相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第83話 少女たちの密談

 深夜零時。皆が寝静まるころ、ひとりの男が周囲から光が漏れないように窓のない部屋でひっそりと明かりをつけた。

 彼はおもむろに部屋の隅に置かれている荷物の隙間に挟んであった真新しいA4サイズの茶封筒から四つ折りの手紙をスッと取り出し、パサリと広げる。

 その紙に書かれた内容に目を通し、ところどころ顔をひきつかせるも終始無言のまま読み終え、何事もなかったかのように手紙を火で炙り、燃やす。

 炎に照らされた表情は非常に暗いものながらもどこか凛とした雰囲気を漂わせていた。

 

 ――派手にやろうじゃねえか……。

 

 小声で呟いた男は物音を立てず、そっと床に就いた。

 

 

 同時刻、稗田邸にて。

 

「ごめんね、ふたりとも」

 

「いいのよ、こういう時くらい」

 

「そうだぜ」

 

 自室の真ん中で座布団に腰を下ろす阿求が、部屋の壁に背をつけてあぐらをかく霊夢と魔理沙のふたりと雑談していた。

 権力者への協力や混乱する里人への呼びかけを行い、狙われている身でありながら最低限の仕事をこなした彼女だったが、やはり深夜、稗田邸の女中たちだけで過ごすのは心もとなく、ふたりに付きっ切りで護衛を依頼したのだ。

 事態が事態なだけにふたりは二つ返事で了承して今に至る。

 豪華なお屋敷でのお泊りとあって、最初こそ若干、浮つき気味だったが、深夜を回った辺りには仕事人の顔つきで身辺警護に励み、その役割を果たしていた。

 いつもぐーたらなふたりが、今日ほど頼もしく見えた日はない。阿求の顔にほんの少しだけ笑顔が戻る。

 

「ありがとう。ホント、心強いわ」

 

「何よ、改まって」

 

「らしくねえな」

 

 霊夢と魔理沙が口を揃えて反応すると阿求自身も「そうよね」と苦笑いを浮かべて続ける。

 

「想像以上に参っているのかもしれないわね……」

 

「狙撃された訳だしね、仕方ないわよ」と霊夢。

 

「あぁ、そうさ。私らみたいにしょっちゅう妖怪と戦ってるのと違うからな。怖いはずだ」

 

 妖怪退治の専門家からはげまされるも阿求の顔色は優れない。しばらくは治らないな、と察した魔理沙が話題を変えた。

 

「ところでよ、阿求。何か心当たりはないのか?」

 

「心当たり……?」

 

「何でもいい。お前を恨んでるヤツとか、妬んでるヤツでもいい」

 

「……」

 

 しばらく口を噤み、顔を俯かせながら彼女は唸った。それは恐怖によるものではなく、隠し切れないといった観念に近く、その雰囲気を読み取った霊夢がすかさず詰め寄った。

 

「あるのね?」

 

 コクンと阿求が頷いた。息を飲みながら魔理沙が問う。

 

「誰、なんだ……?」

 

「《秘密結社》と《四家》の連中」

 

「「ッツ――!?」」

 

 頭の片隅にもしかしたら、そんな考えがあった魔理沙が顔を歪めて後ずさり、寝耳に水だった霊夢は驚きのあまり固まってしまう。

 咄嗟にふたりに顔を近づけた阿求が真剣な表情で「ここから先はオフレコで頼むわ。部外者の《狸》や《特命係》にも漏らしちゃダメよ」と小声で念押した。巫女と魔女は無言でコクンコクンと人形のように頷いた。

 自室の中心にふたりを集め、阿求が連中についてヒソヒソと語り出す。

 

「ここ最近、秘密結社がよからぬ動きを見せていたの。空地でやっていた会議を早朝や深夜、空き家や蔵でやるようになったり、やけに攻撃的な人間を仲間に引き入れるようになったりとね」

 

「秘密結社ってあの()()()()()よね? 幻想郷のルーツを探るとか、なんとかの」と霊夢は首を捻った。

 

 秘密結社。

 人里に存在する非公認組織である。

 主な活動内容は自分たち里人のルーツを明らかにすることであり、そのため調査の名目の下、里外で活動し、妖怪と戦い、死人を出すこともしばしば。言ってしまえば過激派の集まりである。自分たちは意義のある活動をしていると豪語するが、それでいて何の成果もあげられていない。

 霊夢からすればどこまでもお遊びの範疇であり、頭の片隅に辛うじて残るかどうかの連中だ。魔理沙にとっても同程度だろう。

 

「そうよ。自分たちのルーツを紐解くと言いながら、実際は妖怪から幻想郷を取り返そうと画策する反社会勢力。自由のために行動するのは勝手だけど、この問題はそんな簡単ものじゃない。騒いでどうにかなると思っているのなら本当に愚かよ」

 

 珍しく目つきを鋭くさせながら語尾に力を入れる阿求に霊夢が同意してみせる。

 

「それが幻想郷のためなのにね」

 

 目を閉じて鼻を鳴らす彼女に魔理沙は視線を逸らしつつ、

 

「……そうだな。私も表で暮らしたいとは思わん」

 

「皆、同じ気持ちよ」と霊夢が言った。

 

 阿求が話を続ける。

 

「今までは組織の体を成さないお遊び集団だったのだけど……それが急激に組織化されたのよ」

 

「何があったんだ?」

 

 魔理沙の質問に阿求が答えた。

 

「数か月前、不慮の事故で亡くなった先任者の代わりにリーダーとなった男が組織の変革を打ち出したのよ。『強い組織にならないと妖怪相手にまともな交渉すらできない』と語ってね。最初は誰も相手にしなかったけど、彼の強いリーダーシップのおかげで徐々に人が増え、厄介な集団へと変わってしまったの。私も部下に探らせるまで詳しく把握していなかったんだけど、知った時は頭を抱えたわ」

 

「いつわかったんだ?」

 

「今日の早朝……」

 

「……なるほどな。で、お前は連中が怪しいと睨んでいる訳か」

 

「色々と疑問は残るけどね。妖怪の仕業だって十分考えられるし」

 

「妖怪ならバルバトスとかいうヤツよね? 狩人だかなんだか知らないけど、叩き潰してやるわ」途端に意気込み出す霊夢。

 

「尻尾を掴まんことにはどうにもならんがな。しかしながら、今回の事件は謎が多すぎる――痕跡も残ってないし、妖気らしきものもない」と魔理沙が零す。霊夢が反応した。

 

「狩人だから隠すのに慣れているってことは?」

 

「ない訳じゃないが、お前相手に妖気まで隠すのは難しいだろう。微弱なやつならまだしも、相手は有名な悪魔だ。ばら撒けるほどの妖気を持ってるはずだぜ」

 

「そうよねぇ……」

 

 悪名高い悪魔なら持ち合わせる力もそこらの妖怪の比ではなく、勘の鋭い巫女から完全に妖気を隠せるとは考えにくい。眉間に皺を寄せながら考え込む霊夢を余所に魔理沙はもうひとつの連中について訊ねた。

 

「四家のほうも怪しいのか?」

 

「怪しいわ。報告だと秘密結社を支援している可能性がある」

 

「支援だと!? ()()()()がか? どこだ、そんな馬鹿なことをするのは!?」

 

 珍しく腹を立てる魔理沙に阿求が言う。

 

「今、調査中――個人的には火口家以外のどこかだと思うけど、証拠がない」

 

「水瀬、風下、土田のどれかか。どいつも胡散臭せえヤツらだからな。裏で何やってるかわかったもんじゃない」

 

 深刻そうな面持ちで話し込む阿求と魔理沙に蚊帳の外の霊夢がそろりと手を挙げる。

 

「あの~、その四家ってどういう連中なのかしら……。ヤクザってのは知っているんだけど」

 

 普段から霊夢は幻想郷の結界付近に住んでいるので里の内情には疎く、本人のいい加減さも相まって大した知識を持ち合わせておらず、ふたりの話についていけなかった。

 

「お前、相変わらず、里に興味がないんだな」

 

 ばつが悪そうな霊夢を魔理沙がジト目で見つめた後、説明を行う。

 

「四家ってのは簡単に言えば前々から里の生活基盤に関する仕事を仕切っている連中さ。火口、水瀬、土田、風下――それぞれがその方面のまとめ役をしてんのさ。同時に里で問題を起こしたヤツらの受け皿でもあり、居場所のない荒くれどもをしばいて働かせてるって訳だ。村八分になりやすいこの里で比較的、追放される人間が少ないのも連中が面倒を見ているからなんだ」

 

「里の外に出たら生きていけないものね」と霊夢が零す。

 

「でもって、この四家ってのは仲がよくない」

 

「どうして?」

 

 首を傾げる霊夢に今度は阿求が答える。

 

「荒くれどもが多く集まっているからね。しょちゅう喧嘩してるのよ。『ガン飛ばしたな』だの『勝手にウチの島に入るな』だの『俺の女にちょっかい出しただろ』だの、くだらないことでやり合う――上の人間に教育するよう促しても最初だけですぐ元通り。先代当主から仕事を任されたからって調子に乗り過ぎよ。ホント腹立つ」

 

 苦虫を磨り潰したような顔で阿求は怒りを顕わにする。四家は里公認の組織であり、組織を認めたのは幻想郷でも最上位の家柄を持つ稗田家の先代当主。

 つまり、阿求の父親である。先代と四家は仲がよく、先代の存命時は真面目に仕事をこなしていた。しかし、紅魔異変から少しして先代が亡くなり、阿求が稗田家当主を継いだ辺りから徐々に態度が変化。表向きは従順だが、裏で好き勝手やり出すようになったのだ。

 話を聞いた霊夢が疑問を口にした。

 

「そこまで言うなら連中を潰して、会の仕事を他に任せればいいんじゃない?」

 

「潰したら誰が荒くれ者を管理するの? 一応、貴重な労働力だから、上手に活用したいのよ。それに里の外へ追放するっていっても結構な数がいて、連中を追い出せば里の運営に支障が出るし、里人が不安がって悲観論や終末論が流れるかもしれないから治安的にみてよろしくない。おまけに長い間、四家が里の生活基盤を担ってきているから連中の持つノウハウが失われるのもマズイときた。火口家だけじゃ、カバーしきれないしなぁ……」

 

 嘆く阿求を尻目に霊夢が「火口家って特別なの?」と独り言のように呟く。

 

「彼らは古くから里に住む一族でね。稗田家と仲がよいの。だから、人里における火薬の製造と管理だけじゃなく()()()()の製造と管理も担って貰っているのよ」

 

「ある武器……?」

 

()()()よ」

 

「銃ですって!?」と霊夢が声を荒げた。

 

 ここで魔理沙が補足がてら口をはさむ。

 

「人里で唯一、火縄銃製造技術を持つ。それが火口家が代表を務める《火龍会》だ。あぶれ者の受け皿となっている手前、態度の悪いヤツもいるが、他の家に比べて、義理堅い連中が多くてな。ここに住んでた頃は時々、世話になったもんだ」と魔理沙が当時を懐かしみ、阿求がつなげる。

 

「火口は四家の中でもっとも信頼できる存在よ。以前より、そういった危険物の管理を依頼しているけど、今まで一度も稗田家を欺かなかった」

 

「ふーん、そうだったのね。知らなかったわ」

 

 あぐらを組んで感心する霊夢に魔理沙が「勉強になったか?」としたり顔で訊ね、彼女が「一応ね!」と舌を出してから、催促する。

 

「ついでに他の三家についても詳しく教えてよ」

 

 魔理沙は「しょうがないな~」と満更でもない表情で頷いた。

 

「水瀬家は水道業や水運業を取り仕切る《水龍会》の代表だ。トップはどこか顔つきが香霖に似た三十くらいのいけ好かない眼鏡野郎でな、アイツの性悪三倍増しだ。用心するに越したことはない。土田家は土木を取り仕切る《土龍会》の代表だ。こっちは五十代の太ったおっさんだ。声がデカくてうるせえが、ずる賢いヤツだ。信用ならん。最後は風下家率いる《風龍会》だ。連中は里の賭博を仕切っている。イカサマなんぞしようものなら、複数の組員に拉致られ、こっぴどくしばかれた上で出禁にされる。代表は七十代の白髪ババアだが、雰囲気は芝居に出てくる極道そのもの。腕自慢の会員でも逆らえんくらいの覇気がある。こと口論においては四家最強――不用意に近寄らんことだ。軽く見ていると痛い目に遭う……」と言ったのち、魔理沙は小さくため息を吐いた。

 

「ふーん、そう……」

 

 まるで遭ってきたかのようね、と思ったが、霊夢は口に出さなかった。

 会話が途切れたのを見計らい、眠気を覚えた阿求が「私はそろそろ休むけど、いい?」とふたりに伝えたことで雑談はお開きとなり、三人揃って阿求の自室で仲よく床に就く。

 こうして波乱に満ちた一日が終わった。

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