相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第5話 杉下右京の小さなお茶会 その1

 台所に入った霖之助はこれといった特徴のないティーポットとティーカップ三つを店内に運び入れてからお湯を沸かす。

 

 それに合わせて右京がカバンの中から紅茶の入った容器を取り出し、紅茶を淹れる準備を始める。

 魔理沙はその様子をテーブルから身を乗り出しつつ、眺めていた。

 

 店内が賑やかになり始めた矢先、香霖堂のドアが開く。

 

 ――カランカラン!

 

「霖之助さん、居るかしら?」

 

 黒い長髪と大きな赤いリボンに肩が露出した巫女服のような服装の少女は店主の名前を呼びながら店内へ入ってきた。

 謎のアルバイターは先ほどと同様の対応をみせる。

 

「いらっしゃいませ」

 

「え!?」

 

 少女は見知らぬ紳士が香霖堂に存在する事実に驚いて固まった。

 しかも、店員のように接客し、なおかつ紅茶を淹れようとしているのだ。

 あまりに香霖堂らしくない光景に入る場所を間違えたのかとすら考えた。

 混乱する少女に魔理沙が言う。

 

「よう霊夢(れいむ)。今から茶会なんだが、お前も飲んでいくか?」

 

「茶会? どういうことなのよ、魔理沙」

 

 少女はこの状況で普段と同じテンションのまま手招きしてくる魔理沙に呆れる。

 彼女は魔理沙の友人、博麗神社の巫女、博麗霊夢(はくれいれいむ)であった。

 

「聞いて驚け、外から来た日本人が淹れるオススメの紅茶だぞ」

 

「はぁ?」

 

 霊夢は訳がわからず、顔を顰める。

 

「えぇ、僕自慢の紅茶です。きっと、気に入って頂けると思いますよ」

 

「はい?」

 

 状況が掴めない霊夢はさらに顔を顰める。

 

 霊夢は右京に訳を訊ねようとしたが、店の奥からひょっこり顔を出した霖之助に気を取られた。

 色々な出来事があり過ぎて酷い顔になった霖之助を彼女が心配するも。

 

「ちょっと、霖之助さん。顔色悪いじゃない!? どうしたのよ!?」

 

「あぁ、霊夢か……。今、お湯を沸かしているから少し待っててくれ」

 

 霖之助は心ここに非ずといった感じで台所へ戻って行った。

 霊夢の頭は疑問符でいっぱいだ。

 そこに魔理沙が意味深なセリフで追い打ちを掛ける。

 

「色々あったんだよ……」

 

 続いて右京も「ええ、色々あったようですねえ……」と呟く。

 

「なんなのよ、これ」

 

 二人の言葉を受けて〝なんじゃこりゃ〟な状態になった霊夢はため息を吐きながら、考えることを止めて魔理沙の左隣に座った。

 

 ――数分後、お湯が沸き上がり、霖之助が魔理沙の右隣に座る。テーブルに着く三名が右京の行動を物珍しそうに見つめる。

 和製ホームズは涼しい顔をしながらお得意の技を披露する。

 

 ――ジョロジョロ!

 

 いつもの三分の一くらいの高さから紅茶を注いだ。理由は紅茶が飛び跳ね、少女たちの顔に掛かってしまうからである。

 

「「「うお!?」」」

 

 三人は紳士の一風変わった淹れ方に驚きつつも「これが表の紅茶の淹れ方か……」と呟く。

 

 直後、右京は「これは僕オリジナルの淹れ方です。いつもはもっと高い位置から淹れています」と語り、三人を拍子抜けさせた。

 全員の紅茶を用意した右京が皆に告げる。

 

「どうぞ、お召し上がりください」

 

 店内に漂う紅茶の匂いは様々な茶葉がブレンドされているためか、少々複雑だったが、彼らの気分を安らげるには十分だった。

 三人は期待を膨らませながら一斉に紅茶を手に取る。

 

「いい香りだな」

 

 霖之助はその芳醇な香りを楽しむ。

 目の前の紳士はその行動にこそ理解しがたいところがあるが、この紅茶を見るにそのセンスは本物だろうと確かな期待感を得た。

 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりとティーカップを口元に近づける。その複雑だが洗練された香りをまとった高貴なる液体が次第に……次第に……次第に……霖之助の舌を流れ――。

 

「この紅茶うめぇ!!」

 

「美味しい!!」

 

 魔理沙と霊夢は右京の入れた紅茶を絶賛した。

 霖之助は二人の声に驚いてその手を止めた。

 

「君たち、香りを楽しむってことを――」

 

「あの館で飲む紅茶はあんまり美味しくないから、大丈夫かと思っていたが、表の紅茶は別物だぜ!」

 

「私もそう思っていたけど、この紅茶は違うわねー。よくわからないけど美味しいわ」

 

「それはよかった。この紅茶は僕が専門店に出向いて色々な茶葉を混ぜて作った傑作なんですよ」

 

「茶葉を混ぜたのか? 通りで味が複雑な訳だぜ」

 

「へー。茶葉って混ぜるといいのね。私も混ぜてみようかしら。緑茶だけど」

 

「……」

 

 魔理沙たちと右京は紅茶の話題を中心に会話を弾ませる。

 

 元々、誰のためにこの茶会は開かれたのだろうかと思いつつも気を取り直して霖之助は一人静かに紅茶を飲み、小さく唸る。

 

「(これは美味いな。魔理沙の言う通り香り同様、複雑な味なのだが、全体のバランスがよく、互いの味を潰すことがない。それどころか飲めば飲むほど、また飲みたくなる。癖のある紅茶なのに嫌味のない味とは――)」

 

「おい香霖! 何か菓子を持ってきてくれ」

 

 インテリな店主に味を楽しむ暇はない。

 魔理沙が菓子をねだり始めたのだ。霊夢も便乗して「紅茶には甘い物よね」と言う。

 二人に催促されるのは癪だったが、自分も菓子が欲しくなったので「わかった」と頷き、霖之助は渋々、台所へ向かった。

 その様子に右京はプライドが高く皮肉屋だが人に振り回される体質だった、かつての“相棒”の姿を重ねてこう例えた。「まさに“尊”な役割だな」と。

 霖之助が菓子を持ってくると茶会は一層、盛り上がった。


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