相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第31話 稗田邸にて

 稗田邸に着いた特命係は阿求に面会。そのまま屋敷の客間に案内された二人はお茶を振る舞われる。

 その際、右京は尊を「僕の元同僚です」と紹介。彼も「初めまして神戸尊と言います。杉下さんを探していたらこちらに迷い込んでしまいました」と軽く挨拶する。阿求は「それは災難でしたね……」と不憫そうに言ってから、用件を訊ねる。

 

「どのようなご用件で?」

 

「先ほど、《文々。新聞》代表、射命丸文さんからインタビューを受けましたので、そのご報告に参りました」

 

「……どのような内容でした?」

 

「〝事件〟について聞かれました」

 

 そのワードに反応するかのように少女の顔が少しだけ険しくなる。

 

「何とお答えになりましたか?」

 

 和製ホームズは元部下に目配せしてからスマホを取り出すように促す。

 コクンと頷いた尊は編集ツールで文が去った後の会話をカットした音声を再生できるように準備して座卓の上に置く。

 

「全てはこの中に録音されています。お聴きになりますか?」

 

 差し出されたスマホを目で追いつつも阿求が無言で返事をする。

 直後、録音された音声が再生された。音声は中盤をこそ早回しで進めたが、冒頭と終盤のやり取りはそのまま流した。

 少女は黙って音声に耳を傾ける。序盤は些か不快そうな顔、中盤の皮肉合戦ではちょっとだけ笑いを堪えている表情、終盤に入ると目付きを鋭くさせながら聴き入り「これではまるで……」と意味深なセリフを吐く。

 文のインタビュー内容を知った阿求は明らかに腹を立てていたが、すぐに冷静さを取り戻し「わざわざご報告ありがとうございます。後はこちらで対処を考えます」と丁寧に頭を下げ、尊のスマホを見ながら「スマホって便利ですね……」と羨ましそうにボソっと呟いた。

 ついでに右京は「手紙の主が見つかるまでこちらに滞在しようと思うのですが、よろしいでしょうか?」と訊ねる。

 

 若干、困り顔になったが彼女は「構いません。ゆっくりなさって行って下さい。必要な物があったら何なりとお申し付けを。使いの者に用意させます。それとお帰りの際は私に一声かけて頂ければ博麗神社の巫女や結界に精通した者にお二人が外へ出られるよう、話をつけます」と協力的な姿勢を見せる。

 

 右京は「ご配慮感謝します。ですが、この里に滞在するのは僕達の意思ですから、生活に必要な物資はこちらで集めます」と言ったのだが「いえいえ、事件を解決して頂けるだけでなく、その後も丁寧に対応なさって下さったお二人に何の支援もしないというのは稗田の名に恥じる行為です。ここは私の顔を立てると思って物資をお受け取り頂けると幸いです」と説得される。

 

 そこまで言われたらさすがの右京も断れない。二人は阿求の申し出に深く感謝した。

 阿求はすぐに必要な物資を運ばせる事と手紙についての調査を約束した。

 話を終えた二人は稗田邸を後にする。部屋に帰る途中、尊が右京を見た。

 

「稗田さんって凄く、いい人ですね」

 

「ええ、とても聡明で懐の深い方です」

 

 滞在すると申し出たら生活に必要な物や帰る手段まで用意してくれると言うのだから、さすが名家の当主だと尊は感心した。

 

「ところで、稗田さんは具体的にどのような対処をするんですかね?」

 

「さあ、僕には見当もつきませんねえ」

 

「天狗の上司に言いつけるとか?」

 

「天狗そのものが排他的らしいですから、簡単には人の話を受けつけないと思います」

 

「つまり、どうにもならないってことですか――まぁ、あんな化け物相手じゃ手の施しようがないってのも頷けますけどね」

 

「それが里の現状でしょう」

 

 人間はあまりに非力。妖怪は里の人を襲わない代わりにそれ以外は自由。楽しむだけなら無問題である。人間と妖怪の対等なつき合いとは想像以上に難しい。

 

 ()()を知っている右京は里の人々を不憫な目で見てしまう訳だが、尊に何も伝えていないので平静を装う。

 部屋に戻った二人は阿求の使いの者たちがやってくるのを待っていた。時刻は十六時を回ったところだった。

 右京がスマホのバッテリーを確認する。

 

「僕のスマホのバッテリーが30%を切ってしまいましたねえ」

 

 右京はカバンの中から黒色のモバイルバッテリーを取り出した。長方形で大きさは掌から少しはみ出す程度の物だ。

 

「君のスマホは大丈夫ですか?」

 

「ぼくのスマホは70%ですね」

 

「少なくなったら言って下さい。バッテリーをお貸ししますから」

 

「でも、そのモバイルバッテリーの容量ってどれくらいですか?」

 

 尊は右京のモバイルバッテリーが比較的小型であることを気にかけていた。大きさ的に5000mAhくらいだと想像するが、右京は笑顔で「元特命係の青木年男(あおきとしお)君オススメのモデルです。僕のスマホであれば三回半は充電できます。しかも、最近購入したばかりで充電もばっちり済ませていますから、最低でも三回分はあるとみて大丈夫でしょう」と語った。

 

 青木が押したこのモバイルバッテリーは約10000mAhで最軽量が売り文句の製品。価格は少し高めだが、旅行や遭難時を想定して良い製品を購入しておいたのが吉と出た。

 

「ナイス、青木年男! 誰か知らないけど」と心の中で尊がガッツポーズする。

 

 幻想郷内では電波が届かず、通信手段として役に立たないが、結界外に出れば助けを呼ぶのに必要となる。おまけに事件や幻想郷実在の証拠を残せるので、充電はあった方がよいのだ。

 右京がUSBケーブルを接続し、スマホを充電する。

 

 それから少しして阿求の使者が自宅正面に荷物を持ってやってきた。

 右京は挨拶してから物資を受け取り、中へと運び入れた。その中身は二人分の生活用品だった。

 物資を整理し終えるまで四十分程かかったが、これで生活環境が整う。

 二人は使者の方々にお礼を言って彼らを見送るのであった。


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