特命部屋へと急ぐ右京。辺りはすでに暗くなりつつあった。
「早くしないと神戸君に怒られてしまいますねえ~」
誰かと話すために尊を一足先に帰らせた。彼は機嫌が悪いだろうと察し、言い訳を考えていたところ、右京は地面に何かが落ちているのを発見する。
見れば、女性もののリボン――それも女の子がつけるような代物である。
「これは……。もしかして」
リボンを拾い上げて確認する。劇場で自分の隣に座った銀髪の少女が同じものをつけていた気がした。
「いずれにしても無視できませんね」
右京はリボンを綺麗に折りたたんで、懐にしまい込んでから特命部屋に戻り、拾ったそれをテーブルに置いてから、尊と酒場谷風へ直行する。
ふたりは幻想珍味と日本酒で楽しい時間を過ごし、帰宅後、すぐ寝支度を整えて就寝した。
☆
早朝から起床した右京はスマホを起動する。バッテリーの残量は六割程度だった。
満タンにしたくとも尊から「ぼくだって使いますから」と、途中で切り上げられた挙句「どうせ幽霊、見れないんですから、ライブの音声を再生して考察とか止めて下さいね」このように釘を刺されてしまい「はいはい。あっ、そーですか!」と、右京は渋々、引き下がるしかなかった。
「電力を使う考察は止められてしまいましたからねえ。……次の手を打ちますか」
布団を畳んだ右京はその頭脳を回転させ、新たな策を練る。カバンから紙を取り出し、ペンで文章を書き始めた。数分経ったのち、ペンの擦れる音で尊が目を覚まし、重い眼を擦りながらボー、としていた。
元部下の起こした物音に気がついた右京は彼のほう見やって「君、絵が上手でしたよね? これ、描いてください」と、テーブルに広げた〝黒い物体〟を指差す。
困惑する尊だったが「まぁそれくらいなら」と、頼みを引き受ける。元々、手先が器用な彼は指定された絵を数分で描き終え、出来上がったものを提出。その絵を確認した右京が「君はよい腕をしていますね」と褒めてから「ちょっと出かけてきます」と語ってから、着替えを済ませて特命部屋を出て行った。
「また、何か企んでんな、あの人……」
元上司がまた変なこと考えていると勘繰るも睡魔には勝てない。尊は思考を中断して床に戻った。
☆
外へ出た右京は里の掲示板がある大通りへと向かう。朝焼けが里を照らすも気温が低く肌寒い。早く特命部屋に戻るべく、早歩きで地面を蹴る。
大通りへと出て、目的の場所に到着するとすでに先客がいた。麻の外套を纏い、唐笠を被ったふたりの男と思わしき人物が掲示板を眺めていた。
ひとりは男性で、もうひとりは十代中頃の少年だった。男性のほうは背中に布で包んだ物体を携帯している。
職業柄、それが気になり、中腰で警戒する右京。男性が人の気配を感じ取って「よお。あんたか」と、唐笠を外して声をかけてきた。男性は右京と面識のある人物だった。
「おや、《小鳥遊》さんですか!?」
「おうよ。これから仕事だ」
男性の正体は
「こんなのところで何しているんだ? まだ、買い物には早いぞ?」
「いえ。掲示板に貼り紙を、と思いましてね」
そう言って、先ほど書いた紙を見せた。幸之助は紙に目をやるも「表の文字か……。ちと読み辛いな。おい
宗次朗と呼ばれた少年が「はい」と返事をしてから傘を脱いだ。身長一六五センチ程度で髪の毛は黒い短髪。まだ幼さが残るが、顔立ちはイケメンの明治男児という印象。外套ごしだが、身体がスラッと引き締まっているように思える。
彼は手袋をした右手で貼り紙を受け取ってから音読する。
『人里の大通り付近で、下記の黒いリボンを拾いました。落とされた方は、寺子屋近くの《特命係幻想郷支部》までお越しください。代表、杉下より』
読み終わると同時に宗次朗は「お返しします」と貼り紙を丁寧に返却する。内容を理解した幸之助が言った。
「落し物の預かりまでやってんのか?」
「拾ってしまいましたので」
「物好きだなぁ。俺にはマネできん」
「これでもお巡りさんですから」
「ははっ」
いつも通りの右京スマイルに、呆れ気味の幸之助と笑ってしまう宗次朗。右京は宗次朗のことが気になっていた。
「息子さんですか?」
「いや、助手だ」
「初めまして
「そんな大したものじゃありませんよ」と謙遜する右京。そこへ幸之助が冗談交じりに「コイツは太鼓を持つのが上手だからな。ついつい俺も乗せられちまうんだ。アンタも気をつけな」と言い、宗次朗が「意地悪だな~、幸之助さんは。あんまりひどいと恵理子さんに言いつけますよ?」と、上手に返す。
妻の名前が出た途端狩人は「そりゃあ、勘弁だわ。アイツの小言はめんどっちい」とお手上げ状態。コントのようなかけ合いは右京を笑顔にさせた。
「おふたりとも。ずいぶん仲がよいのですねえ~」
「コイツの爺さんとは古い付き合いでな。子供から知ってんのさ」
「なるほど。それで幸之助さんのつき人を」
「はい。といっても、まだまだ新米ですが」
「とか言っているが、意外と筋がいいんだよ。俺の言ったこともすぐに吸収するしな。近いうち、一人で狩りをさせてみるつもりだ。たぶん、そつなくこなすだろうよ」
「そんな。俺なんて大したことないですよ」照れる宗次朗。
「よいコンビですね。羨ましいくらいです」
特命部屋で二度寝する元部下の姿を頭に思い浮かべながらコメントする右京。尊が聞いたら「ぼくも宗次朗君みたいな〝相棒〟が欲しいですけどね!」と、皮肉で返すに違いない。
話が途切れたところで、朝日の方向を見た幸之助が「そろそろ時間だから失礼する。鴨が逃げちまうからな」と語り、助手をつれてこの場を去ろうとする。
去り際、宗次朗が「今度、時間があったら、お話し聞かせてくださいね」と、右京に言った。愛嬌のあるよい少年だと評価し、和製ホームズは手を振って見送る。
その直後、ぴゅうっと強い風が右京の顔を直撃する。寒さに震えた彼は、素早く掲示板に貼り紙をして足早に、この場を去った。
☆
「誰もきませんね」
「そうですねえ」
時刻は昼の十一時。阿求から支給された物資の中にあった炬燵を引きずり出し、下半身を突っ込んでくつろぐ特命係。右京は紅茶を、尊は緑茶を飲みながら読書で時間を潰す。
部屋の外から、寺子屋の子供たちがご飯を食べに自宅へと戻る足音、慧音と裕美が気をつけるようにと優しく注意を促す声が聞こえる。
「微笑ましいですねえ~」
「裕美さんって女性は上手くやっていけているようですね。警察官関係者としては少々、複雑ですが」
「ここは日本であって日本ではない。僕たちが強制的に連れ帰ることはできません」
「それは、ごもっとも――ですが万が一、犯罪者がここに逃げ込んでいた場合、どうします?」
「その時は阿求さんと相談して引き渡しの交渉を行えばいいでしょう。話せばわかってくれる方です」
「犯人がしらばっくれたら?」
「必ず落としてみせます」
はっきりと語ってみせる右京に尊は「馬刈村の時みたいに
かつて、その村で起こった惨劇を捜査する際、犯人たちに証拠を隠滅されたので、主犯の息子を引き合いに出して半ば
結果、関係者の大半が
☆
正午、尊に留守番を任せて、昼飯の材料を買い出かけた右京だが、あまりに食材が魅力的なので、あれもこれも手に取っては購入――両手で抱えるほどの食材を拠点に持ち帰った。
「いやいや、食材買いすぎでしょ!?」尊が注意するのだが右京は「安くて美味しそうでしたからつい」とおどけて誤魔化す。
物価が安く、ここ最近は珍しい食材が並ぶとあって興奮を抑えられなかった。食べきれなかったらおすそ分けすればいいくらいの感覚なのだろう。田舎のおばちゃん的ノリであった。
「食材が傷んでしまったら勿体ないので、料理を作ってしまいます。来客の対応は――」
「ぼくが、やればいいんですよね? わかってますよ。その代わり、美味しいご飯を作ってくださいね」
「もちろんです」
早速、右京が調理に取りかかった。時計が十五時半を回るころにはすべての品ができあがる。
今日のご飯は《猪の生姜焼き》《里芋の煮っ転がし》《鴨のみそ汁》《山菜の和え物》そして季節外れの《鰻のかば焼き》である。
でてきたメニューの品数もそうだが、まさか
「香ばしい匂いがしてるなと思ったら、こういうことですか。というか鰻、調理できたんですね」
「前に〝たまきさん〟から教えてもらいました」
「あ。なるほど」
冬眠中だったせいか少々、小ぶりな鰻だったが、タレをつけて焼いてみれば鰻のそれである。釘で目打ちしてから手際よく捌き、七輪で器用に焼いたのだ。以前、たまきに調理法を教わったらしい。
ちゃんとした道具があればもっと上手にできたのに。本人は残念がったが、尊にとっては十分なできに思えた。
「待った甲斐があります。頂いてもいいですか?」
「どうぞ、召し上がってください」
「それでは――」
「「頂きま――」」
「あの、ごめんくださーい!」
食事にありつくとしたまさにその時、玄関から少女の声が聞こえてきた。ご馳走を前に固まる尊。右京が「君は食べていてください」と訪問者の対応を受け持つ。
「はーい。今、行きまーす」
軽快な返事をして戸を開けると、向こう側には麻のクッションを抱きかかえる銀髪の少女が立っていた。
全身、緑で統一された可愛らしい服装。前髪が切りそろえられたボブカットに、あどけなさを残す十代前半の容姿と相応の背丈。背中と腰には長刀と短刀を据えられており、その姿に合わない装備にはギャップを感じさせられる。
少女は、丁寧にお辞儀をしてから「あの、リボンを取りにきました」と用件を告げる。予想通り――そう、ほくそ笑みながらも右京は知らぬフリをしつつ、
「おや、あなたは昨日、プリズムリバーのライブにいらした」
と、喋って彼女の動揺を誘った。同様に右腕に抱えられた麻袋もカサカサっと揺れ動く。
「えっ、どうしてそれを?」
「僕は劇場であなたの隣に座っていました。その麻のクッション、とても可愛いですねえ」
「あー。そうでしたか……どうも」
どこか気まずそうな少女。何の理由があるかは知らないが、用件をすませて帰りたいようだ。顔を逸らす彼女だったが、そこに室内から香ばしい匂いがほのかに漂うのを感じ、
「ん? この匂いは……」
ピコン、と反応してみせた。
「鰻のかば焼きです」
「ええ!? 鰻ですか!? 今、冬眠中なんじゃ」
「たまたま、捕れたそうなので僕が買い取って調理しました。小ぶりですが中々に美味しそうです。よかったら、食べていきませんか」
「うぅ……。ご厚意はありがたいのですが……」
紳士の厚意に心を揺れ動かされる少女。そこに右京が、ダメ押しと言わんばかりに告げる。
「他にも《猪の生姜焼き》《里芋の煮っ転がし》《鴨のみそ汁》《山菜の和え物》など、作ったのですが、量が多すぎましてね。どなたかにおすそ分けしたいと考えておりました。遠慮なさらずにどうです?」
瞬間、彼女は目をキラキラさせた。作戦通りだ。
「で、では……。少しだけ……」
恥じらいながらも少女は特命部屋へお邪魔するのであった。