尊が里の診療所に戻ると、頭巾で頭を覆った医者の助手が彼を待っていた。
「こちらです」
静かに尊を呼び止め、病室へと案内する。その声質は、十代中頃の少女そのものだったが、そんなことを気にする余裕はなく、彼は一直線に右京のいる部屋に向かう。
木造の病室の中、窓際のベッドの上に病人用の服を着せられ、ぐっすりと横たわる右京の姿があった。
右京の呼吸が安定しているのを確かめた途端、安心のあまり尊は「はぁ……よかった」と嬉しそうな表情を見せる。その様子を魔理沙と小鈴が一歩離れたところから見守っていた。
やがて片づけを終えた医者が病室を訪れる。医者は尊に軽く会釈してから「今回、手術を担当した“八意”と申します」と簡単な自己紹介を行った。
彼女は幻想郷唯一の現代医療を知る人物、
永琳は尊に近くにあった椅子に座るように促し、彼が座った後、自分も椅子に腰をかけてから手術結果を伝える。
「右胸に刺さった銃弾は無事、摘出しました。命に別状はありません」
「そう、ですか……」と尊が不安そうに右京を見やった。
その態度で相手が何を考えたのか察した永琳が笑みを零しながら、
「ご心配なく。縫合だけでなくきちんと消毒も致しました。後で調合した痛み止めを処方します」
と告げる。その丁寧な返答に明治時代の田舎でまともな処置を施せるのかと疑問を抱いていた彼を驚かせ、失礼な素振りをしたと感じた尊は「あ、ありがとうございます!」とはっきりと礼を述べた。
彼の懸念を永琳も理解していたようで「当然のことをしたまでです」と少し笑って見せるもすぐに表情を元に戻して本題へと移った。
「銃弾は右胸の外側に刺さっていたため、命に別状はありませんでした。数日もすれば意識を取り戻せるでしょう。ですが……」
永琳が目配せすると、助手が持ってきた木製のお盆を持ってくる。その上には摘出された銃弾が載っていた。右京の血がべっとりと付着しており、尊は強烈な吐き気を催すが、気合で我慢する。若干、咳き込みながらも鈴奈庵で採取したものと見比べ、同様の銃弾であると確認し、永琳の顔に視線を合わせる。
彼女は真顔で続けた。
「銃弾がところどころ錆びつき、微量の土などが付着していたので感染症の懸念が残る上、二次的な症状が出る可能性も否定できません」
「例えば……?」
「軽く例を挙げるなら〝鉛中毒〟〝破傷風〟そして――〝敗血症〟辺りでしょうか」
「なるほど……」
喉を鳴らしながら、視線を床に落とす。話を聞いていた魔理沙が尊に問いかける。
「その。鉛中毒、破傷風、敗血症ってなんだ?」
「鉛中毒は血中の鉛が増えて様々な障害を引き起こす病。破傷風は土の中の破傷風菌が身体に入り込むことで発症する病気で、敗血症は感染症がきっかけで起こる臓器障害のことなんだ。鉛中毒は死亡例が少ないし、破傷風は警察官なら予防してるだろうし大丈夫かもしれないが、敗血症はなぁ……」
尊が答えながら零した。
「それって危険なんですか?」
心配そうに小鈴が訊ねると今度は永琳が答える。
「重症化すると死亡する危険が高くてね。適切な抗菌薬を投与しなきゃダメなのよ」
「お前でも治療できんのか?」と魔理沙が訊く。
永琳は一呼吸置いてから「できなくはないけどねぇ……」と呟き、このように打診した。
「神戸さん、大事を取るなら杉下さんを表に連れ帰ったほうがいいと思います。あちらのほうが設備的にも安心でしょうしね。もし、いずれかの症状が見られ、私が治療に失敗すれば手遅れとなる可能性も十分に考えられます。その場合、幻想郷で最期を迎えてしまう――それはこの方にとって不幸なのでは?」
「……」
医療体制が万全と言い難い環境に右京を置くリスクは決して低くない。いくら永琳が名医であるとしても尊にとって彼女の実力は未知数――現代医学の知識があるとはいえ、すぐには信用できないだろう。相手の側に立った永琳なりの配慮である。尊は顎に手をやり、思考する。
「(ここで帰ったら、二度と幻想郷に入れないよな)」
昨夜、彼は右京の真意を聞かされている。右京の意思は固く、警察官としての矜持を貫くつもりでいた。ここで右京を表へ戻したら一生恨まれそうだな、と尊は思った。
もちろん、自分が残って調べるというのも選択肢に入るが、里は何かしらの秘密を隠していると予想でき、奇しくも阿求や慧音を始めとした高い隠ぺい能力を持つ者が揃っている。
今の幻想郷の雰囲気からいって自分たちは間違いなく厄介者――戻ったのよいことに二度と訪れられないように対策を施されてもおかしくないのである。
「(〝この人〟抜きでここの妖怪たちと戦えるとは思えない)」
尊は一癖も二癖もある妖怪相手に自分では太刀打ちできないことを理解している。彼女らと互角に渡り合える人間は杉下右京ただひとり。となれば――。
「八意先生、杉下さんが元通りの生活を送れるようになるまで面倒をみては頂けませんか?」
「私に……ですか?」
「ええ。感染症の心配があるので。八意先生は治療法をご存じのようですし。お願いできませんかね? できる限りお礼は致しますので」
「は、はぁ……」
予想外の回答に永琳は困惑を隠せずにいる。それは魔理沙たちも同様だった。
「おいおい、正気か!? ここで死んでも表にいるおじさんの知り合いは葬式に参加することもできねぇんだぞ! わかってんのか!?」と魔理沙が詰め寄る。
「わかってるさ」
「なのに、どうしてこちらに留まるんですか? 命が犠牲になるかもしれないのに……」
苦しげに小鈴が零し、尊が目を閉じながら答える。
「杉下さんは執念深い人でさ。一度、自分が関わった物事には最善を尽くさないと気が済まないんだ――手紙の件も、今回の狙撃の件も未解決なまま、ぼくが杉下さんを表へ帰したら一生恨まれる。さすがにそれはゴメンでね」
「んな理由で残すんじゃねえよ! 今すぐ霊夢に送って貰うべきだ!」
「そ、そうですよ!」
今回は魔理沙だけじゃなく小鈴も一緒に声を荒げていた。その瞳には命に代わるものはない、という想いが込められており、本気で心配しているのが誰の目からも察せる。一連のやり取りを後ろから静観していた阿求も会話へと入る。
「ふたりの言う通りです。お恥ずかしい話、私ですらこの有様なのです。杉下さんのことを考えるのであれば、今すぐ医療体制の整っているであろう元の世界へお戻りになるべきです。何かあってからでは遅い。手紙の件どころではありません」
身体がふらついているにも関わらず、阿求は声を張って訴えた。尊は「確かに」と肯定してから続けた。
「皆さんの言っていることは正しい。ですが、この里には表の民間人がいます。このような状況の中、僕たち警察は彼らを放って帰る訳にはいきません」
「だからってさ、おじさんを残すのはリスクが――」
魔理沙の声を遮りながら尊が問う。
「質問なんだけど、もし霊夢さんに送って貰えたとしてぼくたちは表のどの辺りに出るんだ?」
「あん? それは本人じゃなきゃわからんが……」
返答に困った魔理沙が阿求に目で支援を頼むと彼女が説明を代わった。
「大半は山や森の中に出ると聞きますが……」
「場所の指定は?」と尊は鋭く突っ込む。
「……今の巫女には、無理かと。ですが、結界に精通している者なら他にもおります」
阿求の申し出に尊がこのように返す。
「もしかして《八雲紫》さんですか? 今、彼女は表にいるそうですよ」
「え?」キョトンする阿求とその周囲。
「西行寺さんがそう仰ってました。しばらくこちらを留守にするそうです。部下の方も同行しているらしく連絡がつかないようなので、彼女に依頼するのは難しいかと」
「そうですか……」
阿求はどこか歯切れ悪く相槌を打ち、魔理沙がその姿を横目で見てから視線を真下に戻して少しだけで唸った。
「怪我人を運んだまま人気のない場所に送って貰えたとしても、今度は遭難などのリスクに晒されてしまう。であれば、尚更こちらでお世話になりたい。八意先生にはご迷惑をおかけしますが……」
「……神戸さんがそう仰るなら私に断る理由はありません。治療を引き受けましょう」
「ありがとうございます」
尊の頼みに折れた永琳が了承し、右京の治療は引き続き彼女が担当することになった。こうなってしまえば周囲が口をはさむことはできない。彼の粘り勝ちである。
医者と約束を取りつけた尊は次の行動に移る。ポケットから鈴奈庵で拾った銃弾を出して皆に見せた。
「これは鈴奈庵の本棚に突き刺さっていた銃弾です。形状からいって八意先生が摘出した銃弾と一致していると思われます」
「確かに似てるな」と魔理沙。
「狙撃地点は鈴奈庵から三十メートル離れた民家の屋根上でちょうど死角になるポイントでした。そして、これが拾った薬莢です。二発分、落ちていたので犯人が狙撃した際、回収し忘れていったのでしょう」
「年季が入ってんな」
魔理沙たち三人が興味深そうにビニールに入った銃弾と薬莢をジロジロと観察するも見たことがない物体にただ首を捻って唸るだけ。尊は続ける。
「阿求さん、里で作られているのは火縄銃ですよね?」
「ええ」
「使われているのは鉛の球弾ですか?」
「はい」
「ということは、この弾は里で作られたものではなく、外で作られたものってことか……。何かの拍子で幻想入りしちまったのか?」と魔理沙が一人呟く。
「こっちのことは詳しく知らないけど、ぼくたちの世界で作られたものってことは確かかな」
「それを使って狙撃が行われたのか。一体、どんな銃なんだ? 私はあんな正確にターゲットを狙える銃なんて見たことないんだが……」
「それはまだわからないな。調べようにも資料がない。おまけにヘッドスタンプも掠れて読めない――現状はお手上げだ。汚れからして作られたのは最近ではなく結構、前だと思うけど」
「ふーん、つーことは使われた銃を発見するしかないってことか」
「そうだな。犯人を捕まえて押収するしかない」
「にしても誰なんだ? こんなふざけた真似した野郎は」
「魔理沙は心当たりないか?」
「ある訳ないだろ。こっちが聞きたいぜ」
そう言って魔理沙は肩を竦めた。もちろん、阿求と小鈴も知るはずがない。
さて、どうしたものか。尊が顎に手をやったその時、病室の外からドタバタと足音が響き、物凄い勢いでドアが開けられた。
「す、杉下さんは大丈夫!?」
周囲の視線の先には髪がボサボサになった霊夢だった。今の今まで犯人を捜して里や周辺を探し回っていたのだろう。相変わらずだな、と相方の魔理沙は嘆いた。
「容態は安定しているぜ。感染症の心配はあるが、竹林の医者を信じて元気になるまでこっちで治療するってよ」
「そう、よかったわ――って安心してる場合じゃなかった! 魔理沙、アンタさ、これ読める!?」
「ああん? なんだこの英語で書かれたメモは?」
白紙にインクで書かれた流暢な英文に魔理沙は思わず目を奪われ、動きを止める。呑気な魔理沙に苛立ったのか、霊夢が声を張り上げた。
「阿求でも小鈴ちゃんでも誰でもいいから訳して! 狙撃現場に落ちていたものなんだけど――」
「なんだと!?」
はやくそれを言え、そう言わんばかりの態度を上まで露わして、霊夢を睨んだ魔理沙が手紙の内容を素早く音読する。
「『我は偉大なる御方に仕えし、狩人《バルバトス》。我、主のため――この世界を献上すべく、貴殿らに戦いを挑む』」
彼女がその挑戦状とも取れる手紙を読み終えると同時に病室の空気が凍りついたのは言うまでもなかった。
作者はミリタリーや医学の知識が乏しいため、ご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんが、大目に見ていただけると幸いです。