相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第33話 華麗なる来訪者

 気がつけば四人は数時間もの間、雑談を続けていた。真面目な話からくだらない話まで様々だったが、右京たちは楽しいひと時を過ごす。

 

「そろそろ、日が暮れてきたな。私は帰るとするぜ」

 

「僕たちも帰りましょうか」

 

「はい」

 

 帰りの挨拶を交わしてから右京たちと魔理沙は鈴奈庵を後にした。帰宅途中、手頃な飲み屋を見つけたので、二人はそこで食事を済ませる。

 帰宅した彼らは鈴奈庵から借りてきた本を手に取る。

 

 右京は謎の人気作家、アガサクリスQの〝全て妖怪の仕業なのか〟を、尊は外来本の〝緋色の研究〟をじっくりと読む。

 途中、何度か和製ホームズがクスっと笑う。クレバーなワトソンが「そんなに面白いんですか?」と訊ねる。

 

「ええ」と彼が答えた。

 

「後で中身を教えてくださいね。何となく想像がつきますけど」

 

「ふふっ、君が思うよりもずっと奇抜だと思いますよ」

 

「楽しみにしてます」

 

 そう言うと、尊は視線を自身の本へと移した。緋色の研究は紛れもなく名作である。ホームズとワトスンの記念すべき最初の事件が書かれているのだから。

 尊も子供の頃、読む機会があったが、今になって読み返すと当時とは違う見方ができる。

 特に名探偵の助手であるワトスンの置いてけぼり具合には思わず、かつての自分を重ねてしまい、乾いた笑いが止まらなくなった。

 目の前のホームズは麻薬にこそ手を出さないが、その正義を貫く姿勢はある意味で本家を凌ぐものがある。

 おまけに事件解決数も軽く二○○件は超えており、作中で確認できるホームズの事件解決数を上回る。まさに和製シャーロック・ホームズの名を冠するに相応しい男だ。

 

 尊が「あまり厄介事に首を突っ込まないといいけど……」と心の中で呟くも、期待するだけ無駄だと悟り、そっとため息を吐く。

 時刻が二十二時を回る頃になると無音による影響か、デジタルツールに触れる時間が短くなった影響か、二人は眠気を覚え始めたので、寝支度を整えてから眠りに就いた。

 

 早朝、朝日と共に目を覚ました二人は朝食を作り、昨日と同じように片づけを行った。

 その最中、戸をノックする音が聞こえる。手が離せない右京に変わって尊が戸を開けると、そこには新聞を抱えた射命丸文の姿があった。

 

「どうも、文々。新聞です! 記事のほうができましたので、お届けに参りました。後で目を通しておいて下さいね。それでは」

 

「あ、ちょ――」

 

 尊に新聞を渡した文は返事を待たずに大空へと消えて行った。

 右手に持った新聞に彼が視線を移す。

 

「なになに……タイトルは『手紙の主、探してます』か」

 

 大き目の見出しと共に手紙の画像が載っていた。どうやら、文は新聞の一面を使って記事を作ってくれたらしい。

 文章は特に脚色されている形跡はなく、自分たちが文に話した簡単な自己紹介が書かれているが、文章の半分以上は手紙の内容に割かれている。

 

 元部下は記者を()()()()()()()()()()()()()と評した。もっと面白おかしく書かれると身構えていただけに些か、拍子抜け感が否めない。

 尊が右京のところに新聞を持って行く。新聞を見た右京は「後でお礼を言わねばなりませんねえ」と語った。

 情報発信をしたら後は待つだけである。情報が集まることを期待して右京たちは数日の間は里から動かずにいることを決める。

 

 それから次の日の午前十時。里の集会所で敦の葬儀が行われた。

 飲み屋の常連客が中心となり、右京と尊、魔理沙と霊夢、阿求に慧音、そしてマミが喪服に身を包んで参加した。

 遺体は里外れの共同墓地に埋葬されることになり、遺体を入れた霊柩を力自慢の村人が担いで墓地へと運んで行った。

 舞花は終始、泣いていたが、別れ際には笑顔を浮かべながら事件解決に尽力した右京らに感謝を述べた。

 葬儀を終え、身を清めた右京と尊は特命部屋で情報を待つもこの日は誰も来なかった。

 

 日が変わり、昼近くになっても人が来る気配はない。右京は尊を伴って、鈴奈庵を訪ねる。

 先客の魔理沙と霊夢の姿を確認した右京が軽く挨拶すると、魔女が質問する。

 

「よう、何か情報はあったか?」

 

「特にありません」

 

「そうか」

 

 この二日間、右京たちは情報提供を待ちながらも空いた時間、交代で住民たちに聞いて回ったが、有益な情報は一切なかった。

 

「私の方も情報らしい情報は入って来てませんね」

 

 そこに本を棚に並べ終った小鈴がやってきて会話に混ざった。彼女も来店客に話ついでに訊ねてみたが、これといった成果はなかった。

 霊夢は「妖怪にも手紙の件は伝わっているのに、ここまで情報がないとなると手紙の主はもう……」と最悪のケースを想定するも右京が「まだ、諦めるのには早いです。僕は時間の許す限り、捜索を行います」と言い切った。

 

 その言葉に尊を含めた四人が苦笑う。同時に鈴奈庵の扉が開き、常連であるマミと阿求が入店する。刑事が頭を下げるとマミは手を振り、阿求もお辞儀をした。

 

「進展はあったかの?」

 

「いえ、ありません」

 

「そうか、そうか。儂のほうも探しておるが手がかりなしじゃよ」

 

「こちらにも情報は入ってきません」

 

 右京から話を聞いたマミや事情を知る阿求も捜索に協力していた。マミは独自ルートでの調査に阿求は里の顔としての人的ネットワークを駆使した情報収集を行う。

 どちらも幻想郷の情報に長けている存在だが、依然として見つからない。右京は二人に「ご協力感謝致します」と述べ、今後の方針を練る。

 

「(新聞のおかげで情報は外部にまで拡散されました。しかし、手がかりはない。これは困りましたね)」

 

 まだ、二日目とは言え、影響力のあるメディアを使ったのにも関わらず、情報はなし。霊夢の言う通り、手遅れになったのかも知れないが、この程度で諦める右京ではない。

 

「こうなれば里の外を捜索するしかありませんね」

 

 右京のセリフに魔理沙と霊夢がいの一番に反応する。

 

「それは危険だ、止めておけ」

 

「外は妖怪が跋扈する世界です。命の保証はありませんよ?」

 

 続いて他のマミ、阿求、小鈴の三人も

 

「二人の言う通りじゃ。外に出ても単なる人間では成す術なく殺されてしまう」

 

「私もこの方と同意見です」

 

「止めたほうがいいと思います。私も結構、痛い目に遭いましたから……」

 

 幻想郷の住民は誰一人として、右京の発言を肯定する者はいなかった。

 右京は尊を見るも彼は両手を振りながら「ぼくたち二人では到底無理です。殺されてお終いですから」とストップをかけた。

 同意を得られず、考え込む右京。

 里で手に入る情報は限られている。先へ進むためには手紙が書かれたとされる外へ向かわねばならない。右京たちが外で活動するには彼女たちに護衛して貰う以外の選択肢はない。

 

「魔理沙さん、霊夢さん――僕たちを外まで連れて行って貰えませんか?」

 

「……場所にもよるが、妖怪の住処へは連れて行けん」

 

「どうしてでしょうか?」

 

「おじさんとそっちのにーさんを守りながら進んでいくのは骨が折れる。てか、守りきれる気がしない」

 

「霊夢さんと二人なら?」

 

 その問いに魔理沙は霊夢を横目で見ながら「可能かも知れんが、それでも完全に守りきれるとは言えんな」と言う。

 霊夢も「お二人を守りながら戦うのは正直辛いです」とキッパリ言い切った。

 

 いくら幻想郷の猛者とは言え、お荷物二人を抱えたままでは身が危ぶまれる。里の外、特に妖怪の住処には人を襲い捕食する妖怪も多数存在する。

 

 魔理沙や霊夢がいようがお構いなしでかかってくる者もいるだろう。

 

 幻想郷を知り尽くす二人なら軽々しく請け負うはずがない。意見を聞いた右京は「そうですか……」と答えて再び、思考を巡らせる。

 

 その様子に一同、視線が集中する。六人の考えは一致している。()()()()()()()()()()()()()()()()()という希望的観測である。

 

 杉下右京はいざとなると無茶な事しか言わないし、やらない。それが事件解決に繋がるのであるが、幻想郷で無茶をすれば死に直結するのだ。慎重に行動したほうが得策だ。本人だって理解している。

 彼は手紙もそうだが、それ以上にやらなければならないことがあり、自らの目的を果たすために多少の無茶はやむを得ないと覚悟を決めている。

 

 真剣な表情を浮かべる右京の隣で尊は新聞を眺め、手紙の画像をじっくり観察し、元上司の顔を少しだけ怪訝そうな顔で見やるが、何かを言う訳でもなくすぐに目を離した。その右手には幻想郷縁起がしっかりと握られていた。

 

 尊は「……とりあえず、お客さんの迷惑になりますし、座りませんか?」と促す。

 

 右京は頷いてからこの場を離れようとした。

 その時、扉が開く音と同時に女性と思わしき声がする。

 

 ――よろしければ私が里の外をご案内致しましょうか?

 

 右京が振り向くと扉は閉まっており、人が入って来た形跡など見当たらない。その現象に他のメンバーも何が起きたかわからず、辺りをキョロキョロと見回していた。

 すると、店内にコツコツと足音が鳴り響き、右京の下へ近づいてくる。全員が音のするほうへ視線を移すとそこには銀色の髪に青いメイド服で身を包んだ十代中頃と思わしき少女の姿があった。

 少女の歩き格好や佇まいは完璧で、富裕層の尊が「うお、本物のメイドだ」と心の中で唸るほどだった。少女が右京の正面に立ち、スカートの両端を摘まみながらお辞儀をする。

 

「私は《紅魔館》でメイド長を務めさせて頂いております十六夜咲夜(いざよいさくや)と申します」

 

 そう言ってメイドの咲夜は微笑むのであった。


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