特命係部屋に寄って検証に最低限必要な道具を持ち出し、鈴奈庵へ足を運んだ尊の目の前に掃除を行おうとする小鈴の姿があった。
尊は慌てて彼女に駆け寄り、現場保存の観点から掃除を待ってほしいと告げ、店主である小鈴の父親と話し合う。
父親は難色を示していたが、娘の説得もあって、店入口の血だまりやガラス片以外は極力保存すると約束する。
充電に余裕があるスマホで血だまりを様々な角度から撮影し、周囲の状況もわかるように写真を残した。
銃弾が貫通した扉、散乱する硝子と床についた焦げ跡、そして本棚に突き刺さった細長い物体――考察するだけの証拠は十分だった。
半分空いた入口からガラスを踏まないように跨いでから、銃弾が跳んできたと思われる方向を確認する。
「狙撃ポイントは、ここから十時の方向にある民家の屋根上か」
人差し指で脳内に浮かぶ弾道を宙になぞりながら、その指先を床へと落とす。
「あそこから放たれて跳弾。本棚の下段、側面にめり込んで止まった。こう考えるのが妥当か」
右ポケットの手を入れ、白地のハンカチをパサッと広げながら指紋を付着させないように銃弾を指で摘む。
弾は跳弾した、もしくは角度的に刺さり方が甘かったためか、素手でも比較的楽に取ることができた。それは、ややくすみがかったこがね色で所々に錆が見受けられた。
警備部にいた経験を生かし、尊は勘を頼りに銃弾の種類を特定しにかかる。
「大分汚れているな。銃弾の管理がなってないのか。いや、古いタイプか……。だとすると、いつの時代の弾だ?」
手首を捻って首を動かし、様々な角度から観察を行う。そんな男の姿を遠くからそわそわした様子で小鈴が眺めている。興味と不安が入り混じったような表情が彼女らしさを表していた。
一分程度、睨めっこを続けたが答えは出ず、ビニール袋に包んでから上着のポケットにしまい込み、狙撃地点と目される場所へと早歩く。
現場は木造屋根を有する民家だった。彼が戸を叩くと、どこにでも居そうな里人の女性が出迎えるのだが、よそ者の雰囲気に警戒してか話をしようとしない。
どうしたらよいものかと困っている最中、後ろからつけてきた小鈴が「この男の人は信用できる方ですから」と説得を買って出た。次第に女性の態度が協力的なものへと変化し、狙撃時の状況を手振りと共に説明し始めた。
それによると狙撃当時、女性は台所で食器洗いをしており、発砲音が鳴るまで不審な物音に気がつかず、発砲音を聞いて初めて屋根の上に誰がいるとわかったそうだ。
様子を見に外へいこうかと思ったが、少女の怒号らしき声が轟き、何者かが路地を猛スピードで駆け抜けていったことでパニックとなって、今の今まで寝室でジッとしていたのだと言う。
話を聞きながら尊は玄関から家の中を観察し、人が潜んでいる形跡がないと判断、女性を落ち着かせにかかる。
元々、彼は女性の扱いを得意としているので、信頼を築くのも早く、小鈴が話に入ってきて五分経つ頃には相手が笑顔を見せるようになった。
その段階で尊は彼女から梯子を借り、屋根に上らせて貰い、屋根の上に付着した不自然な足跡から狙撃現場を特定する。
場所は鈴奈庵からちょうど物陰になっていて、身を隠しての狙撃が可能であった。
しかし尊は首を釈然としない様子で人が行き交う大通りに目をやる。
「狙撃場所としては悪くないが、正午で人通りが多いこの場所で狙撃を行うか? 距離は三十メートルしかないんだぞ。時間帯的に家から仕事場へ戻る人もいるだろうから路地にも人気はある。目撃者が増えれば足がつくリスクが高くなるって言うのにさ。おまけにこんな銃弾を使う始末――素人の犯行か?」
時間帯、狙撃地点、銃弾の状態などから尊はそのように考察した。
犯行場所が幻想郷という閉鎖空間での話であるが故、この地域では暗殺のプロである可能性も捨てきれないが、尊から言わせれば犯人の行動は素人そのものであった。
実際、太陽光がきっかけで右京に勘づかれてしまうというプロなら絶対しないミスを犯しているので、尊の見立ては間違いではないだろう。
「だけど、狙撃の腕は確かだったな」
再び、ビニールに入った銃弾を取り出してその形状を眺める。
どうみて火縄銃の弾とは異なった狙撃用の銃弾。尊はため息を吐きながら「銃を不法所持した日本のミリタリーマニア辺りが幻想入りしてやらかしたとかじゃなきゃいいけど」と零して、現場写真を撮った後、梯子を使って庭に降りていく。
次に庭先を隈なく捜索し、屋根についていた足跡と同じものを発見した。足跡は屋根に近づくように続き、屋根の一歩手前で消えていた。尊は犯人がここから屋根によじ登ったと解釈する。
何かを足場にして登ったかまではわからないが、それでも地面から二メートル近くある屋根の上まで上ったのは確かだった。
さらに探索を続けると庭に生える草の中から狙撃に使われたと思われる薬莢が出てきた。落ちていたふたつの内ひとつは尊が、もうひとつは小鈴が発見した。
どちらも薄っすらと錆びており、どこか年季を感じさせるもので、尊が「年代物だな、こりゃあ」と呟きながらハンカチでビニールに収納し、ソワソワしている女性に礼を言って小鈴と共に女性宅を出た。
そのとき、箒に乗った魔理沙が尊たちの手前にポンっと着地する。
「おっさんの手術が終わったぞ!」
「本当か!? 容態は!?」
「安定してるらしいぜ!」
「そうかッ!!」
「よかったぁ!!」
安堵の表情を浮かべる尊と小鈴の様子を確認した魔理沙もふっと笑みを零した。
「言っただろう? アイツの腕は確かだってな。でも、油断はできないらしいぜ……」
「ん? まさかそれって――」と心当たりがありそうに漏らす尊。
「詳しい話は医者に聞きな。そのために呼びにきたんだからさ」
そう言って、魔理沙に促されて尊は急ぎ医者の元に向かった。