第24話 七年ぶりの雑談
偶然にも尊と合流した右京は彼を
「え? もう家を借りてるんですか!?」
驚く尊。右京は「ご厚意で貸して貰っているだけですよ」と軽く返し、テーブルを中央に引っ張り、尊に座るように促す。
「はぁ……」
大きなため息と共に痛めた部分を労わりながら腰を下ろしてリラックスする。そんな尊を眺めながら元上司は微笑んだ。
「君が無事で何よりです」
「ああ、どうも」
尊も笑顔を作りながら、元上司の配慮に感謝した。同時に先ほど有耶無耶にされたことを思い出して訊ねる。
「そう言えば、さっきの話なんですけど、ここって幻想郷……でしたっけ?」
「ええ」
「何なんですか……この世界? ちょっと意味がわからないんですけど」
「でしょうねえ。僕も完全には把握しきれていません。確かなことはここが
「妖怪……信じたくないけどなぁ……」
尊は短い間ながらも自分が体験したであろう怪異を思い出しながら頭を抱える。非現実的な現象を体験した者に戸惑うなとは誰も言えない。右京もその点は同意している。
「僕も最初はそう思っていましたよ。ですが、これは現実のようです。今から順を追って説明しますから、落ち着いて聞いて下さいね」
「……はい」
そう言って静かに頷く尊。右京は長野県のとある村の神社から幻想郷に迷い込んでから今日に至るまでを具体的に説明した。自身が知り得た
以前ならこの手の話を単なるオカルトだと笑い飛ばしていた尊も今回ばかりは額に汗を滲ませながら真剣に耳を傾ける。一時間後、右京の話が終わる。
尊は口元に手を当てながら唸った。
「四方を敵に囲まれながら脱出し、妖怪とのハーフが店主を務める古道具屋で厄介になり、そこで知り合ったとびっきり強い人間の少女二人を紅茶で
次の日、朝早く店主と里へ続く道を歩いていたら、無残な姿になった表の青年を発見。現場の保存を行いながら、会って間もない知り合いたちに協力を仰ぎ、犯人を突き止めて事件を解決。ここに至ると」
「紅茶で釣ってという部分以外はそんなところです」
右京は一部を除いて、尊が纏めた内容を認めた。
改めて尊は和製シャーロック・ホームズの適応力の高さと卓越した推理力に感服する。
「来たばかりで事件を解決するとは……流石、杉下さんですね」
「彼女に死なれてしまった以上、その責任を果たしたとは言えません」
右京は暗い顔をしながら言った。
七瀬春儚をあそこまで追いつめておきながら自殺を許したのは大きな失態である。右京はそれを誰よりも理解していた。
協力者二人は精神的にノックアウトされてまともに動けない状況だったので春儚を止めるのは難しかったのかも知れないが、それでも自殺された事実は変わらない。
警察官として阻止できなかったのは責められて当然だ。もっとも、幻想郷には警察組織が存在しないので誰も右京を非難したりはしないが。
それは元相棒の尊も同じだった。
「警察組織が存在せず、科学捜査もできないこの場所で真犯人を見つけられただけでも凄いことじゃないですか。杉下さんがいなかったら、犯人は小田原信介になっていたでしょうから。冤罪を防げただけでもよしとするべきだと思いますけどね」
「どうも……僕はそう思えない
気まずそうにする右京に尊がしたり顔で。
「知ってます。ぼくも杉下さんの
元上司は昔と変わらない態度で接する元部下に少しだけ懐かしさを覚えた。
「君も相変わらずですねえ」
「人間なんてそんな簡単に変わりませんよ」
二人は軽く笑い合った。
色々あったが、七年前と全く変わらず、自然に会話ができている。尊は「もう、二度と腹を割った話はできないだろう」と考えていたが、それは杞憂に終わった。
警察庁長官官房付に回された尊は異動の件で裏から手を回した元〝影の管理官〟こと長谷川の部下として権謀術数の世界で仕事をこなしていた。時折、右京に仕事を押し付ける際、特命部屋を訪れて雑談することはあったが、ここまでの会話はなかった。
しようと思えばできたのだろうが〝クローン人間事件〟一件で右京を裏切った罪悪感によりまともに向き合うのが怖くなっていたのだ。あえて嫌われ者を演じていたところもあったと思われる。捻くれ者の元部下なのだが、非現実を体験してパニックになったことがプラスに働いたのか、以前のように右京と接している。
尊は思う。
「(なんか、懐かしいな。俺も昔はこんな風に……)」
特命係にいた頃は右京と反発しながらも事件解決に奔走。その中で彼なりの正義を見出し、右京と共に戦い抜いた。それが災いして引き抜かれた訳だが、今の職場は給料もよく、苦手な血や死体を見ることもない。自身と右京の手で失脚させた男の部下として働いている点を除けば頭の回る尊にとって悪くない場所だ。
それでも正義を信じて駆け抜けていた日々を思い出し、特命時代を懐かしむ瞬間が少なからずあった。
機会があればもう一度――とまで考えていた程だ。まさか、それがこんな形で実現するとは夢にも思わなかっただろう。尊はどこか照れくさそうに視線を下に向けた。
右京もクスっと笑ってから訊ねた。
「ところで君、お腹が空きませんか?」
尊が即答する。
「正直、腹ペコです」
「でしたら何か買って来ましょうか。と言っても果物くらいですが」
「果物?」
イマイチ、ピンとこない。
「ここは現代とは違ってコンビニがありません。そして、この時間帯からやっている飲食店も僕の知る限り存在しません」
「あ、なるほど」
現代人の感覚からすればコンビニで済ませればよいと考えがちだが、ここは幻想郷の里。便利な店はなく、朝早くからやっている飲食店などほとんどない。
労働が盛んな地域だったなら話は別だが、里はのんびりとした空間であるため、朝から開店する必要性がない。つまり、朝ご飯は自分で作らなければならない。
右京は独身時代が長いので、料理もお手の物だ。
しかし、とある問題のせいで料理が作れずにいる。
「今、開店しているのは八百屋や魚屋くらいでしょう。本当は料理を作りたい所ですが、この家には食器も調理器具も殆どありません」
「そうなると食べられるのは果物くらいってことになるのか」
「そういうことです。では留守を頼みます」
この家はつい数日前まで空き家だった。台所はあっても食器や調理器具はない。あるのはテーブルと布団、枕、毛布くらいだ。日用品を扱う店が開くまではリンゴ辺りを丸かじりするしかないだろう。
右京は話を終えるとすぐ果物を買いに外へと出て行った。
その後ろ姿を見送った尊は「相変わらずな人だな」と苦笑しながら、静かに身体をズラして横になった。