右京たち一行とレミリアの会話はしばらく続いた。といっても基本的には右京とレミリアの雑談だ。
彼女が幻想郷で自身が起こした異変とそこから今までに至るまでの日々について語ると和製ホームズはお礼に表の世界の話をする。
吸血鬼は表の日本の話に関心を示すものの、どこかつまらなそうだった。空気を読んだ彼がヴラド三世やルーマニアの話題を振るとレミリアは目を輝かせながら聞き入った。
話の中で右京はヴラド三世が今では故国のために戦った英雄として再評価されている事実を告げた。レミリアはそれをまるで自分のことのように喜んだ。
直後、右京の口元が緩む。
「やはり、レミリアさんはヴラド三世と何らかの関係がおありになるのですか?」
「そうね……。あると言えばあるし、ないと言えばない……。そんなところかしら」
「ちなみにブラム・ストーカー原作のドラキュラにもご関係が?」
「それもあると言えばあるし、ないと言えばない」
「なるほど。わかりました」
「あら、意外ね。もっと根掘り葉掘り聞かれると思ったのだけれど?」
「それは今後のお楽しみとさせて頂きます」
「次があるのかしらね。あなただって長く滞在する訳じゃないでしょ?」
「おや、言われてみれば」
「あんまり遠慮しなくてもいいのよ? といってもそんなに話せることはないけどね。私はここに存在するから存在しているだけなのだから……」
意味深な台詞に霊夢と魔理沙は「また訳のわからないことを言ってる」と愚痴を零し、小鈴は「私には難しいな」と呟き、尊も首を傾げる。
その中で右京と阿求、そしてマミだけは彼女の言葉の意味を何となくだが、理解していた。
「人間の恐怖や羨望が作り出した〝概念〟……それがレミリアさんたちを含む妖怪の方々の存在に深い関わりを持つのであれば、存在するから存在していることも頷けます」
右京もまた謎めいた発言をする。
「ふーん、随分
「幻想郷縁起の賜物です」
「あれはよくできてるそうね。さすがは稗田家当主さま」
吸血鬼が稗田家当主を褒める。本人は照れながら「どうも」と礼を言った。
それから右京は現代のイギリスについて話す。やはり、ブラム・ストーカー原作、ドラキュラに関連する土地であるイギリスの話も彼女の興味を引いたようだ。どうやら、レミリアはロンドンがお気に入りらしい。彼女は昔から存在する建物や観光名所の現状をいくつか訊ねてきた。
右京は彼女の問いに答えるべく、スマホを取り出して、英国巡りで撮った写真を表示させてテーブルに置いた。すると、レミリアのみならず、その場にいる者たち全員が右京の側に集まってきた。
表の世界、それも西洋となれば興味が沸いてくるのだろう。
右京は皆が画像を見られるようにスマホの位置を調整してから歴史的背景を交えつつ説明を始める。まず、ロンドン市内やその周辺で撮った写真を表示する。
自身が警察庁の新人研修で三年間在籍していたスコットランドヤードから始まり、バッキンガム宮殿、ウェストミンスター宮殿と寺院、ロンドン塔、タワーブリッジ、セントポール大聖堂、大英博物館、自然史博物館、キングス・クロス駅、ロンドン・アイ、グリニッジ天文台など新旧含む幾多の名所、そして忘れてはならないベイカー・ストリートとシャーロック・ホームズ博物館の画像が次々に表示されては別の画像へとスライドして行く。
一同は感嘆しながら右京の説明に聞き入っていた。
レミリアはどこか懐かしそうな表情で写真を眺めており、咲夜を近くに呼び寄せて「懐かしいわね」と零した。メイドは「ええ」と微笑みながら頷いた。
魔理沙は「ぐぬぬ、これが本場の西洋か!」と羨ましそうに写真を凝視して、博物館の内部を知るや否や展示品に興味を示して「欲しい……」とぶつぶつ呟く。
霊夢は幻想郷とも表の日本とも違う世界に「まるで異世界ね……」と若干、困惑していた。写真がロンドン塔に差しかかると彼女は怪訝な顔つきで「なんかここヤバいんだけど」と自身の霊感を働かせる。
「おやおや、勘が鋭いのですねえ。実ですね――」
右京が史実を教えると霊夢は「やっぱりね」と呆れたような返事をした。
小鈴と阿求も画面に映し出される画像に心を奪われていた。
「これが西洋かー! 凄いなー。こっちと全然違う!」
「そうね。素敵だわ」
感激してはしゃぐ小鈴と無言でじっくり観察する阿求。反応は違えど、二人も楽しんでいた。
マミは「よくこんなに写真を撮ってきたもんじゃわい」と呆れながらも賞賛した。
ロンドンの紹介を終えると、今度はそれ以外の名所の画像を表示される。
ネス湖、ボートン・オン・ザ・ウォーター、妖精のプール、エディンバラ城、シェークスピアの生家など様々な観光スポットを紹介した。ロンドンと合わせて約一時間は話しており、表示した画像は優に二百枚は超えていた。
右京の説明は堅苦しくなく、ユーモアを交えた語り口で参加者が飽きないように面白おかしく解説していくので、素人でも十分に楽しめる内容だった。しかしながら、一時間近くも聞かされると彼女たち、主に霊夢やマミに疲れの色がみえてくる。
「杉下さん」
尊がそっと声をかけた。右京は尊が言わんとしていることを理解して謝罪する。
「申し訳ない、つい話すのに夢中になってしまいました。僕の悪い癖」
「そんなことないわ。とても面白かったわよ」
レミリアは満足していた。そこにお世辞はなく、心からの謝辞であった。
やはり、しばらくぶりの西洋の風景に感動したのだろう。
小鈴も「楽しかったです! ちょっと足が疲れちゃいましたけど」と述べ、阿求も「非常に興味深いものでした。今度、お時間がありましたら、このお話の続きを聞かせて下さい」と感謝した。
霊夢や魔理沙、マミも疲労感はあるものの、概ね満足そうにしていた。
レミリアが笑う。
「素敵なひと時をありがとう。そのお礼に我が紅魔館が誇る〝名所〟を紹介したいと思うのだけれど――どうかしら?」
「おお、それは是非!」
「なら、行きましょうか」
そう言って緋色の主は彼らを客間から連れ出して、紅魔館の〝とある場所〟へと向かうのであった。