魔理沙と霊夢に飲み物とお菓子をご馳走した右京は夕方、二人と別れた。拠点へ戻ると入口正面で阿求と慧音が待っていた。挨拶を半分に、刑事と顔役は互いに向き合う。
「杉下さん、事件解決にご協力して頂き、感謝申し上げます」
「僕の力だけではありません。慧音さんや魔理沙さんたちの協力のおかげです。それに……彼女の自殺を許してしまいました。申し訳ない」
右京は彼女に自身の至らなさを謝罪し、阿求が手を振って制止した。
「お顔をお上げ下さい。元々、表から来た方を死なせてしまったのは里の住民です。どうかお許しを」
阿求もまた、今回の件に責任を感じて、謝罪した。
同じく慧音も頭を下げる。
その後、右京は空き部屋の鍵を返そうとしたが「よろしければそのままお使い下さい」と阿求に言われ、今後のことを考えた末「わかりました」と頷いて鍵をポケットに戻す。
阿求たちと別れた刑事は一人、その部屋で横になる。
「今日は疲れました。もう寝ましょう」
睡魔に襲われ、深い眠りに就いた。
目が覚めたのは次の日の早朝であった。かなりの時間、寝ていた右京は身体を動かしに外へ出た。ちょっと歩くと掲示板があって、そこには敦の事件について書かれてあった。
《藤崎敦殺害の犯人は七瀬春儚。表の警察官の活躍で直前まで追いつめられるも自殺を図り死亡。動機は一切不明》
「なるほど、こうなりましたか……」
無難なところに落ち着いたなと右京は思った。彼女の妖怪に関する研究は伏せられていた。全ては体制のためだと理解できる。もし仮に彼女が妖怪化していて、その事実が里に知れ渡っていたら隠ぺいされていた可能性もある。妖怪の力を得ていた場合も同様だ。
彼女は何も語らずに自殺することで敦と舞花の絆を守ったのかもしれない。憶測でしかないが。
杉下右京は七瀬春儚に死亡され、初戦から敗北を味わった。
人間の里の真実に気が付いても、簡単には口にできず、情報を集めながら慎重に今後の方針を決めなくてはならない。
本来なら関係者に切り込みたいところだが、人知を超えた能力者たちの世界で迂闊な行動を取れば普通の人間など証拠も残さずに排除される。右京にとってはあまりに不利な状況。
それに自身の仮説もまだまだ浅い部分が多く、事実と異なる解釈をしている可能性もある。そういった偏りを極力なくし、問題の解決方法を模索して行く。
いずれにせよ、非常に困難な道のりである。天才的な頭脳を持っていようがこれは難題だ。
彼は昔、“友達”に言われたことを思い出す。
――ワトソンなしじゃホームズは立ち行かない。
その言葉を思い出した右京は表で共に戦った相棒たちの姿を脳裏に浮かべる。
「亀山君……神戸君……カイト君……冠城君……。僕がやって来られたのは彼らのおかげだったんですねえ……」
彼らが側にいてくれればまた結果が変わった、もしくは変わるのかも知れないと朝明けを視界に収めながら嘆く。と、その時――彼の耳に男女の声が入ってくる。
「おい、とっとと歩けー。こっちだって眠いだよ」
「いやいや、こっちだって来たばかりで何がなんだか……」
「大丈夫。慣れるさ。慧音に保護して貰って博麗神社にでも行けばいいさ」
「慧音って誰? 博麗神社って何!?」
「行けばわかる。行くぞ」
「だから、グイグイ引っ張らないで下さいよ。ぎっくり腰やっちゃったんですから!」
「大の大人が何を言っているんだ。気合で何とかしろー」
白い長髪に赤いズボンと大量のお札。口調が男ぽくって荒っぽい女の子が青色のワイシャツに黒スーツを着た優男を強引に引っ張るように里の外から歩いて来る。
男のどこか理屈っぽいその口調とエリート特有の雰囲気。
右京は思わず笑ってしまう。
「(運命とはこういうものなのかも知れませんね)」
右京はスーツの男にそっと近付いて、驚かした。
「やあ、久しぶりですねえ~。“
「うわあああ!! ――って杉下さん!? 助かった!」
「おやおや……」
それは、かつての相棒
少女はその様子を見ながら「そういう趣味だったのか?」と呆れ気味に呟いたので、右京が「さすがにそうではないと信じたいですねえ」と返した。
尊は恥ずかしそうに絡んだ手を離す。
少女が「知り合いと会えたんならここでいいな。じゃあな」と言ってポケットに両手を突っこんで元来た道を引き返して行った。右京は元部下を嬉しそうにを見つめる。
「よく来てくれましたね。ちょうど、君の力が必要だと思っていました」
「え? まぁ、確かに杉下さんを探すように冠城さんから頼まれましたけど……」
「わざわざ君が僕を探してくれるとは――何があったのですか?」
「いや、祖父が軽井沢に別荘を持っていて、ちょうど遊びに行っていたんですよ。その時に冠城さんから電話を貰ったのでドライブついでに様子を見に来たってところです」
尊の祖父は中国の陶磁器である景徳鎮を所有するほどの資産家であるが、本人は頑なに認めようとしない。右京は感慨深そうに言う。
「おや、おじい様の別荘ですか。仲直りなされたんですねえ~」
その言葉に尊は両手を振りながら反論した。
「お言葉ですが、ぼくと祖父は元から仲がいいですから。ただ、ぼくが特命行きになったのがバレて『何やからしたんだ!?』って怒鳴られた際、お茶を濁すようなことを言ったら、一時的に口を聞いて貰えなくなっただけです。今は“出世”したんで機嫌も直りましたけどね。おかけでいつでも祖父のところへ遊びに行けますよ。フフ!」
尊は上の思惑で特命行き――つまり
祖父の追求をのらりくらりとかわしていたが、その態度に祖父が激昂。しばらく口を聞いて貰えなかったらしい。
右京は彼が特命時代に家族の話をしなかったのはこのような理由があったからだと察した。
尊が特命係に所属して三年目のある日、警察庁長官官房付きに配属され、人材の墓場から異例の大出世を果たした。それにより祖父と和解したらしい。
久しぶりの再会にも関わらず、皮肉を織り交ぜて来る元部下に内心でイライラを覚え、お返しに痛いところを突く。
「……しかし、そのせいでここに迷い込んでしまった訳ですね?」
「え、あ……そ、そうだったかなぁ~――って……呑気にそんなこと言っている場合じゃないですよ! 何なんですかここ!?」
元上司のペースに付き合って忘れていたが、ここが人知を超えた場所であると思い出し、詰め寄る尊。右京が平然と語る。
「幻想郷です」
「そんなしれっと言わないで下さいよ! こっちは化け物とか人魂らしきものをずっと見せられて死ぬ思いしたんですから!」
「人魂ですか……。そういえば、まだ僕は幽霊を見ていませんね。その話――詳しく聞かせて下さい」
実は右京はまだ幽霊を見ていない。幻想郷ならどこでも見かけるはずのものがである。
元々、彼ここにやって来た理由には幽霊も含まれていた。目を光らせる右京に尊は脱出を優先するように促した。
「いやいや、脱出しましょうよ!」
「それはもう少し待ってくださいね。せめて、手紙の主を発見するまでは」
右京は事情を知らない尊に余計な内容を伝えず、それらしいことを言って誤魔化す。
「手紙って――なんか聞いたことあるような、ないような……」
我が身可愛さにとぼける尊を右京が無視する。
「それでは神戸君――行きましょうか」
「どこにです?」
「“幻想”をですよ」
「は? よくわからな――」
口答えする元部下へ右京は知らん顔で「置いて行きますよー」と、言い放って勝手に歩き出した。
相変わらずな元上司の態度に「無視かよ!」と悪態を吐きつつも、ぎっくり腰で痛めた腰を庇いながら、尊は必死に右京の背中を追うのであった。
☆
幻想の都にて起こった殺人事件。
それを解決した先に右京は隠された罪を見つけた。彼はその罪とどのように向き合うのだろうか。
諦めるのか、主犯と共犯者たちに罰を与えるのか、別の道を見つけるのか、それは誰にもわからない。今わかっているのは、彼の進むべき道が果てしなく先へと続いているということだけ。
和製シャーロック・ホームズは七年の時を経て舞い戻ったワトソンと共にこの幻想を行く――。
相棒~杉下右京の幻想怪奇録~
Season 1 幻想の楽園
~完~