相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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Season 4 進撃の狩人
第78話 ワトソンの献身


 尊によって応急処置が行われた右京は彼に担がれて、阿求が連れてきた診療所の院長同伴の下、里の診療所へと運ばれた。院長は銃弾で撃たれた人間の治療という未知の経験に混乱し、慌てふためくばかり。

 医療に多少の知識がある阿求と尊は永遠亭の医者が到着した際に使うと思われる医療器具を院長に用意させ、待つように頼んだ。

 尊は医者の到着が遅れ、右京の容態が悪化するなら最悪、自分が弾丸を摘出しようとまで考えていた。

 十五分後に三つ編みの白髪に赤と青のパッチワークのような服装に身を包んだ綺麗な女性が診療所の門を叩き、なだれ込むように院内へと入ってきた。

 その後ろには白い修行服に身を包み、笠で顔を隠した人物が荷物を抱えていた。恐らく助手だ。女性は真剣な表情をしており、顔を出した阿求に訊ねた。

 

「患者はどこ?」

 

「診療室に寝かせています。使いそうな器具は可能な限り用意しました」

 

「ありがとう。でも必要なものはこちらで持ってきたわ」

 

「わかりました。足りないものがおありなら申して下さい。こちらで用意できるものは用意します」

 

 女性はコクンと頷くと言葉を交わすこともなく助手を連れて足早に奥へと向かう。彼女は診察室にて尊に軽く頭を下げた後「後は私たちがやりますので」と尊に退室を促す。

 幻想郷に現代医学の知識を持つ医者がいるのかと不安に思い、尊が助言すべく自分も残ると申し出るが、隣の阿求から「この方の腕は確かです」と諭され、渋々ながらも女性の指示に従い、部屋の外へ出て行き、阿求と共に待合室の椅子に腰をかけた。

 座るのと同時に尊がため息を吐き、阿求が右手で額を押さえて「私のせいであんなことに……」と呟いた。

 

「稗田さんのせいじゃないですよ」

 

「いえ。あれは私を狙ったものでしょう」

 

「心当たりあるんですか?」

 

「さぁ……。あるような、ないような」

 

 気が滅入っているのか、それとも何か理由があるのか、ふいに彼女は視線を床へと逸らした。様子を観察していた尊はそれとなく事情を伺うことにした。

 

「もしよかったら、狙撃前後の状況を詳しく教えて貰えませんか?」

 

 彼の問いかけに阿求は素直に応じる。

 

「狙撃される少し前、私は鈴奈庵で資料を借りるべく自宅を出て、入口で小鈴と世間話をしておりました。そこに杉下さん飛び込んできた直後、右胸を撃たれました。その後、続けて二発目が放たれ、顔をかすめていきました。あの方が突き飛ばしてくれなければ、私は死んでいたでしょう」

 

 両目を閉じながら彼女は先ほどの出来事を思い出し、僅かだか身体を震わせた。

 

「辛いところ、お話ありがとうございます」

 

「……」

 

 いつもなら「いえいえ」と返すはずの阿求が、心ここに非ずといった感じで治療室の方向を眺めている。どこからともなく魔理沙がやってきた。

 

「霊夢は犯人を探して里を駆けまわってる。かなり頭に血が上ってるから落ち着くまでしばらくかかると思う」

 

「そうか」尊は一言だけ返した。

 

 元気のないふたりを目にした魔理沙は、気まずそうにしながらも彼らを励ますような言葉をかける。

 

「あいつらなら大丈夫だ。きっとうまくやる」

 

「竹林の名医だっけ? 銃弾の摘出経験なんてあるのか?」

 

「たぶんな。一つや二つはあるだろうぜ」と魔理沙は言った。

 

「そうなのか……」

 

 相手の言い回しから尊は幻想郷にも銃があるのか、と納得するも、こんなド田舎に本物の〝銃〟があるのだろうか、との疑問が頭を過ぎった。

 

「人里では銃が製造されているのか?」

 

 疲労が見える阿求に配慮して尊は魔理沙に質問した。

 

「里の一角でごく少量だが〝火縄銃〟が製造されてる。限られた里人しか所持できないがな」

 

「火縄銃か。形状は?」

 

「細長いヤツだ。こんな感じの」

 

 魔理沙はジェスチャーで大まかな形と大きさを伝えた。それは世間一般的な火縄銃と解釈できる。

 

「堺とか国友辺りのメジャーな品か……」

 

 明治時代、村田銃などの最新式の銃に押され、火縄銃は主力武器としての地位を追われたが、田舎のマタギなどからは必要とされたために、職人たちが各地へと散ったとする記述もある。

 幻想郷の人里も元は妖怪退治を生業とする狩人たちが集落を形成したことに端を発する。里の噂を聞きつけた職人が仕事を求め、定住した可能性も大いにある。仮にそうだとすれば、火縄銃くらいあってもおかしくはないし、知識人や頭のよい妖怪も存在するので助力を得られれば量産も可能だろう。

 しかし尊は右京が撃たれた状況を思い返し、違和感を覚えた。

 

「魔理沙、銃声は何回聞こえたか覚えているか?」

 

「確か二回だったな」

 

「二発目の発射間隔はどれくらいだった?」

 

「すぐだった気がするが」

 

「何秒くらい?」

 

「十秒から二十秒の間くらい……いや、もう少し早かったかもしれん」

 

「だよな……」

 

「それがどうした?」

 

 基本的に火縄銃は連射式ではなく単発式である。三連射火縄銃なども存在するが、性能に難があり、生産数も少数に留まっている。

 なおかつ、魔理沙の話からして普及しているのが一般的な火縄銃なのであれば、装填に一分を要する。熟練者なら最速で二十数秒程度で装填できるとする記述もあるが、よほどの手練れでなければ実現不可能。ましてやそこから後頭部へ狙いを付けるのだから、三十秒以上はかかると見てよい。魔理沙の証言から考えれば、火縄銃にしては早すぎる。

 

「もしかしたら使われたのは火縄銃じゃないのかもな。二発目がどこに着弾したかわかるか?」

 

「アンタよりも後にきた私が知るかよ。てか、おじさんの狙撃に〝里の火縄銃〟が使われたって思ってたのか!?」

 

「まぁな。里の外から入ってきたと考えるよりも現実的だろ」

 

「そりゃあ、そうだが……」

 

 若干困った様子を浮かべる魔理沙だったが、尊はスッと立ち上がった。

 

「……ちょっと狙撃現場を調べてくる。魔理沙は稗田さんの警護を頼む。また犯人が狙ってるかもしれないからな。俺は鈴奈庵周辺にいるから何かあったら報せてくれ」

 

「あ、あん!? どういうことだよ!?」

 

「スカーレット姉妹と互角に戦えるお前なら俺よりもずっと頼りになる。そういうことだ、よろしくな」

 

「お、おい!?」

 

 そう言って尊は半ば強引に意気消沈気味の阿求を魔理沙に託し、診療所の外へ出た。

 彼はぎゅっと握りこぶしを作る。幽々子に警告を受けていたにも関わらず元上司で相棒だった右京をひとりで行動させてしまったことを激しく後悔していたからだ。

 また、転生体とはいえ見た目が少女である阿求を銃で狙撃するという非道な行為に警察官として強い憤りを感じており、その双眸はいつになく鋭く、品のよさそうな作り笑顔は完全に消え去っていた。

 その佇まいはかつてその正義に従い上司に逆らってまで特命係に残留した神戸尊そのもの。彼は心の中で誓う。

 

「(犯人は俺が捕まえる――)」

 

 こうして和製ワトソンの戦いが幕を開けた。


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