相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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投稿が遅れてしまい申し訳ありません^^;


第81話 ワトソンの助言

「なんだよ、これ……」

 

 手紙を読んだ魔理沙本人も周囲の人間たちも一時、言葉を失った。少し間を置いて、いち早く正気を取り戻した霊夢が騒ぎ出す。

 

「なんなのよ、その《バルバトス》とか言う奴は!?」

 

 視線を忙しなく動かして周囲を確認して見るが、その問いに答える者は誰もいない。苛立ちを覚え、霊夢が奥歯を噛み鳴らしたところで、顎に手をやっていた魔理沙が「もしかして」と小声で呟いてから続けた。

 

「バルバトスって《ソロモン72柱》のアイツか……?」

 

「ソロモン72柱?」

 

「ああ。少し前、紅魔館でちらっと読んだことがあるんだが、ゴエティアだったか――そんな感じの魔道書に載っている悪魔さ。確か……位は公爵で狩人の姿をしてるんだったな」

 

 ソロモン72柱とは、十七世紀頃に発行された作者不明のグリモワール《レメゲトン》第一部ゴエティアに登場する悪魔たちのことである。

 本書にはソロモン王が使役したとされる72柱の悪魔たちの召喚に必要な魔法陣、呪文などが書かれているので、魔道書としての価値は非常に高いが、幻想郷では妖怪が書き残した禁書たる妖魔本の扱いを受けかねない危険な代物だ。

 紅魔館の魔法図書館にもレメゲトンは置いてあるが、パチュリーの私物であるが故、一般公開されておらず、厳重に保管されている。

 魔理沙によってもたらされた情報――特に悪魔というワードが自身の耳に届いた瞬間、霊夢の目付きが一層、険しくなる。

 

「悪魔――つまり妖怪ね?」

 

 静かに訊ねるも、その双眸はかつて右京に指摘された犯罪者の目そのもの。妖怪絡みの事件とあっては博麗の血が黙っていないのだろうか。里の権力者が狙われ、表からやってきた知り合いが撃たれたとあっては無理もない。

 いつもは楽天的でサボり癖のある彼女も本気にならざるを得ないのだ。その急激な変化に魔理沙がたじろぎつつも「そ、そうだな……」と相槌を打つ。すると霊夢は、

 

「……わかったわ」

 

 部屋を出て行こうと、取っ手に手をかける。

 

「おい、待てよ!! どこいく気だ!?」

 

「怪しいところを片っ端から調べるのよ」

 

 霊夢は鉛のように冷たく重い声で魔理沙に答えた。

 

「アテはあんのか?」

 

「これから探すわ」

 

「今まで探して見つかんなかったんだろ!?」

 

「……」

 

「少しは冷静になれってんだ。またこの前みたくおっさんに愚痴られるぞ?」

 

「ぐぐ……」

 

 七瀬春儚の件で右京に指摘されたことを思い出し、自分が暴走しているのだと理解した彼女は取っ手から手を離し、ばつが悪そうに魔理沙のほうへと向き直る。

 

「じゃ、どうしろって言うのよ? 何もしない訳にはいかないのよ」

 

「確かにな。ま、その前に――」

 

 魔理沙が尊を指差す。

 

「名探偵の助手の意見を聞かせて貰おうぜ? 色々、調べてたようだしな」

 

「(コイツ、俺に振ってきたよ……)」

 

 心内、呆れつつもいずれは訊かれると思っていた彼は、軽く咳払いをしてから自身が回収した銃弾を霊夢に提示する。

 

「これが現場に置いていた銃弾。杉下さんの体内からも同じものが出てきた。犯人が使ったと仮定していいだろうね」

 

「ずいぶん、細い金属なんですね」と冷めたトーンで霊夢が述べた。

 

「表ではこれによく似たタイプが使われるんだ」

 

「ということは杉下さんを撃った相手は幻想郷の外からやってきたということですか?」

 

「可能性は高いね」

 

「つまりだ。表の世界から妖怪がやってきて阿求を狙い、挑戦状を置いて逃走したってか。ふざけたやろうだぜ……」

 

 魔理沙が腕を組みながら両目を瞑り、阿求と小鈴も項垂れるように無言で同意し、永琳も浮かない表情で病室の窓を眺める。

 

「困ったことになったわね」

 

「ですね」

 

 白装束の助手も永琳の言葉にコクンと頷いた。表情は見えないが、態度からして困惑しているように見て取れる。誰もが阿求を狙ったのがソロモンからの刺客である。そう決めつけていた。そこに尊が待ったをかけるべく、右手を挙げる。

 

「ところで、バルバトスって悪魔は銃を使うのだろうか」

 

「そりゃあ、狩人だしな。使っても不思議じゃないだろうよ」と魔理沙は何気なく返した。

 

「だけどな魔理沙。今回の銃弾は錆びていたんだ。それも明らかに手入れもされてない。この状態だと不発する可能性だってある。犯人は公爵とも称される悪魔なんだろ? そんな大物が錆びた弾を使用するのはどうにも引っかかるんだよ。それに犯行時刻も狙撃場所も暗殺には適さない。まるで素人の犯行だ」

 

「だったら、犯人はその妖怪じゃないってのか?」

 

「それはまだわからないけど、妖怪だと決め付けるのは早計だと言いたいね。その犯行声明だって本当に妖怪が書いたものか……」

 

 疑問が出た直後、魔理沙が霊夢に訊ねた。

 

「……霊夢、その紙から妖気を感じるか?」

 

「今のところ何も感じない」

 

 いくらグータラ巫女と言っても霊感が鋭い彼女にとって妖気を感じ取ることなど朝飯前。そのプロフェッショナルが感じないと答える以上、妖怪が書いた可能性は低い。しかし、本人は腕を組みながら、

 

「誰かに書かせた可能性だってあるわ」

 

 と語る。

 

「誰かって誰だよ?」

 

「そ、それは……」

 

 そこまで考えてなかったようで、霊夢は魔理沙の質問に答えられず、言い淀む。いつもの悪い癖だ。そういうところだぞ、と魔理沙が指摘されて目を背けながら「一応、わかってる」と視線で返事をした。周りが自分の意見に納得していると踏んだ尊が忠告する。

 

「犯人は妖怪か人か――決定的な証拠がない以上、簡単に決めつけるべきではありません。慎重に犯人を捜しましょう」

 

「ん? アンタも犯人捜しをするのか?」と魔理沙。

 

「まあね。駄目かい?」

 

「駄目じゃないが……もしも相手が妖怪だったら死ぬぜ?」

 

「覚悟の上さ」

 

「相手は銃を所持している。撃たれたら神戸さんだってタダでは済まない。おとなしくされていたほうが……」

 

 さり気無く、阿求が彼を止めに入るが、彼は己を曲げない。

 

「ご心配なく。何かあっても恨んだりはしません。先ほども言った通り、この人里には表の人間がいます。彼らを放っては置けない。それに――」

 

「それに?」

 

「仲間をやられて黙っている訳にはいきませんから。必ず犯人を見つけて償わせます」

 

 日本警察は仲間意識が強く()()()()()()()()()の精神を持っている。クレバーに思われる彼も仲間や友人のために熱くなる傾向があり、何かあった際は率先して動き、事件解決に奔走する。

 それが行き過ぎた結果、意図せず冤罪へ加担。被害者に恨まれて出所してすぐに自殺されたという消えない傷を負ったこともある。

 だからこそ、いつもより先入観に捕われず、客観的な事実に基づいて犯人を捜そうとしているのかもしれない。それでも阿求は煮え切らなかった。

 

「ですが……」

 

 ――そこまで言うなら、いいんじゃないかの?

 

 突如、病室の扉が開き、中に入って来た人物が、食い下がる阿求に向けて言った。

 

「あ、マミさん」

 

「うむ、話は聞いておったぞ。神戸どの」

 

 マミである。いつもの紋付き袴の袖を揺らし、戸惑う周囲を余所に真っ直ぐ右京のところまで歩き、安否を確認した彼女は静かに「まったく、無茶しおってからに」と嘆いてからクルリと皆のほうを向く。

 

「今現在、里中がパニックじゃ。妖怪の仕業を疑い騒ぎ立てる者も居れば、人間の仕業ではないかと言う者もおる。白沢どのが対応に追われ、奔走しておるが、それでも一向に収まる気配はない。早期の解決が望まれるじゃろう。人手は多いほうがよい」

 

「とは言いますが、妖怪が絡んでいれば必然的に戦闘となり、生身の人間では太刀打ちできません。もしものことがあれば……」と阿求。

 

「稗田の面子に関わるか?」

 

「――ッ! 杉下さんに顔向けできないという意味です! この状況で面子なんて持ちだす訳ないでしょ!」

 

 珍しく声を荒げて反論する阿求にマミは安堵したかのような態度を取る。

 

「おぬしも()()と人間らしいところがあるの」

 

「意外とはなんですか。私は()()ではありませんよ?」

 

 目つきを鋭くしながら不服そうに詰め寄る彼女をマミは「わかっておるわい」と宥め、落ち着かせてから話を戻した。

 

「さぁ、どうする? 犯人捜しに混乱する里人のケア。やることは山積みじゃぞ?」

 

「私は治安維持に努めるべく、里の有力者たちへ協力を求めに行きます。慧音さんだけに任せておくのは荷が重いですから」と阿求が即答する。

 

「アンタ、今さっき狙われたばかりじゃない!」と霊夢がつっこむ。

 

「仕方ないでしょ。里が優先なんだから」

 

 それは本人もよくわかっている。今この時も足が震えており、可能なら数日は自宅に引き籠りたい。けれど、里をまとめられるのは稗田家当主の自分を置いて他に居ないと彼女は考えている。無理をしてでも動かなければならないと。そのように聞かされたら、仲のよい小鈴が黙っていられるはずもなく。

 

「駄目よ、阿求! 危ないって!」

 

「わかってるわよ。でもね、小鈴。私は稗田家の人間なの。里が危険に晒されている時にひとりだけ知らん顔してる訳にはいかないの」

 

「だけど……」

 

 里を心配する阿求と親友を心配する小鈴が話し合っているが、意見は平行線のまま。このままだと口論に発展すると感じたマミが「神戸どの、何かよい案はないか?」と名探偵の助手を頼る。しばしの無言を経て、尊が口を開いた。

 

「稗田さん、狙われているのは他ならぬアナタで、ここでむやみに行動すれば犯人に再度、殺害の機会を与えてしまうようなものです。小鈴さんの言う通り、可能なら外出は控えた方がよろしいかと」

 

「そうしたいのは山々ですが……」

 

 阿求は視線を床に落とした。何か複雑な事情がありそうだが、本人は部外者に話したがらないだろう。彼女の表情から心情を察した彼は引き止めるのを諦めた。

 

「……ぼくは里の事情を詳しく知りませんが、稗田さんが里の大事なまとめ役なのは理解してます。どうしてもと言うなら、魔理沙と霊夢さんを護衛につけて行動するのを勧めます。このふたりなら里人に不安を与えにくく、戦闘力も申し分ない。犯人も迂闊に近寄れないはず――ふたりとも、いいかな?」

 

 彼の意見に魔理沙は「構わん」と即答したが、霊夢のほうは歯切れ悪く「わかりました……」と承諾し、一刻も犯人を捜し出したいという雰囲気を漂わせていた。なので、尊はさりげなく「阿求さんがターゲットである以上、犯人は彼女を狙う可能性が高く、機会を伺いに周囲を嗅ぎまわるかもしれない。捕まえるチャンスがくるかもよ」と添えた。

 

 すると彼女は別人のようにやる気を出し始めた。

 

「そ、そうですよね!? さあ、魔理沙。阿求を警護するわよ!」

 

「単純すぎないか、お前」

 

 右京の言葉巧みに周囲を動かす技術を真似る形で霊夢を動かしてみせた尊にマミが「さすがは杉下どのの相棒じゃな」と賛辞を送った。

 その後の話し合いで阿求は里の治安維持活動に努め、魔理沙と霊夢は阿求の、マミは右京を永遠亭へ運ぶ永琳と助手の護衛、小鈴は鈴奈庵でバルバトスや銃器に関する資料の選定、尊が調査続行の方向で固まり、一斉に行動を開始する。

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