相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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今年最後の更新となります。


第55話 緋色の妹 その3

 右京は妖怪でさえも恐れ戦くフランを相手に対等に接した。

 

 ありえない状況に阿求が息を飲むが、今までの彼の行動から心のどこかに〝この人ならやりかねない〟という予感めいたモノがあり、次第に現実を受け入れていった。

 

 握手を終えたフランは先ほどまでレミリアが座っていた場所まで歩くと、椅子に腰をかけた。

 

「さっきのゲーム、面白かった?」

 

「ええ。とても」

 

 そう答えながら右京も自分が座っていた席に着いた。

 どうやらフランはメンバーがレミリア・ジャッジメントで遊んでいたのを知っているようだった。

 少し遅れて阿求も席に戻る。

 その顔は明らかに強張っていたが、動揺を見せぬように努力していた。

 何故、レミリアたちは戻ってこないのか、ゲームがまだ続いていると思い込み、どこかで待機しているのか、あるいは別の事情か――。

 

 阿求は考えられる〝最悪の状況〟を想定し、俯きながらその童顔を真っ青にした。

 彼も阿求の思考を理解してか、少しだけ表情を崩した。

 二人の心情を知ってか知らずか、フランはニヒルな笑みを浮かべておちょくる。

 

「アイツの作ったゲームで満足しているようには見えなかったけどね~」

 

 まるでどこからか観察していたような口ぶりをするフラン。

 不気味な羽根をピクピクと動かし、カチャカチャと音を鳴らしながらテーブルに両肘を突いて顔を支える。

 同時にツパイが彼女の側にやってきて、椅子の横でお座りする。まるで犬そのものである。

 

 右京はツパイのことを〝お嬢様に付き従う騎士〟だと思った。阿求はツパイと面識こそあれど、その刺々しい容姿に慣れず、出来るだけ視界に入れないように心がけている。

 ここで誤った態度を取れば吸血鬼の妹の機嫌を損ねて殺される可能性があると理解しているからだ。

 レミリアはまだか、生きているなら早く戻ってこい。阿求は気が気でなかった。

 

 無論、右京もその並々ならぬプレッシャーから選択を誤ればタダでは済まないだろうと悟っており、笑顔こそ作っているが、その緊張感は武器を持った凶悪犯と一対一で戦っている時と同等かそれ以上。

 こんな時にクレバーな元相棒は何をやっているのか。

 右京は内心ため息を吐いたが、同時にある不安が脳裏をよぎった。

 

「――ところでフランさん。僕と同じようなスーツを着た男性を見かけませんでしたか? ついさっき、トイレに行ったきり、戻ってこないのです」

 

「ああ、ワトソンね。トイレでばったり会ったから少しお話ししたよ。私とツパイに驚いて全く会話にならなかったけど――つまんなかったわ。その内、戻ってくるんじゃない?」とフランは笑った。

 

 右京の頭に吸血鬼と未確認吸血生物という血を連想させる凶悪コンビの前に気絶した尊の姿が浮かんだ。

 会話の内容や表情から尊が殺されてはいないだろうと直感した右京はユーモラスに返した。

 

「彼は些か臆病ですからねえ~。館の雰囲気に飲まれてしまったのかもしれません。どうかお気を悪くせず」

 

「別に気にしないわよ。私と会えばほとんどの人間や妖怪は逃げて行くし。今に始まったことじゃないわ。ね、ツパイ?」

 

「キャウ!」

 

 フランが自身の横でお座りするペットに視線を送ると彼は元気よく返事をした。

 チュパカブラはその表情こそ乏しいが、このトーンからフランを主人として認め、懐いていた。

 その様子に彼女はどこか嬉しそうにしている。

 阿求はレミリアが「最近はペットのおかげで落ち着いた」と言っていたのを思い出し満更、嘘でもなさそうだとフランへの評価をほんの少しだけ改めた。

 ツパイから再び視線を右京に移したフランは彼に質問する。

 

「新聞見たけどホームズは日本の警察官なんだよね?」

 

「そうですよ」

 

「事件とか解決したりするの?」

 

「それなりには」

 

「へー、すごいねー。どんな事件を解決してきたの?」

 

 フランは興味津々だ。

 

「困りますねえ。僕にも守秘義務があるのですが……」

 

「えー、いいじゃん!」

 

 右京が唸るとフランもジト目で応戦する。

 若干のふくれっ面だったが、阿求は身の危険を覚えて「彼女の機嫌が悪くなるようなことを言わないで!」と、焦り気味に右京へアイコンタクトを送った。

 彼女の取り乱した顔にさすがの彼もお手上げだったようで「お話しできる範囲でなら」と、渋々了承した。

 

 右京は国家の闇に触れるようなものを除いたどこでもありそうな事件をフランに聞かせた。

 初めは強盗、スリ、詐欺、誘拐などの軽い内容ばかり話していたのだが、退屈したフランが「もっとすごいのないの? 殺人事件とか」と急かす。

 

「ない訳ではないのですが、あまり良い話ではありません――ご興味がおありですか?」

 

「そりゃあ、事件と言えば殺人事件でしょ! 血の匂いがするお話に吸血鬼が無関心でいられる訳がないのよ。なんかないの!? 表であった事件でもいいからさ!」

 

 テーブルに両手をバンっと叩き付けながら無邪気に訊ねるフラン。

 

 レミリアもそうだが、妹の彼女も暴君の素質を持っている。

 我儘で気の向くままに生きる吸血鬼だが、彼らは生まれながらにして一種のカリスマを身に付けており、弱き者は彼らを崇め、従うようになる。

 もしくは振り回される内に魅力を感じてしまうというべきか。

 

 右京はフランドールが発する純粋な狂気にどこか心魅かれるモノを感じていた。

 美しい瞳の中に底なしの混沌を宿し、その混沌がいつ牙を剥いてくるのかわからない。

 普通に話しているだけで人間に死を感じさせるほどの圧――対応を間違えばハエを叩くように容易く潰される。

 

 しかし、それが彼の悪癖を刺激していき、闘志を漲らせた。

 

「(これがカリスマと呼ばれる気質なのかもしれませんねえ。ここは彼女に合わせるのが最善でしょうか……。隙を見て阿求さんだけでも逃がしましょう)」

 

 化け物と相対しながらも相手を分析しつつ、恐怖に怯える阿求を逃がす策を練る。

 麻薬でも使われない限り、杉下右京はその思考を止めない。

 

「わかりました――」

 

「できる限りすごいヤツね。吸血鬼の私が涼しくなれるような」

 

 ここでフランの機嫌を損ねてこちらに危害が及ぶのは避けたい。

 右京は心の内で肩を竦めながら実際に自身が解決した殺人事件の話をフランに聞かせた。それも彼女望むであろう身の毛もよだつ殺人事件の数々を。

 

 平成の切り裂きジャックが起こした一連の事件、父を殺したベラドンナの話、殺人に手を染めた天才少年の悲劇、とある悪魔信者たちの凶行といった血にまみれた話を一般人が知っている範囲で教えた。

 当然、極秘情報や加害者と被害者の名前は伏せた。

 

 話を聞いたフランは切り裂きジャックと悪魔信者たちの話に強い関心を寄せ「表の人間も結構、残虐なことをするもんだねー。よかったよ!」と満足げに感想を述べた。

 阿求は彼らの犯行に強い嫌悪感を抱きながら「事実は小説よりも奇なり……」と呟いて手を合わせた。

 右京は、はしゃぐフランの顔をチラっと見やる。

 

「(やはり吸血鬼とあって血を好む性質を持っているのでしょうね。通常なら身の毛もよだつ話も喜々として受け入れ、まるで娯楽のように楽しんでいる。中々、理解できるモノではありませんねえ)」

 

 種族の違いが如実に表れたと言ってもよい。

 レミリアならもう少し気の利いたコメントするだろうが、彼女にそんな気遣いはない。やはり当主とその妹の差は大きい。

 

 ここまで経過した時間は二十分。

 咲夜はおろか、レミリアや他のメンバーが戻る気配はない。

 気を見計らった右京はフランに質問した。

 

「フランさんは普段、どのような場所でお過ごしになっているのですか?」

 

「ん? 私? 地下室よ――図書館の下にあるジメジメした部屋。居心地はよく無いけど、何一つ不自由しないわ。必要なものは全て咲夜が用意してくれるからね。ただ、遊び相手がツパイしか居ないのが不満だけど――」

 

「それはそれは」

 

「お姉さまもパチュリーも咲夜も色々都合を付けてどっか行っちゃうから相手が居ないの」

 

「だから、僕に会いに来た――という訳ですか?」

 

「そーいうこと。表から刑事――それも〝名探偵〟がやってくるなんて聞いたら話してみたくなるじゃん♪」

 

 フランは暇を持て余す生活を送っている。正しくは軟禁生活だが、最近は緩くなっている。客人には迷惑をかけないようにレミリアから言われていると彼女は語った。

 すでにレミリアの言いつけを破っていることに本人は気付いているのだろうか、と阿求が呆れる。

 今の言葉で右京は目の前の吸血鬼が自分たちを簡単には殺さないと確信。

 とあるプランを実行すべく、こんな提案をした。

 

「なるほど。僕もあなたとお話ししてみたかったので嬉しく思います。もしよろしければ、フランさんが普段どのような暮らしをしているのか教えて頂けませんか?」

 

「暮らし? そんなんに興味あるの?」

 

「はい、伝説の吸血鬼さまにお目にかかれる機会など滅多にありませんから」

 

「好奇心旺盛だね。表の人間は変わってるわ」

 

「そう思って頂いて結構です」

 

「まぁ……。面白い話を聞かせて貰ったし――いいよ」

 

「感謝します」

 

 フランは右京に話をして貰ったお礼に彼の申し出に応じた。

 ただの一般人が恐怖の象徴たる幻想の吸血鬼、それもとびきりの狂人に頼みごとをして聞き入れられるという前代未聞の事態に傍から聞いて阿求は腰を抜かした。

 

「教えるって言っても何を教えればいいの?」

 

「そうですねえ~。まず、どんなルートで館を巡っているのか――でしょうか」

 

「ん? テキトーに歩ってるだけなんだけど……」

 

「できればそれをお見せして頂けるとありがたいのですが」

 

「見せる? 館内を歩くところを?」

 

「はい」

 

 真面目な表情で右京がそう頷くとフランは「さすがはホームズだねぇ~」と若干、困惑しながらも「じゃ、案内したげる」と了承して離席。

 ツパイを従えて扉へ向かう。

 固まる阿求に右京は「それでは行ってきます。皆さんによろしくお伝えください」と伝えた。

 彼女は刑事が自分からフランを離すべくあえて彼女に館を案内させるつもりなのだと悟り、口を大きく開けてしまう。

 彼はふふっと笑って踵を翻してフランの元へと向かい、扉を開けて共に廊下へと出て行った。

 あえて危険な役を買って出た右京に阿求は勇敢な表の警察官の心意気を感じ取り、

 

「(わかりました。必ず救援を呼んできます。どうかご無事で――)」

 

 決意した。

 足音が広間から離れたのを確認後、フランに対抗できる人物を探すため、広間から逃げるように駆け出した。


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