ワザとらしく笑う文。特命係の二人がその様子を静かに見守る。
すると突然、笑顔が消えて背中から微かなオーラを漂わせ始めた。
「――とはいえ、印刷料がかかってしまうのである程度の見返りが欲しいのは事実です」
文は〝本来の自分〟を少しだけ見せた。里の人間なら感じ取り次第すぐに委縮してしまう代物である。
元部下は少しだけ固まったが、すぐにハハっと笑うが、元上司はいつも通りのポーカーフェイス。
瞬間、文は尊を〝エリートそうな見た目に反して中々、肝が据わっている〟と評価。まるで動じなかった右京を〝只者ではないな〟と認めた。
戦いは第二ラウンドに突入する。
「こちらとしてもタダで評判のよい新聞に載せて貰うなんて話は心苦しいので、そう言って貰えると助かります」
「いえいえ、個人出版なので印刷費を捻出するのも一苦労なこちらの都合です。すみませんね!」
表では互いに配慮しながらもその裏で両者は思考を巡らせ続ける。
右京は今後の捜査の手がかりを掴むため、文はネタと新聞の売り上げ確保のために。
「僕個人としてはとても魅力的なお話です。しかしながら、こちらに来たばかりで大した手持ちがありません。とても印刷料をお支払できるかどうか……」
すかさず記者が反応する。
「お金なんてとんでもない! こちらへ来たばかりの方からお金を取ろうなんてやましい発想はしませんよ」
「おやおや、それでは印刷費を回収できないのではありませんか?」
「そうでもありません。新聞が売れれば元は取れますから!」
「随分、大胆なことをおっしゃいますねえ~」
「ネタさえあれば可能です。ネタさえあればね」
楽しげにそう語る記者。尊は「新聞に載せてやるから代わりにネタを寄越せってか」と催促する文に若干、憤りながらもさっきから手に握っていたスマホを懐の内ポケットにしまう。
右京が確かめるように訊く。
「ネタというのは……まさか、事件の真相なんて言わないでしょうねえ?」
両手を振りながら文が否定した。
「そんなの要求する訳ありませんってば! ただ……刑事さんたちのことをお聞かせ願えればなと思いましてね」
「僕たちのことですか?」
「そうです!」
特命係の二人は顔を合わせながら、文の出した要求が予想以上に軽いことに驚く。
先ほどのオーラを出してまで威圧した意味は何だったのか、と。
文が話を続ける。
「お二人は表の世界からやって来た方々。しかも杉下さんは刑事で、そちらの神戸さんは元同僚だと聞き及んでおります。幻想郷に表から刑事が二人もやって来るなんて珍しいですからね。おまけに、出で立ちもカッコ良いと来たら、それだけで手に取って貰えますよ!」
若干、興奮気味の彼女に二人は再び顔を合わせる。
右京としても手紙が新聞に掲載されるメリットは大きい。それを、料金を払わずにやってくれると言うのであれば尚更だ。胡散臭い記者ではあるが、彼女の新聞が客観的な目線で書かれているのは確認済み。必要以上の脚色もしないと予想できる。今のところはだが……。
その対価も自己紹介レベルなら特に問題はない。右京と尊なら余計な情報を漏らさずに切り抜けられる。右京は判断に困って相棒に相談する。
右京が「どうしましょうねえ?」と尊に問うと彼は「お任せします。今のぼくは刑事ではありませんけどね」と返した。
「表での仕事や普段の日常など話しても差支えないもので結構ですから」と文が笑顔を振り巻く。
一泊置いてから右京は「わかりました。ですが……仕事のノウハウなどはお教えできません。それと僕達の紹介が載る新聞で今回の事件に触れるような事は一切、書かないで下さい」と釘を刺す。
「何故でしょう?」
「英雄気取りだと思われたくないからです」
手紙のために記事を出す訳であって、事件解決を自慢するために出すのではない。
その考えを文が汲み取る。
「了解です。手紙とお二人の自己紹介だけにとどめます」
ついでばかりに尊も「後、面白おかしく書かないで下さいね」と念を押す。
「わかっていますよ」
それならば、と右京は了承した。
「ありがとうございます!」
礼を述べた文が手帳とペンを取り出し、二人はインタビューを受けることになる。
右京は自分が警察組織に属して仕事をしていて、特命係という一風変わった部署で働いていると語った。
文が「名前からして凄そうな部署ですね! 間者専門の部署ですか?」と問えば右京が「とんでもない。どこにでもある普通の部署ですよ」と答えるも「そんな名前の部署がどこにでもあるんですか!? 表の警察組織ってカッコいいですね。だからこそ気になります。特命係ではどんな活動をしていらっしゃるんですか?」と食いつかれる。
興味津々の記者に苦笑いする二人だが、特命係の主な活動内容は〝雑用〟である。
まさか、本当のことを言えるはずもないので、それっぽい言葉を並べる。
「特命係は生活安全課に属する部署です。東京都民のために働いております」
続いて尊が付け加えて。
「小さなことから大きなことまで様々な仕事をこなす〝警視庁のなんでも屋〟みたいな場所です。ね、杉下さん?」
「そうですねえ」
七年ぶりとは思えない連携で文に対抗する二人。しかし文の瞳はキラキラを増して行く。
「なるほど! 警察組織のなんでも屋とは驚きました! なんでもできるから配属されているんですね? ち・な・み・に、大きな事件とか解決しちゃったりするんですか?」
子供のような態度で右京に詰め寄るも両手を挙げられて「それはご想像にお任せします」と言われる。
今度は尊のほうを向くがビジネススマイルで「それはご想像にお任せします」と右京の言葉をそのまま繰り返された。幻想郷が異国と同じとは言え、新聞記者に余計なことは話せない。
その濁した態度に文は何かに勘付いたようで、したり顔で言った。
「あやや、もしかして雑用係だったとかですか?」
ニヤニヤ顔で二人を見やる文。右京たちも苦笑する他なかった。大小問わず、様々な事件を解決してきたが、特命が島流しの部署であることはなんら変わりない。
「案外、当たりっぽいですねぇ~。ふふ、ご安心を。特命係が雑用部署だなんて書きませんから! 記事の印象が悪くなるので」
フフンと鼻を鳴らす文に右京はどこか心外そうに「それはどうも」と述べた。
先ほどのお礼と言わんばかりに棘のある一言を怒られない程度に混ぜてくる姿を見て尊も冷笑する。当の記者は「こんな肝の据わった連中が単なる雑用係な訳ないじゃん」と心の中で吐き捨てた。
その後も右京への質問は続き、警察組織の話や趣味の話などを聞かれるが、当たり障りのない範囲で答えるにとどめた。ちなみに趣味は紅茶、読書、チェス、英国巡りと回答する。
「まるで英国紳士ですねー! 日本人なのに!」と文が返す。元部下は「一言余計だろ! 確かにその通りだけどさ」と吹き出しそうになるも気合で我慢した。
それを察した右京が横目で冷やかな視線を送ったが尊はしらんぷりを決め込む。
白々しい彼を見て記者は「そんな白々しい演技だとバレちゃいますよ?」とチクリ。
尊も引かずに「ご心配なく、ネタみたいなものですから」と返す。
文が尊の言葉に反応する。
「なるほど! ネタですか。あ、ネタと言えば……神戸さんは今回の事件の結末を知っていますか?」
「知りませんね」
「あらあら、掲示板に書いてあって住民なら大抵のことは知っていると言うのに。杉下さんから教えられていないのですか?」
「ぼくは今日の朝、この里に連れて来られた直後、杉下さんと再会しました。腰を痛めていたのですぐこの部屋に連れて来られ、幻想郷と里について簡単に説明を受けました。ですが、あなたが欲しがるような情報は教えられていません。なので聞いても無駄です」
実際は事件についてそれなりに聞かされているが、追求されるのが厄介なので尊は息を吐くように嘘を吐いた。
「あはは、そんなに警戒しないで下さいよ。無理やり聞こうだなんて考えてませんから。でも、記者を長年やっているとつい癖で訊いてしまうんですよね。職業病ですかね?」
「そうじゃないですか?」
「今後は気を付けます」
文はこのやり取りの後も右京に他愛もない質問を続けて、記事に使えそうなネタを抜き取って行く。
右京との会話の間にも尊にそれとなく事件に関係する内容を訊ねるも全てかわされ、終いには「詳しいことは杉下さんへ」と笑顔でブロックされてしまう。文は表情にこそ出さなかったが、途中から若干、演技の白々しさが増したように思えた。
右京から一通り話を聞き終えた文が尊へのインタビューを開始する。
尊は自身が十年前に警察庁から警視庁の特命係に異動して三年間働いていた事と現在は警察庁でお偉いさんの宮仕えをしていると語った。もちろん皮肉である。
文が冗談交じりに「えーと、特命係に回されたってことは……左遷?」と小声で呟くも尊は即座に「ハハ、違いますからね!」と否定して右京に同意を求めたが、速攻で明後日の方向を向かれた。
「(やり返しやがったな!)」
尊が内心で叫んだ。
文はその光景は思わず、吹き出す。
「あはは! お二人とも、仲がよいんですね!」
「「いえ普通です(から)」」
まさかの同時発言に二人は顔を見合わせながら真顔になった。
文は「やっぱり仲いいじゃないですか!? 知的でクールな英国紳士の刑事さんと落ち着いた雰囲気のベテラン宮仕えさん。いいですねぇー、絵になります。後で写真取らせて下さい」とテンションを上げて行く。
右京と尊は文の厄介さを肌で感じていた。
時には真面目になってみたり、時には威圧してみたり、時にはふざけながら相手の懐に潜り込もうとしてきたりと表情をコロコロと変える。おまけに、あの手この手で目的の情報を手に入れようとするし、毒も吐く。
十代の少女の顔と明るい笑顔だからなせる技だ。これが大人なら上手くは行かない。気持ち悪がられる。そのような状況であっても、右京と尊は大事な情報を何一つも漏らさずに彼女のインタビューを受けている。
右京はこの調子でインタビューが終わってくれることを切に願うが、途中で無理だろうと諦め、彼女から飛んでくるであろう質問を想定しながらその返しを考えていた。
尊も妖怪相手とはいえ、容姿が十代の女に舐められたくないので細心の注意を払いながら会話する。
文のほうも特に焦る様子はなく、着実にしかけるタイミングを見計らっていた。
特命係VS妖怪記者の戦いは続く。