レミリアは咲夜を含むメイドへ命令し、長いテーブルを下げさせて、参加者全員が囲んで座れる大きさの円形テーブルを用意させた。
右京たちは晩餐会の同じ順番で椅子へと座る。
全員が席に着くと、咲夜はエプロンのポケットから十枚のカードを取り出し、皆の前でシャッフルして見せた。
「今からカードを配るわ。本当は配られたカードを他の誰にも見せないように確認するんだけど、これは練習だから、カードを見たら表にして自分の手前に置いてね」とレミリアが言った。
本来、カードを確認したら、そのカードを裏向きに伏せ、それを進行役が回収するのだが、今回は練習なので、役職の能力や議論の仕方をレクチャーするためにあえて公開させるのだろう。
咲夜はレミリアから順番にシャッフルしたカードを一枚ずつ、参加者の目の前へと置いていく。
全員にカードを配り終わったところで咲夜は「カードをご覧になって下さい」と告げる。
参加者九名は一斉にカードの内容を確認。覚え終わった順にカードを表にして、他のメンバーが見やすい位置へと置いた。
置かれたカードの内容を咲夜が音読する。
「レミリアお嬢様が《人食い妖怪》。杉下さんが《狩人》。尊さんが《里人》。マミさんが《人食い妖怪》。魔理沙が《妖怪信者》。霊夢が《易者》。パチュリー様が《里人》。小鈴さんが《里人》。阿求さんが《里人》――ですね」
「なるほど、僕が狩人ですか」と右京が笑い、尊も「ぼくは里人ですね」と同様の態度を取った。
「人食い妖怪がレミリアと〝アンタ〟とはなぁ~」
魔理沙が嫌らしい笑みを浮かべながらマミに向けて言った。
マミは軽く視線を逸らしながら苦しく言い訳する。
「何故、儂を見てそんなことを言うのか知らんが、人食い妖怪とは――たとえ、遊びとて選ばれたくないのぅ~」
霊夢は「易者……」と軽くため息を吐くが、魔理沙が小声で「そんな時もあるさ」とさり気無くフォローし、巫女は「そうね」。少しだけ笑った。
パチュリーは特に何かを言う訳でもなく、ジッとしていた。
小鈴は若干、寂しそうに「阿求、私たち里人だね」と相方へ話しかけ、阿求が「何の能力も持ってないからこそ、できることもあるのよ」と訳知り顔で返す。
どうやら、阿求はどこからか人狼ゲームの知識を手に入れていたようだ。
全員の反応を確認したレミリアは咲夜にゲームを進めるように目配せする。
「咲夜、お願い」
「はい。それでは、皆さん。これより――人妖ゲームの練習を始めます。
人狼と戦う決意をした里人でしたが、本当に妖怪の仕業かどうか、わからないので意見が対立し、その日は妖怪のあぶり出しができませんでした。翌日、里人たちが目を覚ますと一人の村人が身体の一部を残していなくなっていました。
これで里人は妖怪の仕業だと断定。今までの手口から妖怪が夜にしか活動しないと判断した者達が、昼間に妖怪らしき人物を特定し、日が暮れるまでに処刑しようと言い出しました。
初め、多くの里人たちが難色を示していましたが、このままでは自分たちが妖怪に殺されると思い、泣く泣く、処刑する人間を決めることにしました。
そして、里の広場にて住民たちによる議論が始まります――ここから皆さんで実際に議論を行い、投票にて処刑する里人を決めるのですが――その前に霊夢、あなたのカードを見て頂戴」
相変わらず凝った設定を展開しながら、銀髪のメイドは笑顔でゲームを進めていく。
次に咲夜は霊夢に自分のカードに目を向けるように指示を出した。
霊夢は自分のカードに目を向けるとそこには〝魔理沙は里人〟と書かれた付箋のような物が貼ってあった。もちろん、最初配られた時にはこのような付箋はなかった。霊夢は驚きながらも「アンタの
この現象は紛れもなく咲夜の〝時を止める程度の能力〟によるものである。
彼女は時間を停止させ、その中を自由に行動できる。その間、誰も彼女の気配を察知できず、何をされたのかもわからない。
幻想郷の人間が使える能力の中でもトップクラスの性能。
それを〝ゲームの進行〟に使っているのだ。何とも贅沢な使い方である。
霊夢が確認した所で咲夜は役職の《易者》について説明した。
「易者は毎晩、占いを行い、占った対象の陣営を把握できます。最初の夜は私がランダムに里人陣営の里人を選んでから、今のように易者役の方にお伝えします。
次の日からは易者の方は私に占いたい方、一人の名前を挙げて頂き、私が回答をお教えするという形になります。方法は後でお教え致します。狩人の方も毎晩、一人を選んで護衛しますので、こちらも後ほど、ご説明致します」
「わかりました」と狩人役の右京が答え、咲夜が話を続ける。
「この状態から議論が始まります。議論は昼間のみ行われ、夕方に一人を処刑します」
「うむ、単語だけ聞くとかなり物騒だな……」
「もうちょっと、よい言い方はないのかしらね」
魔理沙や霊夢は世界観が生々しいので、難色を示していた。
確かに幻想郷のような隔離された人里においてこのようなストーリーを関わりがないとは言い難い。
そこで右京が「でしたら、牢屋に入れて置くなどの柔らかい表現にすればよいのではないでしょうか? 一週間もすれば妖怪退治の専門家が来るですから」と助言する。
それを聞いたレミリアが「牢屋……それもいいかもねぇ」と言うも魔理沙が「だが、もし、牢屋の鍵番が妖怪だったら怖いよな……絶対食われるだろ」と漏らし、霊夢もまた「そもそも、専門家がいない状況で牢屋に閉じ込めても脱出されるのが関の山ね。強力なお札もないだろうし」と専門家らしい意見の述べ、周囲からも同意する声がちらほらと聞こえた。
埒が明かないと感じたパチュリーが「ゲームだから、あまり気にしなくてもいいんじゃない?」と発言する。
霊夢と魔理沙が唸っていると横から尊が「だったら
咲夜が説明に戻る。
「議論についての説明です。ここでは皆さん、怪しいと思う人物を挙げてその理由を含めて議論していきます。ここで易者の方が手を挙げて名乗り出て行くと議論がスムーズに進みます」
「ん? そうなの?」と霊夢。
「だって、魔理沙が里人だってわかっているのよ。その事実を公表すれば、魔理沙は里人であると保障されるわ。里人陣営にとって仲間が判明するのは重要なことよ。その人物以外に妖怪が隠れているんだから」
「けど、魔理沙って《妖怪信者》よね……」
魔理沙のカードをチラリと眺める霊夢。
「易者の能力でわかるのは〝陣営〟だけだからね。この時点では魔理沙は《里人》なのよ?」
「むぅ……」
「そうだぞ。だから、早く私が里人であると証明するんだ」
魔理沙はニヤニヤしながら急かした。彼女もまた、このゲームを知っているらしく、この後の展開が読めている。
すでにレミリアが何かを企んでいるかのようにクスクスと笑みを零していた。
咲夜と魔理沙に促される形で霊夢が「私が易者よ」と手を挙げて発言するが――突如、レミリアが「私が易者よ」と重ねるように名乗り出てきた。
「はぁ!? ちょっと、どういうことよ!」
声を荒げる霊夢。その様子に魔理沙、阿求が笑いを堪え、パチュリーがニヒルな表情を浮かべる。尊もあまりにもストレートな驚き方に苦笑を禁じ得ない。小鈴とマミは状況を把握し切れておらず、ポカンとしている。そこで右京が補足した。
「霊夢さん。これは人狼陣営が必ずと言って良いほど、使ってくる手です」
「使ってくる手!?」霊夢の目が点になる。
「そうです。人狼陣営――おっと、今回は妖怪陣営でしたね。霊夢さんの役職である易者は、初日は妖怪以外の里人をランダムに見分け、次の日から選んだ人物の陣営を知る事ができるので、里人陣営で最も頼りになる役職なのです。
いや、寧ろ、ゲームそのものの流れを決定してしまうレベルと言えるでしょう。それくらい、絶大な影響力を持ちます。もし、その役職に妖怪が成りすませたとしたら――ゲームは妖怪の都合のよい展開になると思えませんか?」
「た、確かに……」
「だからこそ、妖怪役のレミリアさんが自らを易者だと公表したのです。ここで里人に自分が易者だと信じ込ませ、本物の易者を亡き者にすれば、妖怪が易者のように振る舞い、妖怪側にとって有利な発言が可能です。それがレミリアさんの狙いなのです」
「うふふ」
レミリアは無邪気に微笑んだ。
霊夢は「ぐぬぬ……」と唸ったが、魔理沙が「ま、これがこのゲームの醍醐味だ」と巫女の肩をポンポン叩く。
続いて咲夜が「それでは、十五分ほど、時間を取りますので皆さんで議論を行って下さい」と告げてから一歩下がった。
現時点で判明している情報は霊夢とレミリアが《易者》を名乗っている事実だけである。
そこから、どうやって議論を進めて行くか、そこが腕の見せどころだ。
しかし、幻想郷の住民は人狼ゲームで遊ぶ機会は滅多になく、皆、初心者のような状態。
そのため、中々、議論が進まない。阿求やパチュリーと言った知識人は参加者の動向を伺いながら様子見を決め込んでおり、マミや小鈴も初めての経験に戸惑っている。
レミリアは笑顔のままで霊夢を、霊夢はジト目でレミリアを見つめており、魔理沙は肩を竦めていた。
このままだとまともな議論にならないと踏んだ右京と尊は互いに顔を見合わせながらアイコンタクトで意思の疎通を行った。直後、右京が行動を起こす。
「おやおや、このままだと日が暮れてしまいますねえ~」
すかさず、尊も「確かに。怖い妖怪に食べられてしまうかも知れませんね。早く、決めないと」と、どこか間の抜けた演技を披露する。
「ならば、早急に議論を行いましょう! 霊夢さん、レミリアさん。よろしければ、占いの結果を教えて下さい」
「あ、えっと……〝魔理沙〟が〝里人陣営〟と出たわ」
「私の占いによると〝マミさん〟が《里人》と出たわ」
「ふむ、そう来たか。こりゃあ、愉快じゃのう!」とマミは一人、豪快に笑った。
練習試合なので、全ての参加者の役職が公開されている。
レミリアが妖怪側で人里陣営の易者を名乗っており、かつ妖怪側のマミを里人と宣言していることから、レミリアが仲間のマミを里人陣営だと思い込ませ、ゲームを妖怪有利にしたいと考えているのは明白だ。
こんなところを見せられたら、マミはその
ゲームの手綱を握った右京が議論を進める。
「霊夢さんが魔理沙さんを里人。レミリアさんがマミを里人と言っていますね。しかし、この人里に易者は
「本物は私よ」と霊夢が言えば、レミリアが「いえ、私だわ」と声を重ねる。
「皆さんはどう思われますか? 二人の役職を知らないという前提で意見の述べて下さい」
右京がそう呼びかけても、誰もすぐには発言したがらない。頭で意見のまとめているのか、霊夢やレミリア相手に言い難いのか、理由はそれぞれあると思われる。
なので、まとめ役になった右京が隣の人間から順に訊きにいく。
「神戸君。君はどちらが本物だと思いますか?」
「ぼくはレミリアさんが本物だと思います。理由はこのゲームに慣れていそうな雰囲気を出しているから――ですかね……」
「慣れているからって――それは逆に妖怪の可能性を疑わないか?」
魔理沙がツッコミを入れる。
「言われてみればそうかもな~。うーん、困ったな~」
「白々しい演技じゃのぉ~」とマミ。
「では、マミさんはどちらが易者であると?」と右京が振る。
「現段階ではわからん。じゃから、霊夢とレミリアどの、自分が本物の易者である証拠を語ってくれ」
「証拠って何よ……。これ……じゃダメよね……」
そう言って、霊夢は付箋の貼られた自身のカードを提示するも咲夜から「本番で故意に自らのカードを表にしたら〝失格〟だからね」と告げられ「やっぱりか」と呟き、手に取ったカードをテーブルにそっと戻す。
対するレミリアは饒舌気味に「手を挙げたタイミングがほぼ同時だったから、判断に迷うでしょうけど、私は嘘を吐いてないわ。証拠と言われても、出しようはないけど、それは霊夢も同じはずよ。神戸さんも言っていたけど、私はこのゲームに少しだけ慣れているわ。だから、易者の重要性も理解している。私を残したほうが人里にとって得だと思うけど?」と語り聞かせた。
マミは「霊夢は口数が少なく、レミリア殿はよく喋ってくれるが、どうも手慣れている感が否めんのぉ~」と端的な感想を述べた。
そこに魔理沙が「いいのか? 一応、レミリアはアンタの仲間だぜ?」とマミのカードを凝視しながら、ふざけ顔で言うが「ここでレミリアどのの肩を持ち過ぎれば、返って怪しまれる。自然に振る舞うのが一番じゃよ」と返した。
次に右京は魔理沙へ質問を振る。
「魔理沙さんはどうお考えですか?」
「私か? そうだな。霊夢は喋らな過ぎだし、レミリアは喋り過ぎて逆に不気味だ。霊夢は演技できる奴じゃないし、レミリアは胡散臭い演技しかしない奴だし――」
「「はぁ!?」」
霊夢とレミリアは魔理沙のオブラートに包まない発言に腹を立てるが、白黒の魔女は得意げに。
「――ここは易者以外の里人を選んだほうがいいような気がするんだが?」
彼女の役職は妖怪信者。人狼ゲームで言うところの狂人である。狂人の仕事は村人の議論をかき乱すことである。里人に仲間を一人でも多く、吊らせることができれば役割を果たしたと言える。
この魔女は人狼が騙る易者を吊られるリスクを回避したいと考え、処刑のターゲットを変更させようと試みた。
その意図を読み取ったパチュリーが「まだ、議論が深まっていない、このタイミングで易者を議論から外させようとするなんて、いかにも妖怪信者がやりそうなことよね」とチクリ。
図星の魔理沙は顔を赤くしながら「うるせーよ!」と吠え、周りから笑いが巻き起こった。
しかし、続く阿求も二人のどちらかが易者であるか見分けがつかないと言い、それ以外から選んだほうが無難かも知れないと発言。小鈴もそれに同意する素振りを見せる。
その後、霊夢とレミリア以外の里人から対象者を選ぶ方向へとシフト。皆、意見を交わし合った。
右京は狩人だが、狩人は占い師に次いで狙われやすい役職であるため、簡単に名乗り出たりはしない。何故なら占い師を人狼から守る能力があるからだ。
もし、右京が霊夢を守り、彼女が本物の易者であるならば、易者は進行役から自身が選択した相手の陣営を知り、ゲームを有利に進められる。右京の役職もかなり重要なのだ。
それから、議論を重ね、指定された時間が経過し、いよいよ投票の時がやってきた。
投票は練習段階なので、挙手により行われ、尊が最初の犠牲者となった。
そして、ゲームは夜へと移行していく。