相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第71話 右京、冥界で修行する その1

 右京たちが床に就く数時間ほど前。霖之助と男が酒場谷風で酒を飲み交わしていた。

 

「ここの朱鷺鍋は美味しいですね。お酒とよく合う」

 

「うん。前に霊夢たちが作ったやつよりもずっと美味しい。噂には聞いてたが、これほどとは」

 

 鍋をつつきながら朱鷺を堪能するふたりにカウンターの舞花が微笑む。

 

「うちの朱鷺鍋は里一番よ。それだけは保障するわ」

 

「この味なら満更でもなさそうですね」

 

 熱燗をグビッと飲みほして男は愉快そうに言った。その丁寧な言葉使いに舞花は、とある人物の姿を重ねる。

 

「お客さん、外からきたんでしょ?」

 

「そうですよ。昨日、やってきたばかりです」

 

「なんだか()()()に似てるわねー」

 

「あの人?」

 

 男が首を傾げると、舞花がその人物を名前を告げるようとする。

 

「そうそう、すぎし――」

 

 その瞬間、舞花の声を遮るように客の声が店内に鳴り響いた。

 

「おーい。舞花ちゃん。俺にも酒をくれー」

 

「ーーはいはい。今、持って行くからね。ごめんなさいね、お客さん」

 

「いえいえ。お気遣いなく」

 

 舞花は客に催促されて酒を持っていく。店員は彼女ひとりだけ。その理由を知る霖之助が「大変そうだな……」と心の声を漏らす。同時に男が「すぎし……」と、まるで思い当たる知り合いがいるかのように、ボソっと呟いてから視線を床へと落とす。

 

「何かありましたか?」

 

「あ、いや、何でも。……ところで、この鍋は味噌の味が濃くて美味しいですね。何が入っているのでしょうか?」

 

 男性は霖之助の質問には答えず再度、同じ話題を持ち出した。

 

「あはは。朱鷺ですよ、朱鷺」

 

「そうでしたか~。上品な味ですね、ははっ」

 

「飲み過ぎたんじゃありませんか」

 

「なーに。まだまだ、飲めますよ」

 

 彼らは酒場谷風で美味しい料理を満喫し、男は用意された空き家で床についた。

 

 

 朝七時半。白玉楼の居間にて、西行寺幽々子はふわっとした黄色い料理にフォークを伸ばす。銀のフォークが料理に入った途端、半熟の液体がトロッと零れる。彼女は、それをすくってから行儀よく頂いた。

 

「んーー、美味しいわ♪」

 

 とっびきりの笑顔を添えて、これを作った右京のほうを向いた。

 

「これ、オムレツよね。前に紅魔館で見たわ(冷めていてイマイチだったけど)」

 

「ええ。ごく普通のオムレツです」

 

「トロトロでいい感じよ。普段、私たちが食べる卵焼きとは全く違うわね」

 

「日本の卵焼きとは作り方が異なり、熱したフライパンに溶いた卵を入れて手早く掻き混ぜ、表面を素早く熱して包んでしまうのがポイントです。慣れるまでコツが入りますが、手先の器用な妖夢さんならすぐに覚えられますよ」

 

「そうなのね。妖夢。今度、頑張って作ってね」

 

「は、はい」

 

「一応、図解も添えておきます」と右京がフォローを入れる。

 

「あはは、どうも……」

 

 お気楽な幽々子と軽快なフットワークを見せる右京。まるでお嬢さまと執事のようなノリだ。妖夢は環境適応力の高いこの外来人に「皆が警戒するのもわかるな……」と、心の中で納得せざるを得なかった。気を許せば、その有能さでいつの間にか他人の懐に潜り込んでくる。魔理沙が詐欺師、霊夢が人外と評するのも無理はない。

 続いて右京は朝に弱い相棒を起こしてから、妖夢に自身が教えた料理を作らせ、その品を尊に試食させた。

 

「俺は実験台かよ」。そっと愚痴る尊だったが、妖夢の料理の腕前は中々のもので、彼に「お、これって結構、美味しい立場かも」と思わせるほどだった。

 

「妖夢さんは、お料理がお上手ですねえ~」

 

「そ、それほどでも……」

 

 妖夢が照れると霊魂まで顔を赤らめる。半霊の特徴だ。彼女らは一心同体で、生まれた時から一緒らしい。傍から見れば双子である。本人からその話を聞かされた時、尊は「そう聞かされると何だか、可愛く見えるな」と認識を改め、右京が「不思議な関係なのですね」とコメントした。

 食事と後片づけを済ませた右京が、居間の前を通ると、どこからともなく幽々子がふらっと現れ、彼に縁側へくるように伝えた。どうやら、お待ちかねの修行のようだ。

「わかりました」と、返事をして身支度を整えた右京が縁側に向かうと、幽々子がいつもように扇子を扇ぎ、外を眺めていた。

 佇んでいるだけで絵になる美少女だ。幽々子は彼をつれて庭先へ出る。右京から三メートルほどの距離を取った彼女は。

 

「さて、幽霊を見る練習といきましょうか。そこから動かないで頂戴ね」

 

 そう右京へ告げ、右手をかざす。そこへ吸い寄せられるように無数の幽霊たちが集まり始め、庭先は数十体の霊魂で埋め尽くされた。後からやってきた尊があまりの幽霊の多さにビックリして大きな声を上げるが、右京には見えていない。幽々子が霊魂たちに命じた。

 

「あなたたち。あの眼鏡のお方の周囲を囲みなさい」

 

 彼女が命令すると幽霊たちが一斉に右京へと向かって行き、指示通りの行動を取る。

 大量の幽霊が押し寄せる光景は、まるでホラー映画のワンシーンのようであり、恐怖した尊が「冗談じゃねえよ!」逃げ腰になって、物陰に隠れた。右京の周りにはざっと二、三十体の霊魂が漂っている。

 

「おぉ……。かなり冷えてきましたねえ」

 

「そりゃあ、三十体くらいの幽霊があなたを囲んでるからね。寒いのは当然です」

 

「そんなにですか?」

 

「そんなによ」

 

 ニヤっとする幽々子と幽霊を目で追おうとする右京に物陰から隠れて様子を窺う尊。冥界の朝は里の朝と違って我々の常識を超えていた。

 

「さあさあ。ここからが修行よ。目を瞑ってください」

 

「はい」

 

 言われるがまま、目を瞑る。しかしながら、辺りは暗闇に包まれただけ。幽霊を見るには至らない。

 

「霊気は感じる?」

 

「感じます」

 

「あなたたち。彼の周りを静かに動きなさい」

 

 彼女の指示通り、数体の霊魂たちがゆっくりと右京の周囲を回る。その様子はまるで音頭を取っているかのようだった。

 

「どう。霊魂は認識できる?」

 

「個数まではわかりませんが、冷たい何かが行ったりきたりしているのはわかります」

 

「その調子です。目は開けないで幽霊の気配だけに意識を集中してください。無心というやつです」

 

「ええ」

 

 幽霊は肉眼で見るのではない、心の目で見るのだ。それが、彼女が右京に教えた霊感アップの秘策である。霊気を肌で感じながら、霊界という屈指の心霊スポットで意図的に幽霊たちを嗾け、認識させることで霊感を引き上げ、最終的に見えるようにする。

 やり方としては単純だが、幽霊を操作できる幽々子でなくては効率的な修行は難しいだろう。特に感が小さいこの男に対しては。

 五分、十分、三十分。その場で立ったまま幽霊を心で捉えようと奮闘する右京だが、未だに見ることは叶わない。

 疲れるだろうと気遣った幽々子が縁側に座るように促し、座禅を組ませて修行を再開。そこから追加で三十分、周囲の幽霊の気配を追う訓練を続ける。

 

「(中々、見えませんねえ~。気配だけなら少しだけ読めるようになりましたが……)」

 

 霊気が頬を撫でる感覚から今、幽霊がどこを通っているかまでは掴めたが、大きさまではわからない。

 

「まだまだ、肉体の感覚に頼っているわね。心の目を使うに至ってない。もう三十分くらい続けてください。そしたら、一旦休憩にしましょう」

 

 方針を伝えてから幽々子が右京の側を離れ、尊の元へ向かい「神戸さん。気が散るといけないから」と離れるように促し、元部下も縁側を去った。

 ひとりになった右京は呼吸を整えながら、幽々子の言いつけ通りに実行。ひたすら修行に打ち込むのだった。

 

 

 ひとりになったのは尊も同様だった。暇だったので白玉楼の外に出たが、ため息がとまらない。

 

「(どっちも向いても幽霊だらけ……。疲れる)」

 

 幽霊マニアでも何でもない尊からすれば冥界なんてただの心霊スポットだった。周囲の空気も澄んでいて、アルカリイオンの中にいるように思えてくるが、どっちを向いても幽霊だらけなのが問題だ。

 冥界の幽霊とは会話ができるが、どうしてもその気になれず、頭を下げられたら「どうも」と、作り笑顔で返事するだけで、会話には発展しない。

 人間には人間の話し相手が必要なのだ。幽々子や妖夢といった人物もいるが、幽々子は何を考えているかわからない上に右京につきっきり。趣味と年齢の違いから妖夢ともあまり話が合わない。剣術についてなら会話になるが、イマイチ乗る気になれなかった。

 反対に右京は、幽々子と幽霊話や妖怪談義、妖夢とは料理の話や園芸、剣術の話題で盛り上がり、交流を深めている。改めて右京の適応力の高さを思い知った。

 気晴らしにと白玉楼の塀に沿って辺りを散歩する。白いモヤに視界を遮られつつ、前へ前へと進んでいけば、前方から声が響いてくる。複数の少女たちが会話しているような声だ。気になった尊が身を隠しながら、その様子を覗き見た。

 

「とっとと白状なさい。アンタんとこのお嬢さまは、何を考えてんの!」

 

「だから、私にもわからないって!」

 

 見覚えのあるふたりの少女が妖夢を問いただしていた。霊夢と魔理沙である。

 

「しらばっくれても無駄だぜ? おっさんたちを拉致したのは紛れもない事実。何を企んでいる?」

 

「表の料理を教わっているだけよ……」

 

 ジリジリと威圧され、妖夢は壁の背中をつけた。

 

「はん。それだけのために、あのおっさんを呼ぶのかよ」

 

「もしかして、自分たちで()()()()()()()()()()()()()なんて考えているじゃないでしょうね?」

 

「化けの皮って……」

 

 聞き耳を立てている尊が「化けの皮……?」と内心呟き、そのまま中腰となって、話を盗み聞く。周囲をキョロキョロと気にしながら魔理沙が小さな声で喋った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ーーつう、話だよ。出所はいつもの新聞天狗だけどな」

 

「それは、私も小耳に挟んだけど……。あの人たち、普通の人間よ?」

 

「以前なら、私もそう思ってたんだけどな……。あのおっさん、只者じゃないんだよ」

 

「そうかな? 少し変わっているとは思うけど、悪い人には見えない」と妖夢が答えるが、巫女は否定して「ちょっと、異質だからねぇ。仮に妖怪化でもされたら、何を仕出かすか」と、頭を悩ませている。魔理沙がさらに補足をいれる。

 

「そうなる前に何とかしようって話だ。マミのヤツが言うにはすでに〝杉下右京排除論〟がチラホラと出始めてるらしい。このまま、いけば妖怪どもが動くやもしれん」

 

「妖怪にも〝過激派〟がいるからね。()()()()()()()()()()()()()()()()()って主張する連中が。万が一、そいつらが原因で里に被害が及ぶようなことが起きたら、私の評判が落ちるわ。その前に何とかしたいのよ」

 

「まぁ、すでに地に落ちている感はあるが……」

 

「なんですって!?」

 

 聞き捨てならん。霊夢が抗議の目を向けながら魔理沙へ詰め寄る。タジタジになりながらも魔女が言い返す。

 

「そりゃあ、そうだろ――妖怪を監視するって言いながら妖怪とつるんでんだから。《秘密結社》の連中なんか裏でお前のこと、ボロクソに言ってるらしいぞ。『妖怪の手下で里を監視してる』ってな」

 

「うぐぐ……」心当たりがあるのか、霊夢は言い淀んでしまう。

 

「それだけじゃない。賭博諸々を仕切る《風龍会》、土木を仕切る《土龍会》の連中も一緒になって文句言ってるぜ? 秘密結社だけなら戯言で終わるが、あいつらはちと影響力が強い。火薬や武器を仕切る《火龍会》の子分たちと水道や運河を仕切る《水龍会》も里の現状に不満タラタラだって話だ。表には出さないようにしてるそうだがな」

 

「くぅぅぅ。ヤクザどもがぁ……。どさくさに紛れて潰してやろうか!?」

 

 悪い顔をする霊夢だったが、里の情報を持っている魔理沙が待ったをかける。

 

「止めとけ。あいつらは《里公認の組織》だ。潰せば里の生活に影響が出る。……どうしてもやるってなら火龍会以外にしておけ。あそこのトップは若いが人情派で、親父の代から里人の人望も厚い。失脚させれば、取り返しがつかなくなる。不満があっても組員がおとなしいのはそいつの手腕によるものだ。人里はいろんなヤツの努力でまとまっている。よく考えろよ」

 

「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 声にならない声で、怒りを顕わにする霊夢に少女ふたりは苦笑うしかなかった。

 話を聞いた尊は、無言かつ足音を立てないようにこの場を後にし、塀を隔てた向こう側では、幽々子が扇子を片手に冥界の空を仰いだ。


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