レミリアとパチュリーは
「まったく、仕事熱心だねぇ。いつもそれくらい真面目だったらよいものを」
「だったら、とっくにアンタらを退治してるわよ!」と霊夢が吠えた。
あらかた説明し終えたと判断したパチュリーは右京と尊、小鈴と阿求の四人に大図書館内を見て回らないかと告げる。四人はパチュリーの計らいに感謝を述べてから二手に別れ、大図書館内を見学して回る。
右京たちにはパチュリーが、阿求たちには作業を終えた黒い翼のメイドが付く。
レミリアと咲夜は霊夢ら(主に魔理沙)が勝手な真似をしないか見張りながら雑談を始める。
右京がパチュリーと魔法の話をしながら、人間も読める本が置かれたコーナーへと向かう。そこの本棚には英語、フランス語、ドイツ語、日本語などの言語からヘブライ語、ルーン文字、ヒエログリフまで、人間または人間の文化に精通する妖怪が書いたとされる本が並んでいた。
古い年代に書かれた本ではあるのだが、パチュリーが独自の魔法を施し、綺麗なまま保存されている。傷がつかないようにコーティングされており、大妖怪の攻撃でも受けない限り、破損しないらしい。
興味津々な刑事が自身の読める本を探す。目に入ったタイトルは《人間でも解る魔法の使い方》《属性魔法とは何か?》など初歩的なものから《人間が四大精霊から好かれるコツ》《魔女狩りに遭わない方法》《人間社会における魔女のあり方》《西洋魔術と東洋魔術の違いとその対処法》《付与魔法を使った接近戦》《魔法結界の破り方》といった人間向けの実用書まで様々だ。
さらには《賢者の石の作り方》《魔術で作る神の炎》《世界を滅ぼす巨大ゴーレムの製造法》《天空要塞に住んでみる~邪魔者は神の雷で滅ぼそう~》と書かれた危険極まりない書籍まで存在している。
和製ホームズは《魔法結界の破り方》に目を通した後《賢者の石の作り方》の中身を覗いて「これは……興味深いですねえ」と唸っていた。
隣の尊が「いやいや、笑えないから」とツッコミを入れるも、パチュリーから「これらは半分ネタみたいなものね。リアル風に書いてあるけど、ところどころ理論が破たんしているから、魔法使いが小遣い稼ぎに書いたのでしょう。私ならもっと詳しく書ける」と語られ、その白面を真っ青にした。
右京が「ちなみに正しい賢者の石の作り方は?」と問うも彼女は「秘密」としたり顔で返す。嘘か真か不明だが、その表情には確かな不気味さがあった。
二人のやり取りに恐怖を覚えた尊は鼻歌を交えてしらんぷりを決め込みながら、視線を他の本へと移し、指でカバーをなぞる。
その先には表の小説やコミックがあった。さっと見ただけだが《シャーロック・ホームズ》シリーズに名作ミステリー《そして誰もいなくなった》《アクロイド殺し》ブラム・ストーカーの《ドラキュラ》シェリダン・レ・ファニュの《吸血鬼カーミラ》や童話関係の本が確認できる。
次に尊がコミックコーナーに目をやると、意外な作品が飛び込んできた。
「ん!? なんでこの作品!?」
それは人間賛歌をテーマにした国内外問わず人気のある少年漫画の単行本であった。現在、第八部が絶賛連載中である。
今まで西洋系の魔法書や古典文学が続いた流れからいきなりの少年漫画。尊が驚くのも無理はない。
第一部から第六部まで揃っているようにみえたが、第五部だけごっそり抜けていた。彼が首を傾げていると、パチュリーに「その部は今、レミィが読んでいるからここにはないわ」と話されて納得する。ちなみに第七部まで揃えているが、こちらは貸出中で図書館の主は壊されないかと心配していた。
その間も右京は色々な本に手を伸ばしてページを捲っては笑顔を作っていた。きっと、オカルト愛好者には堪らない内容が書かれているのだろう、と察した尊は声をかけるのを躊躇った。
しばらく、読書と雑談を続けた右京たちは通路の先へと進む。
本棚と床に置かれた本を書き潜るように歩くと、大図書館の端に到達する。そこにはひときわ存在感を放つグランドピアノがあった。
パチュリー曰く、たまにメイドに弾いて貰っているらしい。和製ホームズは彼女に自身が弾いてもよいかと訊ねる。パチュリーが許可を出すと右京は椅子に腰かけた。
ピアノは綺麗に清掃されており、すぐにでも演奏可能だ。
「それでは、一曲」
意気揚々と楽譜なしに演奏を開始する。
まるでを栄光を称えるかのようなクラシックの名曲、それは――。
「《英雄ポロネーズ》……」
尊が呟いた。
なんと、右京はショパンの名曲、ポロネーズ第6番変イ長調 作品53、通称《英雄ポロネーズ》を披露したのである。その弾き方は素人とは思えないほど、華麗だった。
この曲は右京が亀山とコンビを組んでいた際、弾いたことのある思い出の曲だ。
鍵盤をタッチする指先に一切の迷いはなく、名曲のよさを余すことなく生かしながら演奏していく。途中から波に乗ったのか身体を揺さぶりながら、転調を繰り返す度、その旋律に魂を込めていく。
右京の演奏技術に目を見張った二人のギャラリーは互いの顔を見合わせる。パチュリーは元からだが、尊も杉下右京がピアノを弾けるとは知らなかった。
折角なので二人は黙ってその演奏を聴くことにした。その後方からピアノの音を聴きつけたレミリアたちがやって来る。
彼女たちは呆気に取られながらも先客と同様に演奏の邪魔をせぬように見守っていた。さらにメイドたちまで演奏を聴きつけて押し寄せる。
大図書館は杉下右京のコンサート会場と化した。
右京は約六分にも及ぶ演奏を見事やり切った。
「ふう……久しぶりの演奏でしたねえ。つい気持ちがこもってしまいました」
演奏者が一息つくと、周りから一斉に拍手が飛んできた。
ギャラリーを代表してレミリアが言う。
「杉下さん、ピアノもできるのね! 素晴らしい演奏だったわ」
右京は演奏に集中していたため、大量のギャラリーに囲まれていることにたった今、気がついた。
「……それほどでも」
右京は照れながらギャラリーに答えた。
他にも弾ける曲はないのかと訊ねられ、断るのも悪いと思った和製ホームズは数曲のクラシックを披露。観客たちを喜ばせた。
終わり際、レミリアに「自分で曲を作ったりするの?」と言われて首を横に振ると彼女は――
「だったら、私のために一曲作って頂けないかしら? 紅魔館の主に相応しい激しくカッコいい曲を!」
先ほどのカリスマめいた姿から一転、子供らしい笑顔を振り巻き、自身をモチーフにした曲を作ってくれと頼んだ。さすがの右京もこれには困惑の色を隠せない
「しかし、僕は自分で曲を作ったことがないので……」
右京は断ろうとするがレミリアが「だったら初めての挑戦ってことで! 短めの曲でいいから」と食い下がる。パチュリーが「レミィ、作曲って大変なのよ……?」と慌てて止めに入る。
友人の一言で冷静になった緋色の主は「うーん、そうよねえ……。無理言ってごめんなさいね」と残念そうに謝罪した。
その姿を見た右京は「ですが……これも何かの縁。できるかどうかわかりませんが、折角なので挑戦させて頂きます」と男気をみせる。レミリアはとても喜んだ。
尊や魔理沙たちがそっと駆け寄る。
「引き受けてよかったんですか?」
「ええ、折角ですから」
「……ならいいですけど、無理はしないで下さいね」
いつもながら杉下右京のチャレンジ精神に驚かされる尊。次は魔理沙たちが話しかける。
「おじさんって多才だよな……。一つくらい分けてくれよ」
「昔、親に習わされただけですから」
「いや、でも、凄かったですよ! 生演奏のピアノって蓄音機で聴くよりも迫力があるんですね!」と小鈴。
「表現豊かで、途中からどんどんキレが増していく演奏に感動しました」と阿求。
「初めて紅魔館をお洒落な場所だと思ったかも」と霊夢。
「魔理沙ではないが、杉下どのは多彩な才能を持っているようじゃのう。あっぱれじゃ」とマミ。
魔理沙に続いて小鈴、阿求、霊夢、マミも右京の演奏を褒めた。
「どうもありがとう」
右京は礼を言った。
時刻は十七時に差しかかったらしく、メイドの一人がレミリアに報せを入れにきた。
緋色の主が特命の二人に告げる。
「もし、よかったら今日は紅魔館に泊まって行かない? 着替えはこちらで用意するから」
「それは非常にありがたいのですが、霊夢さんたちの都合もありますので……」
右京たちは二人に護衛されてやってきている立場だ。彼女らの都合が優先である。
すると魔理沙が「まぁ、私らなら大丈夫だぜ。どうせ暇だし」と返事をする。霊夢も特に異論はなく、黙って頷く。魔理沙はともかく、いつもなら帰ると騒ぐであろう霊夢まで許可を出すとはあまりに不自然。
右京と尊、小鈴と阿求はその様子に疑問を覚える。そこにマミが小声で「晩飯をご馳走することを条件に了承したんじゃよ、アヤツらは」と囁いた。四人は