相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第61話 特命係と幻想珍味

 混雑具合もあって料理にも時間がかかる。

 入店から四十分。美宵ができ立てアツアツの鍋を右京たちの目の前に運ぶ。

 香ばしい味噌の匂いが鼻孔をくすぐり、ふたりの食欲をそそらせる。人里の料理――その味は如何に?

 右京が自分と尊の分を取り分けてから、ふたり同時に手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 朱鷺と思われる肉を箸で摘まむ。ほどよい弾力が指先に伝わり、プルンと震えて肉汁が滴る。

 

「ほう。かなり脂が乗っているようですよ」

 

 固過ぎず、柔らか過ぎず、しっかりと形を維持している。

 

「ではでは。お味のほうを」

 

 右京は朱鷺を口の中に入れる。独特の食感と濃厚な旨味が舌の上で転がった。

 

「おぉー……。これはっ――いいですねえぇ~!」

 

「んんっ。美味しい!」

 

 美味だった。味噌の旨味と鳥肉のしっとりとした脂が、互いの旨味を引き立てて、料理の完成度をワンランク上げている。

 そして、手元の熱燗で口内に残った旨味エキスを流し込み、また箸を伸ばす。これを数回続けてから、両者とも一息つく。

 

「肉にしみ込んだ味噌の味に柔らかく、そして確かな食感――」

 

「おまけに品のあるダシのような脂――」

 

「神戸君。朱鷺はーー美味しいですね」

 

「はい。ぼくも気に入っちゃいました。箸が進みます」

 

 熱燗をグビッと飲んでからすぐに朱鷺鍋へ手を伸ばす。具材は豆腐や白菜など、シンプルなのだが、その味わいは実に繊細かつ豊。右京が、お得意のウンチクを披露する。

 

「江戸時代に書かれた本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)には()()()()()()()()とあるそうですが、この肉はそのようなものはありませんねえ~」

 

「へー、相変わらず物知りですね」

 

 そこへ復活した抗うつ薬おじさんが口をはさむ。

 

「ここの朱鷺鍋は別格なのさ。酒場谷風の歴代店主が代々、受け継いできた秘伝の技術によってなまぐささを取り除いている。他の酒場でも朱鷺鍋は出るが、臭いが消えず、鼻に違和感が残りがちで、好き嫌いがわかれる。

 俺の家族もそうだった……。しかし、谷風の朱鷺鍋は訳が違う。濃厚な旨味を残しながら臭みだけを取り除き、赤みそのコクを生かした究極の鍋。いかに幻想郷ひろしといえど、この鍋を超える鍋は存在しないだろう……。あぁ、手持ちが少々、心もとないのだが、話をしたらつい食べたくなった。ということで美宵ちゃん。俺にも朱鷺の赤みそ鍋を――」

 

「あ、すみません。もうなくなってしまいました」

 

「……………………ふっ、そういう()()もあるさ――()()だけに」

 

 彼は再び机に突っ伏した。

 息を吐くように繰り出された親父ギャグを尊は受け流すことができなかった。白ける彼の背後から右京がひょっこり顔を出した。

 

「解説、どうもありがとう。お礼と言ってはなんですが、少しどうです?」

 

 元上司は黒衣の中年に自分たちの朱鷺鍋を分けようかと提案する。

 おじさんは静かに起き上がり「感謝するぞ、表の方」と右親指をグッとさせながら、相手の好意に甘える。

 よそわれた朱鷺鍋を頬張り、日本酒で胃袋へと流し込んだおじさんは一言「うまい……紳士どのの、おかげでよい()()が過ごせた。()()……だけにっ」と呟き、食べて終わってすぐに三度目の突っ伏しを披露した。モーションからして本当に酔いが回ったのだろう。

 美宵が笑いながら「よかったですね」とコメントする。

 すかさず、舞花もノリノリで「抗うつ劇場、これにて閉幕!」と毛布をパサリとかけた。

 周囲がパチパチと拍手を送る。寒い親父ギャグも笑いに変える。谷風店主の手腕は確かなようだった。

 

 朱鷺鍋を平らげた右京たちは追加で《スズメの焼き鳥》《ウサギの醤油煮込み》《鯉の塩焼き》など一風変わった品を注文。新たに頼んだ日本酒と共に頂く。

 先に届いたのはスズメの焼き鳥。

 伏見稲荷門前名物、スズメの丸焼きのような原型をとどめた品ではなく、身だけが串に刺さっている。照りのある醤油たれに明かりが反射し、見る者の食欲を刺激する。

 かつて京都に赴きながらも食べられなかったスズメ料理を思い出しながら、ふたりは同時にスズメを口へと運ぶ。

 当然のように二人の口元が綻んだ。

 

「柔らかいですねえ~」

 

「伏見稲荷の丸焼きのような見た目を想像してたけど――立派な焼き鳥だ……。美味しいです」

 

「タレも甘辛くてよいですね。さあ、冷酒も頂きましょうか」

 

「ですね」

 

 熱燗の次は冷酒だ。やや辛口ぎみで癖が強い酒だが、決して飲みにくい訳ではない。むしろ、酒の肴とあうようなテイストになっており、決して料理を潰さない。

 口の残る余韻を楽しみつつ、右京が尊に味の感想を訊ねた。

 

「どうですか?」

 

「いいと思います。ぼくたちの知る日本酒とは少々異なる味ですが、ここの料理と非常に合っていて、箸が進みます。杉下さんの感想は?」

 

「ふふっ。美味しいに決まっているじゃありませんか」と微笑む右京。

 

「ハハッ。でしょうね」

 

 次は《ウサギの醤油煮》と《鯉の塩焼き》が運ばれてきた。

 右京は鯉を、尊がウサギを選び、互いに相手の分を予め取り皿に分けた。

 鯉の塩焼きは、鯉の淡泊な身と塩気がマッチして、川魚とは思えない旨味を出す。おまけに泥臭さはなく、非常に食べやすい。朱鷺といい、酒場谷風の店主は臭みを取る技術がとび抜けている。

 ウサギを食べた尊は「鶏肉に近いけど脂が少なくて、よりヘルシーな感じですね。鶏より好きな人もいるかも」と、ひとりごとを呟く。

 

「ウサギはフランスでは日常的に食べられている食材です。かという僕もイギリス旅行のついで――フランスに立ち寄った際は頂くようにしています」

 

「お。フランスにも寄るんですね?」

 

「せっかく、ヨーロッパに行くのですからねえ~。見て回りますよ」

 

「そりゃ、そうか」

 

「「ふふっ(ハハッ)」」

 

 美味い料理と酒が出れば、会話も弾むものだ。おまけに店内の雰囲気もよい。やや狭いが、それもそれで、おつである。酒場谷風は特命係の行きつけの店になるだろう。

 来店してから、かれこれ二時間。

 右京たちは腹も膨らみ、箸をおいて雑談していた。その時、ふと右京の耳に自身の右隣に座る若い男性客と美宵の会話が入った。

 

「美宵ちゃん。次はいつ手伝いにくるの?」

 

「えーと、明後日ですね。()()()()()()()()()()()()()を聴いてからなので、少し遅れるかもしれませんが」

 

「へえー、ライブ行くんだ! もしよかったら俺と――」

 

「ちょっとお前、何言ってんだよ!」

 

「調子に乗るな!」

 

「ああん? いいじゃないか!?」

 

 酔っ払い同士がふざけて言い合っている姿を横目に右京が天井の一点へ視線を移す。

 

「騒霊ですか……。どういう意味なのでしょうね?」

 

 客の疑問符を浮かべる姿を見かけた舞花が説明する。

 

「プリズムリバーってのは音楽活動を行う幽霊三姉妹よ。 ある程度の霊感がないと音楽が聴けないから、霊感試しに行く子もいるんだけど、評判はいいみたい。若い子たちは皆、一度は観に行くって言うし。私も仕込みがなければ行くんだけどねぇ……」

 

()()ーーですか」

 

 瞬間的に右京の目の色が変わった。「あ、スイッチ入っちゃった」と、尊が口を開けるが、もう遅い――。

 

「そのライブのチケットはどこに行けば買えるのでしょうか?」

 

「そういうのはないかな。掲示板の貼り紙にも書いてあると思うけど、開催場所に行って並ぶだけなんじゃないかな。そうよね、美宵ちゃん?」

 

「はい。でも結構、人が集まるので早めに並んだほうがいいと思います」

 

「なるほど。神戸君……。僕たちもそのライブ――是非、拝聴したいですねえ~」

 

 和製ホームズの眼鏡の奥が怪しげに光る――。

 尊は『手紙の件があるだろう』と、切り出して断わるつもりでいたが、無理そうなので諦めた。

 

「そう、ですね……。ぼくも、興味あります。アハハ……」

 

「なら行きましょうか。舞花さん、開催場所というのは――」

 

()()よ――七瀬さんがいた」

 

「……そうですか」

 

 悪いことを思い出させてしまった。一気に熱が冷め、右京はいつもの冷静さを取り戻す。

 

「気にしないで。もう大丈夫なので――」

 

 舞花は背中を向けながらも独り言のように呟いた。実際、まだ心にダメージを負っているが、気丈に振る舞っているのだろう。

 右京は彼女の心中を察し、余計なことは言わずに会話を切ることを選ぶ。

 

「舞花さん。どうもありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 仕事を終えた里人で店内が混雑してきたのもあって右京たちはこの会話ののち、会計を済ませて特命部屋へ戻った。

 昨晩、一睡もしていないとあって、帰宅後すぐ右京は猛烈な睡魔に襲われる。

 最低限の寝支度で布団に入った彼は、そのまま深い眠りへと就いた。


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