相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第64話 プリズムリバー楽団

 五人分とあって洗いものに時間がかかり、作業は二十時まで及んだ。食材をほとんど使い切ったので、明日の朝食は塩むすびのみ。人に振る舞いすぎるのも考えものだ。

 就寝までの時間、右京たちは自由に過ごしていた。尊は読書。右京は珍しくイヤホンをかけて何かを聴きながら時々、紙にペンを走らせる。

 クラシックでも流しているんだろう。配慮した尊は声をかけなかった。時刻が二十二時に差しかかると眠くなってきたので、二人は布団を敷いて就寝した。

 

 

 翌朝、朝六時に目を覚ましたふたりは、顔を洗ってから塩むすびを頬張る。

 

「今日のご予定は?」

 

「午前中はここで情報を待ちます。お昼はどこかで済ませ、その後、プリズムリバー三姉妹のライブを観に行きます」

 

「了解です。ライブの開始時間は?」

 

「掲示板には十五時と記載されていました。一時間半前には並べるようにしましょう」

 

「はい」

 

「ライブが終わったら、舞花さんのところで一杯やりましょうか」

 

「あの……お金、大丈夫ですか……?」

 

「まだ、何とかなるかと――最悪、君の財布からも出してもらうようになるかもしれません。心づもりはしておいてください」

 

「三万で足りますかね?」

 

「そんなにあればしばらくは暮らせます」

 

「物価が安くて助かりますね」

 

 他愛もない雑談をしながら、特命部屋で情報提供を待ったが例の如く、誰もやってこない。暇な二人はブラインドチェスで勝負しながら、時間を潰した。

 勝負は三戦三勝で右京の完勝。あまりのボロ負けに尊は、プライドが傷つき「表に帰ったら勉強し直そう……」と、強く誓った。気落ちする尊に何を思ったのか、右京がこんなことを訊いた。

 

「ところで君は()()()()()さんという人物をご存じですか?」

 

「ん? 奥野田……どなたですか?」

 

 彼が真面目に答えていると、確認した右京が静かに言った。

 

「そうですか……。わかりました」

 

「へ? ちょっと、それってどういうことです?」

 

「僕にもよくわかりません。それを確かめるためにコンサートへ参りましょう」

 

「はい?」

 

 尊が聞き返すのと同時に時刻が十二時を回った。腕時計を見やりながら右京が玄関へと向かい、尊はムスっとした顔つきで元上司の後についていった。

 

 

 定食屋で昼飯を済ませ、ふたりは大通りから少し離れたところにある劇場を目指した。明治時代の背景を残す通路はいつ見ても古き良き時代を右京に思い起こさせる。尊も里の雰囲気に京都を重ねながら、かつての恋人を思い出し、感傷にふける。

 それぞれ、思うことは違うも幻想郷という世界を少なからず気に入っているようだ。

 劇場に到着すると、人の列ができていた。先頭までの数は三十人ほどだ。場内は客が五十人~百人ほど入るスペースがある。これなら余裕だろう。右京たちは列に加わり、入場まで待つことにした。その時、後方から鯨の少女が顔を出す。

 

「こんにちは~」

 

「ん? あれ、どこかで……」

 

 反射的に振り向いた尊は彼女の姿を見てもピンとこない。しかし、この男は違った。

 

「こんにちは()()()()()さん」

 

「え?」戸惑う美宵。

 

「昨日は楽しかったですね」

 

「そ、そうですね!」

 

「昨日……? 昨日は魔理沙と早苗さんと四人で一緒に夕飯を食べたような」

 

「おやおや、君は忘れん坊ですねえ~。彼女は夢幻酒場《鯢呑亭》の看板娘ですよ。昨日一緒に料理をして、僕たちと雉のトマト煮や猪の角煮を食べました。……覚えていませんか?」

 

「えーと――」

 

 右京に問われて、美宵をジッと見つめた尊の脳裏に少しずつ昨日の記憶が蘇る。

 ピンク色の毛髪、翡翠色の目に鯨の被りもの――。全ての情報が繋がり、ようやく彼女を思い出す。

 

「――あ、そういえばそうだった……。すみません、忘れてました」

 

「いえいえ」

 

 美宵はパタパタと両手を振るだけだったが、その顔つきはどこか影のあるものだった。右京はその表情を見逃さず、クスっと笑った。

 

「美宵さんもコンサートを?」

 

「はい。せっかく里の中で開催するので、この機会を逃すのは嫌だな~って」

 

「なるほど、そうでしたか……。よろしければ、ご一緒にどうです」

 

「ええ。喜んで」

 

 右京の申し出を美宵が受け、三人でコンサートを観ることになった。所定の時刻を過ぎると劇団の敷地から関係者が出てきて、入場手続きが始まる。どうやら関係者に直接お金を渡す仕組みのようだ。

 値段は定食一回分と一見、リーズナブルに思えるが、霊感がないと見えないし、聴こえない可能性もある。結構な博打だ。そのことで尊が右京を心配する。美宵は「ほとんどの人が聴こえるようなので大丈夫な気がしますが……」と、不安げに伝えた。本人も聴けると信じている。

 劇場に入った右京たちは、ど真ん中に位置する席に座る。右から順番に右京、尊、美宵がいる。演奏開始まで、まだ時間があるようだ。暇なので、周囲をぐるっと眺める。比較的若者が多く、男女比率は半々。聞けばプリズムリバー楽団はファンも多く、ライブの際は人だかりができる。今回も入場早々、会場は満席だ。

 

「早めについてよかったですねえ」

 

 すでに満足げな右京だったが、何気なく左の席に視線を移してみると、黒いリボンをつけた銀髪ボブカットの少女が「プリズムリバーの音楽。楽しみだなぁー」とワクワクを隠し切れずにいた。米俵でも、入りそうな麻の布をクッション代わりに抱き抱え、開演を今か今かと待ち望む。

 右京は「あどけなくて可愛いですね」と微笑んでから正面に向き直る。時を同じく、会場の幕が上がり、舞台がライトアップされる。

 

 バイオリンを持った黒い衣服の金髪少女。

 トランペットを持った水色の衣服に身を包む薄青髪の少女。

 キーボードに指をおく全身赤色で統一した茶髪少女の三名が登場した。

 瞬間、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 

 ――ルナサ姉さ~~~ん!!

 

 ――メルランちゃ~~ん!!

 

 ――リリカちゃ~~~ん!!

 

 ――キャアーーーー!! 可愛い!!

 

 ――応援してますーー!!

 

 ――俺と結婚してくださ~~~い!!

 

「ぶっ。地下アイドルのコンサートかよ」

 

 観客の熱気にアンダーグラウンドの雰囲気を感じ取った尊が、思わず本音を吐いてしまう。

 

「それだけ人気があるということですねえ」

 

「いつもこんな感じらしいですよ」

 

 反対に感心する右京と他の客同様、拍手する美宵。彼女たちの持っている楽器は、クラシック系が中心。本来、こういう類の静かに楽しむものだが、ラフなライブなのだろう。ジャスなどのライブを好む尊からしたら少しばかり異質だ。右京は、これはこれで愉快だ、と感じているようで、特に嫌がる様子はない。

 バイオリニストが楽団を代表して挨拶する。彼女は元々、仏頂面なのか、人前でも笑顔を見せることはない。雰囲気はパチュリーに似ている。そして予想通り、会場のテンションとは真逆――低いトーンで堅苦しい挨拶を行った。

 

「本日は大変お忙しい中、プリズムリバー楽団のコンサートにお集まり頂きありがとうございます。プリズムリバー楽団代表、バイオリニストの《ルナサ・プリズムリバー》です。今日も、皆さまにお会いできたこと、非常に嬉しく思います。つい先日、悲しい事件が起こったばかりとあって私どもも、心を痛めており、何かできることはないかと――」

 

「姉さん。会場が沈んでいるわよ」

 

「あ……」

 

 バイオリニストことルナサが固い挨拶を行った結果、会場の空気がどんよりし始めた。彼女は、やってしまったと固まった。そこを陽気なトランぺッターが「姉さんの気質じゃ仕方ないね、私がやるか」と言い出して、無理やり交代する。

 

「ということで交代しました、超絶美少女音楽集団のサブリーダーを務めるトランぺッターの《メルラン・プリズムリバー》です♪ 姉がテンションをさげちゃってゴメンねー♪ 初めての人もいるから手短に説明するけど、プリズムリバー楽団はバイオリニスト、〝私〟、キーボーディストの三人で構成されてるよー♪

 最近はコラボでもう一人、ドラマーさんがいるんだけど、今日はお休みでーすぅ♪ だけど、ご心配には及びません♪ 私が、その分まで張り切って姉さんや妹の音を消して飛ばしちゃうくらい、トランペットを鳴り響かせてご覧にいれまーす♪」

 

「私たちの音を消してどうする?」

 

「ふふーん、三姉妹だからってなれ合ってちゃダメでしょ♪ この世は弱肉強食、焼肉定食! 言いたいことも言えない、こんな世の中じゃ――」

 

「止めなさい」ルナサが止めに入る。

 

「えー、いいじゃない!? 皆が楽しんでくれれば、世界が平和になるわ♪」

 

「そういう問題じゃない。奏者にも格は必要」

 

 観客、そっちのけで言い争う姉二人を見かねて、リリカが挨拶役を代わった。

 

「姉二人がはしゃいでしまって申し訳ありません――私は《リリカ・プリズムリバー》。キーボードを担当しています。長女ルナサは、名器ストラディヴァリウスも裸足で逃げ出すバイオリンを、次女メルランは、多くのジャズペッターの生血を吸った曰くつきのトランペットを、三女の私は、不運の死を遂げたミュージシャンのシンセサイザーを所持しており、日夜、音楽の布教のため、活動させて頂かせております。

 先日の一件で亡くなられた方のご冥福をお祈りしつつ、私たち一同、精一杯、演奏させて頂きます。本日もよろしくお願いいたします」

 

 リリカが頭を下げると会場から再度拍手が送られた。

 

 ――くぅぅ、リリカちゃんサイコー!!

 

 ――姉妹の中で一番の常識人と呼ばれるだけはあるぜ!

 

 ――でも、ルナサお姉さまもよかったわよ! あの真面目そうな表情、素敵だわぁ~。

 

 ――俺は、陽気なメルランちゃんが一番だよー!

 

「おやおや、周りの方がはしゃいでいますねえ~」

 

「このテンションじゃ、ライブが聴こえるか不安ですね。室内にスピーカーはないようですし」

 

「大丈夫ですよ。楽団の音楽は、ちょっと変わってますから」

 

「へー。そうなんだ。楽しみだな」

 

 リリカの挨拶が終わるのと同時に自身の持ち場へと戻る。活躍の場を妹に取られた姉二人は不満げな表情ながらも定位置に移動――楽器を構えると途端に表情が引き締まる。どれどれお手並み拝見と、尊は腕組みした。

 

 拍手が止むと共にルナサが「それでは、お聴きください――《幽霊楽団~Phantom Ensemble~》」と曲名を語ってから、リリカがキーボードを走らせる。

 静かな立ち上がりで奏でられるキーボードにインテリの尊が「聴いたことがない音だけど、上手いな――」と彼女の腕前を一瞬で理解。檀上に視線を集中させる。

 次にインパクトの強いトランペットが喧しさを伴って加わり、そこへ暗く重いながらも身体の芯に衝撃を与えるような力強いバイオリンが乱入。三方向の個性が合わさり、突然変異を起こした演奏が生まれる。

 彼女たちの演奏技術は確かなもので表のプロと何ら遜色のない技術を有してる。尊は口元に手を当てながら唸った。

 

「どこかゲームチックな曲で個性がバラバラだけど、確かな演奏技術だ。今まで聴いたことのない音を出すキーボード、遥か後方まで響く大砲のようなトランペット、身体の芯を捉えて離さないバイオリン。クラシックとは言い難いが、最近の音楽として見れば非常に高い完成度を誇る。きっと、表でも評価されるだろうな。

 一言で言い表すなら現代音楽か。ーーいや()()()()かな」

 

 ひと通り感想を口に出した彼は、再びライブに聴き入る。美宵も「これなんですよ、これー!」と盛り上がり、右京の隣にいる少女も「相変わらずの演奏だぁー!」と目を輝かせる。右京は「楽器が()()()ますねー」と微笑んだ。

 サビに入るにつれヒートアップする演奏だが一旦、転調――各自のソロパートが始まる。

 激しく身体を揺さぶりながらに情熱的にバイオリンを弾き鳴らすルナサ。身体の芯に重くのしかかる音程は観客に息苦しさを与える。

 そこに割り込むようにメルランが乱入。爆音かつリズミカル。アップテンポに攻め立てて、客の心を沸かせ、最後にリリカが技巧を凝らした速弾きを披露する。

 会場を盛り上げ、ボルテージが高まったところで三人の同時演奏。観客が歓声を上げながら手拍子を始めて興奮度は1000%に到達。

 騒音が劇団の外まで響き渡り、待機組も同じように盛り上がった。少々、離れていても彼女たちの音楽は聴こえるのだ。そして興奮の中で一曲目が終わる。

 拍手喝采。興奮を共有する全ての観客たち。尊は感心したように、

 

「すごい演奏だったな。一人一人の演奏は技術力こそ、ずば抜けて高いが、癖が強く単体で聴いたら疲れてしまう。けど、三人合わさることで音楽にまとまりが生まれ、聴きやすくなる。おまけにあの容姿とノリのよさ――こりゃあ、人気でるなぁ」

 

 強く拍手して、プリズムリバー楽団を高評価した。その後も、彼女たちは立て続けに演奏を披露。

 

 《地の色は黄色》《魔女たちの舞踏会》《フラワリングナイト》《風神少女》《ハルトマンの妖怪少女》《恋色マジック》《二色蓮花蝶》《アリスマエステラ》《Bad Apple!!》《神話幻想》《Reincarnation》《夢消失》《メイプルワイズ》《the Grimoire of Alice》《魔鏡》《いざ、倒れ逝くその時まで》など、楽団の人気曲を聴かせた。

 

 そして、ルナサがどこからか持ってきたエレキギターに持ち替え《亡失のエモーション》《ラストオカルティズム》《今宵は飄逸なエゴイスト》そして、満を持して最新曲の《偶像に世界を委ねて~ Idoratrize World》を超絶技巧で披露。

 インパクト重視かつ各ソロパートを追加した本曲は、まさにラスボス専用曲といった印象。最後まで弾き切って今回のライブは終了。しばらくの間、観客の拍手が鳴りやむことはなかった。

 演奏の余韻冷めやらぬ中、尊が「よかったなー。また次の演奏も見たいな」と拍手して、美宵も「私もです!」と、ガッツポーズを作る。

 その傍ら、右京だけがポツンと沈んでいた。驚いた尊が彼に声をかける。

 

「え、あの。もしかして……。気に合わなかったんですか!?」

 

「いえ……。そうではなく」

 

 右京は何とも言えない顔で尊を見やり、

 

「ほとんど何も聴こえませんでした……。楽器が浮いているのは確認できましたがね」

 

「「あ……」」

 

 そうこぼして、ひとり寂しく重いため息を吐くのであった。


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