相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第69話 亡霊の女王 その2

 西行寺幽々子――冥界きっての名家の当主にして生粋のお嬢さま。幻想郷の閻魔大王から直々に仕事を請け負う役職柄、冥界への永住権と共に絶大な権力を持つ。

 容姿端麗で儚げな雰囲気を持つが故に〝幻想郷三大美女〟の一角とも称されており、そのスペルカードも豪華絢爛。幻想郷一美しいとまで評される。まさに高嶺の花。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()で、突拍子もない発言や行動が目立ち、理解できないところが玉に傷である。この男のようにーー。

 

「景色が回ってますねえ~。ですが、酔うという感覚はあまりしない。これは一体、どういうことでしょう?」

 

「生身の身体じゃないからよ。だから、酔わないの。けど、身体から分離したばかりだと、肉体の癖に引っ張られる傾向にあるわ」

 

「ほうほう、それは興味深い! せっかくなので、もっと強く回してもらえませんか。是非、確かめたい!」と、何故か実験したがる杉下右京。

 

「あらそう。じゃ、激しく行くわよ~」

 

 客人の要望に応えるべく、彼女は指をグルグル振った。

 

「し――視ぃ界がぁぁ――凄いぃぃぃ勢い、でぇぇぇ、回☆転――してい、ます、がぁぁ~。目はぁ~回り――まぁぁ~せん、ねえ―――ぇぇ~」

 

 回転する扇風機に顔を近づけた際に発生するどこか抜けたような声が辺りへと響き渡る。その姿に笑いのツボを刺激された幽々子が、片手で膝を叩きながらこみ上げる笑いを堪えている。

 

「楽しんでいるよ、あの人……」

 

「え……」

 

 こっちがお前の身体を介抱しているのに何を楽しんでいるんだよ。尊がそう言いたげな目で彼の魂を睨み、妖夢はわけがわからない、と困惑している。

 

「もういいです? 回転は終わ――あっ」

 

 手首の力を弱めて回転を止めようと思った矢先、幽々子がコントロールを誤ってしまい、指先の軌道から右京の霊魂が外れ、ぴゅーっと遥か彼方へと飛んでいってしまった。

 亡霊の女王は、大きく口を開けながら「場所が場所なら成仏しちゃうかも……」と零し、慌てて霊魂を追いかけるべく飛翔する。

 

「そういうわけだから妖夢。後は任せたわよ」

 

 幽々子は一方的に押し付けてこの場を去った。

 

「ちょっと、幽々子さま!? どこへぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

「マジかよ……。あのお嬢さん。スゲーぶっ飛んだ人だな」

 

 尊はどうしようもなく呆れたが、無茶振りには慣れているので「とりあえず縁側あたりに運ぼうか。心臓が動いているのは確認したから、西行寺さんが戻ってきたら何とかしてくれるでしょ(たぶん)」と、妖夢に指示を出して右京の身体を安全な場所まで運ぶ。

 

 

 同時刻、人里。男は霖之助に慧音を紹介され、彼女に寺子屋の一室へと案内される。

 外では裕美が子供たちと鬼ごっこで遊んでいるようで、バタバタと走っているのだが「皆、逃げるのが上手だなぁ。すぐにいなくなるし。どこかに、いい隠れ場所でもあるのかな?」と、独り言を呟き、それを聞いた男が笑みを浮かべた。その後、席に着いてから話が始まる。

 男は昨日の夕方ごろ、表の日本から偶然、幻想郷へやってきた。遭遇した妖怪に襲われそうになったが、運よく香霖堂に辿り着き、香霖堂の店主に保護されて里まで連れてきてもらったと話した。

 慧音は「無事でよかった」と男を気遣い、博麗神社に行けば元の世界へ戻れると伝える。可能ならすぐにでも手配する、と配慮を見せる彼女に男は「短い期間でいいですから、この里を見て回りたい」と語った。

 少し迷う慧音だったが「二、三日くらいでいいので」と男が付け足したことで「それならば」と、寺子屋の裏手にある空き家を紹介。彼らを連れて行き、鍵を渡した上、後で自分のところに寝具を取りにくるように、と告げたのち彼女は仕事に戻った。

 同行する霖之助にも用事があるらしく一旦、別行動となり、彼が集合場所に鈴奈庵を指定する。その間、男は里をブラブラ見て回るのだが、その双眸は刃物のように尖っていた。

 

 

 一時間後、右京の魂をつれて幽々子が戻ってきた。何でも飛ばされた先で出くわした老婆の霊魂と会話し、世間話に付き合っていたら話が長くなり、幽々子も冥界の有名人とあって押し寄せる幽霊たちの挨拶に応じていたら、時間がかかってしまったとのこと。

 そのマイペースっぷりに尊と妖夢は開いた口が塞がらなかった。事情の説明を終えた幽々子が縁側の隅っこで柱にもたれかかる右京の身体に魂を入れると彼が目を覚ます。

 目をパッチリと開け、身体を動かしながら「ただいま戻りました」と自分を運んだふたりに向かって挨拶。彼らが「おかえりなさい」と、ため息交じりに返す。

 幽々子は扇子を取り出して、口元を隠すように覆った。

 

「無事で何よりよ♪」

 

「元はといえば、幽々子さまが……」

 

 苦言を呈する妖夢を無視して話が進んでいく。

 

「杉下さん、私のこと――見えます?」

 

「いえ。声はどこからか聴こえるのですが、お姿までは」

 

「なるほど。幽霊を見れるようになるまで、もう少し時間がかかりそうね。立ち話もなんですし、居間へどうぞ。妖夢、お茶をお願い」

 

「はい、ただ今」

 

 妖夢がお茶を入れに台所へ向かい、幽々子が客人を案内する。座布団に座り、飲みものが運ばれたところで幽々子が会話の口火を切った。

 

「よくいらしてくれたわね。歓迎します――って今更かしら」

 

「今更ですよ」と妖夢が呟き、尊が苦笑う。

 

「いやぁ、とても刺激的な歓迎でした。まさか初対面で魂を抜かれるとは……。些か、お戯れが過ぎるとも思いましたがねえ」

 

 幽体離脱を体験させられて、笑いながらも、さり気無く不満を漏らす右京。現実世界でこんなことをされたら、強く注意しているところだが、ここは妖怪の国。里の外に出れば、何をされるかわからない魔境。ある程度の理不尽は覚悟の上だ。霊夢たちから散々注意されているのだから。幽々子がクスクスと笑う。

 

「私の姿が見えないんじゃ、せっかくきてくださったのに可哀想だと思いましてね――抜かせて頂きました。少しは、こちらの世界を知れるようになれたでしょ?」

 

「おかげで、声が聞こえるようになりました。姿は……。まだですが」

 

「普通なら幽霊が見えてるはずなんですけどね。自身が幽霊になってこちら側の世界を体感したのですから」

 

「おや。そうですか。しかしながら、どうして僕は幽霊が見れないでしょう?」

 

「簡単な話。()()()()()()()()のです」

 

「霊感……。ですか」

 

「普通の表の人間の半分以下――いや、もっと低いかも。それじゃ、幻想郷でも幽霊を見るのは難しいわ。今だって声を聞くのが精一杯でしょう?」

 

「おっしゃる通り。正面から声が聞こえるだけです。目を凝らせば、なんとなくですが、モヤがかかっているような、感じが……」

 

 いくら声のする方向を探しても、右京の目には幽霊は映らない。幽霊のモヤらしき何かが辛うじて見えるだけ。さすがの幽々子もコメントに困るようだった。

 

「ここまで霊感のない人間なんて初めてです。どんな生活を送ったらこうなるのかしら」

 

「どんな、と言われましても……。僕は普通に生活していただけなのですがねえ」

 

「普通に生活していたら、とっくに見えてますってば」

 

「ふむ。しかし思い当たることが」

 

 珍しく額を押さえて考え込む右京。幽々子は扇子でバサっと広げてから再び、口元を隠す。

 

「当ててあげましょう」

 

 ニコニコしながら目を細めて相手をジッと見つめる幽々子。右京は若干の困り顔を作ってから尊のほうを見た。尊はあははっ、と乾いた声を送ったのち「ある意味、羨ましいですけどねっ」と内心、愚痴った。一分後、幽々子が考察を述べる。

 

「あなた――子供の頃から物事を論理的に考えていましたね? そして、普通の人間よりも座学に力を入れて生きてきた」

 

「まぁ、そこそこですが」

 

「幽霊という存在を科学的に分析しようと考察を組み立てて考えている」

 

「それなりには」

 

「だから〝霊感〟が他者よりも低いのです。幻想郷でも視認できないくらいに。幽霊というのは、感じるものであって考えるものではありません。子供の頃、幽霊の気配を感じながらも大人になるとわからなくなるのもそれです。

 考えるようになるから、勘を頼らなくなり、霊に対する感度を落としてしまう。ーーといっても、表の世界は幽霊が少ないから仕方ないといえば、仕方ないのだけれど」

 

「目から鱗ですねえ~。ですが、どうして幽霊は少なくなってしまったのでしょうか」

 

「表の世界に否定されたからでしょう。それ故、幽霊という概念も居場所を失った」

 

「……それは妖怪も含まれますか?」

 

「含まれます」

 

「そのための幻想郷――」

 

「……ずいぶん、お調べになっているのね。勉強熱心なのはいいですけど、熱くなりすぎて()()しないでくださいね」

 

「そういう、あなたも僕や表の世界について、かなりお詳しいようですが」

 

「狭い世界ですから、噂なんてどこにいたって耳に入ります。それに、情報には困りませんから」

 

「ほうほう」

 

 意味深に呟いてみせる右京に幽々子の白い視線が突き刺さる。

 

「まーた、そうやって勘繰ろうとする。どこぞの新聞天狗じゃないのですから」

 

「おぉ、そうですかね」

 

「そーいうところよ――霊感が低くなった原因は」ビシっと指摘する幽々子に思い当たるところがあるのか右京は「気をつけます……」と、素直に受け入れた。

 元相棒の尊は珍しく右京がペースを掴めないことに気づく。他人を振り回すことにかけても天才的な男が、ついさっきあったばかりの女に主導権を握られているようにも見える。

 その後も右京と幽々子の会話が続くのだが、時には褒め、時には注意するような言い回しで彼女がペースを握り続け、和製ホームズが完全にお手上げ状態に陥る。

 右京が知りたい情報を持っており、かつ天衣無縫の亡霊の異名を持つほどの奔放さ。彼が手を焼くのも無理もない。しかし尊は右京が()()()()()()()()()()()()()()()()()のでは? との疑問を抱いて、その理由を探っていた。

 

「(彼女――誰かに似ているような気がする。誰だろう?)」

 

 上品かつ美人で和服、それでいて掴みどころがなく、右京を言い包められる人物。尊はその人物に心当たりがあった。

 

「(あっ。たまきさんだ。このお嬢さん、たまきさんに似てるんだ)」

 

 かつて通った花の里。そこの初代女将《宮部たまき》は杉下右京の〝元妻〟である。若い頃は結構なお転婆で周囲を驚かせることも多かった人物だ。

 もしかすると右京は、幽々子の姿に〝若かりし頃の彼女〟の姿を重ねているのかもしれない。そのような仮説を立てた彼は「一途だよなぁ~。この人って」と顔をニヤつかせ、それを察知した右京に横目で牽制された。

 そのやり取りを幽々子が「仲がよろしいのですね? まるで兄弟みたいだわ♪」とからかう。気恥ずかしくなり、コホンと咳をしてから右京が話題を変えた。

 

「……そういえば、僕の料理はどうでしたか?」

 

「とっても美味しかったです」

 

 幽々子は笑顔で作った本人に告げた。

 

「それはよかった。作った甲斐があります」

 

 苦し紛れに話題を変えてみたが、意外と好評だったようだ。このまま料理の話題に舵を切ろう。そう、思った矢先ーー幽々子がまたしても、

 

「それでなんですけど」

 

 口元で両手を合わせながら、

 

「妖夢にお料理を教えて頂けません?」

 

 と、依頼してきた。

 

「おやおや」

 

「はい?」

 

「え?」

 

 彼女の予想外の発言に右京たちだけではなく妖夢まで呆気に取られ、言葉を詰まらせる。幽々子はそんなことはお構いなしに続けた。

 

「代わりに幽霊が見えるようにして差し上げます。この私、西行寺幽々子が直々に。如何です?」

 

 世間知らずのお嬢様のように振る舞う幽々子だが、その表情はどこか作られているような不自然さを漂わせていた。何かあるな。右京は、少々考えてから返事をした。

 

「わかりました」

 

「でしたら、二、三日ここでお泊りになってください。行ったり来たりも大変でしょうし」

 

「お気遣い、感謝します」

 

 幽々子のセリフで妖夢がパニック気味となるが、主に「妖夢、男性用の着替えの準備、お願いね?」と指示され、諦め気味に呟いてから、妖夢はトボトボと準備に取りかかる。

 尊もまた、右京の判断に不満を抱きつつも「冥界観光なんて滅多にできるものじゃないし」と半ば強引に自身を説得。右京同様、お世話になることを選ぶ。こうして、杉下右京の〝幽霊を見る修行〟が始まった。


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