相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第40話 緋色の大図書館 その3

 晩御飯の準備に取りかかるべく、咲夜はその場を離れて厨房へと向かった。

 出て行く彼女の姿を見届けるレミリアとパチュリー。その代わりを任された黒い翼のメイドがパチュリーの側へやってくる。腕には見慣れた木製のボードと木箱が携えられていた。

 

「それは?」

 

「阿求様と小鈴様を案内していた最中に発見したチェスボードと駒です」

 

「懐かしいわね」

 

 パチュリーはメイドが持ってきたチェスボードを懐かしそうに眺める。

 

「チェスねえ……。そういえば、私はパチェに一度も勝ったことがなかったわね」とレミリアが嘆いた。

 

 チェスと聞いて右京は「パチュリーさんはチェスがお得意なのですか?」と振り、パチュリーが「それなりには。最近はやってませんが」と一言。右京も「実は僕もチェスをやっているんです」と笑った。

 

 緋色の主は和製ホームズの趣味がチェスであるのを思い出しながら、何か面白いことを思い付いて二人に〝ある提案〟を持ちかけた。

 

「だったら、杉下さんとパチェで戦ってみたら?」

 

 二人が互いに顔を見合わせる。

 

「……私は構わないけど」

 

「僕も構いません」

 

「なら決まりね」

 

 レミリアはメイドからチェスボードと駒を預かって二人分の椅子とテーブルを用意させた。

 プレイヤーたちがテーブルに向かい合うように座る。トスの結果、右京が先行でパチュリーが後攻となり、ボードに駒を並べ始めた。

 手際よく自陣に駒を並べていく右京の手つきを見たパチュリーは彼が普段からチェスをやっているのだと悟り、ほんの少しだけ口元をゆるめた。右京も幻想郷でチェスができる、それも吸血鬼の館に住む魔法使いとくれば喜ばずにはいられない。

 非公式戦なので持ち時間は無制限である。

 二人は互いに挨拶を交わしてから試合を始めた。

 先行の右京から駒を指していく。パチュリーも慣れた手つきで駒を移動。チェスに心得がある尊はパチュリーの腕前を序盤で理解できた。

 

「(間違いなく上手い……だけど――)」

 

 チェスは世界中に人口を抱えるボードゲーム。その分、研究も盛んであり、その戦略と戦術は幅広い。右京もチェスの研究を怠らず、その腕前はワールドクラス。

 いかに彼女が強かろうが、幻想郷という狭い世界では本格的なチェスの研究はできない。彼女が仲間たちと日夜研鑽を重ねているのなら話は変わってくるが、この勝負、様々な戦略を知り尽くす右京に分があるだろう。

 

 特に中盤以降、その差が出てくるはずだ。尊はそう考えながら、二人の対局を見守る。

 

 チェスでは『序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は機械のように指しなさい』という名言がある。強いプレイヤーであればあるほど、基本ができている。右京は当然だが、パチュリーもまた基本を心得ていた。序盤の攻防はほぼ互角。そのまま試合は中盤へ突入する。

 

 右京が動く。チェスには〝スタイル〟と呼ばれる、将棋で例えるところの〝棋風〟に近い概念が存在する。右京は実に冷静で、ミスというミスをほとんどせず、精密機械の如く、博打に頼らない堅実な立ち回りを心がけている。

 後攻のパチュリーは駒を取られないように立ち回って行くのだが、右京の鋭い手に一手一手までの時間が長くなっていく。

 理由は簡単。自分が経験したことのない戦術を目の当たりにしているからだ。

 

「(これが表のチェス……。面白いじゃない)」

 

 ワールドクラスの対戦相手に苦戦を強いられるパチュリー。魔法使いとして負けるのはプライドが許さないのか、必死に知恵を絞り、最善手を導き出す。

 右京と尊は静かに唸る。

 

「(この方、強いですねえ……。一歩間違えばこちらの敗北でしょうか。これは――楽しくなってきました)」

 

 右京は彼女を〝強い〟と評価しており、本来、有利でありながらも真剣に盤面と向き合う。

 対するパチュリーも「強いわね……。今まで戦ったプレイヤーの中で間違いなく一番」と認識。

 和製ホームズと戦うには圧倒的準備不足であるが、その頭脳をフル回転させて補う。

 他のメンバーやレミリアたちも対局を静かに見守っていた。

 ゲーム中盤の激しい攻防が続く。

 心の中で尊が「俺が今の杉下さんと戦っても勝てるイメージが湧かないな。おまけに、この魔法使いにも数回戦ったら確実に勝てなくなる」と嘆く。

 

 それもそのはず、最近まで青木年男というやり手の好敵手が右京にしつこく戦いを挑んでおり、その技量向上に貢献していたからだ。青木の腕前も高く、彼を何度か苦しめたが、基本的には右京の勝利で終わる。そのおかけで今の右京は尊が特命係にいた頃よりも一段と強さを増している。間違いなく、今が一番強い。

 パチュリーも戦略と戦法こそ古風だが、右京の意図を読んでは彼が有利に展開できないよう、あの手この手で妨害する。彼女が本気になって現代チェスを研究したら尊ではすぐに相手にならなくなるだろう。彼女はそれほどの頭のよさとセンスを持っている。

 

 そんな白熱した試合に知識人の阿求は「これは達人同士の戦いだわ!」と興奮。霊夢と魔理沙、小鈴にマミはチェスに馴染がなく、試合内容をまるで理解できない。レミリアもチェスはかじる程度なので二人が強いくらいしかわからないが、互いの真剣な顔つきを見て楽しそうにしていた。

 

 対局が終盤に突入すると、右京が詰めに入る。パチュリーは中盤での駆け引きでリードを奪われてしまったのが災いし、防戦一方となる。それでも最後まで粘るが、結果的にチェックメイトされてしまった。一戦目は試合時間五十分で右京が勝利した。

 

 右京はかつて在籍していた《帝都大学チェス愛好会》で一度しか負けなかった男の技量を見せつけた。なお、その一度も相手の反則行為によるものであり、実質、当時の帝都大最強のプレイヤーは杉下右京であった。その彼と渡り合えるパチュリー・ノーレッジも相当な腕前である。彼女が表のチェスを研究していたのなら、勝負の行方はわからなかっただろう。

 

 その結果にレミリアが「紅魔館の頭脳を破るなんて凄いわ!」と右京を賞賛し、本人が「運がよかっただけですよ」と謙遜する。実際、一歩間違えば敗北もあり得たのだから、世辞ではない。

 

 パチュリーはレミリアの親友であり、その右腕である。彼女は紅魔館の参謀を任されており、有事の際の司令塔からレミリアの趣味の請負まで幅広くこなす。基本的に引き込もりだが、外に出て情報収集を行うなど、活動的な一面も持っている。

 魔法全般に長けたパチュリーがその頭脳を活かし、過去に一から幻想郷の素材だけで月まで行けるロケットを完成させたと言えば、その知識力を理解できるだろう。

 

 パチュリーは「お強いですね」と一言。右京は「ギリギリの勝負でした」と語り、接戦であったことを告げる。

 すると、彼女がもう一戦どうかと勝負を持ちかけた。断る理由がなく、彼がその申し出を受け、休憩を挟んでから勝負は二戦目に突入する。

 今度はパチュリーが先行だ。

 激闘の末――二戦目はパチュリーが勝利した。終盤の駆け引きで右京のミスを突いたのが勝因であった。対戦時間は一戦目と同じ五十分である。

 

 右京は心の中で魔法使いを「まるで魔法使いのように計算された戦い方だが、その実大胆。勝負所だと感じれば、リスクを恐れず勝ちを取りに行く。その姿はまさに〝盤上の魔法使い〟という言葉が相応しい」と絶賛した。

 

 パチュリーもまた和製ホームズを「一流の魔法使いが精密に作り上げた魔法陣の如く、一切の無駄がなかったわね。こちらの思考でも読んでいるじゃないかと思える一手は名探偵の推理そのもの。まさに〝シャーロック・ホームズ〟って感じだわ」と評した。

 二戦目に勝利したパチュリーが大きなため息を吐く。

 

「これで五分ですね――」

 

「ええ――」

 

 互いに不敵な笑みを以て向かい合う二人。

 勝負の行方は三戦目に委ねられる――と思われたが、咲夜が準備が整ったと報せにきたので次回へ持ち越しとなるのであった。




作者はチェス未経験なので、あまり詳しく書けませんでした……。

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