相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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Season 3最終回です


第77話 開戦~聖なる戦いの幕開け~

 朝七時、冥界では右京の指導の下、妖夢がオムレツを作っていた。

 

「フランパンって扱いが難しいですね」

 

 右手で卵をかき回し、左手でフランパンを動かす。それを同時に行うには鍛錬が必要である。

 

「道具は慣れるまでが勝負です」

 

「なんか、そう聞くと刀と一緒ですね」

 

 刀も一本一本、感触が異なり、癖がある。使い手は戦場で命取りにならぬように武器を使いこなすことが求められる。武器に振り回されずに済む方法はひたすら慣れること。技術とは果てない繰り返しの先に生まれるのだ。

 

「剣の道を行く者ならではの発言ですねえ~」

 

「そんなぁ~、大したこと――」

 

 浮かれて目を離した瞬間、妖夢がタイミングを逃す。

 

「妖夢さん、卵に火が入り過ぎです。固まってしまいますよ」

 

「あー、やっちゃったぁ~……」

 

 トロトロのオムレツは慣れるまで時間がかかる。火加減やフライパンの回しかげんが難しいのだ。ぐぅっと悔しがる妖夢。そこに尊がやってきた。

 

「おはようございます……」

 

「おはようございます」

 

 尊は歯切れの悪い挨拶、右京はどこか素っ気ない挨拶をした。妖夢はいつもと異なる雰囲気を覚えるが、オムレツで頭が一杯なのでスルーした。

 十分後、妖夢の作ったオムレツや余った料理を四人で頂く。オムレツは少し硬めだったが、味はよく、幽々子が褒めたことで、彼女は喜んだ。

 少しの雑談した後、右京が「修行も終わったことですし、僕たちはそろそろ里に戻ろうと思います」と告げた。幽々子が「わかりました」と、頷いてから妖夢に、ふたりを里まで警護するように申し付けた。

 幽々子の提案で出発は寒さが和らぐ、十時頃に決まり、それまで各々自由な時間を過ごす。右京は広い庭園をぐるっと見て回り、尊は西行桜を見物。妖夢は庭手入れ、幽々子は幽霊に挨拶して回る。

 その間、右京と尊は一度も顔を合わせることはなく、幽々子は「喧嘩しちゃったのね」と彼らの間にトラブルがあったことを察し、声をかけて回る。まずは西行桜の前にいる尊のところを訪れた。

 

「神戸さん」

 

「ん? どうかしましたか?」

 

「この桜、気になる?」

 

「そうですね、大きい幹をしているので」

 

 作り笑顔だったが、尊は愛想よく振る舞った。幽々子が彼の隣に立った。

 

「……杉下さんと喧嘩したんでしょ」

 

 ズバッと指摘され、尊は思わず本音を漏らした。

 

「えっ。まさか、聞いていたとか?」

 

「聞かなくとも、雰囲気でわかるわ。あなたこそ、私たちの会話、盗み聴きしてたんでしょ。悪い殿方ですわねぇ~。これで二回目よ?」

 

「すみません……。聞くつもりはなかったんですけどね」

 

「でしょうね。タイミングがよいのか悪いのか」

 

「アハハ……」

 

 勘のよい彼女には生半可な偵察は通用しない。魂の揺らぎひとつとっても観察できるのだから、人体に内包される魂さえも感知可能である。人間相手ではお手上げだろう。

 タジタジになっている尊を尻目に、桜を見つめながら幽々子が真面目な顔をした。

 

「あの人。たぶん無茶をすると思うけど、最後までついていてあげるのよ」

 

 年長者としての配慮なのだろうか。彼女はあの無茶苦茶な天才を心配しているようだった。

 

 尊は「この人も心配してくれてるんだな」とその優しさにしんみりする。

 

「変わり者だからね。どこかの()()()()()()()()()()()()()と同じで――」

 

「あ……」

 

 女に詳しい尊は今の言葉で幽々子の心境を察した。

 

「(この人、自分の父親と――)」

 

 そう考えた瞬間、彼の思考を遮るように、

 

「目を離しちゃだめよ。もし、幻想郷で死なれでもしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()って私に直談判してくるだろうから。仕事が増えるのは勘弁です」

 

 笑顔で冗談を語ってみせると、クールなはずの尊が腹を抱えながら笑ってしまい、

 

「(この人にはぼくも杉下さんも敵わないな)」

 

 と、本気で思った。

 

「ですね。西行寺さんの迷惑にならないよう、責任を持って表に連れ帰ります」

 

 彼は敬礼した。

 

「頼みましたよ」

 

「はい」

 

 そう語ってから尊は庭園を後にした。

 数刻後、彼女が縁側に柱に向かって――。

 

「悪い殿方その2――いらっしゃるのでしょう?」

 

「バレていましたか」

 

 柱の影から右京が出てきた。

 

「私から気配を隠そうだなんて百年早い」

 

「なるほど」

 

 さすがは亡霊の女王。右京が感心していると彼女が縁側に近づいてきた。

 

「彼。よい部下じゃない。あんまり邪険に扱うものじゃないわ」

 

「そんなつもりはないのですがねえ~。些か、熱くなってしまって」

 

「内容は何となく察しがつくけど、こればかりは私が、口出しする問題じゃない。よく相談するといいわ。()()()()()なのだから」

 

「……」

 

「無事にお帰りになられることを祈っているわ」

 

「お心づかい、深く感謝します」

 

 感謝を述べるのとほぼ同時に。

 

「おーい。わざわざ、きてやったぞ」

 

 魔理沙と霊夢が白玉楼の門を叩いた。妖怪が狙っている可能性があるため、幽々子が部下の幽霊に手配して連れてきたのだ。これで多少の襲撃ではビクともしないだろう。

 右京は再度、お礼を述べて午前十時ちょうどに尊と一緒に白玉楼を後にする。その後ろ姿を、眺めながら幽々子が、ゆっくり目を閉じる。

 

「変な人間だったわねー。しかも、とびっきりの。……あんなのの相手はしばらく遠慮したいわ」

 

 と、言いつつも瞼の裏側には修行中の姿や美味しい料理を皆で食べた、さらに西行の話と彼の目的についての光景が万華鏡のように形作られては消えて行った。彼女はほんの少しだけため息を吐いて――。

 

「(私の父親もあんな感じの人だったのかしら)」

 

 忘却の彼方にあるであろう、思い出を慈しんだ。

 

 

 紫が開けたと思われる道を通って、一行は二十分前後で人里に到着。こんな道があるなんて知らなかった。魔理沙と霊夢が妖夢に文句を言うが極力、秘密にしろという幽々子の命令だったと弁明した。

 特命部屋に到着したふたりを見届けた後、妖夢は手を振って帰って行った。魔理沙たちも里で買い物をするらしく、この場を後にする。

 三日ぶりの部屋に荷物を置いた右京が「情報収集のため、鈴奈庵に行ってきます」と言い出した。

 また調べ物か。そう思いつつも尊は「ぼくはここで情報を待ちます。手紙の情報提供者が現れるかもしれませんから」と、捜査に協力する姿勢を見せ、右京を心なしか喜ばせる。

 

「どうもありがとう。ですが、付き合い切れないと思ったら、いつでも表に戻ってくれて構いませんよ? 大河内さんが心配するでしょうから」

 

 冗談を語る右京に尊がワザとらしく「ええ、そのつもりです」と笑顔で返し、彼もにやつきながら「それでは行ってきます」と出て行った。

 

 玄関から出て行く彼の姿を尊は炬燵に肘をつきながら、何気なく見つめていた。

 

「いつもの調子だな。無茶するなって言っても後先顧みず突っ走る。ホント、コカインを摂取しないシャーロック・ホームズだよな」

 

 小説の中だけの存在だったホームズそっくりな男が自分の上司だったなんて、笑い話にもほどがある。おまけにいつも振り回されてばかりでこっちが間違ってなくても卑屈屁理屈で有耶無耶にしたあげく自分の正義で行動――大小様々な事件を掘り出しては勝手に解決する。

 もはや、モンスターと言ってもよい存在。しかし、どこか惹きつけられるものがある。自分もそうだった。

 

「(クローン人間の一件がなければ、もっとあの人と捜査ができたんだろうか)」

 

 いがみ合うことがあろうとも「もう一度、一緒に事件を捜査したい」という気持ちが消えることはなかった。たまに特命に顔を出すのもそれが理由だ。要らぬ用件を押し付けるのも、実は彼に会う口実が欲しいからであった。

 

「(いろんな意味でスゲー人だよ。悔しいけど)」

 

 杉下右京は〝窓際の天才〟。嫉妬して挑んだこともあったが結局、返り討ちに遭い、自分の実力のなさに嫌気が差すなんていうのも日常茶飯事。

 理想の正義という眩しいまでの光を放つ狂人。その背中を追いかけていたはずなのに、最後は決別して特命生活を終えるも、ひょんなことから幻想郷で再びタッグを組むことになった。神様の悪戯にしては上出来だ。尊はついついおかしくなってしまう。

 

「何考えているんだろうな俺は……。また、あんな変人と捜査できるなんて思ってるのか。事件なんて起きやしないのに――」

 

 楽観的に今後のことを考えた時だった。

 

 ――あの人、たぶん無茶をすると思うけど、最後までついていてあげるのよ。

 

 唐突に幽々子の言葉を思い出した。その時、尊の背中にブルブルっと悪寒が走る。まるで予兆のような――。

 

「杉下さん……?」

 

 呆気に取られたように右京が向かった方向を見やった。身体の奥がザワザワとしていた。

 

「まさか、な……」

 

 そんなわけない。ここは人里だ。妖怪は手を出さない。尊は首をブンブンと横に振った。しかし、その不安が消えることはなく、自身の懸念を払拭すべく、彼も鈴奈庵へ急いだ。

 

 

 鈴奈庵から三十メートル離れた家屋の屋根の影。そこは鈴奈庵から見て斜め左側に位置しており、身を隠しながら鈴奈庵の玄関に立つ者を遮蔽物なしで確認できる場所だった。フードを被った者が鈴奈庵の正面入り口をチェックする。そこには小鈴と立ち話をする阿求の姿があった。

 

「目標、補足」

 

 呟くと同時に素早く屋根上へと駆けのぼり、布で覆っていた〝獲物〟を取り出すと、鉄のボルトをガチンと押し込んで装填――スコープを覗き、狙いを定める。いざ、狙いが定まると震えが止まらなくなった。指先ひとつで人生が変わる。そのプレッシャーは計り知れない。緊張の中、脳内で、あの時の光景が蘇る。

 

 ――すごい物語ですね。関係ないように見える要素の全てが繋がっている。まるで暗号か何かだ。

 

 ――漫画に限らず、優れた作品というのは底の部分に様々な要素が隠されているものです。彼の行動にもきっと……。

 

 ――あの主人公の行動……。理解できないところは多々あるけど、前向きな姿勢が英雄っぽくてカッコいいなぁって思ってしまいます。

 

 ――私はね、よく似ていると思いますよ。

 

 ――ほ、本当ですか!?

 

 ――ええ、似てますとも。彼にとても。

 

 漫画の主人公と自分が似ている。その言葉が背中を押し、震える手を落ち着かせ、揺れをなくす。照準が定まったところで()()()()()を呟く。まるで〝呪い〟のように――。

 

「駆逐、してやる……。一匹、残らず……。だから!!」

 

 口にし終えた途端、鋭い眼光を放ち始め、過去と決別を果たす。そこに向かい側から右京が鈴奈庵へ近づいてきた。小鈴が右京の存在に気づき「杉下さん」と手を振る。阿求も「こんにちは」とペコリと挨拶した。

 

「こんにちは、おふたりとも――」

 

 ふと、右京は太陽の眩しさを感じて視線を逸らし、その先に()()()()()()を構えた存在の姿を捉えた。右京は職業柄、それが()()()であると確信――。

 

「おふたりとも――危なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 

 猛烈な勢いでダッシュ。小鈴たちを押し退けるように射線上に立ちふさがった。次の瞬間――。

 

 ――ドンッ!!

 

 賑やかな里の空気をかき消すかのような炸裂音が一帯に響き渡ると同時に弾丸が発射。目標めがけて目では追えない速さで駆けて行き、

 

「うぐあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッツ!!」

 

 右京の右胸を深々と抉った。彼は着弾の衝撃で鈴奈庵の入り口に背中を強打。周辺に自身の血をまき散らしながら、打ちつけられた反動で倒れ込むようにして地面へと這いつくばった。倒れた場所には大きな血だまりができていた。

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 飛び散った赤い血を凝視しながら小鈴が悲鳴を上げた。阿求は顔を真っ青にしながら「杉下さん!!」と大声を上げながら彼に駆け寄るが――。

 

「は、早く――に、逃げ……て」

 

「え!?」

 

 右京は朦朧とする意識の中、射線上からターゲットとなった人物が阿求であると判断。すぐに逃げるように促した。

 

「ですが、杉下さんは――」

 

「早く――逃げ、なさ……い!!」

 

 右胸を庇っていた左手でしゃがんでいた彼女を突き飛ばす。すると、数秒まで阿求がいた場所に二発目の弾丸が跳んできた。弾丸は阿求の左耳にかかった髪の毛を僅かに吹き飛ばし、鈴奈庵の扉のガラスを突き破る。貫通した弾丸は室内の本棚に深くめり込むほどの破壊力。頭に食らったら致命傷は免れない。

 早く逃げなくては――。だが、銃で狙われるという経験は初めてであったため、阿求は身体が竦んでその場で尻もちをついてしまう。次に狙われたら終わりだった。

 

 ――次は決める。

 

 狙いを定め終わり、後は殺るだけ――のはずだったが、奇跡的なタイミングで幻想郷の猛者である霊夢と魔理沙が銃声と悲鳴を聞いて駆けつけた。

 

「何があったの!?」と、大声を出す霊夢。

 

「杉下さんが、いきなり血を出して倒れて――」

 

「じゅ、銃で撃たれたのよ!! あ、あそこに狙撃手がいるわ!」

 

「なんだと!?」動揺し、魔理沙が固まった。信じられないといった様子だった。

 

「――ッ!!」

 

 直後、血相を変えた霊夢は、阿求が指差した方へと向かって高速で飛翔した。それを見た狙撃手は「失敗だ――」と悔しげに吐き捨てて、屋根を降りて逃走。路地へと急いで逃げ込む。

 

「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 知り合いを撃たれ、怒る霊夢は怒号を響かせながら突撃。周囲の人間たちを恐怖させるほどの凄味を放っていた。足音を頼りに鬼のような形相の霊夢が追いかけるも前方から発火した煙玉を投げつけられ、一時的に視界を遮られたことが原因で犯人を取り逃がしてしまう。

 辺りを包む煙に阻まれながら。

 

「クソォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 激昂した霊夢が、お祓い棒を地面に叩きつけた。

 

「おっさん!! しっかりしろ!!」

 

「杉下さん! 杉下さん!!」

 

「う…………おぉ………………」

 

 魔理沙と小鈴が右京に声をかけるも意識が朦朧としているせいか反応が薄い。銃声を聞きつけ、尊も鈴奈庵に到着。右京が血を流している惨状を目撃。蔓延する血の匂いに吐き気が止まらなかったが、それどころではない。一時的にだが、血の恐怖を克服し、右京の側に駆け寄った。

 

「杉下さん!! 何があったんですか!?」

 

「うぅ………………た……」

 

 痛みのせいか上手く喋れないようだった。咄嗟にハンカチで止血を行い、すぐに尊が「誰か医者を呼んで来て!! 早く!!」と必死に叫び、魔理沙が「わ、わかった――竹林の医者を連れてくる!! あ、あ、阿求は里の先生を呼んでこい!」と焦りながら伝え、彼女が「わかった!! そっちは、八意先生をお願い!!」と声を張り上げる。

 魔理沙は箒で大空を全速力で駆け抜けて竹林を目指し、阿求は病弱な身体を押して里の診療所まで息を切らしながら走っていった。

 小鈴は恐怖でおぼつかない足取りながらも身体に喝を入れて応急用具を探すべく、急いで鈴奈庵に駆け込んで行った。

 その間も霊夢は八つ当たりでもするように煙を払って犯人がどこかへ隠れてないか探す。ふと地面に視線を落とすと、そこにはメモが残されており、彼女が拾い上げる。メモの中身は()()でこう書かれていた。

 

  我は偉大なる御方に仕えし、狩人《バルバトス》

  我、主のため、この世界を献上すべく、貴殿らに戦いを挑む

 

 霊夢は英語が読めないながらも雰囲気からそのメモを〝挑戦状〟だと直感。

 

「ふざけんじゃないわよ!」

 

 歯ぎしりしながら天を溢れるばかりの怒りを込めて睨む。同時に表の日本。その林の中、雑草を踏みながら人気のある場所を目指す、コートを着た男性が燦々と輝く太陽に右拳を掲げ、

 

「さぁ、右京、勝負だッ!!」

 

 子供のように目を輝かせながら高らかに叫んだ。

 

 

 突如として放たれた凶弾によって右京は瀕死の重傷を負ってしまう。その犯人は《バルバトス》と名乗る狩人だった。かの者は幻想郷を欲さんとすべく挑戦状を叩きつけてきた。

 この出来事をきっかけに事態は、幻想郷を巻き込んだ大事件へと発展。特命係と幻想郷の住民たちは、今までかつて経験したことのない戦いへと巻き込まれていくのである。

 

 相棒~杉下右京の幻想怪奇録~

 Season 3 亡霊の矜持

 ~完~

 

 Season 4 進撃の狩人 に続く……。


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