霖之助が事情を話したことで黒白の少女こと霧雨魔理沙は胡散臭いおっさん改め杉下右京を泥棒ではないと渋々認めた。
右京は「霖之助君どうもありがとう」とお礼を述べると霖之助が「いえいえ……」と目線を逸らしながら、近くにあった椅子に腰を下ろす。
店主から聞いた事実を独自解釈した上で魔理沙が簡潔にまとめる。
「つまり、表の世界から幻想郷に迷い込んだおっさんが香霖堂にやって来て接客していたら何時の間にか居座ってたってことか」
「僕は居座った覚えはありませんがねえ。ただ、右も左もわからないので泊めて欲しいと頼んだだけです」
「そして、店主の代わりに店を管理して、よい品物がないか物色する機会を伺っていた」
「あなたはたった今、僕が泥棒じゃないとお認めになったではありませんか」
「次は詐欺師の線を疑っているんだぜ」
「本当に疑り深い方ですね。親御さんの顔が見てみたいものです」
「ふん、大した顔じゃないがな!」
親の話が出た途端、彼女がへそを曲げた。
右京は相変わらず、スマイルのままだ。
話を逸らすため魔理沙が霖之助へと視線を移す。
「ところで香霖。お前が身体を悪くするなんて随分、珍しいな。何があった?」
「いや、そうじゃないが……」
「む。らしくない態度だな」
ばつの悪そうな霖之助を見て訝しむ魔理沙。次第にとある人物の関与を疑い始める。
「おっさん、香霖と何があった?」
「あなた――もう少し綺麗な言い方があるでしょう?」
「あん?」
「目上の人物に“おっさん”はないでしょう?」
「だが、私からすればおっさ――」
直後、右京は笑顔で魔理沙の視界を塞ぐように顔を近づける。
魔理沙は驚いて仰け反った。
「あなたからすれば“おじさん”と呼ぶのが適切です」
笑顔という名の圧力であった。
魔理沙は顔を引きつらせ、その圧力に屈した。
「あー……わかった、わかった、わかったぜ……おじさん」
目当ての単語を少女から引き出した彼は満足したのか、元の位置に戻って話を再開させる。
「ふふ、何でしょうか魔理沙さん?」
「……香霖と何かあったのか?」
「特に変わったことがあった訳ではありませんが、昨日お会いしてからずっと幻想郷の話や妖怪、幽霊、道具などの話で盛り上がってしまいましてね。夜遅くまで付き合わせてしまったのですよ。いやー、申し訳ない」
確かに霖之助は疲れたような表情をしている。目に隈を作り、昼を過ぎたとの言うのにボサボサ頭だ。本当に休んでいたのだろう。
だが、魔理沙はそれだけではないと直感する。
「なるほどねぇ。どうりで寝不足って感じな訳だ。しかしだな、たかが寝不足で香霖が仕事を休むとは思えん」
「久しぶりの徹夜だったから疲れたんだよ。僕だって疲れることくらいはあるさ」
「そこのおじさんは元気なのにか?」
「僕は徹夜には慣れていますから」
同じ時間を過ごした両者のテンションは明らかに違っていた。
右京は笑顔、かたや霖之助は暗い顔。
まるで勝者と敗者である。
何かあると悟った魔理沙は真相を探りに掛かった。
「おじさん、幻想郷に来てからのことを一から教えてくれ」
「一からと言うと……どの辺りからにしましょうか?」
「そうだな――幻想郷に足を踏み入れた時からでいい」
「わかりました」
「!?」
彼女の問いに右京は快く頷く。
霖之助が「おいおい、魔理沙――」と口を挟もうとするが、顔をニヤつかせた魔理沙に制止された。
右京はとある神社を散策中に偶然、石と骨が無造作に置かれた広場に迷い込み、見えない物や害虫と鼠、さらには怪しげな歌が聞こえてきたので咄嗟にスマートフォンのアラーム音を鳴らし、隙を作って逃げてきた事を話した。
魔理沙は「表からやって来た人間が良く無縁塚から生還できたもんだな……」と呆れ顔で外来人を見た。
無縁塚とは幻想郷で一番、危険な場所である。霖之助曰く、無縁塚とは身寄りのない者たちの集団墓地みたいな場所であり、外からの漂着物がよく流れ着くので、それを狙う妖怪や命知らずの人間が定期的に訪れているらしい。
霖之助も商品を集めるため、暇を見て無縁塚に足を運ぶそうだ。
彼は妖怪とのハーフなので人外たちも手を出さない。
しかし、人間のような弱い生き物は妖怪の餌でしかない。そこに辿り着いた表の世界の人間は食べられてその生涯を終えるケースが多く、霖之助から話を聞かされた右京は「僕は運がよかった訳ですか」と真顔で答えている。
そして、話は右京が香霖堂を訪れて店主と交渉している所に差し掛かる。
やけに霖之助が慌てているので、魔理沙は「詳しく教えてくれ」と念押しし、右京が要望通りに詳細を語った。
数分後、先ほどの不機嫌が嘘のように少女が腹を抱えて笑い出した。
「だっははははははッ!! そういう事かー! 香霖が寝込んだ理由がわかったぜー!」
「それはよかった」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
爆笑する魔理沙は悔しがる霖之助を余所に彼が体調不良に陥った真相を饒舌に語り出す。
「まさか、天下の香霖堂店主である森近霖之助様が外からやって来たばかりの何も知らないおじさんにタダで拾った本を“一冊一円”で吹っ掛けようとしたら思わぬ反撃に遭い適正価格で買われてしまったなんてな!」
「それくらいの……価値がある本だと思ったのさ……」
「おまけに雑談ついでに幻想郷のことを教えて知識を与えた挙句、寝床も用意するハメになった――くくく、それは私でも寝込んでしまうぜ!」
「うぐぅ……」
魔理沙の解説にぐうの音も出ない霖之助。
さすがにそれは可愛そうと思った右京が助け舟を出す。
「いえいえ、そうとは限りませんよ。僕にとって幻想郷の本は貴重です。それを加味して霖之助君は値段を設定したのです。そこを僕があの手この手で値切っただけです。それに霖之助君は僕が選んだ本を拾ったとは口にしませんでした。
なので、僕は普段通りの値段で買わされたと言う事になります。つまり、商売人として霖之助君は利益を得た。利益を出した以上、この勝負は霖之助君の勝ちだと言えますねえ」
「確かにおじさんの言う通りだな香霖! ぷぷっ!」
「……」
香霖堂の商品は拾い物がほとんどなので実質ゼロ円である。
おまけに買いに来る者もあまり多いとは言えないので、儲けられる時は少しでも儲けたかった。そこに幻想郷のレートを知らない右京が現れたので本来ならチャンスのはずだった。
それを右京の手腕で潰された挙句、商売人の命たる情報を聞き出されて寝床まで用意するハメになったのだ。
これは香霖堂始まって以来の大敗北である。年齢も妖怪とのハーフである霖之助のほうが年上であり、年下の――それも外の人間にこんな真似されては、さすがにショックを隠せないだろう。
おまけに自分を追い詰めた相手にフォローされるという何とも情けない結末に霖之助は反論するのを止めた。
右京が霖之助を気遣う。
「霖之助君、随分とお疲れのようですねえ」
「ええ……」
「それはよろしくありませんねえ。是非元気になって貰いたい所です」
「そんな簡単に元気になれるような物ではありませんよ……」
「心の傷だもんな~」
魔理沙はそう呟きながら霖之助の肩をポンっと叩いた。
励ましか追い打ちなのか、よくわからない行為に当の本人はムスっとした表情を見せた。
その光景を見てか、右京はある提案をする。
「でしたら、僕が一役買わせて頂きましょう」
彼の言っている意味がわからず、二人は顔を合わせる。
キョトンとする二人を尻目に右京が霖之助に訊ねる。
「霖之助君、君の家にはティーポットがありますね?」
「ええ、ありますが……」
見せた訳でもないのに何故、知っているんだ? という顔を浮かべる霖之助。
右京は両手をパンと叩いた。
「それはよかった! これで僕、自慢の“紅茶”を淹れることができます」
「「紅茶?」」
「ええ、僕は紅茶が大好きでしてね。いつでも飲めるよう、常にカバンの中に入れて持ち歩いて居るんですよ」
「紅茶ですか」
「はい、僕オススメの疲れに効く紅茶です。当然、味も保障しますよ」
霖之助は面倒なことを言い出したなと思い、怠そうな態度を取った。
そんな店主の姿を面白く思ったのか、友人である魔理沙は右京を援護する。
「いいじゃないか香霖! せっかく外の紅茶が飲めるんだし、ご馳走になろうぜ! だから、早いとこティーポットを用意してやれよ! もちろん、ティーカップもだぞ」
「魔理沙……」
彼女にまで言われてしまったら、どうしようもない。
霖之助は渋々、ティーポットとティーカップを用意しに台所へ入って行った。
その際、魔理沙は「私の分もよろしく」と右京に告げ、彼もまた「もちろんです。あなただけ除け者なんてマネはしませんよ」と返す。彼女は「良い心掛けだぜ」と親指を立てた。
これより、香霖堂店内にて杉下右京主催の小さな茶会がその始まりを告げる。