尊はマミの歳不相応な雰囲気に戸惑いを隠せずにいる。
先ほど会話した射命丸文もあどけない外見の裏側にとんでもない力を隠していた。この女も同類なのか、と。
そんな彼をマミは横目で見やり「もっと楽にしておくれ。取って食ったりせんのだから」と冗談を聞かせた。尊が額から一筋の汗を垂らし取り繕いながら「アハハ」と笑う。
気圧される相方を尻目に右京が本題に入る。
「僕にどのような御用でしょうか?」
「特に用という訳ではない。ただ、お礼を言いに来たんじゃよ」
「お礼ですか?」
「舞花が切り盛りしている酒場は儂もよく通ってのぉ。当然、敦とも顔見知りじゃ。あやつが殺されたと聞いた時はショックじゃったわい。同時に事件を解決したのが杉下どのだと知り合いから教えて貰っての」
「それで僕を探しにここまで足を運んで下さった訳ですか」
「そういうことじゃ」
マミはメニューを確認せず手を挙げて店員を呼ぶと、慣れた手つきで緑茶を注文した。まもなく店員から緑茶が入った湯呑が届けられる。
マミは茶を啜ってからふう、と息を吐いた。
「感謝するぞ、杉下どの。敦の無念を晴らしてくれたことに」
「当然のことをしたまでです」
「表の警察官は真面目じゃのう。褒められても一切、浮足立つことがない。感心させられるわい」
「とんでもない。寧ろ、責められると思っていました」
「……心配するでない。ここの住民は表の連中よりもずっと優しい。来たばかりにも関わらず、事件解決に尽力したおぬしを責める者などおらん」
「そうですか」
「それにおぬしに
「ハハ、なるほど」
税金という言葉に反応して警察庁務めの公務員が微かに笑った。右京はマミが表の世界に詳しいことに疑問を抱く。
「マミさんは僕たちの世界に詳しいようですが、情報はどこから仕入れているのでしょうか?」
「ん? なーに、鈴奈庵辺りに置いてある外来本を読んでおるだけじゃ。大した知識は持ち合わせておらん」と語った直後、彼女は小声で「勘繰ったところで無駄じゃぞ?」と念押しする。
「わかりました」と返事をする右京。
二人は互いに手元の緑茶を啜った。
刑事は相手が表の世界に精通していると勘付いたが、相手は喋る気がないと悟り、余計な詮索は行わないことにした。
このやり取りの後、三人は雑談し出す。内容は主に里とその外を囲む妖怪の話だ。マミは里の人間が知れる範囲で特命係に色々な情報を教えた。
人里についてはオススメの飲食店、大手道具屋、服屋などの生活に関係する話題からデートスポットや、秘密結社の噂。外については紅魔館、幽霊屋敷、魔法の森、竹林の薬屋、妖怪の山の話題を提供してくれた。右京や尊が感心した素振りを見せながら相槌を打った。
右京たちもお礼代わりに、ここに来た目的や表の話を聞かせた。
手紙の話から始まってデジタルツールの説明、都会の町並みやルール、流行りのファッション、スイーツから簡単な政治の話題まで解り易く説明し、マミを感心させる。
出会ってから実に一時間半もの間、三人はトークに集中していた。
会話が途切れたタイミングでマミが「手紙の件は儂も調べてみる。楽しかったぞ杉下どの、神戸どの」と言って財布から緑茶代の硬貨と一円札を取り出し、テーブルに置いた。
二人が食べた料金の合計を遥かに上回る金額に右京は「そんな、貰う訳には……」と断ろうとしたが「表の話を聞かせてくれた礼じゃ」と強引に押し止めて彼女は「またの!」と手を振りながら、店の外へ出た。右京が引き止めようとしたが、その時すでに彼女の姿はなかった。
その時、ふと右京が右手の一円札を確かめるとお札ではなく代わりに緑色の〝葉っぱ〟が握られていた。直後、どこからともなく「人間と書いて
刑事は彼女の演出に思わずクスっと笑みを零しながら葉っぱをポケットにしまった。
店内に戻り、待っていた尊に右京が「あの方、只者ではありませんねえ」と伝え「ぼくもそう思います」と元部下が答えて席を立つ。
雑談を終えた二人は会計を済ませるべく店員を呼ぶ。
その際、右京が懐から取り出した財布に複数の一円札が入っているのを目撃した尊が思わず目を見張った。
店の外に出てから尊が「随分、こっちの紙幣をお持ちのようですがお金、足りますか?」と気にかけると右京が「ここの物価を計算すると二人ならば一か月から二か月は滞在できます」と回答。
驚いた彼が「いくら両替したんですか?」と訊ねると「二万円分です。約一円札五枚です。ちなみに里では両替出来ませんので、するなら香霖堂で」と返され、尊は「わかりました」と頷いた。
それから右京は尊を連れて共に稗田邸を目指すことにした。
道中、元部下は顎に手を当てながら「マミさんって何者なんでしょうかね……?」と一人呟く。
和製ホームズは両目を閉じながら「狸かも知れませんねえ」と相棒に聞こえぬように言うのであった。