相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第6話 杉下右京の小さなお茶会 その2

 菓子が加わり、茶会はさらに華やかになった。

 

 人を疑うのが特技の魔理沙も、皮肉屋の霖之助も、さっきやって来たばかりの霊夢も幻想郷らしからぬパーティーにご満悦の様子だった。

 

 紅茶を満喫した霊夢がふと目の前の紳士に目をやってから魔理沙の方を向いた。

 

「ところで魔理沙。この人は一体誰なの?」

 

「外からやって来た日本人だ」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

「それ以外はよく知らん」

 

 魔理沙は霖之助からそれなりの説明を受けたが、半分以上聞き流しており、詳しい事まで覚えていなかったので霊夢の質問を突っぱねた。

 呆れた霊夢は右京の顔をチラっと見ると、彼は笑顔で答えた。

 

「僕は杉下右京と言います。日本の首都東京からここ幻想郷にやって来ました」

 

 霊夢は幻想郷ではほとんどお目に掛かれない紳士的な振る舞いに思わず背筋をピンとさせる。

 

「わ、私は博麗霊夢です。幻想郷の東側にある博麗神社で巫女をやっています」

 

「おぉ、あなたがあの博麗霊夢さんでしたか」

 

「え、私を知っているんですか!?」

 

 顔も知らない人間、それも外から来た紳士が自分の名前を知っていることに霊夢は驚きを隠せない。

 動揺する少女に右京が付け加える。

 

「昨日、霖之助君からお話をお伺いしました。何でも幻想郷の平和を守っているそうですねえ。しかも妖怪相手から」

 

「えーーーと、まあーそんなところですかね!」

 

 幻想郷の平和を守っていると言われた事が余程嬉しかったのか、霊夢はやたら上機嫌だ。

 隣の魔理沙は「コイツ、褒められるのに弱いよな」と内心、呟く。

 

「それは素晴らしい! 僕も職業柄、そんなあなたに尊敬の念を抱かずには要られません」

 

「職業柄?」

 

 魔理沙は「詐欺師が妖怪ハンターに尊敬の念を抱くのか?」と疑問に思う。

 彼女同様、言葉に引っ掛かりを感じた霊夢が質問する。

 

「杉下さんのお仕事ってなんですか?」

 

「僕はですね――」

 

 そう言いながら右京は金メッキで塗装されたエンブレム入りの手帳を霊夢たちへとかざす。

 その手帳には青い制服を来た若かりし頃の彼の姿があった。

 二人は写真を見て「随分若い頃の写真を使っているな」と思った。

 少しして右京がその正体を明かす。

 

「日本の“警察官”――つまり、お巡りさんです」

 

 その発言に二人は思わず叫ぶ。

 

「お巡りさん!!」

 

「なんだってーー!?」

 

 口元を抑える霊夢と机から転がり落ちそうになった魔理沙を尻目に予め彼から教えられていた霖之助はケロっとしながら紅茶を啜っている。

 予想以上のリアクションに右京は思わず笑ってしまう。

 

「ふふっ、そんなにおかしいでしょうかねえ~?」

 

「いや、その表のお巡りさんって見たことないので……」

 

「私は詐欺師だと思ったんだがなぁ……」

 

「残念でしたね。僕は詐欺師を捕まえる立場の人間なのです。当然“泥棒”もです」

 

「……」

 

 右京は魔理沙を見ながら“泥棒”という言葉を強調した。

 何かに勘付いた魔理沙は隣に居る霖之助を横目で睨む。

 睨まれた本人は涼しい顔で紅茶を飲み、彼女と視線を合わせない。

 魔女は声をうわずらせながらも他人事のように語る。

 

「た、確かにお巡りさんなら泥棒を捕まえるのが仕事だよなぁ。私には関係ない……話だが」

 

「どこがよ」すかさずつっこむ霊夢。

 

「何故、私を見る? 私は人から物は借りるだけだ。なぁ香霖?」

 

「はぁ……」

 

 この霧雨魔理沙は一方的に借りた物を借りっぱなしにする性格なのである。おまけに妖怪相手に自分が死んだら取りに来いと言い放つ始末。

 そのような泥棒の肩を持つ者は誰も居なかった。

 彼女に対して右京が忠告を行う。

 

「人から物を借りるという行為は相手が同意して初めて成立します。相手の同意無く勝手に物を借りてゆく行為は泥棒と同じです。

 例え、相手が“誰であろう”ともです。聡明な魔理沙さんのことですから、それくらいは当然、ご存じでいらっしゃいますよね?」

 

「あぁ、そうだな。私には関係ないが!!」

 

「「……」」

 

 呆れる二人を余所に腕を組みながら魔理沙は余裕ぶった表情を見せ、刑事もまた相応の笑顔で対応する。

 

「……今のところは“そういうこと”にしておきましょう」

 

 彼は実際に“借りる”現場を目撃していないので、これ以上の追求を避けた。

 無関心を装いながらも内心で彼女は「厄介な奴がやって来たな……」と刑事への警戒心を強めた。

 

 友人の心境を察したのか、霖之助は愉快そうにクスクスと笑う。

 笑い声を耳に入れた魔理沙は憤慨しながら両目を閉じた。

 そのやり取りの後、霊夢が気になっていたことを質問する。

 

「杉下さんがお巡りさんだと言うことはわかったけど、どうして幻想郷に迷い込んでしまったんですか?」

 

「とある神社を調べていた際、林の奥が気になりましてねえ。奥へ進んだのですが、途中から気味が悪くなって引き返したら神社ではなく、無縁塚と呼ばれる場所に辿り着いてしまったのですよ」

 

「無縁塚に!? よく無事で居られましたね」

 

「えぇ、なんとか」

 

 ケロっと話す右京に呆れる霊夢。他の二人も話を聞いた時は呆れたほどである。それほど、無縁塚とは危険な場所なのだ。

 霊夢は顎を手に当てながら「このおじさん、普通じゃないわね」と目を細めた。

 次に魔理沙が問う。

 

「でも、なんで神社なんか調べていたんだ? 探し物か?」

 

「いえ、人探しです」

 

「「人探し?」」

 

 神社で人探しという状況に首を傾げる少女達。

 

「そうです。この手紙を書いた人を探している最中、僕は幻想郷に迷い込んでしまったのですよ」

 

 そう言うと右京は手元に置いていたカバンから一枚の手紙を出してそっとテーブルに置いた。

 三つ折りにされた質のよい紙に綺麗な文字が書かれている。

 少女たちは手紙をじっくり眺める。

 

「綺麗な字だな。女の字か?」

 

「そうねえ。でも、私たちの使う字と違うから、少し戸惑うわね」

 

「この字は表の日本で使われる文字です。幻想郷ではあまり馴染がありませんよね」

 

「まぁ、表から来た奴らがたまに使うところを見たことはある」

 

「それは里に居る表から来た日本人ですか?」

 

「ああ、そんなところだ」

 

 右京は霖之助から幻想郷の成り立ちと里の現状とそれを取り巻く妖怪たちの話を聞かされていた。

 

 幻想郷は本来、どこかの東の国にある人里離れた辺境の地であり、元々妖怪たちが住んでいた。そこに妖怪退治目的で人間が集まるようになり、文化を発展させながらその数を増やした。

 人間の増加に伴い幻想郷のバランスが崩れると危惧した“とある妖怪賢者”が五百年前、国内外問わず妖怪を呼び込む結界を張ってから妖怪の数が増加し、幻想郷内のバランスを取ることに成功する。

 

 明治時代に入ると近代化の影響で妖怪や幽霊と言った存在が迷信扱いされ始めたのを機により強力な結界が張られ、稀に右京のような迷い人が流れ込む事があるが、幻想郷は外界との交流を遮断して独自の文化を築き上げて行った。

 

 初めてその話を聞いた時はさすがの右京も困惑したが、霖之助が嘘を吐いているとは思えず、彼の話を一旦、事実として受け入れた。

 そのおかげで右京は昨日ここに来たばかりにも関わらず、こうして平然と幻想郷に馴染んでいるのだ。

 全ては博識な霖之助の力による物だ。右京が幻想郷に来てすぐにこの店を訪れられたのは幸運だったのかも知れない。

 魔理沙の話を聞いた右京は少女たちへ頼みごとをする。

 

「里に居る、表の日本人に会ってみたいですねえ。お二人共、僕を里まで連れて行ってはくれませんか?」

 

 二人は一瞬戸惑うが「紅茶を貰ったしねえ……」と呟き、承諾する。

 

「私は構いませんよ。ついでに買い物したいと思っていたので」

 

「まぁ、美味い紅茶と菓子をご馳走になったしな。特別に案内してやるぜ」

 

「ありがとうございます」

 

 三人がやり取りをしている最中、霖之助は「菓子は僕が出したんだが?」と突っ込むが、二人は相手にしなかった。

 それを耳に入れた右京が「お礼に後で表の世界のお話をお聞かせします」とこっそり耳打ち。霖之助は満更でもない表情で頷く。

 しかし、そこは杉下右京。すかさず「今日も遅くなるのと思うので泊めて下さいね」と告げて、返答を待たず、少女たちと共に香霖堂を後にする。

 霖之助は深くため息を吐きながら、茶会の後片付けを始めた。


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