十六夜咲夜はレミリアの側近として里の内外を問わず有名である。メイドの心構えもだが、戦闘技術も卓越しており、ナイフの腕前も達人級である。その戦闘力は幻想郷で暮らす人間の中でもトップクラス。霊夢や魔理沙にも引けを取らない。
また、幻想郷縁起には彼女は〝時間を操る程度の能力〟を持っていると記述されている。この能力は文字通り、時間を操る能力だが、かなり応用が利くそうだ。常人では到底太刀打ちできず、戦いになれば一方的に倒されてしまう。そこらの妖怪よりも注意が必要らしい。
「あなたが杉下右京さん、そちらが神戸尊さんでいらっしゃいますね?」
「ええ、そうですが。今、里の外を案内してくれると言ったのは……」
「私です」
咲夜はニッコリと笑う。そこに間髪入れず霊夢が割り込んできた。
「どういうつもり?」
「どういうってどういうことかしら?」
「とぼけんじゃないわよ。アンタが外からやってきた人間に幻想郷を見せて回るなんて話、信じられる訳ないでしょ!?」
「失礼な言いぐさね」
霊夢に問い詰められても咲夜は表情一つ変えない。巫女一人じゃはぐらかされるだろうと踏んだ魔理沙が加勢に入る。
「どうせ、外を案内して油断したところを気絶させてから身ぐるみを剥いで吸血鬼の供物にするってところだろ? 見え見えだぜ」
「お嬢様は小食なので大量に血液を必要としません」
「保存食にする可能性もある」
「ほ、保存食!?」狼狽える尊。
「神戸さんご心配なく。我々は客人に対してそのようなことは致しませんので」
「お二人とも、信じちゃダメよ!」
「そうだぜ! こいつらは何を考えているのかまるでわからん連中だ。おまけにこのメイドは盗人だ! いつだったか、私の家に忍び込んでコレクションをかっぱらって行った!」
「あら? ちゃんと返したじゃない?」
「いいや、本が何冊か無くなっていた!」
「それはうちの図書館の本でしょ? ついでに返却して貰っただけよ」
「ぐぬぬ……おい、霊夢なんか言ってやれ!」
「自業自得」
「あぁん!?」
会話の内容が真面目なのか、おふざけなのか、わからなくなってきたところで右京が口を開く。
「十六夜さん。そろそろ……僕に会いにきた本当の目的をお話し下さい」
「本当の目的……ですか?」
「たまたま通りかかったという訳ではありませんよね?」
「どうしてそう思われるのですか?」
右京が答える。
「あなたがメイド服を着てここにきていることから現在、仕事中であると推察できます。仕事中に個人の都合で僕を外に案内しようとするメイドはいないでしょう。仮にいたとするならば新米メイドくらいです。メイド長であるあなたが真似をするはずがない」
「まぁ、仕事とプライベートは弁えていますが……」
「であれば、あなたが僕に接触してきたのは主であるレミリア・スカーレット氏の命令である可能性が高い。つまり、スカーレット氏は僕に何らかの用事がある。そう思ったのですが、如何ですか?」
右京は咲夜をじっと見つめた。
メイドはパチパチと手を叩く。
「お見通しという訳ですか」
「なんで隠したんだ?」と魔理沙。
「別に隠してた訳じゃないけどね」
咲夜は魔理沙の言葉を否定しながら、右京に会いにきた目的を話し始める。
「実はレミリアお嬢様がお二人の記事を見て、興味を持ったようで、是非お会いしたいと申しているのです」
「ほう、もしかして――“手紙”についてでしょうか?」
「いえ……お二人そのものにご興味があるそうで」
「なるほど、手紙ではなく、僕たちにですか……」
「はい。杉下さんが事件を解決したことや経歴と趣味を知って『日本のシャーロック・ホームズがやってきたわ!』とはしゃいでいましたから」
「おやおや、それは買いかぶり過ぎですよ」
謙遜する右京の姿を視界に収めながら尊は「やっぱり、この人のイメージってシャーロック・ホームズだよな」と若干、呆れる。
咲夜が続けた。
「よろしければ紅魔館に来て頂けないでしょうか?」
「今からですか?」
「そうですね。ご迷惑でなければ」
右京は尊のほうを向いた。
尊は迷ったが、一人ポツンと里に残されるのも寂しいので「もし杉下さんが行くのであれば、ぼくも付いて行きます。ちょっとおっかないですけど……」と答え、咲夜が安心させるために「お嬢様は客人を襲うことはありませんのでご安心を」と笑顔で告げる。
「そ、そうですか……ハハ」と尊が呟いた。
刑事はそんな元部下を余所に魔理沙と霊夢に意見を求めた。
「僕個人としては是非、スカーレット氏とお話ししてみたいと思うのですが……皆さんはどう思われますか?」
「一般人には危険すぎる。騙されて言いようにされるぜ?」
「捕って食われるだけかと」
次にマミたちのほうを向いた。
「うむ。こやつらの考えはよくわからんが、霊夢たちが見ている前で人間を連れていって食糧にするとは考えにくい。後で報復されるのがオチじゃしのう――本当に話したいだけなのかも知れんな」
「確かに人攫いにしては堂々とし過ぎですね……」
「レミリアさんってそういうのしなさそうだけどなぁ」
マミたちは霊夢らとは違う意見を出した。マミはレミリアが右京と話したいのでは? と考え、阿求は人攫いにしては不自然と思い、以前レミリアと文通した経験も持つ小鈴は彼女の肩を持った。
右京は「貴重なご意見ありがとうございます」と礼を述べた。
その様子に咲夜は小さく笑う。
「お嬢様は純粋に杉下さんとお話がしたいだけだと思います」
「そんなの信じられる訳ないでしょ?」
「よからぬ企みがあるに違いない」
またしても二人が口を挟んだ。霊夢は妖怪の言い分を信じようとはしない。場合によっては退治するのだが、自身の神社には退治した妖怪たちがたむろしているという皮肉付きである。
一部では〝妖怪巫女〟とまで囁かれているが、本人は人間巫女を自称している。
彼女からすれば非力な人間を紅魔館に行かせる訳にはいかないのだ。
もし、行かせて何かあれば本業に影響するかも知れないと危惧しているからだ。
おまけに魔理沙まで疑いの目を向ける始末。咲夜は面倒臭くなったのか、予想外なことを言い出した。
「そんなに心配だったら、あなたたちも一緒に来る?」
二人は「「は?」」と間の抜けた声をあげる。
「だって心配なんでしょ? ならついてくるほうがいいと思うけど?」
「あ、いや、確かにそうだが……」
魔理沙は咲夜がこうもあっさり自分たちを紅魔館に招くなど想像が付かないのか、目が点になっている。霊夢さえも首を傾げている。右京は咲夜が作ったチャンスを逃さない。
「
話題を振られた尊は二人の戦う姿を見てないので返事のしようもないのだが、ここは右京に合わせて「あ、安心できますね!」と頷く。
幻想郷屈指の強さというワードに霊夢の顔が綻ぶ。魔理沙が「お世辞だからな?」とつっこむも上機嫌だ。メイドも巫女のガードが崩れたのを感じ取り、上手く誘導する。
「で、どうするのよ
「そんな訳ないわ!」
「じゃあ来る?」
「い、いってやろうじゃない!」
「おい霊夢!?」
魔理沙は啖呵を切ってしまった霊夢を不安そうに見つめるが、当の本人は腕を組んでふんと鼻を鳴らした。
霊夢は意外と単純なのだ。それをよく理解している魔理沙はこれ以上、彼女を止めず「コイツが行くなら私も行く。いいよな?」と咲夜に訊ねた。
咲夜は「いいわよ」と快く承諾した。その態度に魔理沙はどこか不気味さを覚えるもメイドの真意を読み取れず、黙るしかなかった。
「ふふ、それではお二人とも、よろしくお願いします」
「お願いしますね」
「わかりました」
「おう」
その光景を見守っていた小鈴が「いいなぁ」と羨ましげに零す。小鈴は紅魔館に行ったことがなく、里には存在しない洋館に憧れを抱いている。小鈴の言葉が耳に入った阿求は振り向いてから止めておけと言わんばかりに首を横に振った。その時、メイドが彼女に声をかける。
「本居さんも一緒にどうです?」
「ええ!? いいんですか!?」
「以前、お嬢様もペットを助けて貰ったお礼をしたいと申しておりましたので、この機会に是非」
「でも……」
小鈴は不安げに友人の阿求の顔を見た。その目はまるで捨てられた子犬のようであった。大きなため息を吐いた阿求は「行ってくれば?」と背中を押した。後押しされた小鈴は「行きます!」と返事をする。
目を輝かせる小鈴を眺める阿求の目はほんの少しだけ羨ましそうにみえた。
稗田阿求は里の名家に生まれた稗田阿礼の転生体だが、知的好奇心に溢れている。幻想郷縁起を執筆する際も妖怪の住処に突撃取材を敢行するなど、かなり無茶をする一面も持ち合わせている。
彼女は紅魔館を何度か訪れているが、大きな催しに出席するだけで紅魔館の日常を体験する機会はなかった。妖怪研究家としては普段の生活も気になるところである。どうせなら自分もと言い出したい気持ちもあるが、呼ばれてもいないのに口に出すのは失礼であった。
それを察したマミが芝居を打つ。
「コホン。しかし、儂らだけ除け者とは何とも寂しいのう。なぁ、阿求どの?」
「そ、それは……」
阿求は心を見透かされた気がして言葉を濁した。続けてマミが視線を自身に移した咲夜に向かってウインクする。咲夜も何かに気がづいたようで僅かに顔を縦に動かしてから、阿求に話しかけた。
「稗田さんもどうですか?」
「え!?」
自分も誘われるとは思ってもみなかった阿求は両手で口を塞ぐ。
「でも、私は特にレミリアさんと仲がよい訳でもないので……」
「いえいえ、賑やかな方がお嬢さまも喜びますから!」
万遍の笑みを浮かべる咲夜に阿求は右指で髪の毛を弄りつつも「では、お言葉に甘えて……」と恥ずかしげに呟いた。
阿求の返事と同時に隣のマミが咲夜に意味ありげな笑顔で圧力をかける。メイドはその意図を察知して一瞬、目を逸らすが、申し訳ないと思ったのか「あなたも……どうですか?」と渋々誘う。
「もちろんじゃ!」マミが即答する。
こうして、右京たち七人の小さな兵隊は紅魔館を訪れることになった。
楽しそうにする右京と小鈴と阿求、一周回って謎のやる気を出す霊夢、不安そうな尊と魔理沙、そして飄々としているマミ。
様々な思惑が渦巻く中、レミリアの側近、十六夜咲夜は関係ない招待客が増えたのにも関わらず「これでお嬢さまがたもお喜びになられるわ」と心の奥底でほくそ笑むのであった。
……はあなたがこの―――における――――――にならないことを祈って―――。