相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第29話 甘味処にて

 鴉天狗、射命丸文の圧迫インタビューを切り抜けた右京と尊は酷い空腹感を覚える。

 時刻は十二時を回っており、お昼時である。とても饅頭五個では足りない。右京が饅頭を日陰に置いてから定食屋に行くことを提案し、尊はその提案を受け入れる。

 家を出た二人は途中、薬屋に寄って腰痛に効く薬を購入して定食屋へ向かう。店内は比較的混雑していたが、すぐに二人分の席が空いた。席に座った右京はうどん、尊は生姜焼き定食を注文。五分ほどで料理が運ばれてきた。二人は腹ペコだったこともあって特に雑談することもなく、料理を平らげた。尊が礼を言う。

 

「ご馳走さまでした。美味しかったです」

 

「それはよかった。もう、お腹は一杯ですか?」

 

「少し足りないですね」

 

「でしたら、甘味処に行きましょうか?」

 

 尊は「いいですね、行きましょう!」と腰を擦りながらも喜んだ。

 代金を支払って店を出た二人はその足で甘味処を目指す。甘味処にはそれなりの数の客が入っていたが、それでも並ぶ程ではなく、空いていた四人がけのテーブルに着くと店員がお品書きを持ってくる。

 二人は緑茶とみたらし団子を選択した。先に緑茶が運ばれる。お茶を啜りながら、落ち着く右京たち。その緑茶は独特な味をしていた。

 

「独特な緑茶ですねえ」

 

「ですね」

 

 右京たちが普段から飲んでいるような製品の茶葉ではないが、幻想郷の土地から取れる茶葉は外の味とは異なった深みを出している。

 尊が湯呑に残る緑茶を眺めながら、品書きを見た際、気になったものを話す。

 

「そう言えば、このお店って〝紅茶〟も扱ってましたよね?」

 

「ええ、お品書きに載っていました。今日は切らしているようですが」

 

「里で茶葉を栽培しているんですか?」

 

 外界から切り離された東方の土地で紅茶が根付くのかと疑問を覚えて尊が首を傾げる。

 

「恐らく、茶葉は《紅魔館》産でしょうね」

 

「《紅魔館》?」

 

 妖怪の山はさっき聞いたから理解できるが、紅魔館なる単語は初耳。右京が紅魔館について簡潔に述べる。

 

「紅魔館はレミリア・スカーレット氏のお屋敷です」

 

 紅魔館は妖怪の山の麓にある霧ががかった湖の畔に佇む洋館である。外装は深紅一色。一部の人間からは()()()()とまで言われる不気味な屋敷だ。もちろん、住んでいるのは人外である。何も知らない尊は突然出てきた外国風の名前に反応する。

 

「随分、洋風な名前が出てきましたね」

 

「ちなみにスカーレット氏は本物の吸血鬼です」

 

「はぁ? 吸血鬼!? ここにいるんですか!?」

 

「いるようですよ」

 

 そう、紅魔館の主レミリアは正真正銘の吸血鬼である。尊は表の不気味な吸血鬼のイメージを思い浮かべ、顔を引きつらせた。血が苦手な彼にとって吸血鬼は天敵だ。右京が続けた。

 

「さらに彼女は吸血鬼のモデルになったヴラド三世の末裔だそうですよ」

 

「ん? どういうことです?」

 

 尊は右京が冗談を言っていると思った。歴史上の人物ヴラド三世なら知っている。その末裔が実在するなら人間ではないのか? ならば吸血鬼って人間なのだろうか、と疑問がグルグルと頭を駆け巡る。

 

「僕の予想ですが、ヴラド三世の逸話がきっかけとなり、生まれたのがスカーレット氏で、その関係上、末裔を名乗っているのではないかと考えています」

 

「生まれた……?」

 

 尊は妖怪の事情に詳しくない。理解が追いつかないのだ。

 

「色々なパターンがありますが、その一つに妖怪は人々の感情、特に〝恐れ〟によって生まれるとする説があります。それが海外も同様だと仮定すれば――」

 

「ヴラド三世を恐れた人々の感情がきっかけでこの世に誕生した」

 

「かも知れません」

 

「なるほど……つまり自身の逸話が有名であれば、その逸話が一人歩きして妖怪になるということですかね?」

 

「そこまではわかりませんが、その可能性があってもおかしくないですね」

 

「ふむふむ、そんな存在が普通に暮らしているのがここって訳か……昨日までのぼくだったら絶対信じなかったな」

 

「僕も同じですよ」

 

 右京も尊も非日常を体験したからこそ、このあり得ない世界の存在に納得できた。何も知らない表の人間に幽霊や妖怪が実在すると伝えても馬鹿にされて終わり。幽霊に関心のある右京であってもここまでオカルトは受け入れられなかっただろう。尊なら笑い飛ばしてお終いだ。何事も経験なのだ。そうこうしている内にみたらし団子が届く。

 二人の前に置かれたみたらし団子は非常に美味しそうであった。

 右京は団子を食し「とてもよい味ですね。特にこの餡かけが絶妙です」と語り、尊も同意した。

 彼らは雑談しながら周囲を見渡す。やってくるお客は皆、着物姿で自分たちだけがスーツを着ている。物珍しそうな目で見られるが、すぐに視線を逸らして料理を注文する。

 中々に奇妙な光景だった。そんな場所でものんきにくつろげるこの二人も大概だが……。

 右京は近くに置かれてあった《文々。新聞》を片手に優雅なひと時を過ごす。

 それからまもなく、店に一人の女性が入店する。女性は日本で言うところの女子大生くらいの年齢だ。茶色の長髪に丸みを帯びた眼鏡をつけ、黄緑色の紋付羽織を纏っており、他の里人と似ているようでどこか違う印象を受ける。

 その姿を見かけた尊が「お、美人なねーちゃんだ」と心の中で評価する。

 彼女は店員に挨拶し、好きな席に着くように促され、迷わず右京たちのいる席へと歩き、彼らの目のつく場所で立ち止まった。

 その存在に気がついた右京が女性を見やる。彼女は右京を視界に収めながら言葉を発した。

 

「おぬしが杉下どのじゃな?」

 

 二人は一瞬、互いに視線を合わせた。年齢的に見て十代後半か二十代前半の女性が()()()()()()という口調をするのはあまり不自然である。雰囲気も余裕がありニコニコしている。

 元上司は尊に視線で「妖怪かも知れません」と伝え、尊も同様に「わかりました」と返事した。右京が視線を女性の方に戻す。

 

「ええ、そうですが」

 

 すると女性は簡単な自己紹介をしてきた。

 

「儂はマミと名乗っている者じゃ。ちょっと、話がしたいのじゃが。よいかのう?」

 

 右京は言葉の言い回しから見て相手が妖怪であると確信するが、笑顔を崩さず対応する。

 

「構いませんよ」

 

「すまぬのう」

 

 妖怪と思わしき女性マミは尊の隣に座って右京と向き合うのであった。


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