相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第36話 緋色の対談 その1

 客人たちがテーブルについたことを確認した緋色の主が自らの椅子に座る。それからすぐに人数分の紅茶が運ばれてきた。一行は出された紅茶を啜る。

 その味はお世辞にも美味しいとはいえなかったが、右京と尊は顔に出さない。

 

「紅魔館で作られた紅茶の味はどう?」

 

「とても独特な味ですね。幻想郷らしさを感じます」

 

「よい紅茶だと思います」

 

 レミリアの質問に特命の二人が答えると次に彼女は小鈴と阿求のほうを見て感想を催促する。

 二人は「おいしいです……」とお世辞を送る。残りの三人は感想を述べなかった。

 右京は紅茶の味からよい茶葉を使っていないもしくは栽培環境が茶葉に適していないと気がつくも、明言を避ける。レミリアが右京に視線を戻す。

 

「杉下さん、新聞記事を拝見させて貰ったわ。よい趣味をお持ちのようね。幻想郷には西洋的な趣味を持った者が少ないから、つい嬉しくなったわ。それと、そこの紅白巫女と白黒魔女を使って殺人事件をスピード解決したのよね? まるでベイカー・ストリートイレギュラーズを使うシャーロック・ホームズのようだわ」

 

 その言葉に反応して「誰がベイカー街不正規連隊だ!!」と魔理沙が怒鳴るのだが、レミリアは悪びれる素振りを見せず「気を付け」と冗談交じりに語ってみせた。ツボに入ったのか阿求が押し寄せる笑いを必死に堪えていた。

 魔理沙は腕を組みながらヘソを曲げる。霊夢は原作を知らないのでチンプンカンプンであった。今の会話から右京はレミリア、魔理沙、阿求が《シャーロック・ホームズ》シリーズを読んでいると理解した。

 

「だから、僕をシャーロック・ホームズと例えたのですね」

 

「それだけじゃないわ。お隣のパートナーのお名前が()()だと思ってたから、ワトスンを連想したのよ。日本だとワトスンをワト()()と言うみたいだし」

 

「なるほど、そうでしたか」

 

 ホームズの相棒ワトソンは正式にはワトスンである。英国紳士風の日本の刑事とソンの名を持つ相棒。レミリアがホームズ&ワトスンを連想するのも頷ける。

 

「ですが、僕はシャーロック・ホームズには遠く及びません。彼のような完成された推理を披露するだけの力はありませんし、失敗もします」

 

 顔を暗くする和製ホームズに緋色の主がフォローを入れる。

 

「ホームズだって完璧ではない。アイリーン・アドラーには撒かれるし、犯人行方不明のまま事件が終わることだってある。それでも彼は世界中から愛されているのよ? あなたも自信を持つべきね」

 

「恐縮です」

 

 レミリアは右京が今回の事件で犯人の自殺を許してしまったことを知っているので、彼を慰めるような発言をした。レミリア・スカーレットは非常にわがままな妖怪として有名だが、時折、吸血鬼のカリスマを垣間見せるのだ。

 決して、優しく励ましたりしないが、相手への配慮を含んだ言い回しが他者を惹きつけるのかも知れない。

 右京は吸血鬼のカリスマを肌で感じながら紅茶を啜った。

 

「そう言えば、あなたは里で人気の小説をご存じ? アガサクリスQ原作の〝全て妖怪の仕業なのか〟って推理小説なんだけど?」

 

「それでしたら昨日読ませて頂きました」

 

「!?」

 

 アガサクリスQ、通称Qの話が出た途端、何故か全く関係ないはずの阿求が咳き込んだ。

 レミリアはその姿を視界に収めつつも話を続けた。

 

「個人的にとても気になる内容なんだけど、私、あまり日本語が得意じゃないから読めないのよねぇ……。よかったら内容を聞かせて貰えないかしら?」

 

「そういうことでしたら」

 

 右京はそう言うと、何かを察してか、阿求の方をチラッと伺いながらも、視線を戻して吸血鬼の要求に答える。

 

「とある東洋にある外界と隔離された人里に住む好奇心旺盛の十五歳の少年と同い年の男の子が妖怪絡みの事件に挑むというストーリーです。主人公の少年は名家の次男として生まれますが、非常に頭がよく、人里始まって以来の天才で中性的な容姿をしており、美男子として有名で女性に好かれ、さらに格闘技を習得しているため喧嘩も強い――といった人物です」

 

「……随分、設定を詰め込んでるのね。相方のほうは?」

 

「薬屋の長男に生まれた男子で物覚えがよく、天才とまではいかないものの優秀であると書かれていますね。意外と熱くなりやすく、視野が狭くなりがちですが常識人であり、訳の分からないことを言い出しては事件に首を突っ込む主人公のよき理解者として活躍します」

 

「名家生まれの天才に薬屋の倅……なんだが、ホームズとワトスンを連想しちゃう。いや、作者の名前からすると、ポアロとヘイスティングズかしら?」

 

「全体的に作風が冒険劇寄りなのでシャーロック・ホームズがベースでしょうか。しかし、そこに妖怪が絡んでくるのがポイントで、超常的な事件が次から次へと巻き起こるのです。基本的には妖怪の仕業として処理されますが、中には妖怪の仕業にみせかけて里人が殺人を犯すケースがあり、超常による犯行か人間による犯罪かを、ホームズばりの推理を駆使して明らかにしていくさまは非常に面白く、まさに幻想郷発の本格推理小説といっていいでしょう」

 

「幻想郷版シャーロック・ホームズって奴なのね。どんな事件があるの?」

 

「物語は二人がコンビを結成するきっかけになった怪奇事件である〝真実の研Q〟から始まり、奇妙な事件が多発していきます。夜な夜な音もなく現れては大きな鎌で人間の身体の一部を切断していく猟奇的な犯人の正体を突き止める〝さっチャンのうわさ〟。突如、大量発生した座敷童が不満を爆発させて人間社会に戦いを挑む〝おかっぱ組合〟。

 たたり神を鎮めるために二人が奮闘するも事件が思わぬ方向に転んでいく〝願いを叶えてくれとアイツは言った〟。密室で次々に死体と思われる物と五寸釘が刺さった藁人形が見つかり、捜査する二人が『6人目と7人目はお前らだ』と予告状を出される〝五寸釘の女〟。顔なし遺体の真相を確かめるべく山に住む天狗と知恵比べする〝恐怖の山〟などなど、発想力に富んだストーリー展開が魅力です」

 

「ふむふむ、()()()()()で興味をそそられるわね――機会があったら読んでみるとするわ」

 

 レミリアは愛想笑いをしながらQの小説を読むと宣言した。

 同時に小鈴がちゃっかり「お求めの際は鈴奈庵で!」とアピールし、隣の阿求もどこか誇らしげな態度を取った。

 次にレミリアは尊のほうを向く。

 

「新聞には神戸さんは杉下さんの元同僚だと書いてあったけど、特命係って何をする部署なの?」

 

「特命係は警視庁の何でも屋みたいな部署ですね……ハハ」

 

「ふーん……ってことは〝雑用係〟って感じ?」

 

「まぁ……実際……そんなところですよね? 杉下さん」

 

「ええ」

 

 右京が頷くと他のメンバーたちが驚いたように二人の顔を凝視した。明らかに優秀そうな二人が雑用係などとは到底信じられないのだ。

 特に霊夢や魔理沙は杉下右京の優秀さを肌で感じている。おまけに事件解決直後、右京から過去話を聞かされており、その発言から考えれば雑用係など、到底納得できるものではなかった。

 奇異の目で見られることに慣れている右京は軽く笑みを零す程度だが、エリートコースに戻った尊は七年ぶりの視線にえらく戸惑った。

 レミリアが紅茶を啜ってからポツリと。

 

()()()()()()()って訳ね?」

 

「それはご想像にお任せします」

 

 右京もまた紅茶を口へと運ぶ。その様子に阿求は口元を抑えながら小声で「出る杭は打たれるって奴かしらね……」と呟き、それを聞いたメンバーは各々、空気を読んで追求を避けた。

 もちろん、彼女たちは右京が上司小野田の誘いで半ば強引に特命係へ配属され、戦闘訓練を積んだ隊員を伴いテログループと人質交渉を粘り強く行ったこと。彼のやり方に痺れを切らした小野田が口論の末、その任を解いて強行突撃を指示したところ、多数の死者を出す結果に終わって、その尻拭いで特命係が島流しの部署になった事実を知る由もない。

 霊夢たちは右京の性格からしてただ単に上司にでも逆らったのだろうと解釈した。

 

 それからレミリアとの雑談は続き、彼女は右京や尊と他愛もない会話を楽しんだ後、小鈴や阿求にも話を振った。

 小鈴には以前、ペットが世話になったお礼と阿求には体調を気にかける発言をした。珍しく当主らしい振る舞いをみせる吸血鬼に暴君の姿しか知らない霊夢と魔理沙は「やればできるんだな」とほんの少しだけ感心した。

 その際、レミリアが二人を睨んだのは言うまでもない。


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