相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第67話 黒いリボンと冥界の庭師 その2

「お邪魔します」

 

 行儀よく靴を脱いで、室内にあがる少女。聞き耳を立てていた尊が来客用の座布団を引っ張り出して、彼女のスペースを用意する。テーブルには、右京が作った料理がところせましと置かれ、見る者を魅了する。少女はうわぁ、と嬉しそうに口元を押さえながら眼鏡の紳士に訊ねる。

 

「うわぁ~おいしそうですね! これ、全部あなたがお作りになったのですか!?」

 

「ええ。全て僕の手作りです。さぁ、お好きなだけ取って下さい」

 

「頂きます!!」

 

 少女は気に入った品を取り皿に盛ると品よく口の中へと運び入れ、

 

「んんっ、美味しいです! 猪の生姜焼きも、里イモも、鴨のお味噌汁も。あっ、かば焼きいいですね!! 私、こういう甘いタレが好きで、よく作るんですが、このタレの甘さ加減がとてもよくてーー」

 

 食レポをしながら美味しそうに頬張っていた。彼女はよく料理を作るらしく、右京に技術的な話や、表の料理の質問を繰り返していた。

 三十分が経過。ひと通り、箸を通した少女は「ぷはぁ~、ご馳走様でした!」と満足げに手を合わせた。

 

「はぁ、美味しかったです。あ、もうこんな時間だ。本日の夕飯の支度をしないとなりませんのでこれで失礼します」

 

 頭を下げ、特命部屋を後にしようとする少女に右京が「リボン、お忘れですよ?」と、伝えた途端、彼女は顔を真っ赤にして「すみません……」謝りながらリボンを受け取った。改めて確認するまでもないが念のために訊ねる。

 

「こちらで間違いありませんか?」

 

「間違いないです。ご親切に拾って頂いて感謝します」

 

 そういって頭にリボンをヒュルヒュルと巻いて安堵する少女。大事なものだったのだろう。麻袋も連動してプルプルと揺れ動く。

 右京は不自然に動く麻袋をマジマジと見つめ、興味深そうに観察している。視線を察知した少女が「あの、いや、これは」と、慌てて両手を振った。

 その事情がありそうな態度に右京がニコニコし始める。

 

「もしかして、その麻袋――何か生き物が入っているのではありませんか?」

 

「え、生き物!?」

 

「えっと、これは……」

 

 挙動不審な少女に、右京がゴリ押しの構えで挑む。

 

「実は僕――昨日お見かけした時から、その麻袋の中身がどーしても気になっていましてねえ。可愛い動物が入っているのかもしれない、と思うと気になって夜も眠れないのです。少しだけでよいので、御姿を拝見させてもらえないでしょうか……?」

 

 両手を合わせながら少女にすり寄る元上司に、尊が必死すぎないか、と呆れるが、気になると無茶しだす性格なので止めても無駄だ。

 少女は「うーん……」と眉間にシワを寄せて悩みつつも、美味しい料理をご馳走してくれた右京の頼みを無碍にできず。

 

「わかりました。その……驚かないで、下さいね? 結構、大きいですから」

 

 断りを入れ、彼女は麻袋の口を縛る紐を解き、ゆっくりと外していく。すると、薄茶色の麻の中から白くフヨフヨ揺れめく物体が姿を現した。

 

「ゆ、幽霊!?」

 

 尊が腰を抜かした。

 

「やっぱり、驚きますよね……。この霊魂は私の〝一部〟なので」

 

 サイズの大きな勾玉のようなフォルム。いかにも漫画に登場しそうな幽霊である。白玉のような体色と僅かに発する冷気。初めて見る人間が驚くのは無理もない。

 幽霊なんて見慣れた。なんて高を括っていた元部下は「やっぱり、幽霊はダメだな」と降参した。

 しかし右京だけは残念そうにしている。

 

「見えませんねえ……。神戸君が羨ましい限りです」

 

 予想外の言葉に少女の目が点になる。

 

「えっ、見えないんですか!?」

 

「まるで見えません。触ってもいいですか」

 

 少女が頷いてから霊魂の場所をジェスチャーで教える。誘導された右京が恐る恐る、霊魂のある場所に手を当てる。

 

 ――プヨ♪ プヨ♪

 

 ヒンヤリ冷えた表面に押せば戻ろうとする微かな弾力が掌に伝わる。

 右京は目を大きく見開き、何度かタッチを繰り返す。その度に「おぉ!!」と声を漏らす。明らかに喜んでいる。

 

「神戸君――形がないのに、ヒンヤリしていて弾力があります。これが……幽霊の、さわり心地……」

 

 ――スリスリスリスリスリスリスリ。

 

 年甲斐もなく、幽霊と思わしき物体に触りまくる右京。少女が「あの、くすぐったいので! そこまでにしてください」と制止。ようやく止まった彼が満足そうに、

 

「貴重な体験ができました。霊感がなくても幽霊には触れる。これがわかっただけでもここにきた甲斐がありましたよ。後は幽霊を見る方法ですねえぇ~!――あ、ところで、あなたはどうして幽霊をペットになさっているのですか!? お友だちになる方法がおありで? それともくすぐったいということは感覚を共有しているのですか? 興味深いですねえ~」

 

「ちょっと待ってくださいよ、いきなりそんなに質問されても、困りますぅ~」

 

 幽霊が見えない人間というだけで特異なのに、ここまで〝半人〟の自分に詰め寄ってくるとは。少女は、杉下右京の対処法がわからず、ほとほと困り果てた。見かねた尊が助け舟を出す。

 

「杉下さん。彼女、お困りのようですから。その辺にしましょう。夕飯の準備もあるって言ってますし」

 

「おぉ、そうでしたね。年甲斐もなくはしゃいでしまいました」

 

「いえ、私は別に……。あ、準備ありますから、これで」

 

「ちょっとだけお待ちください。お詫びの印といってはなんですが」

 

 空の容器に自作の料理を詰め、少女へ渡す。彼女が「こんなにもらっていいんですか!?」と口元を綻ばせる。右京は「ご家族と一緒に頂いて下さい」と述べた。

 彼女は嬉しそうに「はい! 今晩〝幽々子〟さまと食べます! 色々、ありがとうございました!」と、感謝してから部屋を後にした。

 

「お気をつけてー」

 

 ふたりは手を振りながら少女を見送った。少女が完全に視界から消えたことを確認した尊が口を開く。

 

「まさか幽霊を引き連れているとは……。幻想郷って何でもアリですね」

 

「神戸君」

 

「はい?」

 

「お名前――訊ねるの、忘れてしまいました」

 

「あ……」

 

 幽霊になると前のめりになりがちで初歩的なミスを犯してしまう杉下右京。

 表の日本では職務上、本気で捜査するが、趣味絡みの一件となると、どこか気が抜けてしまう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、尊が苦笑するも、当の本人は、少女の正体に目星をつけているようであった。

 

「さ、僕たちもお料理を頂きましょうか」

 

「半分以下になっちゃいましたけどね!」

 

「明日の分……なさそうですねえ~」

 

「お人よしすぎるのも問題ですね!」

 

「……今後は、ほどほどにします」

 

 食事を堪能したふたりはいつも通り、暇を潰して、いつも通りの時間に床に就いた。

 

 

 翌日、昼を済ませた彼らは何かするでもなく、ダラダラと時間を潰していた。

 

「手紙の情報、まったくありませんね」

 

「そうですねえ。少しはあってもよいと思うのですが……」

 

()()()だったという可能性も――」

 

「結論づけるには早すぎます」とキッパリ言い切る右京に「あ、はい」と、手紙の載る記事を眺めながら息を吐く尊。そのやり取りの最中、戸口に人の気配が立つ。

 

「ごめんくださ~い!」

 

「おや? この声は……」

 

 右京が玄関に出向いて戸を開ける。

 

「二日連続で失礼します。昨日は名前を告げず申し訳ありません――私、魂魄妖夢(こんぱくようむ)と申します」

 

 銀髪少女こと魂魄妖夢がペコっと頭を下げた。

 

「やはり魂魄さんでしたか。幻想縁起で、あなたの御姿を拝見しました」

 

「あれを見たんですか!? 私の似顔絵、ちょっと怖すぎて似てないんですよぉ。だから、よく別人かと勘違いされるんです」

 

「鋭い眼光を放ち、霊魂を背景にカッコよく構える女剣士のイメージでしたからねえ~」

 

「いやぁ、恥ずかしいです~」

 

 幻想縁起にも妖夢の記述が乗っていたが、イラストがカッコ良すぎて別人だと思われるケースがあるらしく、本人からすると考えものらしい。顔を赤くする妖夢に右京が訊ねた。

 

「ところで、本日はどのようなご用件で?」

 

「あーはい。えーと、ですね。私の主君、西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)さまが杉下さんのお料理を絶賛しておりまして」

 

「そうでしたか! 気に入ってもらえてよかった!」喜ぶ右京。

 

「それで是非()()をしたいとのことで……」

 

「いえいえ、お礼など、そのようなものは」

 

 断ろうとした右京だったが。

 

「ですよね……。『もしかしたら()()()()()()()()()()()かもしれませんよ?』と、幽々子さまは申しておりましたが、お会いしてすぐというのは些か――」

 

「――その話、詳しくお聞かせ願えませんかね?」

 

「へ?」

 

 遠慮していたはずが〝幽霊〟と聞いた瞬間、速攻で食ついた。室内の尊も「はやっ!」と切り替え速度に驚きを隠せない。表情を作りかねている少女だったが「まぁ、向こうがその気なら……」と、気を取り直す。

 

「でしたら白玉楼(はくぎょくろう)までおいでください。ご案内致しますので」

 

「白玉楼……。確か、幻想縁起で見た記憶が」

 

「白玉楼は〝冥界〟にあるお屋敷です」

 

「おぉ、それはそれは!」

 

 瞬間、脳裏に幻想縁起の情報が過ぎり「ん? 冥界……まさか、死後の世界!?」尊が狼狽えた。

 

「幽霊ばかりの世界ですが、穏やかなところです。如何でしょうか」

 

「願ってもないことです。神戸君ーーそういうことなので、ご厚意に甘えて、冥界へお邪魔しますよ」

 

「は、はぃぃぃ!?」

 

 こうして、ふたりは冥界に足を運ぶことになる。その先で杉下右京は〝亡霊の女王〟と出会う。


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