相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第53話 緋色の妹 その1

 負けを悟った尊は「もう、ぼくの勝ち目はないですね」と降参のポーズをやってみせた。

 そう、襲撃されたのは〝小鈴〟だった。

 右京と阿求は互いを見やりながら、

 

「さすがは、九代目稗田阿礼さま――素晴らしい立ち回りでした!」

 

「表のホームズさまにお褒め頂き光栄です」

 

 勝利宣言とも取れる発言をした。

 それもそのはず。この時点で里人陣営は尊一人。

 残りは妖怪の右京と妖怪信者の阿求。投票では数の力で決して勝てない。

 これは本家人狼ゲームではパワープレイと呼ばれる。

 本来なら両陣営が狂人を信じさせるべく取り合うのだが、パチュリーの言う通り、序盤で互いの素性を確認した両者には問題なかった。

 和製シャーロック・ホームズと幻想のアガサクリスティ相手では敗北は必然だったのかもしれない。

 軽く息を吐いてから尊が訊ねる。

 

「で、どこからどこまでが正しかったんですか?」

 

「「全てパチュリーさんの推理通りです」」

 

「あ、そうですか」

 

 尊は呆れてものも言えなくなった。〝よくもあそこまで完全にバラされた上で普段と表情を変えずに嘘を吐き通したな〟と。勝者二人組は後日談のように語る。

 

「しかし、パチュリーさんの推理力は相当なものですねえ。阿求さんの〝ファインプレイ〟がなかったら彼女に終始主導権を握られて成す術なく敗北していました」

 

「紅魔館の頭脳――その名前は伊達じゃありませんね。たまたま席が近くて彼女の表情を横目で確認しやすく――偶然、小鈴が鈴奈庵のことを言い出したので乗っかるしかないと覚悟を決めました。お役に立ててよかった」

 

 まさか、パチュリーがゲームの性質を読んで序盤から観察に徹していたなんてこの二人以外は予想しえなかっただろう。

 右京は普段から公私問わず〝こういう知恵比べ〟をしているのでなんてことはなく、阿求もまた職業柄、こういうシチュエーションは常に想像している。

 マミはアドリブが非常に上手だったが、名探偵三人の前に後れを取る形となってしまったのが悔やまれる。

 二人のコンビネーションはまさしく〝相棒〟だった。

 楽しそうにする二人に尊はどこか寂しさを覚えた。ぶり返すサンチマンタリスムに等しい何かに心を揺れ動かされる。

 そんな尊が視界に入ったのか、右京が彼の健闘を称えた。

 

「君も二日目に入ってから切れの良い考察を展開しましたね。里人陣営に有益な情報を提供――三日目には僕を一歩まで追いつめた。腕を上げましたね、神戸君」

 

 予想外の言葉にワンテンポ遅れながら尊が返す。

 

「え、あぁ、どうも――というより、三日目のぼくの考察当たっていたんですね?」

 

「大方当たっていましたね」

 

「なるほど」

 

 満更ではなさそうに尊が頷き、右京が続けた。

 

「二日目の襲撃対象――僕は結構、悩んだんですよ。君とレミリアさんと魔理沙さんの誰を狙うかで。ある程度、行動が予測できたので、予想外の行動を取った魔理沙さんを落とせば、後は阿求さんとトークによって小鈴さんを誘導し、票を確保できると思ったのでその策に出ました」

 

「私はてっきり、尊さんかレミリアさんを落とすばかり思っていたので驚きました」と阿求が語った。

 

「どちらも強敵でしたからねえ。小鈴さんの票を活かしつつ確実にこちらへ持って行くためにはそれが一番だと踏んで選択しました。おかげで神戸君が食付いてくれましたので、レミリアさんも便乗してくれた。叩く部分は魔理沙さんを選んだ理由か、霊夢さんを選んだ理由くらいでしょうしね。後は何故マミさんの肩を持ったのかとかその辺りですかね。いずれにしても反論は容易でした」

 

「なんだか、腑に落ちないな~」とこぼす尊。

 

「ふふっ」

 

 笑みを零しながら、納得のいかない部下を右京は愉快げに眺めている。

 

「……霊夢さんを襲撃した理由は?」

 

「パチュリーさんが僕を陥れるように仕組んだと見せかけるためです。阿求さんがその意図を汲んで考察を組み立ててくださったので助かりました」

 

「結構な無茶振りでしたよアレ」

 

 おかけでこじつけみたいな推理をさせられた阿求からすれば、迷惑もいいところだ。

 右京がさらに続ける。

 

「それと、彼女――名前の通り結構、勘が鋭いんですよ。ですので、早めに対処したほうがいいという思惑もありました。後半になって確信を突かれるのも大変ですし」

 

「まぁ、ピンポイントで杉下さんを名指ししてましたからね。さすがはお巫女さんです」と幻想郷の霊能力を見直した尊。その直後、阿求が「基本はグータラです。修行もよくサボるそうですし」と言って警察官二人を笑わせた。

 襲撃を受けた対象を発表する前に参加者内で勝敗が決してしまったので妙に輪に入りにくかった咲夜だが、コホンと咳払いをして三人を振り向かせてから「襲撃されたのは小鈴さんでした――さて、ゲームのほうですが……妖怪陣営の勝ちということでよろしいでしょうか?」と今更感を漂わせた状態で訊ねてきた。

 一同が「それでお願いします」と言ったことでこのゲームは正式に終了となる。

 それに伴い咲夜は皆を呼びに行くため、この場を離れた。彼女が戻るまで三人は雑談を続けた。

 十分ほど経過したが、咲夜は戻ってこない。

 

 メンバーは妖怪の話で盛り上がっているので、特に気にしなかったが、尊がトイレに行くと言い残し、広間から廊下へと出た。

 トイレは広間からすぐの場所にあり、男性用も完備されている。場所は咲夜に予め教えられているので道に迷うことはない。

 真紅の絨毯が敷かれた廊下を尊はテクテクと歩く。

 

「空間拡張だったかな? スゲー能力だよな……」

 

 外観からは想像できないほど広大や屋敷とその廊下の長さに尊は唸った。一分も経たないうちに尊はトイレに入ってから用を足す。

 尊はその間〝人影はおろか妖精メイドまで見当たらない〟ことに疑問を感じるも、休憩中なのだろうと気に留めなかった。

 

 トイレを出た尊が来た道を戻ろうとする。

 その時だ。彼の背筋に例えようのない悪寒が走った。あまりに唐突だったので、ビクっと身体を震わせながら、彼は反射的に後ろを振り向く。

 そこ人影はなく、一面紅色の空間かつ自分の足音以外何も聞こえない廊下があるだけ。

 気のせいか――そう安堵した、その瞬間――。

 

 ――サ、サ、サッ、ゴトン

 

 どこかで不自然な物音がした。

 振り返るもそこには何もない。

 間髪入れず左右から似たような怪奇音が聞こえ始めた。

 ドタドタと何かが走る音、カチャカチャと何かすれる音。

 微かにだが、何者かが歌を歌う声が尊の耳に入る。

 尊は慌てふためきながら視線をグルグルと駆け巡らせる。

 前方後方、床に天井、廊下の埃まであらゆることを確認するも音を鳴らす物体が確認できない。

 そうこうしているうちに声が段々近づいてくる。それは正面だ。

 カチャカチャカチャカチャ――何かがすれ合う音と共にそれが鮮明になる。

 それは少女の声だった――。

 まるで、天使のような歌声で彩られるあまりに悪魔的なメロディー。

 ふんわりとしながらその実、鉛のように固く重く突き刺さる十字架――。

 尊はその場で硬直して動けずにいた。

 不安定なリズムと共に〝破滅の(うた)〟の全容が明らかとなる――。

 

 

  紅い()~ 細めて 

  月を片手に遊ぶのよ~♪

  死の灰~ 降り注げ 

  儚き紅楼夢(こうろうむ)~♪ 

  あなたと~ 待ち合わせ 

  真っ赤なお墓で待ちぼうけ~♪

  いつでもこれからも~ 血染めの人生よ~♪

 

  地上は私の物

  だけど 今は誰の物でもない

  何故だろう

  私は支配者(ロード)になれない

  なれるとしたらアイツだけ

  私は蚊帳の外

  仕方ないから

  紅い大地と夢幻(むげん)(とき)をギャラリーに

  今宵も踊るわ

  月はいつでも私の味方

  太陽はいつでも私の敵

  あなたはいつでも私の玩具(おもちゃ)

  そんな関係も右手一つで終わってしまう

  だから人は私をU.N.オーエンと呼ぶ――

 

  振り返れば誰もいない ここに一人

  人の形した抜け殻を人とは呼ばない

  言うならば首紐(くびなわ)ブリキ

  人はそれを死者と呼び 私は餌と呼ぶ

  彼女の行く先は天国かそれとも地獄か

  決めるのは私とあなた

  そうだ 全ての生者たちのために

  虹色のつり橋を創りましょう

  いずれは真紅に染まる私たちの

  甘いトラップを

  そこを歩く者たちを橋ごと破壊して

  波紋の絶海を作るの

  きっと楽しいわ

  串刺しごっこなんかよりもずっと刺激的

  証拠なんて残らない

  私がきゅっとしてドカーンしてあげる

  だから……遊びましょう 永遠に――

 

  消えない夢抱いて~

  明日と心中しに行こう~♪

  忘れはしないわ~

  その顔 その命~♪

  あなたが崩れてく~ 

  私が無慈悲に崩してく~♪

  いつでもこれからも~ 

  私は殺人鬼~♪

 

 

 そして、無限の混沌の中を歩んで来たであろう《紅の少女》がその姿を人前に晒す――。

 

「初めまして、日本のワトスンさん――私は吸血鬼の妹、フランドール・スカーレットよ」

 

 その翼は翼と言うにはあまりにも煌びやかすぎた。

 細く軽く音を立てそして不安定すぎた。

 それは正に〝悪夢〟だった――。


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