相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第76話 亡霊の矜持

「あなたも、部下から聞いたんじゃない? 過激派の妖怪たちから()()()()()()()が出てるって」

 

「ええ」

 

 昨夜、右京は寝床で尊から自分が妖怪から敵視されていることを聞かされていた。

 

 ――杉下さん、そろそろ帰りましょう。あなたをよく思ってない妖怪たちがいる。これ以上、ここにとどまったら命の危険が……。

 

 ――でしたら、君ひとりで帰ってください。霊夢さんに頼めば無事に送り届けてくれるはずです。僕には手紙の主を探す仕事が残っていますから。

 

 ――手紙って……。杉下さんは、あの文章を見て何の違和感もないんですか!?

 

 ――違和感とは?

 

 右京の質問に彼は顔を近づけ、小声で語った。

 

 ――妖怪に囲まれて命の危機に晒されている状況で、あんな綺麗な字を書ける訳ないでしょ! 少なからずイタズラを疑うべきです。杉下さんも一度は考えたはずですよね?

 

 ――……。

 

 確かに、今まさに人外に囲まれている表の人間が綺麗な字で文章をしたためられるのか? と訊かれたら些か、疑問が残る。尊は鈴奈庵で咲夜と会う少し前の段階でこの事実に勘づいていたが、色々なことがありすぎて聞けずじまいだった。

 なので、この機会に本人へ直接ぶつけた。右京は何も言わない。この間の空き方で、尊は彼が何かを企んでいると確信する。

 

 ――本当は何を考えてんですか!? ぼくにも何か隠していることが。

 

 ――神戸君、明日も早い。もう寝ましょう。

 

 ――ッ!!

 

 話を早々に切り上げて右京が布団に入った。尊は、やり切れないといった感じでヘソを曲げて、床に就いた。頷く右京に幽々子が一言。

 

「あなた、このまま行ったら取り返しがつかないことになるかもしれないわよ? わかっているのでしょうけど」

 

「……ですが、僕には手紙の主を見つけるという仕事がありますから」

 

「それは、命よりも大事なのかしら?」

 

「警察官ですから、苦しんでいる方がいるなら助けるだけです」

 

 場所がどこであれ関係ない。日本人が困っているのなら力になる。警察官としての矜持が持つ右京にとって当然の選択。しかし、幽々子は。

 

「……本当は()()()()()()を壊したいんじゃなくて?」

 

 駆け引きの際、マイナスになりうる表情を一切、表に出さない右京が目元をピクっと動かした。トーンを低くしながら聞き返す。

 

「どうしてそう思われるのでしょうか? 僕はそのような考えは毛頭ないのですが」

 

 彼の話に幽々子が割り込む。

 

「苦しんでいる方がいるからでしょ? 〝表から迷い込んだ人間〟や〝里の中にいる人間たち〟が」

 

「……」

 

 咄嗟に右京の目付きが鋭くなった。彼女もため息交じりに語る。

 

「あなたの魂を触らせてもらった時、少しだけあなたの心の中を覗かせて頂きました。心を痛めていたようね、幻想郷のあり方に」

 

 死を操る程度の能力を応用し、彼女は右京の魂を抜いた際、彼の思考や感情、記憶といった類を少しだけ垣間見た。そこには里の真相に迫り、そのあり方に強い憤りを感じている右京の想いがあった。

 故に幽々子は右京という人間をある程度、理解していたのだ。右京は自分の心を見られたことを知って、少しだけ気落ちした。人外が想像もつかない能力を持っていることなど折込済みだった。

 しかしながら、どこか気の合う彼女にやられるのはショックが大きかったようである。味方なんていない。わかっていた。それでも、この男が止まることはない。

 彼女の目的は何なのか、聞き出さなくては。右京は精神を立て直す。

 

「それが、僕をここに呼んだ目的ですか?」

 

「半分当たり」

 

「もう半分は?」

 

「表のご飯が食べたかった」

 

「……」

 

 疑いの目を向ける右京。それを彼女が笑いながら否定する。

 

「嘘じゃないわよ。それに()の差し金でもない。……気にしてはいたけどね。それを口実にして、里の周辺に冥界への入り口を作ってもらったのよ。杉下右京の企みを暴きつつ、表の料理を食べるためにね」

 

 笑顔で真相を暴露する幽々子に右京は何とも言えない気持ちになった。

 

「……仲がよろしいのですねえ」

 

「付き合いだけなら長いわね。気も合うし、よい友人よ――会いたい?」

 

「……可能なら」

 

 コンタクトを取るための仲介を取りつけようとするが。

 

「だけど、今は表にいるみたいだからね。お土産持って帰ってくると言ってたけど、何時になるかわからないわ。神出鬼没でこちらからコンタクトは取れないし」

 

「部下の方は?」

 

「今回は一緒に出払っている。何かやってるのかしらね? 私にも教えないのよ」

 

「……」

 

「嘘じゃありませんことよ?」

 

 扇子で口元を隠しからの作り笑顔。幽々子、お決まりの技だ。本当なのか嘘なのか、見分けがつかず、右京は肩を竦めるしかなかった。

 

「……やれやれ」

 

 もはや追求しても無駄だろう。右京は別の質問をした。

 

「あなたは幻想郷がどういう仕組みで、成り立っているかを知っているのですよね?」

 

 その質問に少し間を置いてから彼女が答える。

 

「……冥界以外のことはあまり詳しくはないですが、それなりには知ってます」

 

「ということは――」

 

 少しやりとりをした後、

 

「――たぶん、そういうことでいいんじゃない? 私の知る限りならね」

 

 幽々子が頷いた。

 

「……あなたはどうお考えですか?」

 

 こちらの質問にも彼女は同様に間を空けつつ、

 

()()()()()()()なんじゃないって思ってるわ。妖怪はそうしないと生きて行けないし、里人も里人で苦しむ。警察官の杉下さんが怒るのも無理はないでしょうけど、幻想郷にも幻想郷の都合ってものがある。ある意味で()()()()()――それがいち、冥界の住民の見解です」

 

 はっきりと答えた。嘘偽りのない言葉だった。

 

「そうですか……」

 

 しかたないこと。幽々子の言葉に右京は少なからず、落胆の表情を見せた。()()()()()()()()()()()()のだと。その変化を感じ取った彼女は静かに言った。

 

「それでも足掻くの?」

 

「僕は警察官ですから――最善を尽くすだけです」

 

「最善ね……。何を以て最善というのやら」

 

「決まっています。それは――」

 

 この時、冥界にぴゅーっと風が吹いた。後に続く言葉を聞き、意見を交わした幽々子が目を閉じ、

 

「あなたらしい考えね。ここまで来ると呆れるわ」

 

「それが警察官です」

 

「矜持ってやつね――じゃあ、私からも一つ」

 

 一呼吸おいてから、

 

「協力はしませんけど、骨ならぬ魂なら拾ってあげます。冥界の管理人として」

 

 微笑んだ。

 

「それが西行寺さんの矜持ですか?」

 

「〝亡霊の矜持〟です」

 

「……それなら、無茶ができそうですね」

 

「しないことに越したことはないと思いますけどね――。ちなみに、今の発言も含めてあなたのことは全て、紫に報告しますからね? 彼女がどういう反応をするか、知りませんけど、命の保証はどこにもありません。死にたくなかったら、明日にでも博麗神社から表へ帰りなさい。その全てを胸の内にしまいこんで――これが最後の警告です」

 

 冥界の管理人、八雲紫の親友、そして、短い間ながら楽しい時を過ごした友人として幽々子が親切心を見せた瞬間だった。しかし、この男は微笑みながら――。

 

「残念ながら、僕はそういうことができない性質なんですよ」

 

 と言い切った。幽々子は心底呆れた。

 

「はいはい、そうですか。まったく、こっちがここまで親切にしてあげているっていうのにねぇ~」

 

「お料理を振る舞った甲斐がありますねえ~」

 

 飄々と語る右京。幽々子が半眼を向けて毒を吐く。

 

「人生を棒に振るタイプってこういう人よね」

 

「かもしれませんね。後悔はありませんが」

 

「はぁ……。精々、がんばってくださいね」

 

 幽々子は目の前の人間を()()()()()()()()()()と認識――どこか楽しげ、かつ寂しげに、冥界の夜空を見上げた。

 

 

 同時刻、人里。ある人物が本を読んでいた。質のよい紙で作られたページを撫でるようにめくり、何度も往復する。

 その度に涙が零れ、周囲に漏らないように嗚咽する。自分はなんて幸福なのだろう。こんなにも誰かに想ってもらえるなんて。暖かい気持ちで一杯だった。

 

「俺、がんばります――」

 

 そう呟いてから、黙々と準備に取りかかるのであった。

 

 

 幽々子との話を終えた右京が部屋に戻ると尊が座って待っていた。蝋燭の明かりに照らされるその顔は真剣そのものだった。

 右京は察したように「僕と幽々子さんの話を盗み聞きしましたね?」と言って、彼も「戻るのが遅いので探してたら偶然」と語った。ため息を吐きながら、右京が尊と向き合うように座った。

 

「さっきの話、本当なんですか?」

 

「ええ」

 

 右京の返答にムッとしながら尊は自分の意見を伝えた。その結果、議論に発展するのだが、それは平行線まま終了を迎え、互いに険悪なムードもまま眠りに就いた。

 

 

 朝七時、人里。稗田阿求は自室にて部下がまとめた文章と睨めっこしていた。

 

「秘密結社――最近まで比較的大人しい勢力だったが、数か月前、前リーダーが里外で妖怪に襲われ死亡。現リーダーなって以降、活動が活発化。妖怪への嫌悪感を持った攻撃的な若者を取り込んでいる。その中には里への不満を持った者も多く、暴力沙汰を起こした者も確認。

 また、どこかの()と手を組んで何かをよからぬことを企らんでいる可能性が極めて高い――か……」

 

 どうしたものか。彼女は頭を悩ませていた。

 

「妖怪に攻撃したところで敵う訳ないというのに。なんで無駄なことをしようとするのかしら。里で暴れないだけマシと考えるべきか……。だけど、暴力沙汰を起こした連中が所属しているってのも気がかりね。はぁ……まったく。そういう連中を上手に管理するのが、会の役割でしょうに。

 これじゃ、何のための公認組織なのかわからないわ。しかも、そのうちのどれかが秘密結社に協力ですって? ホント、何考えてるのよ……」

 

 火龍会、水龍会、風龍会、土龍会は稗田家と同じく、里の名家が仕切る組織であり、里の経済活動を担う。火口、水瀬、風下、土田の四家が代表を務め、稗田家の命令に従って行動している。いわば、阿求の部下である。

 その部下の誰かが秘密結社に手を貸しているというのだから彼女からしてみれば業腹である。

 

「どう対処しようかしらね? 各会の代表を呼び出して白状させるってのもアリかしら。でも、仲間に対する情が厚いし。四家同士、仲がよいとも言いづらいしなぁ。相席すれば言い争うになる可能性も……。かと言って、妖怪の力も極力、借りたくない。必ず()()()を要求してくるしね――あぁ……困ったわ」

 

 里の顔役として問題が起こる度、その対処に追われるのが稗田家の宿命である。七瀬春儚の件も彼女が解決に身を乗り出せばよかったのだが、執筆活動に夜中まで時間を費やしていたことで熟睡。

 目が覚めるのが遅れ、慧音に事情を訊いた時にはすでに右京が調査を開始しており、自分も別ルートから調査していたら何時の間にか事件を解決され、幻想郷の暗部を見られてしまった。そのこともあって、今回は早めの対処を心がけ、すでに動く決心を固めていた。

 

「やっぱり四家を集め、会議を開き、秘密結社について注意を促して、反応を見るのが妥当かしらね。後は、間者に探らせて尻尾を掴んで白状させる。そういうことにしましょう――」

 

 阿求は小さく呟いてから部屋を後にした。


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