相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第7話 人間の里にて その1

 香霖堂を後にした三人は徒歩で人間の里を目指す。

 道中、右京は二人に質問する。

 

「お二人は普段、何をなさっているのですか?」

 

 少女たちが一斉に同じ言葉を口にした。

 

「「妖怪退治です(だぜ)」」

 

 タイミングが被ったため、二人は互いに顔を合わせて苦笑う。

 

「おやおや、元気ですねえ。確か、戦闘にはスペルカードを使うのですよね?」

 

「そういう決まりだからな!」

 

「ちなみに見せて貰ってもよろしいですか?」

 

「特別だぜ?」

 

 先んじた魔理沙が何やら魔術的な模様が書かれた黒い札をポケットから出してみせた。

 右京は興味深そうにあちらこちらからスペルカードなる物をじっと見つめる。

 その真剣さに魔理沙が「あげないぜ?」と冗談を語った。

 

「ふふ、さすがの僕もそこまで頼んだりしませんよ」

 

 ライバルに触発されたのか、今度は霊夢がスペルカードを取り出した。

 

「ちなみに私のはこんな札です」

 

「ほう、陰陽玉ですか。興味深いですねえ~」

 

 霊夢のスペルカードには陰陽玉が書かれていた。まさに神道に属する巫女が使うスペルといったところだろう。

 

 対抗心をくすぐられた魔理沙が「私のほうが強そうだな」と言い出し、霊夢も「私のほうが強いと思うけど? いつも勝ってるし」と反論――何故か物凄い言い争いになった。

 右京は周りを見渡し、この場所が人里から離れていることを確認してから「誰も居ませんし、ここで戦って決めれば良いのでは?」と提案する。

 

 提案に乗った二人は「「上等!」」と啖呵を切り、スペルカードで決闘を始める。

 カードを引き抜き、一気に空中へ上昇。高速で宙を駆けながら光る弾や星を飛ばして激しく撃ち合う。

 その戦いに紳士は目を見開きながら感嘆する。

 

「これは凄いですねえ~。まるでハリーポッターの世界ですよ! 全く――霖之助君に話を聞いていなかったら腰を抜かしていたところです」

 

 事前知識がなければ流石の右京も今以上に驚いていたに違いない。

 人が単独で空を飛び、掌から攻撃を発射し、それを掻い潜りながら反撃するなど現実の世界で信じる者など誰も居ない。まさに幻想の世界の出来事だ。

 

 小型弾幕の応酬の末、火力が足りないと踏んだ魔理沙は自身の持つ高火力型のスペル《マスタースパーク》を放った。大型のレーザーが霊夢、目掛けて飛んでいく。

 

 霊夢はそれを下に潜り込むように回避。射程から逃れると、自慢のスペルである《夢想封印》を発動――魔理沙への反撃を行う。

 対する魔理沙は不規則な軌道で迫りくる多数の大型虹色玉を、ミニ八卦炉というマジックアイテムをセットした箒が生み出す爆発的な推進力で、無理やり振り切る。

 

 力の魔理沙に技の霊夢。

 個性の異なる二人の異次元的な戦い方に右京の感激は止まるところを知らない。

 しばらくして、魔理沙が霊夢の攻撃で被弾して墜落したところで決闘終了。

 軍配は霊夢に上がった。彼女は余裕の笑みで右京の近くに着地する。

 

 負けた魔理沙は砂埃をほろってから渋々、歩って来た。

 右京は彼女に「大丈夫ですか?」と訊ねるが、本人は「平気だぜ」と強がった。

 

 幻想郷ではこうしたバトルが日常的に行われている。一歩間違えば大けがだが、そこは加減しているので何とかなっているらしい。

 

 右京も「ここの人間は頑丈なのだろう」と思い、ニコニコしながら二人の様子を見守っていた。もし、万が一にも現実世界で子供がこんな遊びをやっていたら、警察官である彼は間違いなく止めに入るだろう。

 

 二人の決闘が済んだところで右京達は里へと向かう。

 

 

「ここが人間の里ですか」

 

 徒歩二十分程度で右京らは里の入り口に辿り着く。

 里の姿は、昔の日本の田舎を思い出させるくらい素朴だった。

 

 アスファルトが使われていない大通りに木製の家屋、着物を着て歩く女性に柄の入った袴を穿く男性、通路の脇に止めてある手押し車に、布の紐で赤ん坊を縛って背中に背負う母親。

 右京はタイムスリップを経験したかのような錯覚に陥るが、すぐに感想を述べる。

 

「素晴らしい場所ですねえ」

 

「何もない場所だと思うがな」

 

「私は悪くないと思うけどね」

 

 捉え方は三者三様だが里の入り口で微笑んでいるのは皆、同じであった。

 それから三人は表の日本人が働いている場所へと向うべく中へと入る。

 少女たちは大通りから三分程歩いた場所にある一軒の豆腐屋へ彼を案内した。

 

「ここで表の日本人が働いているのを見たぜ」

 

「店員さんだったわよね?」

 

 二人は扉を開ける。

 

 そこには恰幅の良い五十代前後の店主らしき人物が従業員と思われる三十代前半の大人しそうな短髪の男性店員と雑談する姿があった。

 

 彼らは来客を確認すると軽く挨拶をする。

 その際、右京と店員の目が合った。青年はどこか驚いたようにスーツ姿の紳士を見つめていた。

 先に右京が挨拶する。

 

「こんにちは、僕は杉下右京と言います。東京から参りました」

 

 店員は言葉に詰まるも、頭を下げつつ応対する。

 

「あ、どうも……俺は佐藤淳也(さとうじゅんや)です。六か月くらい前に幻想郷へ辿り着いて……今はここでお世話になってます」

 

「そうですか。その白い作業着――とてもよくお似合いですよ」

 

「はは、どうも……」

 

 店主の許可を取り、この店員と店内で立ち話をする。

 

 彼の名前は佐藤淳也。三十歳の元会社員で営業をしていた、どこにでもいる普通の男性だった。

 

 右京は自分の素性を有りのまま語った。

 淳也は相手が刑事であるという事実に驚きながらも、自分がこうなった経緯を説明した。

 

 要約すると淳也は一年前、仕事の辛さから会社を辞職し、職を探すも一向に見つからず、自殺を考えて富士の樹海に足を踏み入れたところ、幻想郷の竹林に辿り着いたらしい。

 

 そこで遭遇した妖怪、妖精、幽霊などの超常的な存在に命を狙われ、絶体絶命のピンチに陥るも自称健康マニアの白髪少女に救われて人里に連れて来られた。

 そして、彼女から里で顔の効く寺子屋の先生に口利きして貰い、里で住む場所と働き先を得たそうだ。

 話を聞いた右京は同情を示す。

 

「それは大変でしたねえ」

 

「はい……。自殺しようとしたらまさか妖怪の国に迷い込んで殺され掛けるなんて思ってなかったものですから」

 

「しかし、そのおかげであなたは自殺を踏み止まった。死の恐怖を知ったからですね?」

 

「はい、お恥ずかしい話ですが……」

 

 淳也はどこか内気な部分が見受けられる男性だった。自分の足で稼がないと行けない営業の仕事もこれでは大変だなと初対面の人間に思われるほどに。

 警察官としてこの迷い人をどうするべきなのか。迷った末、右京はこのような質問を行った。

 

「あなたは今、幸せですか?」

 

 淳也は恥ずかしげに答えた。

 

「はい。とても」

 

 彼は現状に満足していた。現代社会で行き場を無くした青年は奇しくもこの幻想の世界で居場所を得たのだ。生活はきっと豊だとは言えないだろうが、それでも現実世界で得られなかった幸福を得られたのだ。

 その返事に右京が静かに頷く。

 

「それはよかった」

 

 二人の会話を聞いていた少女たちと店主も心なしか嬉しそうだった。

 それに気が付いた淳也は顔を赤くしながらも、右京へ不安げに訊ねる。

 

「あの……もしかして、俺は表の日本に連れ戻されるんでしょうか?」

 

「どうして、そう思われるのですか?」

 

「いや、なんか、刑事さんが来たって聞いたら元の世界に強制送還されるのかな? って思っちゃいまして……」

 

 右京はついつい笑ってしまう。

 

「刑事は犯罪者を捕まえるのが仕事です。何の罪も犯していないあなたをどうこうするのが仕事ではありません。

 もし仮にあなたが表の世界へ帰りたいと願うなら、協力するつもりでしたが、あたなにその意思はなく、ここでの生活を願っている。そのような人物を強制的に連れて行くなんてことは、僕には到底できませんねえ」

 

 予想外の言葉に青年は面を食らう。

 

「ほ、ホントですかっ――あ、ありがとうございます!」

 

「いえいえ。ここは日本であって日本ではない国です。表の日本の法律などハナから通用しません。警察の威光もここまでは届きませんからね。どうか、楽しい生活をお送り下さい」

 

「は、はい!」

 

 淳也は深く頭を下げた。もしかしたら右京が自分を連れて行くのではないかと不安に思ったのだろう。その証拠に彼の表情には安堵感があった。

 一通り、話を終えた刑事は本題に入るべく、差出人不明の手紙をカバンから取り出す。

 

「ところで淳也さん。この手紙に見覚えはありませんか?」

 

 手紙を見た淳也は文字を注視する。

 

「う~ん、見たことないですね。この字は裕美ちゃんの字とも違うし……誰の物なんだろう?」

 

「裕美ちゃんと言うと?」

 

「寺子屋で上白沢先生のお手伝いをしている二十二歳の女性です」

 

「その方は今日も寺子屋に居ますか?」

 

「はい、恐らくですが。この時間だと子供たちと遊んでいるんじゃないかな」

 

「わかりました。そちらに伺ってみます。あ、それともう一つ……人間の里にはあなたを含めて、何人の現代人が居られますか?」

 

 右京の質問に淳也が快く答える。

 

「知っているのは俺を含めて三人です。豆腐屋で働く俺と寺子屋でお手伝いをしている裕美ちゃん。後は飲み屋で働く敦君ですね」

 

「寺子屋に飲み屋ですか――淳也さん、どうもありがとう」

 

 親切な青年に礼を述べると右京は席を立ってから付き添いの二人の方を向く。

 

「お二人とも、申し訳ありませんが案内の方よろしくお願いします」

 

「おう」

 

「はい」

 

 こうして。右京たちは豆腐屋を後にして、寺子屋へと向かった。


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