相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第3話 謎のアルバイター杉下右京現る!

 伝説の国、幻想郷。知る人ぞ知る妖怪の楽園。胡散臭い連中しかおらず、どいつもこいつも捻くれているので、何かあるとすぐ手製のカードを片手に殺し合いに興じる。そんな場所だ。

 

 私は今、薄暗い森の中に居る。そこいらに生えている茸と暇そうな妖精を横目に森を出て行く。

 

 と言っても、特にやる事もないので香霖堂に行くだけなのだが……。

 アイツの顔を見ても大して面白くはないとは思うが、暇つぶしくらいにはなるだろう。まぁ、修繕に出した衣装が直っていれば引き取ろうかな。

 

 そう思っていた。

 しかし、この時の私はまだ知らなかった。

 香霖堂が“あの男”に乗っ取られてしまった事を――

 

 

 昼下がりの青空の下、一人の少女がのんびり歩いている。金髪に白黒の衣装と帽子さらには箒を携えて香霖堂の正面に立ち、慣れた手付きでドアを開く。

 

 ――カランカラン!

 

「いらっしゃいませ。ようこそ香霖堂へ」

「よお、香霖(こうりん)。今日も来てやった――あん!?」

 

 白黒の少女は目の前の光景に口を大きく開けながら固まった。

 何故なら、そこに居たのは店主森近霖之助ではなく――

 

 エプロン姿をした“黒髪オールバックの紳士”だったからだ。

 紳士はメルヘンな少女の姿に驚くこともなく、キレのよい対応を見せる。

 

「おや、黒と白の衣装に大き目の帽子と手に持った箒……もしかして――霧雨魔理沙(きりさめまりさ)さんでしょうか?」

 

「あ!?」

 

 紳士は白黒の少女を霧雨魔理沙と呼んだ。

 少女は困惑するが、すかさず否定する。

 

「そんな奴は知らん! 人違いだ」

 

「おやおや」

 

「てか、アンタ一体誰なんだ? ここは白髪で眼鏡を掛けた陰険な店主の店のはずだが?」

 

「香霖堂店主、森近霖之助氏は今、体調を崩して休んでいます」

 

「なんだと!?」

 

 少女は紳士の言葉に思わず目を丸くしたが、冷静さを取り戻して彼の言葉を嘘だと断じた。

 

「そんな訳あるか! ここの店主は妖怪とのハーフなんだぜ? 体調を崩すなんてありえん!」

 

「確かに妖怪の血を引く方は病気に掛かりにくいと店主から聞きました」

 

「本当に聞いたのか怪しいもんだが、そういうことにしておいてやろう。それでだ、ここの店主は人間よりも頑丈だ」

 

「ええ」

 

「だから、体調不良で休むことはない。あったとしてもズルで休むくらいだ!」

 

「ほうほう」

 

「それに、ここの店主がアンタみたいな胡散臭いおっさんに店の管理を任せるとは思えん。あの店主は神経質だからな。物に少し触っただけで怒り出す。他人に管理を任せる訳がない」

 

「胡散臭いかどうかはわかりませんが、体調が優れない霖之助氏の代わりに僕が店番を引き受けたのは事実です。何なら、寝室の霖之助氏に直接、伺ってみたら如何でしょうか?」

 

 紳士は少女に霖之助を見に行くように促すが、少女は首を縦に振らない。

 

「はん! そうやって油断させる気だな! 判り切っているんだぜ?」

 

「何がでしょう?」

 

「とぼけたって無駄だ。私を寝室に行かせて背後から不意打ちでも浴びせるつもりだろ? 泥棒の手口なんてそんなもんだ」

 

「泥棒とは人聞きが悪い」

 

「事実を言ったまでだ」

 

 疑いの目を向けるどころか泥棒扱いする少女に紳士は口元を緩ませた。

 直後、紳士はクスクスと笑う。

 

「尻尾を出したな?」

 

「そうじゃありません。あまりにも人を信用しない人だなと思っただけです」

 

「お人よしじゃ幻想郷は生きて行けないんでな」

 

「なるほど。よいでしょう」

 

「なんだ観念したのか? 意外と早いな」

 

「観念も何も僕は泥棒じゃないので」

 

「じゃあ、何者だ?」

 

「そうですねえ……。昨日、幻想入りした表の世界の日本人と言えばよいでしょうかねえ」

 

「なんだって!?」

 

 少女はほんの少し声を裏返しながらも、目をあちこち動かして紳士を隅々までチェックする。

 

「(まぁ、幻想郷の人間って雰囲気でもないが……新手の妖怪であることも否定できん……)」

 

 首を傾げ判断に困る少女。

 不審者の身なりはワイシャツにエプロン、質のよさそうなズボンだ。

 

「(品物的にも結構、いい物使ってるんだよなぁ。アレは香霖でも作れん……)」

 

 少女はその辺りの事情に精通しているのか、紳士の身に付けている物で彼が幻想郷の外から来ていると認めざるを得なかった。

 

「ま、幻想郷の外から来た日本人ってのは認めてやる」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

「が、泥棒って線は消えた訳じゃないぜ」

 

「そこは認めて貰えないのですね?」

 

「当たり前だ! アンタは外から来た癖に堂々とし過ぎだ。私はそんな奴を見たことがない――たぶん!」

 

「おやおや。随分、曖昧な言い方ですねえ。もしかして前例があるのでは?」

 

「そんな物はない」

 

 魔女は頭に緑髪ロングの少女の姿を思い浮かべるが片隅に追いやった。

 困った表情をする紳士だが、どこか余裕がある。

 

「やれやれ、困りましたねえ。僕は霧雨魔理沙さんへ衣装を手渡すために店番をしていると言うのに――これでは魔理沙さんがいらっしゃっても遠慮して入って来られません」

 

「……嘘だな」

 

「どうしてそう言えるのでしょう?」

 

「どうせ、適当にでっち上げてそれっぽい話を作っているだけだ」

 

「ふむ。では何故、僕は霧雨魔理沙さんの名前を知っているのでしょうかねえ」

 

「店主の話を盗み聞きしたんだろうよ」

 

「それは難しいかと。霖之助氏から霧雨魔理沙さんとは親しい間柄だと聞かされています。フルネームで名前を言う機会なんてまずないでしょう。だとしたら僕が知れるのは名前だけになりますねえ」

 

「店の中に苗字が記された物でもあったんだろうよ」

 

「例えば?」

 

「た、例えばだな……。その魔理沙とか言う奴の衣装の内側とかな!」

 

「なるほど!」

 

 紳士は少女の言葉に納得したように頷いた。

 少女は「ようやく、胡散臭いおっさんを一歩追い詰めた」と確信した。

 しかし、紳士は予想外の行動に出る。

 

「でしたら、衣装の内側を調べてみましょうか」

 

「なんだと!?」

 

 少女は急に焦り出した。まるで止めて欲しいと言わんばかりに。

 

 紳士は少女を無視して霖之助から預かっていた衣装をテーブルに置いて内側を調べようとする。

 白黒の魔女は慌てふためいた。

 

「ま、待て!」

 

「どうかしましたか?」

 

 少女が冷や汗をかきながらテーブルの服を奪おうとするが、一瞬早く、紳士に服を遠ざけられ、その童顔を真っ赤にした。

 

「か、返せ!」

 

「おやおや、何故ですか?」

 

「何故だと!? そんなの――」

 

 少女は紳士に自分の名前を名乗っていないと思い出して発言内容を変えた。

 

「女が自分の衣装を見ず知らずの男に触られるのは……その、誰だって嫌だと思う」

 

「そうでしょうね」

 

「だから私が確かめる」

 

「それはできませんねえ」

 

「はぁ!?」

 

「当然です。これは霧雨魔理沙さんの衣装なのですから。持ち主以外の人物に調べさせる訳には行きません」

 

「いや、その理屈は通らん! 男が女の衣装に触るなんてあってはならん!」

 

「ここの店主森近霖之助氏は“男性”ですよ?」

 

「“アイツ”は別だ!!」

 

 店主の話題になった途端、声を裏返して反論する少女。

 紳士はそこを見逃さない。

 

「“アイツ”ですか……」

 

「それがどうした!?」

 

「親しい仲なのだなと思いましてね」

 

「アイツって言ったくらいで親しい仲になるのかよ、表の世界では?」

 

「その割には必要以上に言葉に感情が入っていた気がしますがね」

 

「気が立っていただけだ。文句あるか?」

 

「特には」

 

「ふん!」

 

 少女は歯ぎしりしながら紳士を睨みつける。

 紳士は「やれやれ」と呟いて首を横に振る。

 

「どうしたら信用して頂けるんでしょうか?」

 

「私はアンタを信用しない」

 

「……さすがは“霧雨魔理沙”さん。霖之助君から聞いた通りの女の子ですね」

 

 彼女は紳士の言葉に眉をひそめる。

 

「あん? なんで私が霧雨魔理沙なんだ? 私は自分の名前なんて一言も言ってないぜ?」

 

「聞かなくてもわかりますよ」

 

「どうしてだ?」

 

「あなたは最初に店内へ入る際“香霖”と言って入って来ました。僕は彼から『魔理沙は僕の事を香霖と呼ぶ』と聞かされていましたのでね。それにこの服も魔女風の物です。霧雨魔理沙さんは“普通の魔法使い”だそうですからきっと、普段から魔女の恰好をしていると思われます。そう、今のあなたのように」

 

「……幻想郷には魔女なんていくらでもいる」

 

「まぁ、皆さん空を飛べるそうですしねえ。あなたも飛べるのですか?」

 

「飛べるかも知れんし、飛べないかも知れん」

 

「そんな言い方をされたら余計、気になりますねえ。詳しくお話をお聞きしたくなります」

 

「はぁ……」

 

 少女は疲れたのか、近くの椅子に腰を掛けた。

 一方、紳士はまだ余裕がありそうだ。ニコニコと笑っている。

 不毛な言い争いには自信があった少女もこれにはウンザリだ。

 

「ったく、やってられん」

 

「そうですか。僕は結構、楽しいですよ?」

 

「どうかしてるぜ……」

 

 少女は舌を出しながら紳士を挑発するも、その涼しい顔を変えることはできなかった。

 それから数分後、グロッキー気味の霖之助が店内にやって来て、ようやく紳士の疑いが晴れた。

 同時に店内で知り合いの少女がぐったりしているのを見た霖之助は「“魔理沙”の奴も“杉下右京”にやられたな……」と内心憐れむのであった。


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