相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第62話 特命係の何気ない一日

 熟睡する右京は途中から奇妙な夢を見る。 一面真っ黒な世界を彷徨う夢だ。まるで暗闇地獄である。

 手さぐりで前方の安全を確認していると、唐突に正面から声が響いた。声の主は、右京と同年齢の男性のものと推測できる。

 

 ――右京……聞こえているか?

 

 自分の名前を呼ぶ人物の声に聞き覚えがあった。右京が咄嗟に目の色を変える。

 

 ――あなたは……まさか。

 

 ――要望通り、会いに来てやったぞ。

 

 握りこぶしを作って、声の方向をギロリと睨む。声の主も反応するかのように不敵な笑みを浮かべる。

 

 ――右京……。そろそろ、ケリをつけようじゃないか。

 

 ――望むところですよ。

 

 闇の中。和製ホームズは対峙する相手にいつになく強い口調で会話する。

 

 ――お前が、もう少し融通の利くヤツだったらな。惜しい限りだ。

 

 ――僕は……あなたを絶対に許さない。何が何でも捕まえてみせる。

 

 ――できるかな? 今回の〝刺客〟は……。

 

 ――御託は結構! あなたを逮捕します!

 

 右京は黒い世界を掻き分けるように突撃、逮捕すべく手を伸ばし、相手の腕に指先がかかるも。それと同時に目が覚めた。一瞬、固まった右京だったが「夢でしたか……」と枕元に置かれた自らの時計を見やる。

 時刻は昼の十一時だった。隣で寝ていた尊もつられる形で起き上がった。

 紅魔館で睡眠を作曲に費やした右京と緊張であまり眠れなかった尊の体力を回復させるには必要な休息だったのだろう。

 

「ずいぶん、寝てしまいましたねえ」平静を装う右京。

 

「ここまで熟睡したのは数年ぶりです」

 

 表での彼らは忙しく、尊に至っては休む暇もない。熟睡とは無縁の生活だった。束の間の休息を得た尊だが「表の日本に戻ったら絶対、上司に叱られる」と頭を抱える。もっとも、窓際の右京にはあまり関係の話のようで、

 

「今日のご飯はどうしましょうか?」

 

 どこか、気楽に考えている。部屋の食材は紅魔館に行く前に使い切っていた。買い出しに行くのか、それとも外食か。財布との相談になるが、滞在期間が未定である以上、長期戦も覚悟せねばならない。浪費は可能な限り避けるべきだ。右京が尊に指示を出す。

 

「これから、身支度を整えて食材を買ってきますので、君はお留守番を頼みます。いつ情報提供があるかわかりませんので」

 

「手紙の件ですか。――本当は帰りたいところですが、もう少しだけおつき合いします」

 

「助かりますねえ。では、そういうことで」

 

「はい」

 

 三十分後、身支度を整えた右京が買い出しへ向かう。大通りを歩きながら、よい品がないかと物色する。店頭には猪や熊、ニジマスから沢蟹など生きがよい品がズラリと並ぶ。

 

「今日は肌寒いので温まりたいですね……。猪を使って何か作りますかねえ~。ニジマスも美味しそうですし、焼き魚もいい。バターがあればムニエルも。……お、鳥肉も置いてありますね。トマトがあれば〝アレ〟もできますし、親子丼というのもいいですね。蒸し器があれば茶碗蒸しも作れます。さてさて、何を買いましょうか?」

 

 和食と洋食のレパートリーの広い右京にとってここは夢の場所だ。東京ではお目にかかれない食材ばかりがずらりと並んでいるのだから。創作意欲が湧くというものだ。

 興味津々であちらこちらの店を覗いて回る。傍から見れば不審者っぽく映ってしまうので、不気味に思う里人もちらほらいた。

 そこに遠目から様子を伺っていた少女がそろりと近寄り、右京に話しかける。

 

「あの~、昨日の方ですよね……?」

 

「おや、そういうあなたは……」

 

 右京に声をかけたのは買い物籠をぶら下げた美宵だった。しかし、彼は首を傾げながら「どこかで見たような……」と呟くだけだった。

 

「お忘れになられたんですか? 昨日、酒場谷風で接客を担当した夢幻酒場《鯢呑亭》の看板娘――」

 

「あぁ。……奥野田美宵さん、ですか!? いやー、思い出すのに時間がかかってしまいました。申し訳ない」

 

 謝罪する右京に美宵が笑顔で問いかける。

 

「お困りですか?」

 

「いえ、そうではなく、食材がどれも美味しそうなので目移りしてしまって」

 

「そうでしたか。てっきり、困っているものだと」

 

 あちこち俊敏に動き回っていれば誰でも心配する。右京は誤解を解いてから、並ぶ食材を指差しておすすめの食材を訊ねた。

 

「おすすめの食材、ありますか?」

 

「そうですねー。今日は猪の生きがよいので、鍋とかがいいかも」

 

「ぼたん鍋ですか~。豚汁のように味噌を使うのか、それとも醤油を加えるのか……」

 

「こっちだと半々ですが、鯢呑亭だと醤油ですね。谷風だと味噌も出してます。私は甘めが好きなので、すき焼き風にして食べてます。これが辛口の日本酒と合うんですよ~」

 

「参考になりますね。もしかしてお料理、お得意なのではありませんか?」

 

「私はそこまで得意じゃありませんよ。舞花さんの腕前に比べれば天と地ほどです」

 

「彼女の腕前は、あの朱鷺鍋を食べればわかりますねえ」

 

「そうなんですよ。酒場谷風の臭み取りの技術は見事なもので、うちのマスターも『あの朱鷺鍋だけは真似できない』って零してるくらいなんですから」

 

「臭みを取る方法は僕もそこそこ知っていますが、なまぐさいと図鑑に記載されるほどの食材の臭いをあそこまで取れる気はしません。できれば、ご教授願いたいくらいですよ」

 

「へぇー、杉下さんもお料理なさるんですか?」

 

「まぁ、嗜む程度です」

 

「男性で料理に感心があるなんて珍しいですね。表だと普通なのですか?」

 

「自炊する方も増えてきましたが、安価で量の多い飲食店で済ませる方もいます。ライフスタイルによって変わるという印象でしょうか」

 

「らいふすたいる――なんだかカッコいいですね!」

 

 料理の話題をきっかけに右京と美宵は会話を弾ませる。意気投合したふたりは、店先でかれこれ一時間以上も立ち話を続けた。

 右京は表の料理についてのウンチクを、美宵は調理方法から幻想郷の珍味までの豊富な知識を提供し合い、互いに交流を深める。

 両腕を頭の後ろに組み、鼻歌を交えながら通りかかった魔理沙が、ふたりを見つけて近寄ってきた。

 

「よお。楽しそうだな」

 

「これはこれは、魔理沙さん」

 

 魔理沙は右京が手にぶら下げた籠を見て、意外そうな顔をした。

 

「おじさん、料理するのか?」

 

「人並みには」

 

「へー」

 

「あら、魔理沙さん。この方、知識が豊富なんですよ。私も驚かされてばかりで」

 

「ん? あっ、あぁ、そうかそうか――まぁ、おじさんだしな!」

 

 返答に困りながらも自身に親しく接する美宵に愛想良く振る舞う魔理沙だが、本心は別であり、どっかであったか? 疑問に覚えていたものの、口に出すタイミングが見つからず断念。彼女に合わせることにした。

 右京は美宵の助言もあって猪肉と雉肉、ニジマスや様々な野菜に必要な調味料を購入する。すぐに特命部屋に戻ろうとするが、せっかくなので手伝うと美宵が申し出た。元々、料理関係の仕事に就く彼女にとって表の料理は気になるのだろう。

 右京が快く承諾すると魔理沙も「んじゃ。味見する人間も必要だな」と勝手に同行を決める。相変わらずのひょうきん者だった。

 そこで右京は「タダという訳にはいきませんね~。今度、香霖堂にでも連れて行ってくださいね」と頼んだが魔理沙は「味次第だぜ!」と回答を避けた。

 

 来た道を戻る右京と少女たち。商店を離れると人通りが少なくなり、子供によく出くわすようになる。近くに寺子屋があるからだ。

 裕美は元気にしているか、次に見かけたら料理でもおすそ分けしようか、などと右京が思っていると、彼の正面で見知らぬ緑髪の少女が道に迷っているのか、辺りをキョロキョロ見回していた。

 彼女にいち早く気がついた右京が声をかけた。

 

「どうか、しましたか?」

 

「あー、いえ。特命係という場所を探しているのですが――」

 

 少女は部屋探しに夢中で視線を合わせずに右京と会話する。その様子がおかしかったのか、魔理沙が茶化すように「特命係ならお前の後ろにいるぜ?」と言った。

 驚いた少女が慌てて振り向く。見ると白を基調としたノースリーブの上着に巫女服ような袖、青いロングスカート、さらに表の女性が穿くお洒落なロングブーツ。濃い緑色の瞳にカエルの髪飾りをあしらってその長い髪の毛を揺らす。どこか都会的な少女だ。

 右京は興味津々といった感じで先に自己紹介を行う。

 

「僕は杉下右京――特命係幻想郷支部の代表をやっております」

 

 品よいお辞儀を目の当りにした少女も、あたふたしながら名乗った。

 

「私は東風谷早苗(こちやさなえ)と言います――妖怪の山で《巫女》をやっています」

 

「ほう。巫女ですか。――もしかして、少し前に表から引っ越してきた山の神さまの」

 

 幻想郷縁起で見たの情報を元に訊ねると、早苗がコクンと頷いた。

 

「そうです。守矢神社の」

 

「ということは……僕と()()()から幻想入りした――」

 

「はい()()()()です」

 

「そうでしたか。いつかお会いしたいと思っていました」

 

「そんなご丁寧に」

 

 丁寧な対応には丁寧な対応を。早苗と呼ばれた少女は礼節を弁えているようだ。〝いい子ちゃん〟ぶってんな。魔理沙は視線を逸らした後、早苗に言った。

 

「おじさんになんの用だ。手紙の情報か?」

 

「いえ、違いますけど……」

 

「では、どのような?」と右京が問う。

 

「えぇっと、用というほどの用ではないのですが――その、()()()()()()()()()()のかな~っと気になって……」

 

 タジタジになりながら歯切れ悪く答えた早苗。魔理沙は何かに勘づいたが、あえて「年がら年中天狗に囲まれてれば故郷が恋しくなることもあるよな~」と助け舟を出し、右京を信用させた。

 次に美宵が彼女に挨拶し、早苗も頭を下げた。せっかくなので右京が「ここではなんですから、僕たちの部屋にお入りください」と特命部屋に早苗を案内する。

 扉を開けると尊が出迎えるのだが、その人数に呆れてしまい。

 

「知らない少女を、ふたりも連れてきたよ」

 

 小声で愚痴をこぼす。右京は少しだけ表情を崩し、気づかれないようにチラっと美宵を視界に入れながら「神戸君――彼女は昨日、酒場でお会いした奥野田さんですよ?」と告げる。

 尊は一時、考えてから思い出したように答えた。

 

「あ、あー、そうでしたね――忘れてました!」

 

「お酒を飲み過ぎたのでしょう。これ、買ってきた食材です。日陰においてください。後、彼女たちのお茶の用意を」

 

「え? ぼく?」

 

「君に以外に誰がいますか。よろしくお願いしますね」

 

 手際よく雑用を元部下に押しつけ、尊に荷物を運ばせた右京はテーブルを出して少女たちに座るように促した。早苗が右京の正面に位置する形で少女たちが席に着く。

 数分後、尊が人数分のお茶を出して右京の隣に座った。準備が整ったので、代表して右京が話の口火を切る。

 

「表の日本について知りたいとのことですが、何からお話ししましょうか?」

 

「うーんと。情勢とか流行ですかね……。こっちだと最新の情報は手に入りませんから」

 

「わかりました」

 

 右京は要望通り、早苗の知りたがっている情報を伝える。内容は国内外の政治、芸能、ガジェット、ネット、時代の空気感など多義に渡り、その知識量に早苗が驚いた。

 彼女は政治や芸能には疎く《アメリカ大統領にドランプが就任》《エドワルド・スノーマンがロシアに亡命》《某国との関係悪化》といった内容にはあまり興味を示さなかった。

 ガジェットやネットにはそこそこの感心を持っていたが、使いこなせるほどのスキルがあるとは言い難かった。

 しかし、理系等の話になった途端、食つきがよくなった。そこで《ヒッグス粒子》などの有名なニュースを教えると、彼女は目を輝かせて右京に詳しい説明を求めた。

 

 右京は早苗の質問に可能な限り答え、時には手振り、時には持参した白紙を取り出して図解で解説。まるで専門家のように振る舞った。尊がその姿を「相変わらずの某ジャーナリストっぷりですね」と皮肉る。

 彼女も、そんな右京に「まるで大学の教授さんみたいですね!」と拍手した。魔理沙も同意して、美宵は「杉下さん、博識なんですねー。すごーい!」と太鼓を持つ。

 美少女三人に褒められた右京が機嫌よく「ふふっ。どうもありがとう」と感謝を述べ、雰囲気が茶会のそれになる。

 

 かつて右京のサポートを務めた米沢守がこれを知ったら()()()を流すに違いない。隣の尊も「この人――犯罪学の専門家としてロンドンの大学に呼ばれていたらしいし、あながち間違いじゃないのかも」と、心の内で納得した。

 実際、十年以上前、特命をクビになった際、右京はロンドン大学に在籍する恩師から『大学で犯罪学を教えないか』と誘われていた。若い頃から周囲に特別視された杉下右京。その大学も日本最高峰の大学たる《帝都大学》。この男に死角はないのだ。()()()()()()という汚点を除いて――。

 

 小一時間ほど、雑談に華を咲かせた右京だったが、買ってきた食材のことが気になり、少し席を外すと早苗に告げる。それならばと早苗と美宵が手伝いを買って出た。

 そんな中、魔理沙だけが他人事のように「がんばれよー」と、知らんぷりを決め込むのだが、少女ふたりはそれを許さず「はい。いきますよー」と、くつろぐ魔理沙を半ば強引に立ち上がらせ、無理やり調理へ参加させる。

 こうして《杉下右京のお料理コーナー》が始まった。


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