相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第28話 特命係VS妖怪記者 その3

 文は尊に対しても仕事の内容や趣味などを訊ねる。

 仕事の内容を語りたくない彼が〝給料のよい雑用〟と回答した。

 遠回しな言い方にも記者は遠慮せず「まるで警察庁の特命係みたいですね!」とコメントして元上司を大いに笑わせた。

 湧き上がるイライラを抑えながら「まぁ、警視庁の特命係よりは待遇がよいですがね!」と皮肉をお返しする尊。

 もはや敵味方を問わない、皮肉のオンパレードであった。

 趣味のほうはこれといったものはないが、あえて言うならチェスやドライブだと告げた。

 その際、「杉下さんの趣味もチェスですよね? 対戦したりするんですか?」と返されて「ええ、時間がある時によく対戦しました」と彼が話せば、すかさず「戦績は?」といかにも嫌そうなポイントを突いてくる。

 尊が右京をジッと見つめながら「詳しく数えたことはないですけど、互角くらいですよね?」確認する。「……そういうことにしておきましょう」右京がその発言を肯定した。

 実際、尊もチェスの腕前は大したもので、難易度の高いブラインドチェスを右京と行い、互角の勝負を演じる程と言えば、その実力を理解できるだろう。

 含みのある言い方に笑顔を作った記者が。

 

「実力は互角なのですね。なら、いつかお二人が対戦しているところを見学させて下さい。私がしっかりとその勝敗を目に焼きつけますから!」

 

「「お断りします」」

 

 二人は同時に断った。

 

 それから、文の他愛もない質問から事件に関係のありそうな質問まで二人はのらりくらりとかわし続けた。元々、守りに徹していれば墓穴を掘らない限り、右京たちが圧倒的有利な状況だったのもあって、文につけ入る隙を与えなかった。

 

 二人へ質問し終えた文は次に手紙を入手した経緯や手紙の主に呼びかけたいことを訊ねた。

 右京は簡潔に説明し、文がそれを手帳に纏め始め、右京から手紙を拝借してからテーブルの上に広げて写真を取り始める。

 使用されたカメラは文の私物で数十年前に流行ったライカシリーズに酷似していた。

 右京が訊ねる。

 

「そのカメラはひょっとして、ライカシリーズではありませんか?」

 

 その質問に文が首を傾げて「よくわからないですね。外から流れ着いたカメラを修理して使っているだけですから」と説明した。

 右京はカメラを修理したと言う発言に注目する。

 

「射命丸さんはご自身でカメラを修理できるのですか?」

 

「まさか! そこまでの技術は持っていませんよ。知り合いに手先が器用な者がいて、そこから買い取ったってだけです」

 

「その知り合いとは《香霖堂の店主》でしょうか?」

 

「違います」

 

「おやおや、気になりますねえ。もしよろしければ、参考までにその知り合いの方が住む場所を教えて頂けませんか? 僕も色々と掘り出し物を探したいので」

 

 右京の何気ない質問に文はフフっと笑いながら「知っていても行けないと思いますよ」と場所を教えようとはしなかった。彼もクスリと笑うにとどめる。

 写真を撮り終わった記者は右京たちに「これで記事が書けそうです」と語った。

 右京が疑問を口にする。

 

「しかしながら、このような話で本当に印刷代を賄えるのでしょうか?」

 

「記事になるくらいのネタは確保できましたけど……。ちょっと、インパクトが弱いかなーって思っちゃったりします。後、一押し欲しいところですね」

 

「一押しって言うと例えば?」

 

 尊がそう訊ねると文が顎に手を当てながら、

 

「うーん……読者の気を引くワード……欲を言うと()()

 

 と語りながら再びプレッシャーを放ってきた。右京が「ほう」と零す。

 文はその笑顔を崩さず和製ホームズに近寄る。

 

「何かありませんか?」

 

 プレッシャーを放出したまま、相手の表情を観察する。尊が「脅しかよ」と内心吐き捨てた。

 右京は先ほどよりも強めの威圧感を叩きつけられるも涼しい顔で「特に思い当たりませんねえ」と一言。それを見た文はプレッシャーを引っ込める。

 

「そうですか。わかりました。後はこちらで何とかします。お忙しい中、取材を受けて下さり、ありがとうございました!」

 

 文は残念そうな顔をしながら、手帳をショルダーバッグにしまい込む。

 右京が「無理に記事しなくてもよいですよ。ご迷惑でしょうし」と言った。

 直後、彼女は大げさなポーズと共に胡散臭いことを喋り出す。

 

「ご心配なく! ここまで聞いてしまった限り、この文々。新聞代表、射命丸文――記者としての責任を果たします。必ず、色々な方が手に取って貰えるような記事をお書きしますので、ご期待下さい」

 

 役者に尊がツッコミを入れる。

 

「ネタに走らないで下さいね」

 

「もちろんですとも! 清く・正しく・射命丸。その名は伊達ではありませんから!」

 

 尊の軽いツッコミにも文は愛想良く答えた。尊はそのネタっぷりに呆れるしかなかった。

 

 右京は「ありがとうございます」とお礼を言った。

 荷物を纏めた文は玄関まで歩き、見送りのためにその後ろを二人が付いて行くのだが、途中で文がピタリと止まった。

 二人はその行動を不思議そうに見つめる。

 瞬間、文は背中から黒い羽根の生えた翼を展開。尊が「うぉあ!」と叫びながら仰け反る。

 文は笑顔のままクルっと振り返り、右人差し指を立てる。その仕草は右京そっくりだった。

 

「最後に一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

 

 文は右京を真っ直ぐ見つめ、彼が「どうぞ」と答える。

 瞬間、文が詰め寄り、顔面を下から覗き込むように――。

 

「今回の事件って《易者》が関係してたりします?」

 

 冷たく囁いた。本来の姿を見せつけながら脅してくる文。

 尊はその迫力に冷や汗をかきながら息を飲む。

 右京は一瞬頬をピクっと動かしながらも「さあ、どうでしょうね」と一蹴した。

 文は「そうですか」とため息を吐いてから翼を収納して、

 

「これで失礼します。何かありましたらまた、お伺いさせて頂きますね!」

 

 営業スマイルを振り巻きながら特命部屋を後にした。

 彼女が帰ったのを確信した二人は戸締りを確認してから大きなため息と共にテーブルに着く。

 一息吐いたところに尊が切り出した。

 

「何ですかアレ!?」

 

「妖怪の山の鴉天狗です」

 

 射命丸文は妖怪の山に所属する鴉天狗である。

 里を中心とした話題を記事する変わり者で、天狗の隠し切れない傲慢さと相まって評判は散々だ。右京たちは知らないが、客観的な文章を書くが、自作自演やちょっとしたねつ造を行うこともある。自作自演とは強行インタビュー、ねつ造はバレない程度にやる。とんだ食わせものなのだ。

 評判がよいのは新聞だけ。里において人間の読む新聞の大半は《文々。新聞》である。

 妖怪にも購読者はいるが、評判はそこそこ。理由はしつこいインタビューを受ける者の大半が妖怪だからだ。なので、本来メインの購読層である力を持たない人間相手には比較的優しい態度で接する。外部から来た右京たちは〝例外〟だったようだが。

 尊が繰り返す。

 

「鴉天狗? 天狗って白装束で鼻が長いっていうあの?」

 

 一般的な天狗のイメージを脳内で創り上げた彼がそのイメージに合ったジェスチャーを行う。

 右京は頷いた。

 

「そうです。天狗は幻想郷でも上位に入る妖怪で、本気になればそこらの妖怪では太刀打ちできないらしいですよ」

 

 彼の言う通り、天狗は幻想郷内においてトップクラスの戦闘力を持つ妖怪である。強い者には下手に出て、弱い者には上から目線。強い癖に手を抜く狡猾な生き物だと言われている。

 

「へえ~……ぼくたち、そんなヤバい奴とやり合ったんですね~ハハハ……」

 

「君も中々、誤魔化すのが上手でしたね。腕を上げましたか」

 

「いえいえ、杉下さん程じゃないですよ。あんな人外に正面から脅されても一切、動揺しないんですから」

 

「いえ、少しだけ表情に出してしまいました。恐らく、勘づかれたでしょうね」

 

 相手は妖怪記者。些細な表情も見逃さない。右京は文に悟られた可能性が高いと見ていた。

 疑問を持った尊が右手を軽く挙げる。

 

「それって〝易者〟って奴のことですか? ぼくにはよくわかりませんでしたけど」

 

「それは機会があったらお話しします。〝ここ以外の場所〟で」

 

「……わかりました」

 

 右京の言葉に尊は珍しく素直に了承する。尊も妖怪の国たる幻想郷の恐ろしさを少しだけ理解したのかも知れない。当たり前のように人外が人に紛れて里に出入りしているのだ。迂闊には喋れないだろう。口が堅いに越したことはないのだ。

 会話が途切れたところで右京は尊にそっと近づいて耳打ちした。

 

「ところで君――さっき、何かしてませんでしたか?」

 

「あ、気づいてました?」

 

 笑みを浮かべた尊がポケットからスマホを取り出して、そっと囁く。

 

「スマホのボイスレコーダーで今の会話――全部録音してましたけど、使います?」

 

「おやおや、録音してましたか……。抜け目ないですねえ~」

 

 尊はスマホを弄った際、念のため、ボイスレコーダーを起動して会話を録音していた。何かあった時はツールで音声を切り抜いて流してやろうとでも考えていたのだろう。見かけ通りクレバーな男だ。

 右京は「後で稗田さんに聴いて貰いましょうかね」と呟いて親指を立てた。

 

 

 里を離れた文はしばらく歩いて人気ない場所に身を寄せると、そこへ一羽の鴉が降り立つ。

 天狗はその鴉を右肩に乗せるとガックリと肩を落とした。

 

「内容的にみてこちらの負けだわ」

 

 右京たちのガードが予想以上に堅く、トークによる誘導が困難だと判断して、強硬策に打って出た。結果、相手の反応から情報を引き出すことに成功したのだが……。

 

「仮に今回の事件に易者関わっていたとしても禁忌に触れる記事なんて書ける訳がない。没ネタ確定。手紙とあの二人から聞き出したネタを表紙にして記事を作るしかないわね。はぁ~、頑張りますか!」

 

 里で起きた人による殺人事件。その割にはあまりに掲示される情報が少ない。文は違和感を覚えて事件に関わった者を調査する。手始めに配下の鴉に里での情報収集を任せて自身は魔理沙や霊夢のところに話を聞きに行くも相手にされず追い返された。その際、二人の表情はどこか暗かった。

 引っかかりを覚えた文はすぐさま、里に戻って鴉を招集。鴉は里周辺に住む鴉たちから右京が色々な人間に聞き込みをしていたと聞かされた。

 それを知った文は人里に入り、自分の足で右京の足取りを調査。右京が犯人の所属していた劇団やそこから易者の大先生のところに向かったことを突き止め、情報が少ない理由を何となくだが察した。

 文自体も易者事件の顛末をいつかの宴会の席で魔理沙辺りから聞かされていた。

 それがあの質問に繋がったのだ。あのタイミングでこのワードを選んだのは紛れもなく記者の勘であったが、刑事の仮面にヒビを入れるのに成功した。

 しかし、証言は一つも得られず、自身の本来の姿を見せても表情をほんの少し変化させただけ。メンツは丸潰れといってもよい。

 おまけに文は体制派の妖怪。ネタを握っていても、自分から幻想郷の闇に触れるような記事は書けないし、書くつもりもない。

 それでも、あえてその去り際、右京に鎌をかけたのは記者の意地か嫌がらせ、それとも体制派の本能か――いずれにせよ、射命丸文が杉下右京とその相棒に興味を持ったのは紛れもない事実であった。

 

「ま、易者との関連性は個人的に調べればいいかな」

 

 不気味な笑みと共に大空へと跳躍した妖怪記者は里の方角を振り返り――。

 

「杉下右京に神戸尊……。その名前――忘れませんからね?」

 

 か弱い人間でありながら、強者である自身に強硬策を使わせた両名の顔を思い出し、その目を細めて空の彼方へと消えて行った。




幻想郷はスマートフォンとともに。

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