相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第63話 杉下右京の腕前

 空き家の台所はそこまで広くない。魔理沙と尊が裏方に回り、右京、早苗、美宵の三人を中心に料理を作ることになった。

 特命部屋用のエプロンは、右京本人と早苗が着用し、美宵は持参したエプロンを羽織った。右京が買ってきたニジマスを手に取る。

 

「ここでは、ニジマスはどのように食べられていますか?」

 

「基本は塩焼きですね。川魚なので」

 

 本来、ニジマスは外来種だが、明治十年ごろには日本各地で放流が始まっており、幻想郷でも食料として定着していた。塩焼きは当然としてホイル焼きや甘露煮にしても美味しく食べられる。ホイル焼きも捨てがたいが、里にはホイルがない。笹の葉で代用も可能だろうが、手間を考えれば塩焼きが無難だろう。

 

「わかりました。さっそく捌きましょうか」

 

「猪や雉はどうすんだ?」

 

 魔理沙が問えば、美宵が「猪は癖が強いですからね。鍋がオススメです」と語る。

 

「私は味噌が好きだな」

 

「私は醤油かなー」

 

 魔理沙は味噌派で、早苗は醤油派のようだ。ちなみに美宵は、醤油と砂糖を入れるが、早苗は入れないらしい。

 鍋は好みがあり、意見が合わないのもしばしば。鍋や竈が多ければ色々な味を作れるが、特命部屋の調理環境はお世辞にも良いとは言えない。

 片や、味噌のほうが、味が染みる――醤油のほうが、美味しいなど魔理沙と早苗が議論し合っている。

 どっちにつくか迷う美宵に、子供同士の言い合いにクスリと笑っている尊。思考を巡らせる右京が「味が染みて、美味しくて、甘さがある――ちょうどいいのがありましたねえ」と、脳内から最適なレシピを引きずり出し、猪は自分が調理すると皆に言って聞かせ、その場を治める。

 

 雉はどうするか、悩んだが、魔理沙が「せっかくだし、表の料理が食べたいな~。幻想郷ではお目にかかれないヤツを」と無茶振りする。

 右京以外のメンバーが半笑うも、当の本人は顎に手をやりながら「なら〝西洋料理〟を作りますか」と、買ってきた食材を眺めながらに呟いてみせ、周囲を驚かせた。間髪入れず、彼は魔理沙へ籠に入った大半の野菜を渡し「これ、切っておいてください」と依頼する。

 呆気に取られて困惑する魔理沙に「神戸君。魔理沙さんについてあげてください。後、ご飯を炊いて欲しい」と、尊を監視役に据えて、逃げられないようにした。

 うげーっと舌を出す魔女に尊が「杉下さんに無茶振りするからこうなる」と、諭しながら上手に手伝わせ、自身は指示通り、お米を炊く準備を始めた。

 

 右京は包丁片手にニジマスの下処理に取りかかる。そのさばき方は見事なもので女性陣を唸らせたほどだった。一人身が長い、特命係の雑務で料理を作る機会があったというのもあるが、一番は小料理屋を営んでいた()()の影響だろう。

 きっと夫婦時代、本職の彼女から和食を習っていたに違いない。実際、彼の手際のよさには女性らしさを感じ取れる。横から観察していた美宵が「その包丁さばき――どこで教わったのですか?」と軽い気持ちで尋ねた。

 右京は言葉を濁しつつ「独学ですよ」と述べる。なにかを察した彼女はそれ以上、追求しようとはしなかった。

 塩焼きは七輪で行い、早苗が担当する。右京は猪のバラにあたる部分を取り出して《醤油》《砂糖》《みりん》《日本酒》《長ネギの青い部分》《カットした生姜》を加えた液体に浸して、落し蓋をしたのち、そちらの火加減を美宵に任せた。ついでにゆで卵を作るようにも依頼した。

 次に商店で購入した〝赤い野菜〟を手に取った右京が「よく売っていましたねえ~」と嬉しそうに呟き、皮を炙って取り除いてから鍋で煮込む。

 

 その間、雉肉を一口大にカット。塩で下味をつけて、半分は赤い野菜の鍋に。もう半分は違う料理に使う。赤い野菜は、煮込まれたことで液体状になり酸味が飛びつつあった。

 そこに塩などの調味料を加えて一旦取り出し、魔理沙にカットさせた玉ねぎに少量の塩を振ってから水分が抜けるまで炒め、焼いた雉肉を投入――いい具合になったら煮込んだ野菜を入れる。

 水などを加えて濃さを調節しながら塩や微量の醤油で味付けをして、果物を摩り下ろし、甘さで全体にコクを出したら、後は弱火でコトコト煮込むだけだ。

 残った雉肉は雉鍋にするようで、台所が空いたら、みそ鍋を作る予定だ。その頃になればお米も炊き上がり、魚も焼き上がり、猪もいい感じで柔らかくなった。

 猪を任せていた美宵と交代し、ゆで卵を加えてさらにじっくり煮込む。

 

 それから三十分。全てのメニューが完成し、テーブルの上に並べられる。足りないお皿は魔理沙が寺子屋から借りてきたので心配はない。ついでにテーブルも借りた。

 豪華な食事にメンバーのお腹がぐーっと鳴った。特に尊は、空腹で今にも食べたい衝動に駆られるが、右京がいいと言うまでお預けだ。当の本人は写真を撮るべく、スマホを取り出して色々な角度から何度も撮影。料理だけではなく、ついでに人物もレンズ内に捉えてシャッターを切る。

 

「SNSにでもアップするつもりかよ」尊が呆れた。

 

 右京は「久しぶりにこんなに作りましたねえ~。冷めないうちに頂きましょうか」と言ってから食べるように促し、スマホをちょいと操作してから懐にしまう。

 テーブルに並ぶのは《ニジマスの塩焼き》《山菜の胡麻和え》(雉の水炊き》《猪の角煮》そして――。

 

「この赤いのはなんだ?」首を傾げる魔理沙に、右京はニッコリしながら「《雉のトマト煮》です」と答えた。表のトマト煮はチキンで作ることが多いが、魔理沙のご要望とあって急きょ右京が考えたアイディア料理である。脂の少ない雉がトマトと煮込むことでどう変化するのか気になるところだ。

 

 トマトと聞いた魔理沙が「……美味しいのか?」と気が進まない様子だった。反対に早苗は「美味しそうですね!」と目を輝かせた。表で食べていたのだろう。右京が逃げ腰な魔女に「魔理沙さんのために作ったのですから、まずは魔理沙さんに頂いてもらいましょう」と笑顔で圧力をかける。

 顔を引きつらせた魔理沙が「美味くなかったら承知しないぜ?」と、苦し紛れに言い放ちつつも、観念したようにトマト煮を口へと運んだ。直後、彼女の表情がパアっと明るくなった。

 

「ん? これ――いけるぞ……。あれ、あっさりしてて美味いな。肉にもよくわからん味が染み込んでて、いい感じだぜ!」

 

 食べられると判断した少女は、勢いよくがっつく。

 

「おお、それはよかった!」

 

 右京は満足そうに両手を叩いた。

 

「じゃあ、私も――」早苗が自分の取り皿によそって一口。すると幸せそうな表情とともに「んーーおいひーーーー」と叫ぶ。

 

 美宵や尊も皆につられて、味見する。彼女も「酸味がちょうどいいくらいまで抑えられていて、なまくさくもなくて、雉の独特な風味もそこなうことなく、残っている――さすがですね、杉下さん! 私、こんなに美味しいトマト料理は初めてです」と絶賛した。

 

「チキンと比べると大分、癖が強いですが、美味しいですね――この独特な感じも慣れると中々」味にうるさい尊も納得したようだった。

 

 雉という慣れない食材を使って、東の国の秘境で西洋料理を作る。実に杉下右京らしいが、本人はもっと手の込んだ料理を作りたかったそうで少し不満げだった。食材や調味料、鮮度などの制約があるので一品用意できただけでも上出来だろう。お次は猪の角煮に注目が集まる。

 

「これは猪を醤油、砂糖、みりんなどで煮込んだ《角煮》です」

 

「ふーん。砂糖が入っているのか。どれどれ――」魔理沙が一口。「――なんだこれ、肉が簡単に噛み切れるんだが!? 猪肉だよな?」

 

「そうですよ」

 

「やわらかいなー。ご飯が欲しくなるぜ!」

 

「どうやら、上手くできたようです。……これも夢幻酒場《鯢呑亭》の看板娘、奥野田美宵さんのおかげですねえ~」

 

「いえいえ。私は何もしてませんから」と謙遜する美宵。

 

 その隣で角煮を食べた早苗が「んーーおいひーーーー」と絶賛していた。どうやら、語彙力が吹っ飛んでしまったようだ。我慢できず、美宵も箸をつけてから「やわらかい! これが猪肉なんだ――」と、甘めの味付けに舌鼓を打つ。

 続くように一口頂いた尊も「肉自体は独特なんだけど、味が決まっていて美味しいな。さすが、杉下さん――御見それいたしました」とコメントする。

 

「それほどでも」右京は返した後、自分の作った料理を食した。

 

 どの料理もよいできだったが「もう少し色々、加えてもよさそうですね~」と改善点を探し出して「次はもっと美味しく作れそうです」とほくそ笑む。やっぱり、凝り性なんだな、と誰もがそう思った。

 皆が料理の感想を言い終わると、今度は雑談の時間が訪れる。魔理沙と美宵が表の酒について尊に質問した。彼が色々とウンチクを披露する傍ら、右京は早苗と話していた。

 

「早苗さんはいつ頃、ここに引っ越してこられたのですか?」

 

「ちょっと前です。最初は戸惑いましたが、今では普通に暮らせてます」

 

「神さまたちとご一緒に?」

 

「はい。おかげで毎日巫女として働かせて頂いております」

 

「なんだかんだで暇そうに見えるが……」と博麗神社に遊びに来る早苗の姿を思い出した魔理沙が横からチクリ。「こらこら、魔理沙」尊が止める。早苗はコホンと咳払いをして「今日はお休みなだけです――いつもは忙しいのですよ?」と弁明したのち「それにロープウェイ計画も無事、成功――参拝客だって増えつつあり、ます……」と、なんだが歯切れ悪く答えた。

 特命の二人が首を傾げていると情報ツウな魔理沙が彼女に代わって説明を行う。

 

「こいつのところは、里の参拝客を増やすためにロープウェイを設置したんだよ。天狗の親分を説得してな。最初の内は盛況だったが、ロープウェイなんて元々、幻想郷に存在しないだろ? だから『落ちる』『怖い』『危ない』つって、里人の参拝客がイマイチ増えないんだよ。

 おまけに妖怪の山は閉鎖的で強い妖怪も多い。()()()()()()()()と身構えちまう。そこにもってきて参拝客として山の外から《妖怪》がロープウェイを利用してやってくる始末。かえって妖怪神社の印象を強くしてしまった。これじゃまともな里人は近寄らん」

 

 皆が納得したように話を聞いている中、早苗だけは頭を抱えながら唸った。

 

「そうなんですよね~。中々、里の方の客足が伸びなくて……」

 

 残念がる早苗に、尊が手をあげて質問する。

 

「素朴な疑問なんだけど、人間の参拝客って必要なの? 妖怪が信仰しているならそれはそれでいいような気もするけど?」

 

「それは、まぁ……種族、諸々関係なく、信仰して頂きたいので……」

 

 本人は、どこか困った様子で回答した。イマイチに腑に落ちない尊だったが、事情があるのだろうと勘繰っていた右京が笑顔で「お心の広い神様なのですよ」と、元部下に言って聞かせたことで、早苗が「はい! 神奈子はそういう御方です!」と持ち前の明るさを取り戻し、この話題はどこかへと流れた。

 その後も右京と早苗の雑談は続くが、彼女は表でのことはあまり語りたがらず、こちらでの生活――主に自分の仕事を中心に簡単な説明を行う程度だった。事件でもない限り、他人のプライベートには深く突っ込まない右京は、彼女の話にうんうんと相槌を打ちながら、気分よく会話を進めていった。

 ふと、右京が外を見やると、日が沈みかけていた。慌てた早苗が「お夕飯の支度をしないと!」と叫ぶ。そんなこともあろうかと、彼は予め、台所に残して置いた料理を容器に詰め「これ、おすそ分けです」と手渡す。迷惑なのでは、と遠慮がちな早苗だったが、料理の手間を省けるという魅力には勝てず、礼を言ってから受け取った。

 それを見た魔理沙が、チラチラと右京に視線を送る。右京は無言のままコクンと頷いて「これは君の分です。半分は霊夢さんに渡してください。お世話になっていますから」と、ニジマスの塩焼きや水炊き、ご飯などを渡す。

 

「おう。わかった」

 

 上機嫌の魔理沙。さらに右京は、美宵にも角煮やトマト煮を渡して「奥野田さんは今晩、お仕事でしょうから、明日の朝にでもお召し上がりください。きっと、味が染みて美味しいですよ」と告げる。

 

「ありがとうございます! 今度、酒場にいらしたらサービスしますね!」

 

 美宵はニッコリ笑い、右京のお料理コーナーは幕を閉じた。早苗たちを見送った二人はほっと一息ついてから、後片付けをすべく、食器を下げる。

 手間が増えた尊は、場当たり的な上司に対して、さりげなく愚痴を零す。

 

「まさか魔理沙だけじゃなく、見知らぬ少女まで連れてくるとは思いませんでした。おかげで腹ペコだったんですよ」

 

「申し訳ない。色々な食材があったので、目移りしてしまったのです。()()には感謝せねばなりませんねえ~」

 

「彼女って()()()()ですか?」

 

「いえ……」何かを思い出そうとするが、右京は思い出せずにいる。

 

「じゃあ、魔理沙?」

 

「違いますねえ~。うーん、どなたでしたかね? 忘れてしまいました」

 

「ハハ。杉下さんにもそういうところあるんですね。ちょっと安心しました」

 

「ま、たまにはそういう時もあります――おや?」

 

 テーブルを見やった右京がまたまた首を傾げる。

 

「神戸君。料理に参加した人数を覚えていますか?」

 

「え? そんなの――杉下さん、ぼく、魔理沙、早苗さんの四人に決まってるじゃないですか――ん? って、あれ……」

 

 尊も何か違和感を覚えたらしく、頭の中でさっきまでのできごとを思い返す。

 

「誰かが、いたような気が……」

 

 呟く彼に右京がテーブルを指差した。

 

「お皿――五人分ありますね」

 

「あ、本当だ!?」

 

「つまり、僕たちは五人で食事をしていたということですねえ~」

 

「え? ってことは……」

 

「神戸君――」

 

「はい……?」

 

「幽霊かもしれませんねえ~~~~~~。いやぁ、嬉しいですねえ!!」

 

「ぜんぜん、嬉しくないから!!」

 

 歓喜する右京に身体を震わせながら尊が文句を言うも、右京はニッコリと微笑みながら「《座敷童》という線もありますかね?」と問いかけ、彼の頭を深く悩ませるのだった。

 

 

 里の外まで一緒に歩く魔理沙と早苗。特命部屋からある程度、離れたのを確認し、人気がなくなったところで魔理沙が口を開いた。

 

「お前のところもおっさんを警戒してんのか?」

 

「そこまでじゃないけど、気にしてはいるみたい」

 

「まぁ、天狗のおひざ元だしな。当然といえば当然か」

 

「それよりも、本当なんですか? あの人が『幻想郷を破壊しにきた』人間かもしれないって噂……」

 

「さぁな――だが、幻想郷の裏事情を知られてしまったのは確かだ。私もその場にいたしな」

 

「霊夢さんも一緒だったんですよね? 神奈子さまが『アイツらがついていながら、なんてザマだ』って怒ってましたよ」

 

「こっちだってまさかあんなことになるとは思ってなかった」

 

「易者事件の関係者だったんですよね?」

 

「ああ、元恋人が起こした事件だ。胸糞悪かったよ」

 

「話だけ聞くと可哀想ですが……」

 

「それが幻想郷さ。私はあっちで暮らしたいとは思わん」

 

 帽子で顔を隠す魔理沙。彼女にも思うところがあるのだろう。

 

「……」

 

「心配すんな。一応()()は続ける」

 

「……懐柔されないようにしてくださいね?」

 

「はん、誰に言ってんだよ。私は()()()みたいに料理で尻尾振ったりしない」

 

「尻尾なんて振ってません。いい加減なことを言わないでください――って、あれ……?  お前らって……私と魔理沙さん以外あの場にいなかった気が――」

 

「あ? ……そういや、言われてみればそうだな。なんで、お前らなんて言ったんだろうな……。ま、いいさ。それよりも霊夢とこ行かないと」

 

「じゃ、私も寄って行きます」

 

 ご馳走を抱えた魔理沙が箒に飛び乗って浮上し、同じように早苗も空へと舞い上がり、上空へと消えていった。それを物陰から眼鏡の人物が眺めつつ「アヤツらも幻想郷のことを考えているという訳か……」と声に出してから、静寂の中へ同化していき、ご馳走を持った鯨の少女が不気味に笑うのであった。


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