やや、疲れ気味のメンバーだったが、朝食が豪華になると聞いて霊夢、魔理沙、小鈴がやる気を取り戻した。
マミと阿求は相変わらずのお気楽三人組を尻目にこっそりとため息を吐く。
パチュリーは無表情で、尊も疲れ気味。
その中であっても右京は笑顔でゲームの開始を待っていた。
どうやら、自分たちでルールを作ったゲームで遊びたいようだ。
尊はその無尽蔵の好奇心に呆れながらも、どこか感心するような素振りを見せる。
そして、言いだしっぺのレミリアもクスクスと口元を緩ませ、ゲーム開始を今か、今かと待ち望んでいた。
右京とレミリアの笑顔は周囲の者たちへ更なる疲労感を与えるも
席は練習時と変わらず皆、同じ席を選択する。
席の記号は反時計回りでレミリアがA。右京がB。尊がC。マミがD。魔理沙がE。霊夢がF。パチュリーがG。小鈴がH。阿求がIだ。
進行役は十六夜咲夜が続投する。
彼女にも疲れが見えるが、主人レミリアのため、その無邪気な我儘に全力で応える。
メンバーの座るスペースにはルールで決まった通り、一人用の机と椅子が用意され、円陣を組むように配置された。
皆、指定した席に腰を下ろす。
咲夜はゲームスタートの決まり文句を言う。
「ここはとある地方の秘境に存在する山に囲まれた人里。人々は決して裕福ではありませんが、平和な生活を送っていました。
そんなある日、人が消えていなくなる事件が起きました。当初、里人は山で遭難したのだろうと考えていましたが、毎晩、一人ずつ消えて行くので、不審に思った若い男の里人が里外れに住む知り合いの薬師に相談へ行くと、彼女は家の中ですでに息絶えていました。
若い男が死体の近くを見ると、床にとある文字が刻まれてしました。そこには『人に化ける妖怪が二匹……』と書かれており、男は里に妖怪が侵入したことを知ります。
急いで里に帰った男は生き残った里人にその事実を伝えました。ですが、里は他の集落からかなり離れており、どんなに急いでも三日以上はかかり、妖怪退治の専門家を引き連れてきたとしても最低、一週間は必要です。
里人たちは悩みましたが、このままでは里人は全滅してしまうと察した若い男は残った里人を集めて、こう言い放ちました。『脚力に自信のある何人かで集落まで行って、妖怪退治の専門家を連れてくるしかない。それまでの間、自分たちだけで耐えよう』と。
こうして、里人と紛れ込んだ妖怪の戦いが始まるのでした――」
咲夜は九枚のカードを参加者全員から見えるように自身の正面でシャッフルした。
三十回以上のシャッフルを繰り返し後、彼女は時を止めて、各自のテーブルにカードを裏向きで配置した。
一瞬でカードがテーブル上に出現したにも関わらず、参加者は静しい顔をしていた。
流石に時間停止を何度も経験していれば誰でも慣れてしまう。
右京たちは出現したカードの内容を他の参加者に見られないように確認。
十秒足らずでテーブルに裏側で伏せ、咲夜が瞬時に回収――該当する役職に付箋を付けて再び、テーブルへと置いた。メンバーは一斉にカードを見る。
皆、表情を変えずに何食わぬ顔でカードを伏せ、咲夜が素早く集めた。
これで全ての参加者が自身の役職を把握し、易者はランダムな里人陣営から一人、妖怪は仲間の名前を知ったことになる。
右京、レミリア、マミ、霊夢、魔理沙は不敵な笑みを浮かべ、尊は若干の困り顔、阿求とパチュリーは無表情。小鈴を使って〝頑張るゾイ〟のポーズ。
各々の性格がよく表れていた。
ゲームはいよいよ本編へと移る。
咲夜は口上を続ける。
「――人狼と戦う決意をした里人でしたが、本当に妖怪の仕業かどうか、わからないので意見が対立し、その日は妖怪のあぶり出しができませんでした。
翌日、里人たちが目を覚ますと一人の里人が身体の一部を残していなくなっていました。これで里人は妖怪の仕業だと断定。
今までの手口から妖怪が夜にしか活動しないと判断した者たちが、昼間に妖怪らしき人物を特定し、夜が暮れるまでに処刑しようと言い出しました。
初め、多くの里人が難色を示していましたが、このままでは自分たちが妖怪に殺されると思い、泣く泣く、処刑する人間を決めることにしました。
そして、里の広場にて里人たちによる議論が始まるのでした――制限時間は二十分です。存分に話し合ってください」
こうして議論がスタートした。
参加者は雰囲気作りのため
「この里に妖怪が潜んでいるとはッ」
右京はブルブルと顔を震わせ、演技派の一面を見せる。
「ぼくも怖くて……どうにかなっちゃいそうです」
ちゃっかり乗っかる尊。
「はん! 妖怪なんて本当にいるのかねー。野犬の仕業って線も捨てきれないがな!」
腕を組む魔理沙。
「でも昨夜、何者かに里人が殺されたわ」と霊夢。
「この中に犯人がいるのかしら?」とレミリアが無邪気に微笑む。
「薬師のおばさまが残したメッセージが本当なら紛れているのでしょう」と阿求。
「苦楽を共にした仲間同士で疑い合わねばならぬとは――困った物じゃのう」苦言を呈すマミ。
「仕方ないわ。妖怪が侵入した以上、排除するしかない」と冷静な意見を出すパチュリー。
「ど、どうすればいいんだろ……」
一人、雰囲気に着いて行けずリアルな心境を漏らす小鈴。それを阿求が「誰が怪しいか、話し合いで見定めるしかないわ。小鈴」とフォローする。
皆、阿求の意見を肯定した。
普通なら今のタイミングで易者が名乗り出るのだが、すぐにそれをやってしまうと形式的になってしまい、どこか面白みに欠ける。
そこでメンバーは議論スタートから三分~五分程度の間、何かしらの話題を振り合って自分たちで物語を創作しながら進行するという
そういう意味で《レミリア・ジャッジメント》は現代の人狼ゲームから少々、離れていると言ってよい。
まさに幻想郷の本格推理ゲームなのだ。
「……どなたか、昨夜亡くなられた里人のお名前を知っている方はおりませんか?」
右京が唐突に話題を出した。それにレミリアが乗っかる。
「名前……? そこの〝白黒〟なら知っているんじゃないかしら。胡散臭いけど自称、情報ツウらしいし!」
「おやおや!」
「ああん!?」
まさかのパスに魔理沙は驚いた。レミリアはクスクスと笑いながらチラッと舌を出した。
魔理沙は最初の練習でレミリアが易者名乗りをした際「胡散臭い」と言ったことを思い出し「さっきのお返しかよ……」と呟いた。
視線が一気に魔理沙へと集まった。
彼女は自分が答えるしかないと観念し「うーーん、なんだっけなー。確か……」と必死に頭を回転させてとある人物の名前を言った。
「ア、アガサ・クリスQとか言う奴だったかなー。なぁ、阿求?」すっとぼけ顔の魔理沙。
「――ッ!?」
何故か阿求の肩がビクつく。
人里に精通するメンバーは苦笑いを浮かべながら阿求を見た。
本人は魔理沙に視線を向けながら「なんで私に振ってくるのよ」と内心ムスっとしたが、機転の利く彼女はすぐに冷静さを取り戻して、こう切り返した。
「……アガサ・クリスQは偽名よ。本当はオーエンって言うらしいわ。前にそう聞かされた」
「オーエンだと!?」
予想外の返しに魔理沙は声をうわずらせながら「東の国なのに西洋人でいいのだろうか……」と心の中でマジレスする。
理由は不明だが、阿求としてはクリスQを死人にしたくなかったのだろう。
興味を持った右京が横から口をはさむ。
「オーエン――それがお名前ですか?」
「苗字だったかと思います。お名前までは教えて頂けませんでした」
「何故、お名前を教えなかったのでしょうねえ?」
「私も詳しくは知りませんが
それを聞いた右京はふふっと笑いながら該当する人物の名前を言う。
「となるとそれはユーリック・ノーマン・オーエン――」
「またはユーナ・ナンシー・オーエン――」と勝手に続ける尊だったが、そこに魔理沙が「もしくは〝フランドール・スカーレット〟だったりな」と意図的にレミリアの妹の名前を繋げた。
反射的に吸血鬼の顔が呆れ色に染まった。
「あ? なんだって?」
「そのままの意味だ」
お返しのお返し、と言わんばかりにドヤ顔を決め込む魔理沙。
レミリアはジト目で魔理沙を睨むも「あながち間違いじゃないのよねぇ」とため息を吐いた。
すぐさまパチュリーが「最近は落ち着いてきているわ」とニヒルな表情を僅かに緩めてクスリと笑った。
レミリアは「そうよね。あの娘もあの娘で変わってきたわ」とどことなく嬉しそうに言った。
司会役の咲夜も一歩離れたところから微笑んだ。
フランドールと関わりがある魔理沙と霊夢は「「だといいんだがなぁ……(けどねぇ……)」」と肩を竦めた。
そこにマミが「ところで……その、オーエンというのは何じゃ? どこかで聞いたことがあるのじゃが、イマイチ思い出せん」と申し訳なさげに語った。
その疑問に右京が答える。
「オーエンというのはアガサクリスティー原作《そして誰もいなくなった》の登場人物です。夫のユーリック・ノーマン・オーエンと妻のユーナ・ナンシー・オーエン――通称、オーエン夫妻は原作のロングヒットも相まって長年、ミステリーファンから親しまれています」
「ほうほう、ミステリー物だったか。しっかし、どこもかしこもミステリーブームじゃのう! 儂にゃあ、ついていけんわい。お手上げじゃ、お手上げ」とジェスチャーを交えながらマミは右京の瞳をジッと見た。
「僕はよい傾向だと思いますがねえ。物事を疑いながら考えるきっかけにもなります」
「イタズラに人を疑うメンドクサイ連中が増えるだけだと思うがなぁ」と魔理沙がツッコミを入れる。
「アンタみたいな?」
ニヤニヤと霊夢が乗っかる。
「何を言っているのか、さっぱりわからんな」
魔理沙は一蹴するもどこかバツが悪そうだった。
小鈴はメンバーたちの会話を聞きながら「《そして誰もいなくなった》は鈴奈庵にもあるけど、英語版だからなぁ~。翻訳した本を出せば儲かりそうなんだけどなー」と嘆いた。
直後、阿求がキメ顔で「私なら訳せるけど?」と右指でお金を模した輪っかのマークを作りながら問いかけたが、小鈴は「どうせお高いんでしょ?」と切り捨てた。
阿求の性格を知っている親友の小鈴ならではだ。
オーエンの話題で盛り上がったり、リアルな話題を出したりとシリアスなゲームの設定にしては些か緊張感がなさすぎるが、これが幻想郷の住民なのだ。
右京はこのどこか間の抜けたやり取りを気に入っている。
反対に尊はついて行けずに戸惑っている。
そんな中、手持ちの懐中時計を眺めていた咲夜が時間を告げた。
「残り時間は後、十五分です」
「もう五分経ったの!?」
尊が驚いた。
まともな議論を行わず、メンバーは他愛もない雑談だけで五分を使い切ったのだ。
内容は死んだ里人がオーエンという人物であることくらいである。
戸惑うメンバーも少なくない中、パチュリーがしれっと言った。
「時間だし、進めましょうか」
「おいおい、お前が《進行役》か?」
魔理沙が口を出した。
白黒の魔女の言う進行役とは参加者内で意見をまとめる者のことだ。
ゲームの進行役は咲夜だが、議論には口を出さない。議論をまとめるためには別の進行役が必要なのだ。
パチュリーは自らその役目を買って出たという訳だ。
魔理沙はそれを妖怪の企みかと訝しみ、ちょっかいを出したのだろう。
七曜の魔女は少し間を空けたが、珍しく魔理沙との会話に応じた。
「……なら、アンタがやる?」
「うーむ、まとめ役ってのは前に阿求んところでやったけど、なんか苦手でな……」
当時の幻想郷では新参者だった宗教家三人衆との対談を思い出して渋り始めた。
「だったら誰がやるんだい?」とレミリア。
魔理沙は少し考えてから「多数決で決めようぜ」と言った。
参加者は賛同。指差しで一斉に進行役を選ぶことになった。
「「「「せーの――」」」
結果、パチュリーに二票、阿求が三票、そして残り四票が右京に入り、進行役は右京に決定した。
これより、本格的な妖怪探しに入っていくのであった。