咲夜に呼ばれた右京たちはパチュリーと共に客間へと戻る。
そこには先ほどよりも大きなテーブルが用意されており、真紅のマットがかけられている。
銀のメイドが主を定位置に座らせて、客人たちを席へ案内する。右京と尊はレミリアが話しやすいよう、彼女の右手前側に座らされる。
特命の二人の向かいには阿求と小鈴が座り、小鈴の左隣にはパチュリー、その隣に霊夢が案内され、尊の右隣りにはマミ、その隣には魔理沙がついた。
見計らったように料理と赤ワインが運ばれてくる。
前菜は人里で採れた野菜とソーセージの盛り合せである。
外来人二人はフォークとナイフを器用に扱いながら模範的な動きで食事を口へと運ぶ。彼らは洋館の雰囲気とレミリアがロンドン好きであることからイギリス式のテーブルマナーを使っている。
右京は本場イギリスのテーブルマナーで尊はところどころ、フランス料理のテーブルマナーが混じっている。
阿求もまた、右京たちと同じくイギリス式のマナーで料理を堪能する。稗田阿礼の転生体に隙はない。パチュリーも慣れた手つきで食事を頂いている。
霊夢、魔理沙、小鈴、マミは右京、尊、阿求の綺麗なテーブルマナーを目の当りにして目を点にする。固まる四人を見かねたレミリアが。
「別に好きに食べていいのよ。ここは東の国の秘境なんだし……」
彼女自身もテーブルマナーにそこまで厳密ではない。楽しめればいいと思っているので、他者にテーブルマナーの強要は行わない。
四人は安堵の表情を見せつつもやはり気になるらしく、三人のやり方を真似ながら前菜に手をつける。右京がこれまた独特な風味の赤ワインの出所をレミリアに訊ねた。
「このワインも紅魔郷で作られた物ですか?」
「そうよ。咲夜が作ったワインなの。味はどう?」
「とても刺激的で癖になる味ですねえ」
「でしょ! 咲夜はそういうの得意でね。発酵ならお手の物よ」
「凄いですね、十六夜さんは」
尊が褒めるとレミリアの側で待機している咲夜がふふっと笑う。実際のところ味は……個性的なので好みが分かれるだろう。
しかし、右京の味覚も独特だったりするので案外気に入っているのかも知れない。元相棒亀山の妻、美和子の創作料理である《美和子スペシャル》という、いちごミルクで和風の煮物を作ったと言っても不思議ではない怪作を「癖になる」と語り、食べてしまうのだから。
ちなみに角田課長は右京以上に《美和子スペシャル》の大ファンである。
もちろん、ワインは全員に注がれており、当然ながら未成年組も飲酒する。その光景を前に尊は「なんか親戚だけで行う忘年会みたいな感じになってる」と気まずくなった。
かたや右京は慣れたのか諦めたのか不明だが、表情を変えることはなかった。
赤ワインを飲んだ魔理沙と霊夢は何とも言えない顔で呟く。
「相変わらずな味だよなぁ……」
「毎度、思うんだけど、この赤ワイン……〝人間の血〟とか入ってないわよね?」
「「え、血!?」」
霊夢の〝人間の血〟発言に凍りつく尊と小鈴。レミリアはため息を吐く。
「あのねぇ……ワインに血を入れる訳ないでしょうが。吸血鬼にとって血ってのは単なる飲み物じゃないんだよ。〝鮮度と味〟が命なのさ。間違っても発酵させるものじゃないし、何かに入れて堪能するものでもない」
「どうだかなぁ。前にお前の妹がケーキや紅茶に人間を混ぜているとか言ってた気がするんだが?」
「「人間!? 妹!?」」
今度は魔理沙の爆弾発言に動揺する二人。人間を混ぜる、それは殺した人間の肉を食べ物に混ぜているのでは、と戦慄したからだ。
事態を治めるべく、パチュリーが説明する。
「フランは血を飲むのがレミィ以上に苦手だから、仕方なく何かに混ぜて飲ませているのです。後、人間を混ぜているとは〝血を混ぜている〟という意味です。変に誤解しないで下さいね」
「本当かよ? 怪しいもんだぜ」
怪しむ魔理沙だが、パチュリーは魔理沙にアレコレ説明したりしない。
魔理沙はこれ以上追求するのも疲れるので食事に戻り、説明を聞いた二人はホッと胸を撫で下ろした。妹の話題が出たので、ついでに右京がレミリアへ質問する。
「フランさんと言うのは、レミリアさんの妹であるフランドール・スカーレットさんのことでしょうか?」
「そうよ。気になる?」
「そうですね、幻想郷縁起や文々。新聞でフランドールさんの記述を拝見しましたので」
吸血鬼の妹、フランドール・スカーレット。紅魔館を知っている人間ならある程度はその存在を理解している。彼女は〝気が触れている〟ので屋敷の外に出して貰えない。出ると何を仕出かすかわからないからだ。実力もレミリアと同等、もしくはそれ以上とも囁かれており、幻想郷の中でも非常に危険な妖怪である。
幻想郷縁起にも
「残念だけど、あの娘を人前に出すのは少し不安なのよねぇ……。最近はペットと一緒にいるおかげか、落ち着いてはきたけど、情緒不安定は相変わらずだし」
「それはまた」
「もし、あの娘に遭遇したらできるだけ静かに逃げて頂戴ね。大声を出したりすると刺激してしまうかも知れないから」
「わかりました」
右京が軽く頷き、隣の尊は改めて〝とんでもないところに来てしまったな〟と背中をぞわぞわさせるのであった。