人里のとある空き家にて。数人の若い男衆が、人気を警戒しながら、コソコソと話していた。
――知ってるか、また表の人間がやってきたそうだぜ?
――知ってる。鈴奈庵で娘と楽しそうにしてたってさ。
――ここは観光地じゃねえっての。妖怪だけでも鬱陶しいのによ。
――よせ。聞こえたらどうすんだよ!? 消されるぞ。
――わ、わかってるのッ! だからこうして隠れて集まってんだろ。監視の目を潜るために。
――本当に欺けているのか、わからんけどな。
――チィ。どうして俺たちがこんな肩身の狭い想いをしなきゃならん。ただ、自分たちのルーツ知り、里の外を自由に歩きたいだけなのによ。
――自由か……欲しいよなぁ。
一人がそう呟くと、集まったメンバーが一斉にウンウンと頷き、一拍置いてからメンバーの中心と思われる人物が口を開く。
――そのための《秘密結社》だろう? 俺はやる男だ。あいつとは違う。
――あの人、妖怪に殺されちまったもんなぁ……。喧嘩、相当強かったのに。
――でも、その場に居あわせたヤツはいないんだろ?
――人里の外で殺されたんだ。妖怪の仕業に決まっている。運のないひとだよ。
――……。ま、その話はいい。それよりも今後の方針だ。
――妖怪を倒すのか、それとも譲歩を引き出すのか。
――そんなの決まってんだろう。言わせるな。
――ヘイヘイ。で、資金は集まりそうなのか?
――目途はついた。後は必要なものを集める――まず、奴らから……。
――シッ、誰か来る。
見張り役が報せるのと同時に皆が一斉に沈黙。ひとが過ぎるのを待ってから話を再開させる。
――心臓に悪い……。
――何年かかるんだろうな……。
――それでも、やるんだ。俺たち人間が里を取り戻す日までな。
――そうだな。
――その通りだ。
――目的を達するまで俺たちはとまらない。今から指示を出す。各員、仕事の合間を縫って実行してくれ。
――了解。
十分後。解散した彼らは日常へ溶け込んでいった。
☆
ところ変わって冥界。右京は胡坐を崩して、休んでいる。辺りに幽霊の姿はなかった。彼の後方から幽々子がゆらりと姿を現す。
「おや? 何やら塊が近づいてきましたね」
「気がつくのが早くなったわね。しっかりこなしたようで」
「まだ、姿は見えませんが」
「輪郭はどう?」
声のする方向を右京が目を凝らすように見つめる。視線のさきにあるのは誰も居ない廊下ーーのはずだが。
「モヤモヤした何か揺れていますね。人の形に見えなくもない」
人の輪郭に合わせてモヤがかかり、それがユラユラと揺れ動いている。そんな現象が彼の目の前で展開されていた。それを聞いた幽々子は、両手を軽く合わせた。
「霊感が上がったわね。この調子なら一週間以内には見れるようになるかも」
「本当ですか!?」
「あくまで予想ですけどね。それまでは妖夢にお料理を教えてもらいますよ?」
「それくらい、お安い御用です。和食や洋食から簡単な中華料理まで。レシピつきでお教えしましょう」
「それは嬉しいわ♪ 妖夢には頑張ってもらわないと」
食べられる料理の品数が増えると喜ぶ幽々子。そこに妖夢がいつものふたりをつれてやってきた。
「幽々子さま、いつもの連中です」
「いつもの連中ね」
「誰がいつも連中よ!(だ!)」
霊夢と魔理沙である。右京が彼女たちに笑顔で挨拶する。
「おや。霊夢さんに魔理沙さん。こんにちは。あなたがたも冥界にいらっしゃるんですねえ~」
「幻想郷は庭みたいなもんだしな。――てか、おじさん、馴染過ぎだろう……」
あちこち幽霊で飛び交う心霊スポットでよくもまあ、表の人間がくつろげるな。魔理沙が肩を竦め、霊夢が呆れながら質問する。
「どうして、そこまでリラックスできるんですか……?」
「浄土だからでしょうかね?」
あっけらかんと答える右京。やっぱり人外なんじゃ。霊夢もため息と共に肩を落とした。
「おふたりとも、おつかれのようですね。紅茶でも淹れましょうか?」
「いや。私らは緑茶でいい。妖夢、私らの分を頼む」
「は? 何を勝手なことを……」
「よろしくね」
このように告げ、右京から少し離れたところに座るふたり。相変わらずの図々しさである。銀髪に庭師は、自らの主人に『何とか言ってくださいよ』と、視線を送ってみるものの「ついでに私も分もよろしくね」と頼まれ、トボトボと台所に向かった。
幽々子は少女ふたりとは、反対側へ座り、四人とも縁側から見える景色を堪能する。
「どこまでも、白い世界ですねえ。たまにユラユラと蜃気楼のように幽霊が動いていますが」
「蜃気楼だぁ? 人魂は人魂だろうよ」
何を当たり前のことを。魔理沙は右京の言葉の意味がわからなかった。和製ホームズは冥界の空を見上げた。
「僕には見えないのです」
「霊感がないって本当だったんですか……?」
「本当ですよ。昨日、幽体離脱させられるまでは声も聞こえませんでした」
「「幽体離脱!?」」
「ええ、幽々子さんに魂を抜かれました。おかげで肉体を持たない世界を少しだけ理解できましたよ。魂とは不思議ですね。おもいっきり回転させられても酔わない。上空に吹き飛ばされても無傷で着地できる。肉体があるように振る舞っているはずなのに目の前では何も起きない。物体に触れてもすり抜ける。霊魂同士は会話できる。驚きの連続ですよ」
「「は……?」」
普通の人間なら泣いてるところだぞそれ。ツッコミを入れたいところだが、杉下右京には何の意味もなさない。もう知っている。ふたりは顔を見合わせて黙った。
妖夢がお盆に三人分のお茶を載せて戻ってきた。
そのタイミングで散歩から帰ってきた尊が顔を出し、妖夢がまた台所へ戻っていく。気まずさを感じつつも彼は、空いたスペースに座った。魔理沙が咳払いをしつつ幽々子に問う。
「なぁ、お前さ。幽体離脱ってあれか。能力使ったのか?」
「そうよ。いつものやつ」
「〝死を操る程度の能力〟。おそるべし」霊夢がお茶を啜った。
「応用ですけどね、本来の能力はもっとすごいのよ?」
幽々子が皆に自慢するように聞かせてみせる。そのような話を聞かせられれば、右京が黙っていられるはずがない。危惧した元部下だったが、意外にも本人は冷静だった。
「見てみたい気もしますが、人が亡くなるところは見たくありませんね」
「確かに。シャレにはならないわ」
「凄いですね。幽々子さんって……」
死という単語から血を連想。身震いする尊。
「まともにやり合ったら勝ち目はないが、スペルカードなら勝てる」
腕組みしながら豪語する魔理沙に幽々子は、扇子を広げつつ。
「それでもよくて
クスクスと笑われ、挑発されたと感じた魔理沙がカチンと切れた。
「ああん? やんのかい!?」
「別にいいけど……お昼ご飯がさきね」
「ん?」
「だって、もうお昼でしょ? 今日は朝が早かったら、お腹が空いてるのよ」
「では。昼食の準備に取りかかるとしましょう」
「お願いね」
「「は……?」」
立ち上がってどこかへ行く右京を眺めつつ、理解が追いつかないふたりは、残った元部下に事情を訊いて、再び呆れてしまう。「私に相談してくれればいいのに」。巫女は、役割を取られたと思って悔しそうな素振りを見せた。
割烹着に着替えて台所に立つ右京。今日の食材を眺めつつ、作る料理を考える。助手は妖夢が担当する。使えそうな食材は、猪肉や鴨肉などの肉類。キャベツ、玉ねぎなどの野菜。リンゴ、ミカンなどの果物。
どれも新鮮そうで、時期的に里では手に入りにくい品もある。知人からのおすそ分けだそうだが、いやはや、と右京は唸るしかなかった。隣の妖夢が「猪肉は買ってからちょっとだけ時間が経ってます」と言って、よかったら使ってほしいと頼む。右京は頷いてから、頭の中のレシピを探す。
さて、どうしたものか。さすがに、何度も洋食というのは芸がない。手に取った玉ねぎをジッと眺めながらアレコレ考えている。
「肉、玉ねぎ、リンゴ……。
「アレ?」
いつも通り、回りくどい言い回しに戸惑う妖夢に右京が「よい料理があります。試してみましょうか」と、笑みを零した。
それから、醤油、砂糖、摩り下ろしたリンゴなどを混ぜあわせてソースを作り、大量の玉ねぎと猪肉を炒め、絡めた一品とこれまた沢山の具材を醤油ベースで煮詰めた郷土料理を作った。後は漬物などを用意して完成である。
右京がお盆に乗せて幽々子がいるであろう居間へと運ぶ。障子を開けると定位置で幽々子が待ってました、と声を上げ、同席していた霊夢たちが漂う甘い匂いに鼻孔をくすぐられて目を輝かせる。
お盆から座卓へおかれた料理は、幻想郷ではお目にかかれない珍しいものだった。魔理沙がおかずを「生姜焼きか?」と言えば、霊夢が汁物を「猪鍋?」と言う。
首を傾げる少女たちに右京が答えを語った。
「こちらのお肉料理は《十和田バラ焼き》。お吸い物は《せんべい汁》。どちらも表の日本――青森県の郷土料理です。バラ焼きは、大量の玉ねぎと甘辛いソースでお肉を炒めた品で、せんべい汁は醤油ベースで具が沢山入っているのが特徴的な汁物です。
本来なら専用のせんべいを使うのですが、手元になかったのでご勘弁を。どちらも僕のアレンジに近いですが、味は悪くないと思います」
十和田バラ焼きとせんべい汁は青森県の郷土料理である。
バラ焼きはB級グルメとして有名だろう。生姜焼きとは異なり、甘辛いタレと大量の玉ねぎを使うのがポイントだ。本場では鉄板の上で焼いて食べるが、フライパンでも十分な美味しさを誇る。ご飯が進む品だ。
せんべい汁は醤油を使った汁物で、大量の具材が入っており、栄養満点である。表の料理かつ幻想郷では食べられない品を所望する幽々子にはぴったりだろう。
冥界のお嬢さまが庶民の味で満足できるのか、とも思われるが、意外にも幽々子は庶民的な傾向にある。癖の強い人間や妖怪たちと交流があるのが原因かはわからないが、レミリアとは異なる刺激を楽しんでいるのかもしれない。
「「へー」」感心する少女ふたり。
右京が手をパンを叩いた。
「さあ。西行寺さん、お召し上がりください」
「はーい。頂きま~す♪」
料理に興味津々のふたりを余所に幽々子がバラ焼きを口へと運ぶ。とろみがついた猪肉が口内で肉汁と共に溢れ、タレを吸った玉ねぎの甘味が口いっぱいに広がり、食欲を増進させる。幽々子が「うんうん」頷きながら――。
「美味しいわ。しょっぱさだけじゃなく、しっかりした甘さがあるのがいい。お砂糖入れたのかしら?」
「砂糖だけではなく、摩り下ろしたリンゴも入れてあります」
「果物も入っているのねー。どうりで、コクのある甘味になっている訳ね」
ひとり納得して、彼女はバラ焼きを白米と一緒にパクパク頬張る。美味しそうに食べる幽々子の姿に霊夢と魔理沙が、たまらず右京のほうを見た。
「わ、私たちの分はないのかしら?(のか?)」
食べたくて堪らない。そんな表情だ。しかし、右京は、
「白玉楼の食材を使って料理を作っているのですから、僕の一存では決められません。西行寺さんに訊いてください」
と告げた。すかさず、ふたりは幽々子を凝視する。
「どうしようかしらねぇ~?」
笑うだけで答えようとしない幽々子。ぐぐぐっ、と身を乗り出すふたり。もはやギャグである。
やがて飽きたのか、それとも何か思ついたのか、幽々子が右京に「この娘たちの分もある?」と訊いてきた。
右京がある、と答えると用意して欲しいと頼んだ。
よっしゃーっとガッツポーズのふたりだったが「その代わり、後で買い物に行ってきてね。お金は出すから」と、交換条件を取り付けられて意気消沈――他の四人をおおいに笑わせた。