためだと考えることである程度、納得できる。里人は妖怪たちへの供物なのだ。

 この仮説を導き出した右京がそんなことを許すはずがない。

 

「(僕は人間ですからねえ。歴史的に見て妖怪のほうが先に住んでおり、後から人間がやって来たとしても、この状況を放置することはできない)」

 

 それは明治時代の近代化の波を避けるため、博麗大結界が張られて、同意の上で里人がここに残ったのだとしても同じである。彼らの子孫は同意して里に住んでいる訳ではないのだから。

 里を出て行ったとしても妖怪に食われてお終いの現状では、ごく一部を除く非力な人間は里を拠点に生活するしかない。里人に自由などないに等しい。

 勝次も春儚も道を外したが、元はと言えば、里の体質が原因なのだ。言うなれば、幻想郷の被害者である。右京はこの事実を見過ごせない。

 

「(妖怪存続のための人間。それを隠し協力する里の権力者たち、そして結界を管理する霊夢さんと結界の製作者の一人、八雲紫――彼女たちはそれぞれ、幻想郷の維持に力を注いでいると見てよいでしょう)」

 

 右京が霊夢の本質を見抜けたのは里の真実に気が付いたからである。

 その上で幻想郷の平和を守る霊夢の思考や行動を目の当りして彼女が体制派であると勘付いた。だからこそ、釘を刺したのだ。

 幻想郷縁起には紫のことも少なからず記述されていた。その能力は〝境界を操る程度の能力〟で博麗大結界を作った一人であると知った時はさすがの右京も「これはあまりに馬鹿げている」と頭を抱えた。

 だが、和製ホームズはいかに馬鹿げた力を持った者が相手でも屈しない。

 

「(妖怪を存続させるために結界を張った彼女は百年以上もの間、我が国の領土と思われる土地を私的に占有し、人間たちを結界という名の檻に閉じ込め、エネルギー源にしている。これはあまりに非人道的です。従って八雲紫が犯罪者であることは明白。僕の敵です)」

 

 右京はこの世界を作り上げた神隠しの主犯へ静かなる怒りを燃やす。

 そして、右京は苦しむ里人を救い、かの者の罪を明らかにするためならば――。

 

「(〝幻想のボーダーライン〟――必要とあらば――〝破壊〟して見せようではありませんか)」

 

 楽しそうな少女たちの姿を見ながら、右京はそのポーカーフェイスの内側で博麗大結界の破壊をも視野に入れつつ、今後の方針をまとめて行くのであった。


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