相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第54話 緋色の妹 その2

 ついに現れた――ついに降臨なされた――紅魔の双璧、その妹君――狂気を宿した吸血鬼フランドール・スカーレット。

 濃い黄色のウェーブかかったセミロングをあどけなくサイドテールに仕立て上げ、定番のナイトキャップを被った彼女は全身を真紅のお洋服でお洒落に彩り、両手を腰にまわし、可愛いその足で絨毯をふみふみしている。

 振動が身体を伝わって背中を揺らすたびにそこから生えた七色の翼がカチャカチャと音を鳴らす。

 その翼は黒いホースのように細く長いしなやかなのだが、そこには天干しした干物がぶら下がるかのように色取り取りの菱形をした宝石が立ち並んでいる。

 人によってはパリコレの衣装にも見えるかもしれないが、今の尊に考えるだけの余裕はない。

 奇妙な姿をした少女は全てを呑み込んで跡形もなく消し去るブラックホールのような混沌(ケイオス)を宿した紅眼(レッドアイズ)を携え、目の前のターゲットがどんな態度を取るのか、ジッと見つめている。

 後ろ手に回された破滅を宿す掌は()()()()()()()()という意思表示にも取れる。

 慈悲である――紛れない慈悲である。彼はそれをただ自然と理解できた。

 初めて出会った超ド級の規格外――それもプレッシャーという名前の純然たるカルマをところ構わず、まき散らしている。それは格下を平伏されるには十分すぎた。

 

 尊は何が何だかわからず、ただ恐怖に怯えていた。

 

 圧倒的な力。絶対的な恐怖。破滅的なオーラ。

 彼女はその可憐な容姿に強者の要素の大半を詰め込んだ空前絶後のスーパーカーミラ。

 シェリダン・レ・ファニュだって裸足で逃げ出すほどの傑物。

 時代が時代なら天下を取れたかもしれないお方である。

 頭が高い――とでも言われたかのように彼は尻もちを突いた。

 妹君は獲物の近くまで寄ってきた。

 その一歩一歩が今の彼には処刑人の足音、もしくは死神が鎌を振り上げる音に聞こえたに違いない。

 尊は本気で泣きたくなった。

 彼女は少しだけ屈んでから口を開いた。

 

「どうかした? どっか痛いの?」

 

「え……あ……そ、その……」

 

 言葉など出ない、彼女の気に当てられた人間はただのアリも同然。委縮して何も考えられなくなる。

 幻想郷の妖怪でも彼女とまともに話せるのはごく一部だ。

 大半は泣きながら逃げ出してしまう。目の前の獲物はそれすらさせて貰えない。

 

 少女は不満げな表情を浮かべた。

 

「うーん。つまんないねぇ〜。ーーホームズはまだ広間にいるの?」

 

 尊は口を大きく開けながら、コクンコクンと頷いた。

 自分のことをワトスンと言ったならばホームズに該当するのは右京しかいないのだから。

 妹君はパッと笑顔を作ってから「じゃあ行くかー。()()()――こっちおいでー!」と〝とある者〟の名前を読んだ。

 すると「キャウキャウ♪」と嬉しそうな声を出しながら何かがこちらへ向かって疾走してきた。全身灰色の小型犬よりも大きいくらいの物体が尊の真横を横切る。

 彼はツパイを見て意識が飛びそうになる。

 何故ならば――。

 

「ん? あぁ――この子ね、ツパイって言うの。ちょっと前は脱走したこともあったけど、今では立派なお利口さんなのよ。はい挨拶」

 

「キャウ!」と元気よく返事をした。瞬間、尊は心底怯えながら

 

(は――は――コ、コイツは……《チュパカブラ》ああああああああああ!!)

 

 と声にもならない悲鳴を上げた。

 

 彼女のペットとはあの有名な〝UMA〟のチュパカブラだった。

 チュパカブラは火星型宇宙人グレイを小型犬にしたような怪物である。

 生き物の生血を啜る吸血生物であり、メキシコ辺りでの目撃情報が出ていたが、その真相は謎に包まれている。まさに未知のモンスター。

 さすがは幻想郷――なんでもありだ。

 ペットの合流したお姫様は親切な人間に向かって手を振りながら「ありがとね~」とお礼を言って広間へと早歩きで向かった。

 その瞬間、緊張から解放された尊はその場で糸の切れた人形のように倒れ込んで気を失った。

 

 

 咲夜たちが戻るのを広間で待っている右京と阿求はまだ話し込んでいた。

 内容は妖怪の話から小説の話へ替わっていた。

 

「〝そして誰もいなくなった〟はミステリーの傑作ですよね!」と阿求。

 

「もちろんですとも! 今なお売れ続け、全世界で一億冊を達成した偉大なる小説です」

 

「私もあれくらいの本を書いてみたいですが、中々、筆が進まないことが多くて……」

 

「おや、それはどうして?」

 

「ネタは思い付くのですが、幻想郷版にローカライズする際、住民にわかりやすくしなければならないので、そこの調整で手間取るのです」と阿求は作家としての悩みを語った。

 

「わかりやすくしなければ読者が困ってしまいますからねえ」

 

「そうなんです。文章を書くのは得意なのですが、表現が難しいとか言われるとちょっとへこみます」

 

「僕も若い部下を持っていた時期があるのでよくわかります」

 

「部下と言うと〝相棒〟の方ですか?」

 

「ええ、とても正義感の強い好青年です。感情が高ぶると粗暴さが目立つ性格でしたが、非常に頼りになる相棒でした……」

 

 かつての部下を思い浮かべた右京。その瞳には悲しさが同居していた。

 

「話を聞くにきっと、どんな事件にも怯まず立ち向かう人物だったのでしょうね――私の小説にもそういったキャラクターはいますが、どうもワトスンっぽくなってしまって――。キャラクター作りって思ったよりも大変なのだな、といつも痛感させられます」

 

「僕も趣味で小説を書いてますから他人事は思えません」

 

「あら? 杉下さんも小説を?」

 

「はい。趣味で」

 

「ちなみにタイトルは?」

 

「〝孤独の研究〟という物です」

 

「〝習作〟ではないのですね?」クスりと笑う阿求。

 

「〝研究〟のほうがしっくりきましたので」と笑顔で返す右京。

 

「内容のほうは――やはりミステリーですか?」

 

「いえ、毒舌で有名なミステリー小説評論家が何故、自分自身が孤独なのかを知るべく研究していくという一風変わった内容の物語です」

 

「それはまた……どうしてそのテーマで小説を書こうと?」

 

「仲の良い友達に小説を書いてみたほうがいいと勧められたのがきっかけです。ちなみに主人公のモデルはその友達です」と右京はおどけて語って見せた。

 

 それを聞いた阿求が歳相応の笑顔を作りながら「地味な嫌がらせですね」とコメントする。

 

 広間は和やかな空気に包まれていた。後は咲夜が皆を連れてくるだけで今日はお開きになるだろう――せっかくだから、余った時間でレミリアに頼まれた曲を作ろうかと右京は考えていた。

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 ドタバタと軽い足音が広間にも伝わってくる。

 右京は音の大きさ的にレミリアが先に戻ってきたのか? と勘繰ったが、実際に扉を開けたのは彼女ではなく――。

 

「よいしょっとっ」

 

「キャウキャウ!」

 

 深紅に身を包む少女と灰色の生命体だった。

 阿求はその姿に絶句し、右手で口を覆い隠したまま硬直した。

 右京も少女が持つ深紅色の瞳が放つオーラを真正面から浴び、背中にゾクゾクと電流じみた危険信号が走るも、その可憐かつ狂気を帯びた彼女とお供の灰色騎士の存在に〝いつもの悪癖〟が刺激されて、その心を奪われた。

 

 彼女は何気ない顔で右京の元に駆け寄る。

 

「こんばんは――ホームズさん」

 

 見る者を威圧するその雰囲気は和やかな空間を突如として殺伐な世界へと変貌させる。

 

 阿求は「なんでここに彼女が!? いつもなら幽閉されているか地下周辺をウロウロしているだけのに――」と竦んで動けなかった。

 

 そんな中、右京は――。

 

「……おお! あなたはもしや、レミリアさんの――」

 

「そうよ、私が妹のフランドール・スカーレット」

 

「やはりそうでしたか! 僕は表の世界から来た杉下右京と言います。お会いできて光栄です、フランドールさん」

 

 あろうことか中腰になり、目線を合わせた上で右手を差し出した。

 それに気を良くしたのか、それとも〝身の程知らず〟とでも思ったのか、吸血鬼の妹は、ふふんっと小さく鼻を鳴らしてから。

 

「よろしくね」

 

 笑顔で握手に応じた。

 これより、緋色の遊戯は第二幕へ突入する。


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