相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第82話 月下に佇むは大妖狸

 時刻は十六時。尊たちが行動を開始した同じころ、やっとの思いで長野県の山中から公道に出られた男はタクシーを捕まえ、最寄駅まで移動している最中だった。未だ呼吸が乱れている客に運転手が興味を抱く。

 

「お客さん、ずいぶん息、切らしてるけど、何してたんですか」

 

「……少し、山の中を散歩していただけですよ。途中、道を外れて山中を彷徨ってしまいましたが――」

 

「んん!?」

 

 男が何気なく語った話に腹を立てたのか、運転手が声を荒げた。

 

「それは危ないよ! アンタ――山、舐めてたら死ぬよ? つい最近だってこの辺りで行方不明者が出たばかりなんだから」

 

「行方不明者……ですか」

 

「そうだよ。ここ一週間、捜索隊が必死に探しているけど見つからないんだ。噂だと、東京の警察官で、幽霊見たさに山の中へ入って消えてしまったんだと。おまけにその人の知り合いの警察官も探しにきて一緒に行方不明なったときたもんだ。きっと神隠しに違いない、皆そう言ってるんです」

 

「……」

 

「最初の行方不明者もお客さんみたいに物腰の柔らかい紳士さんだったそうですよ。山を舐めてはダメだ」

 

「わかりました。気をつけます」

 

 観光でこの辺りを訪れた人間が軽い気持ちで山の中へと足を踏み入れて道に迷い、帰らぬ人となるケースは後を絶たない。最近も行方不明者が出たとあって周辺住民も警戒している。この運転手もそのひとりであった。

 男はそんな親切な運転手の説明を余所に後部座席から自身が下ってきた山を振り返りつつ、小さくため息を吐いてからゆっくりとスマホを取り出し、誰かとやり取りをしながら時間を潰した。タクシーは一時間半後、駅に到着。男はその足で新幹線に乗車して東京に向かった。

 

 

 混乱する里人を気にかけながら、尊は手がかりを掴むべく、犯行現場を中心に聞き込んで回ったが、一切の目撃情報がなく犯人の痕跡も見つけられず、日没を迎えてしまう。

 こうなってしまうと不安から住民は誰とも話したがらなくなり皆、家の中に閉じこもる。さらにこのような事件が発生したとあって、部外者の活動をよく思わない者もちらほらと現れ、物陰からヒソヒソと小言を言い始める。

 彼らから嫌悪の目を向けられると悟った尊は泣く泣く本日の捜査を打ち切らざるを得なくなった。

 一旦、鈴奈庵に戻った尊は小鈴に事件解決に使えそうな書籍があるかと訊ねる。彼女は浮かない顔つきのまま、かぶりを振って答え、すぐに「もうちょっと探してみます」と書籍探しへ戻っていった。

 店内の席に座り、頬杖をつきながら本日の捜査を振り返る。

 

「白昼の出来事だというのに、目撃証言が一件もなく、足跡もほとんど残されてなくて追跡不可能。情報がなさすぎる……」

 

 当初、狙撃地点や犯行時刻、薬莢の不回収から犯人が素人であると踏み、他の証拠も集まるだろうと踏んでいたが、昼間得た証拠、証言以外に有力な手かかりが掴めなかった。

 

「まさか、本当に妖怪の仕業なのか?」

 

 結論を出すには早いと霊夢たちに語ったものの、忽然と姿を消した犯人に驚きを隠せずにいた。

 科学捜査が可能ならゲソ痕や硝煙反応、指紋鑑定など犯人を追い詰める手段はいくらでもあるが、こと幻想郷に至っては全てが活用不可。かつ、事件捜査に欠かせない専門家すらも呼べない。スマホもネットが繋がっていないので外部から情報を仕入れられない。

 

「馬刈村の比じゃないな。はぁ……」

 

 同じ山奥の田舎でも段違いの難易度だ。甘い考えを打ち砕かれた尊が大きなため息を吐いたところで背後から「もう根を上げるのか」と女性の声が耳へ届く。尊が反射的に背筋をピンと伸ばしながら慌てて振り向くと、人差し指で自慢の眼鏡を上下させるマミが立っていた。

 優しさと怪しさが同居する笑顔に彼は半笑いを見せつつ、

 

「いつお帰りになられたんですか?」

 

「ついさっきじゃ」

 

「気がつきませんでした」

 

「静かに入ってきたからのぉ。驚かせてすまんかったな」

 

 軽く謝ったマミが向かい合うように座って、会話が続行される。

 

「永遠亭に杉下どのを送り届けた。あそこは里よりも安全じゃ」

 

「わざわざ、ありがとうございました」

 

「気にするな、あの者には借りがある」

 

「敦君の件――ですか……?」

 

「そうじゃよ。杉下どのから何か聞かされておるか?」

 

「一応……。ちょっとだけですけどね」

 

「ふーん、そうかそうか」

 

 直後、彼女が目の奥を光らせる。

 

「……何と言っていたか?」

 

「えーと、彼がどこにでもいる青年で、酒場で働き、店主に惚れるも、不幸なことにお店の客に殺させてしまった。くらいです」

 

 と尊がいつものスマイルで返す。マミが右手で口元を覆う。

 

「ふむ、そうじゃな。あれは痛ましい事件じゃったよ。人が殺されるというのはどうにも慣れん。今回の狙撃も杉下どのがいなければ阿求は死んでおったじゃろう。こんなことは到底、許せん」

 

「同感です。住む場所が違うとはいえ、あれは非人道的な行為に変わりありません。許されるべきではない」

 

「さすがは表の警察官。立派じゃ!」

 

「当然のことです。事件を解決するまで捜査を続けます」

 

「わかった。困りごとがあったら何でも言ってくれ構わん。協力しようぞ」

 

「はい」

 

 話が終わるとマミが席を立ち、入口から出ていった。その姿を見守った後、彼はスマホをポケットから取り出し「油断ならないな……」とボソっと呟いてから、情報の確認と整理の作業に入った。

 

 

 店の外からそれほど離れていない路地に入ったマミは周囲に人の気配があるかをチェックする。

 

「後をつけてきてはおらぬようじゃな。オヌシら、出てこい」

 

 彼女が暗闇に向かい話し掛けると、それに呼応していくつかの小さな影が蠢く。闇の中から茶色の小動物――《狸》が姿を現した。狸たちはマミの正面までたどり着くと、ピタリと止まって彼女を見上げるように座った。

 

「何か情報はあるか?」

 

 彼ら一斉に顔を左右に振って「収穫なし」と報せる。マミは「そうか」と言ってから腕を組む。

 

「手がかりはなし。現状、妖怪の犯行か人間の犯行かわからんか。困ったのぉ」

 

 ため息と共に路地の上空から雲を縫うように覘かせる月明かりに目をやる。同時に彼女の尻付近から人間の大人サイズはくだらないであろう立派な尻尾がブワッと生え、頭からは狸耳がドロンと出現した。

 そう、何を隠そう彼女もまた妖怪なのだ。その名は二ツ岩マミゾウ。狸たちの頭領である。本来の姿を解放したマミの雰囲気は人間とは比べものにならないほどのプレッシャーを誇る。

 今回は気が立っているのかいつも以上に禍々しさを漂わせており、配下の狸ですら心なしか怯えているように思える。

 

「幻想郷の妖怪が調整役の阿求を狙う理由はない。それでいて狙われる。犯人が妖怪なら間違いなく外部犯。もし人間だとしても使用された武器は表で作られた品。こちらも外部犯を疑うべき。じゃが、どうにもタイミングがよすぎる」

 

 彼女は、とある事情から以前より里を配下の者に監視させており、些細な変化も事細かにチェックしていた。

 

「秘密結社、それに四家。この里にも不安要素がくすぶっておる。無関係ならまだ笑って許せるが。そうでないのなら――」

 

 険しい表情と共にバチバチした殺気を放つマミに子分たちは耐え切れず「きゃうっ」と悲鳴を上げた。

 

「すまぬの。ちいっとばかし熱くなってしまったわい」

 

 マミは謝罪したのち、考えてもらちが明かないと悟り、指示を飛ばす。

 

「オヌシらはこれまで以上に里を隈なく捜索するのじゃ。特に秘密結社、四家関係は念入りにな――それと()()()()()()()()()()()も対象じゃ。が、こっちはあまり近づきすぎるなよ? あれも頭の回る男じゃからな。勘づかれて撒かれるかもしれん。何か動きがあったらすぐ儂に報せよ。よいな?」

 

「「「きゃうっ!」」」

 

「話は終わりじゃ――いけ」

 

 主の一声で狸たちは一斉に暗闇の中へと散らばっていく。最後の一匹が消えたのを確認し、彼女は路地の壁に持たれながらそっと目を閉じて、

 

「(とはいえ、子分どもでは限界がある。儂自ら動かねばならんな)」

 

 犯人捜しに参加する意向を固めた。

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