相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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お待たせしました。新章スタートです。


Season 3 亡霊の矜持
第60話 酒場谷風と臨時の看板娘


 里へ戻る道中。案の定、妖精たちが一行に戦いを挑んできた。

 羽根のついた小さな妖精から毛虫のような物体や〝霊魂〟が遠距離攻撃を繰り出してくる。

 マミと咲夜が里人ふたりと特命係を守り、霊夢と魔理沙が敵を迎撃。一切の敵を寄せつけず、返り討ちにしていく。

 それでも、懲りずに攻撃をしかけてくる敵集団に人間たちはウンザリしていたが、ただひとり、緊張感漂う状況でありながら、列を乱さず、スマホ片手に撮影を続ける変人がいる。誰もが彼に白けた視線を送った。

 里に近づくにつれ、襲撃の回数は目に見えて減り、入り口が視界に入るころには妖怪の襲撃はなくなる。

 緊張から解放された神戸が大きく息を吐いた。

 

「やっと妖精たちが出てこなくなりましたね」

 

「ここは里周辺ですから。不用意に妖精も近づきません」と阿求が言った。

 

「なるほど。ですが、妖精だけではなく、綿毛みたいなヤツや〝幽霊〟まで出てくるなんて……。何でもありですね」

 

「それが幻想郷ってもんだぜ」

 

 気怠そうなトーンで魔理沙は語ってみせた。一行が道中の話題で会話する中、右京はひとり、首を傾げながらスマートフォンと睨めっこしていた。

 里に着いた一行は鈴奈庵に集まり、小鈴の計らいで一服することとなる。

 彼女は湯を沸かしてから紅茶を淹れた。その味は紅魔館の紅茶より美味しく、右京はどこで手に入れているのか気になっていた。

 

「この紅茶。おいしいですねえ。ちなみにどちらで購入なされたのですか?」

 

「十六夜さんから頂いた品です」と正直に小鈴が答えた。

 

 霊夢と魔理沙はメイドに『何で紅魔館では、この紅茶を出さないのか』と目で訴える。咲夜は苦笑いを浮かべながら「まぁ、色々と……」とお茶を濁すだけだった。

 その言い方で右京は、この紅茶は表から輸入した茶葉だと勘づくも、あえて言及せずに流す。

 やり取りののち、咲夜は仕事があるから、といち早く紅魔館へ戻っていった。そこから一時間ほど、メンバーたちはゆったりした時間をすごす。

 昨日の疲れが抜けないのか、怠そうにする霊夢に魔理沙。それに、つられるようにマミと阿求も欠伸をする。

 会話が途切れたところで魔理沙が「じゃ、そろそろ帰るぜ」と発言すると、続くように彼女たちも帰宅の意を表す。こうして、一行は解散した。

 特命部屋へと戻った右京と尊は荷物を置いて、座布団に座る。

 

「紅魔館は面白かったですねえ~。神戸君」

 

「ぼくは、しばらく遠慮したいですね、ハハ」

 

 血と狂気が身近にある紅魔館は血が苦手な尊には地獄である。

 右京にとってはスリルのある場所かつ愉快な場所だったようで、二人の間には確かな温度差があった。

 気持ちよい笑顔の右京だったが、何を思い出したのか、スマホを取り出し、画面を食い入るように凝視する。

 そういえば、さっきもスマホを見ていたな。尊が訊ねた。

 

「そんなに気に入ったんですか? 彼女たちのバトルシーン」

 

 半分、茶化した言い方で右京へ近づき、画面を覗くが、そこに映っていたのは毛玉と幽霊が攻撃を放っているシーンだった。

 

「おっ、フサフサのヤツと幽霊ですか。どっちも不気味だな」

 

 その瞬間、右京の目がギラリと光った。真顔で自分に向けられた眼光に尊は息を飲む。何か気に障ることでも? 思い当たる節はない。

 しかし、元上司は元部下をガン見しながら顔面を寄せてくる。

 

「え? え? え? なんですか、急に――」

 

「君。今なんて言いました?」

 

「はい? え?」

 

「今、なんて言いましたか?」

 

「え……。えっと、どの辺りから……?」

 

「フサフサのヤツ……と」

 

「あー。幽霊ですか――」

 

「ここに、幽霊が写っているのですか!?」

 

 トーンを一層強めて、問いかける右京に、タジタジになりながら尊が首肯してみせる。

 

「は、はい……」

 

 返事を聞いた右京は「うーーーん」と唸るように喉を鳴らす。数十秒後、彼は重々しく口を開いた。

 

「見えません――」

 

「へ……?」

 

()()が――」

 

「ゆ、()()が……?」

 

「――()()()()のですよ。何故でしょうか……」

 

 顔をプルプルと震わせながら、スマホと睨めっこする右京。

 

「はぁ?」

 

 尊は割と大きめな声を出した。空気の読めない元部下に右京は、鋭い目を投げつけつつ、不機嫌そうにスマホへ視線を戻す。

 この時、尊は現在の部下である冠城から右京が〝幽霊を探しに長野へ向かった〟と聞かされたことを思い出す。

 

「(そういえば、オカルトマニアだったっけ、この人……)」

 

 尊が特命を離れてからの右京は、幽霊関係の事件に手当り次第、首を突っ込んでは幽霊を探し回っていた。

 もはや幽霊は大好物。亀山時代は亀山が幽霊屋敷を購入。とんだ災難に遭い、右京が彼を救い出し、見事に隠された謎を解明する。

 三番目の相棒《カイト》と組んだ時には幽霊が出没する屋敷で白骨体を発見し、噂の真相を暴いた。

 現相棒《冠城亘》とコンビを組んでからも、怪奇現象が起こる家の庭先で白骨遺体を見つけ出し、数十年前の事件の真相を解き明かしたこともある。

 杉下右京と幽霊は切っても切れない関係。しかし本人いわく、まだ幽霊を一度も見たことがないそうだ。幽霊だと認識していないだけかもしれないが、本人は未だに出会っていないと主張するだろう。

 まさか妖怪のいる世界で〝自分だけ幽霊が見えない〟なんて予想外。道中、楽しそうに幽霊の目撃談をするメンバーたちを心底、羨んでいた。今、まさにジェラシーが絶賛爆発中なのである。

 

「あの、ほどほどにしてくださいね。スマホのバッテリーなくなっちゃいますから」

 

「君に言われずともわかっていますよ」

 

 そっけない態度の右京。尊は「これは、しばらく直らないかな……」と半笑いするしかなかった。

 

 

 夕方、十七時。右京たちは、ずっと特命部屋でダラダラとすごしていた。

 尊は仮眠。右京はスマホのバッテリー温存のために、途中で幽霊探しを諦めて鈴奈庵から借りた書物に目を通している。

 里人の足音が増えるにつれ、あちらこちらで鴉の鳴き声が茜色の世界に響き渡る。音が耳に入り、目を覚ました尊は眠い眼を擦りながら右京に言った。

 

「そろそろ、お腹空きません?」

 

「空きましたねえ」

 

「今日は何にするんです?」

 

「外で済ませましょうか」

 

「わかりました。どこにいきます?」

 

「そうですねえ。せっかくです。舞花さんのところに顔を出してみましょうか」

 

「それ、いいですね。楽しみです」

 

「では、行きましょう。おっと、その前に一つだけ――」

 

「ん?」

 

 お決まりのポーズを取った右京。

 

「〝ナポリタン〟は出ませんからね」

 

 ナポリタンは尊の好物である。どれほど好きなのかまではわからないが相棒時代、右京がナポリタンを食べに行くか?  と、しょっちゅう訊ねていたので、かなり好きなのだろう。

 

「ご心配なく。知ってますから」

 

 東方の秘境でナポリタンが出る訳ない。そんなことは誰でも知っている。

 彼が、やや腹を立てながら答えるのを見て、満足した右京は戸締りを確認してから、大通りを歩いて《酒場谷風》へと向かった。

 暗くなる手前だが、酒場は再開したばかりとあって普段よりも客が多い。

 暖簾をくぐる右京たち。そこにはカウンターの奥で忙しそうに注文の品を作る舞花と可愛い笑顔で接客する十代中頃の()()()()()を被った少女の姿があった。

 

「おや、どなたでしょうねえ~」

 

 少女はピンク色のセミロングに翡翠色の瞳をしている。制服は谷風のものを使っているが、頭の帽子はカートゥーンチックな鯨の被りもの。

 人里に似合わない雰囲気に、二人は顔を合わせながら、妖怪なのか? とアイコンタクトし合う。そこへ右京たちを見つけた本人が、トタトタとやってくる。

 少女は右京たちの姿に若干、首を傾げながらも、店内が混雑していることもあってか、疑問を口に出さずに応対する。

 

「……いらっしゃいませ。酒場谷風へようこそ。二名さまでよろしいでしょうか?」

 

「ええ(はい)」

 

 右京と尊が頷くと、少女は慣れた手付きで右京たちをカウンター席へと案内。二人を座らせて、すぐにお冷を運んできた。

 

「ご注文はお決まりでしょうか」

 

「そうですねえ~」

 

 まだ幼さを残す声色だが、ハキハキとした接客を行う手際の良さが窺える。近くの男性客たちが彼女を見ながら、どこかうっとりしていた。

 右京は壁に張られている《本日のおすすめ》に目をやる。

 《スズメの焼き鳥》《ウサギの醤油焼き》など表では珍しいメニューが多数存在するが、その中にあって右京の感心を強く惹きつける品があった。

 目を凝らしながら、何度か瞼をパチパチさせる。気になった尊が「どうしました?」と声をかけるが、反応はイマイチ。

 右京が釘付けになっている方向へ自身も視線を飛ばすと、彼もまた目を点にした。

 

「「〝朱鷺(とき)〟の赤みそ鍋」」

 

 朱鷺とは一時期、日本国内で絶滅したと騒がれたあの朱鷺である。

 現在、中国産の朱鷺の人工繁殖によって新潟で繁殖しているので、絶滅種から絶滅危惧種にランクが下がっている。

 しかしながら、日本産の朱鷺が絶滅したことに変わりはなく、もし仮に日本産の朱鷺が幻想郷に生息しているなら、一大ニュースになるだろう。

 驚きを隠せない客たちに、説明を求められていると思った少女が笑顔で頷く。

 

「そうですよ! 今日は朱鷺が入っているんです! 滋養強壮に効くので人気があって、残り数人分しかありませんが」

 

「残り数人分ですかー。神戸君、どうしましょうねえ」

 

「いや、朱鷺なんて食べたことないですけど、食べられるなら相当、貴重な体験になるのでは……? 日本産だったらなおのこと」

 

「ですよねえ。では《朱鷺の赤みそ鍋》を頂きましょうか」

 

「ありがとうございます。おふたり分でよろしいでしょうか」

 

「はい。後は熱燗をひとつ。君は?」

 

「ぼくも同じものを」

 

「かしこまりました――」

 

 注文を受けた少女がカウンター奥で作業する舞花へ注文を告げる。作業中の舞花は顔を出さずに「ありがと!」と感謝を述べた。右京と尊は互いに顔を向い合せる。

 

「幻想郷って、朱鷺いるんですね……」

 

 尊はいまだに驚きを引きずっているようだった。それは右京も同様で。

 

「いるようですねえ~。僕も見落としていましたよ。ーーもっと、幻想郷について知らなくてなりませんね」

 

「実は〝中国産〟というオチだったりして」

 

「だとしても幻想郷で捕れたのなら()()()()と呼ぶのが妥当でしょう」

 

「ハハッ。確かに」

 

 幻想郷は外から色々なものが流れ着く。朱鷺も最近、表から入ってきても不思議ではないが、結界が敷かれた日を考えると、絶滅した日本産の朱鷺の可能性が大きいだろう。後で幻想郷史を読めばわかることだ。今は朱鷺の味を楽しもうではないか。

 右京が未知の味への好奇心を膨らませながら、そっと店内を観察する。客は中年の男性ばかりで、むさくるしさを覚えるが、可憐な少女がお酒を運び、あちこち動き回っているおかげで緩和されている。女性に人一倍、感心がある優男がふふっ、と笑みをこぼす。

 

「彼女。愛嬌があっていいですね」

 

「それに接客も手慣れていますね。大したものです」

 

「ああいう娘は、人気あるでしょうね。ここの看板娘かな」

 

 周りの男たちの伸びた鼻の下がそれを物語っている。すると、尊の左隣にいた黒い着物の男が御猪口片手に、いきなり語り出した。

 

「彼女の名前は奥野田美宵(おくのだみよい)。ここより少し離れた夢幻酒場(むげんさかば)鯢呑亭(げいどんてい)》の看板娘だ。今日は非番とあって舞花ちゃんの手伝いをしているらしい。新しい店員が入るまでちょくちょく顔を出すそうだ。鯢呑亭の店主と舞花ちゃんの親父さんは仲が良かったからな。そのよしみだろう……」

 

「あ、そうなんですか……」

 

 いきなり見知らぬ男から説明を受けたことに動揺する尊。それを無視して説明が続けられる。

 

「美宵ちゃんはその可憐な容姿と丁寧な接客で一部から絶大な人気を誇る。〝酒より美宵〟という合言葉さえ存在するほどにな。

 だが、舞花ちゃんも同じくらい人気があってな。酔っぱらった客同士、どっちが可愛いかで論争し合うこともあったが、どちらも持っているタイプが違うということで停戦した。ふふっ、あの時の議論は実に数時間にも及んだ」

 

「はい……?」

 

 尊は酔っ払いの話に二の句が継げなかった。

 

「結論を言うと、可愛さ重視なら美宵ちゃん。綺麗さ重視なら舞花ちゃんだ。覚えておけよ、新入り。そして不埒な真似をするんじゃないぞ。ひっくっ!」

 

「あ、はい。どうも」

 

 もう、めんどくさい、と言わんばかりに笑顔で会話を切った。右京はクスクスと笑いながら、元部下にご苦労さま、と視線を送る。そのタイミングで、話を小耳に挟んだ舞花がやってきた。

 

「ちょっと、おじさん。まーた、変なこと言ってるの?」

 

「いや、これはだな、舞花ちゃん――」

 

 ずいっと顔を近づけるジト目の舞花に、黒服の男は両手をあげながら降伏。男たちに店主としての貫録を見せつける。

 

「まったく! 女を顔で比べるなんて! そんなんだから()()()()()()()()なんて言われるのよ?  ――ねぇ、美宵ちゃん?」

 

「あはは……」

 

 抗うつ薬おじさんと呼ばれた男性は途端に「ぐ、ぐわー、また目まいがぁー」と、言って勢いよくテーブルへと突っ伏し、店内の酔っ払いたちが笑い声をあげる。右京たちもそのパワーワードじみたあだ名に思わず笑ってしまった。

 舞花が「まだそんなに飲んでないでしょ? 本当に気分が悪くなったら言ってね、薬屋さんの酔い止めをあげるから」とおじさんを気遣う。再開したばかりとあって、いつもの以上に張り切り、店を切り盛りする舞花。美宵はほんの少し、その可愛い口元を釣り上げながら苦笑った。

 舞花が視線を左に移すと、知り合いの顔が映った。目が合った右京と尊が「こんばんは」と挨拶すると、舞花があっ、と声を上げた。

 

「あら、杉下さんに神戸さん――いらっしゃい!」

 

 右京たちに挨拶する舞花の表情はとても晴れやかで、敦が亡くなった当初の暗い影は見られない。吹っ切ったのだろう、と右京は思った。

 美宵が「お知り合いですか?」と舞花へ訊ねると、彼女は「杉下さんは、うちの恩人よ。さあ、おふたりとも――今日はサービスするからじゃんじゃん飲んでいってね!」と気前よく言ってのける。

 

「「ありがとうございます」」

 

 返事を聞いた舞花は朱鷺鍋を作る準備に取りかかる。その間、美宵が店内を行ったり来たりしながら酒飲みたちを上手にさばいていく。賑やかな店内を満足げに眺めながら、右京たちは先に届いたお通しと熱燗で乾杯した。


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