相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第35話 緋色の主

 紅魔館に行きが決まった右京一行はそれぞれ準備を済ませて三十分後に里の外へと出た。咲夜の先導の下、霊夢と魔理沙が脇を固めるように他のメンバーを誘導する。

 一行の後方にはマミが陣取っており、余ほどの大群か大妖怪でもない限りは安心だろう。

 

 道中、ちょっかいを出しに来た妖精や妖怪が何体かいたが、その全てが返り討ちに遭う。

 といっても向こうも本気ではなく、軽い気持ちで挑んできたので、霊夢たちも軽く蹴散らす程度に済ませていた。

 その戦いっぷりはさながら空中戦を行うアニメの主人公そのものであり、圧倒的無双であった。右京はすでに霊夢と魔理沙の戦いを目撃しているので景色を含めスマホを片手に撮影していたが、反対に尊は大きく口を開けながら「これが同じ人間なのかよ」と零し、共感した小鈴と阿求がウンウンと頷いた。

 

 しばらく歩くと霧かがった湖が姿を現す。白い霧が周囲を覆いながら風に揺れる姿は北海道の摩周湖を彷彿とさせる。

 右京が感心したように口を開く。

 

「ここが霧の湖ですか。幻想的な場所ですねえ」

 

「我が紅魔館が誇る名スポットです」

 

「勝手に自分のところのスポットにするんじゃないわよ」

 

「慣れると視界が悪いだけの湖だがな」

 

 霧の湖を自慢する咲夜に霊夢と魔理沙が口を挟んだが、メイドは二人を無視しながら一行を紅魔館まで案内する。

 湖畔に沿って進んでいくこと十分、次第に紅い洋館がその姿を見せる。景観にそぐわない緋色の外壁は景観破壊と言われても仕方のないレベルであった。

 近づくに連れ、館の詳細が判明する。

 大き目の洋館で、窓が少ないが、門の鉄格子の隙間から伺える庭園は綺麗に手入れがなされている。館正面の塔には大きな時計が設置されており、時刻はちょうど十四時を指していた。

 門までたどり着くと緑色の中華風衣装を身にまとった門番が出迎えた。

 

「お疲れさまです。咲夜さん」

 

「美鈴、ご苦労さま。お客さまをお連れしたから門を開けて頂戴」

 

 咲夜が声をかけると美鈴と呼ばれる門番が頷き、門を開く。それが完全に開くと咲夜が一行を敷地内に招き入れる。右京は興味津々といった様子で辺りを見回した。

 

「美しい庭ですね」

 

「それほどでも」

 

 謙遜しながらも咲夜は嬉しそうに答えた。紅魔館を初めて訪れた小鈴も目を輝かせているが、相方の阿求に「勝手にどっか行かないでね」と釘を打たれ、ふくれっ面になる。

 マミもまた「ふむふむ、ここが紅魔館か……」と呟きながら様々な考えを巡らせていた。

 庭を歩き、正面玄関から紅魔館に入ると外観から見て倍以上の広さを持つ紅い絨毯が敷かれたエントランスに数十人の背中に羽根が生えた妖精メイドたちが一行の正面に現れる。

 尊はその外観からは想像がつかない広さに目を疑った。

 

「あれ? こんなに広かったかな!?」

 

「確かに想像以上に広いですねえ」と右京。

 

 咲夜はどこか誇らしげな表情を浮かべるが、魔理沙が「インチキみたいなもんだぜ」と軽口を叩く。霊夢も「空間拡張の仕方を教えて欲しいもんだわ」とメイドに言うも「教えてもできないと思うから時間の無駄ね」と突き放す。

 そこに右京が「しかし、気になりますねえ。参考までに教えて貰えないでしょうか?」と訊ねる。咲夜はばつが悪そうに「ええっと、実は私自身もよくわかっていませんので……」と返答した。

 

「そうですか。他のどのような事ができるのですか?」

 

「時間を止めたり、物体の時間を進ませたり、残像を作る程度ですよ」

 

 そう咲夜が答えた。

 尊はあっけらかんとしながら語る彼女を「とんでもないメイドだな」と思った。

 

 二階へと繋がる階段を上り、客間へと移動すると少々、薄暗い空間の中央に長方形のテーブルがポツンと佇んでいた。そして、その奥にはピンク色の変わった帽子を被った十歳程度の少女の姿があった。

 メイドは少女の下まで右京たちを連れて行き、彼女に告げた。

 

「お嬢さま、杉下さまと神戸さまをお連れ致しました」

 

「ご苦労」

 

 少女は椅子から下りて立ち上がる。

 薄暗い室内に僅かに差し込んだ光が彼女の姿を右京と尊の前に晒した。

 帽子から見える少しウェーブがかった水色のセミロングの髪型に薄いピンクのドレスを身にまとい、目の色は緋色かつ眼球は蛇のように鋭く、肌は日に当たらない影響か西洋人形のように透き通った白さを持つ。その背中には小さいが蝙蝠の翼が生えており、身体を動かすと同時にパタパタと揺らめく。

 右京は目の前の非現実的な存在に魅入り、尊は額から汗を流して小刻みに震えている。

 そんな対照的な二人を視界に入れつつ、少女は余裕と気品に満ちた表情をみせた。

 

「初めまして、私はこの館の主、レミリア・スカーレットよ。あなたが杉下右京さんね?」

 

「はい、杉下右京です」

 

「会えて嬉しいわ」

 

「こちらこそ」

 

 メガネの紳士は姿勢を低くして、右手を差し出す。少女ことレミリアは笑顔を作りながら右京と握手を交わす。右京への挨拶を済ませたレミリアは隣の相棒をみやった。

 

「そっちのあなたは神戸……()()さんね?」

 

「あ……」

 

 尊はよく呼び方を間違えられる。特命時代も何かと縁のあるトリオ・ザ・一課の一人、伊丹憲一や特命係に時々やってきては先輩ズラする陣川公平らにソンと呼ばれることがあった。それがまさか、異国の地でも繰り返されるとは尊自身、思ってもみなかった。

 

 しかも、相手は少女とは言え、表でも知らぬ者がいないほど、メジャーな存在たる吸血鬼。尊は迷ったが「すみません……ぼくの名前は()()じゃなくて()()()です……ハハ」と説明。レミリアは「あら、ごめんなさい。日本語って難しいからたまに間違ってしまうのよねぇ」と謝罪。

 

 すかさず、尊が「いえいえ、紛らわしくて申し訳ないです!」とフォロー。レミリアはその仕草にクスクスと笑いながら「そんなに怖がらなくてもいいのに」と思った。

 タジタジになりながらもチラッと元上司を見る元部下。それを察した右京が微笑みながらレミリアに声をかけた。

 

「レミリアさん、本日はお呼び頂きありがとうございます」

 

「急にお呼びして迷惑じゃなかった?」

 

「滅相もない――僕個人としてもいつか紅魔館に伺えればと思っていましたので」

 

「ならよかったわ!」

 

 そう言って、レミリアは両手をパンと叩いて喜んだ。その後、右京たちの後ろで様子を見守っている来客たちに目を向ける。

 

「随分と客を連れてきたわね……」

 

 少しばかり呆れながらも大して気にする素振りを見せず、彼女が見知った顔に話しかける。

 

「小鈴さん、お久しぶり。元気そうね」

 

「はい、お陰様で!」

 

「稗田さんもいらしてくれたのね」

 

「小鈴のつき添いでやって参りました」

 

「ふふ、歓迎するわ。で、そっちは……」

 

「一応、人間の()()じゃ。よろしく頼むのう」

 

「人間の()()ねぇ……まぁ、そういうことにしておきましょうか……」

 

 紅魔館の主はマミに何か言いたそうだったが、外来人がいるので言い留まり、残りの二人の方を向く。

 

「客人の護衛、ご苦労。もう帰っていいわよ?」

 

「アンタねぇ、こんな不気味な館に人間残して帰る訳ないでしょ!」

 

「そうだそうだ、お前らは何を仕出かすかわからんからな。監視が必要だぜ!」

 

「あーはいはい、わかったわかった」

 

 レミリアは話すのが面倒になったらしく、適当にあしらった。彼女ら三人のやり取りは大体こんな物である。仲がよい訳でもなく、信用や信頼などの感情は皆無に等しいが、特別な間柄であるのは違いない。

 右京は三人のやり取りを「こういう形の友情もあるんでしょうかね?」とじっくり観察していた。レミリアは「立ち話も何だから座って頂戴」と語って右京たち全員をテーブルにつかせるのだった。


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