相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第84話 稗田の四家訪問 その1

 次の日の早朝。尊は日の出と共に目を覚ます。徹夜で疲れた眼を擦って身支度を整えた彼はひとり、テーブルへ向かい、無造作に散らばった数枚のA4用紙に嫌々ながら目を通す。

 右京の私物から拝借した白紙に事件の概要やキーとなるポイントなど書き連ねたが、昨日判明した以上のものは得られなかった。

 尊は両手で頭を押さえながらテーブルに肘を突く。

 

「足で稼ぐしかない……か。なんだか、刑事時代に戻ったみたいだな。ハハ」

 

 脳裏に右京との捜査が思い浮かべ、呆れ笑いをしたのち、部屋にあった残りものを口に詰め込み、昨日と同様にスマホの写真と睨めっこを始めたが、結果は同じだった。

 一時間が経過し、外に人気が出てきたのを見計らい、尊は部屋を出て本日の捜査を開始する。大通りに出ると、道を歩く人間の数が普段と比べて明らかに少ないことに目がいく。

 里人と会ったとしても、その大半は尊の顔を見かけた途端、身体をビクッと震わせて視線を逸らし、足早に去っていく。

 その様子に不安を抱きながらも尊は捜査を優先させ、狙撃現場へと向かう。 鈴奈庵についた彼は右京が撃たれた場所から狙撃現場を眺める。迷った時は最初から洗い直す。捜査の鉄則である。今回のような特殊な環境下ならなおのことだ。

 指で弾道をなぞり、狙撃地点の確認を終え、聞き込みのために狙撃地点の民家を訪れる。扉をコンコンと叩くと昨日の女性ではなく、その父親と思わしき人物が出てきた。

 尊が事情を話して再度、屋根と庭先を調査させてほしいと頼むが父親は困り顔で「昨日、調べて何もなかったんだろ? だったら、もう止してくれ。これ以上、ご近所さんから変な目で見られたくない」と言って取り合おうとはせず「そこをなんとか」と粘る尊を半ば強引に玄関の外に追い出した。

 一旦、諦めた尊が民家の外に出ると、着物姿のおばさんたちがヒソヒソと立ち話をしており、彼と目が合った途端、一斉に散っていった。

 

「田舎特有の()()か……」

 

 よそ者や疑惑の人間に対し、根も葉もない噂を作り、あーでもないこーでもないと嘯く悪習。これが捜査を大きく妨げていると彼は悟る。

 

「協力者が必要だな――」

 

 このままだと何もできない。そう思った尊はその足で様子見も兼ねて、稗田邸を目指した。朝七時半、尊は稗田家の門を叩く。すぐに女中が対応し、数分経つころには広間に通される。

 そこにはいつもの着物に身を包んだ阿求を真ん中に寝癖の直ってない霊夢と魔理沙が警護するように座っていた。軽く会釈した尊が三人と向かい合うように腰を下ろしてから阿求に訊ねる。

 

「昨日はよく寝れましたか?」

 

「おかげさまで」

 

「私らがつきっ切りで警護したんだ。当然だろ」

 

 と鼻を高くする魔理沙に頷く霊夢。阿求はそれを無視して話を続ける。

 

「調査に進展はありましたか?」

 

「その、特には……」

 

「そうですか。こちらも何人かにあたってみましたが、手がかりはおろか、目撃証言すらありませんでした」

 

「なるほど……」

 

 双方、情報はなく、会話が途切れ、しばし無言となる。そこに静寂に耐え切れなくなった魔理沙が、

 

「黙ってても、らちが明かん。捜査するしかないだろ」

 

 と一言。尊が「わかっているさ」と返し、阿求へ質問する。

 

「稗田さん、里で変な噂とか流れていませんか?」

 

「変な噂?」

 

「ここにくる前、狙撃場所の民家を訪ねて再度現場を見せて貰うようにお願いしたのですが家主に『ご近所さんから変な目で見られるから』と断られてしまったんです。だから、何かあったのかな、と思いまして」

 

「……狭い人里ですから、憶測が飛び交ってしまうのです。昨日、マミさんもそのことについて問題視しておられたので、私も対処して回りましたが、どうにも収まる気配がなくて」

 

「どんなことが囁かれているんですか?」

 

「犯人が妖怪かそれとも人間か、実は誰々が犯人なんじゃないか、など色々です。家主もそういった類の噂を立てられて精神的に参ってしまったのでしょう。こらちから使いの者を送り、捜査に協力してくれるように依頼してみます」

 

「ありがとうございます」

 

 阿求の計らいに尊が頭を下げる。そのとき、阿求の側にいた女中が彼女にそっと耳打ちする。

 

「神戸さん、申し訳ありませんが、今から人に会ってきますので、この辺りでよろしいですか?」

 

「はい、わかりました」

 

「霊夢、魔理沙――今日もお願いね」

 

「「ええ(おう)」」

 

 そう言って、阿求たちは立ち上がり、客間を後にしようとした。気になった尊が呼び止める。

 

「どなたにお会いなさるのですか?」

 

「里の知り合いです」

 

「もしよかったら、ぼくも同席させて頂けませんか? 一応、表では警備を担当する部署に在籍しているので、警護にお役にたてるかと思うのですが――」

 

「申し出はありがたいのですが……不安がりますのでご遠慮ください」

 

「そうですか、差し出がましいことを言ってすみません」

 

「いえいえ、何かありました気兼ねなくいらしてください。それでは」

 

 尊の申し出を断った阿求は護衛を連れて一足先に屋敷を後にする。彼もまた女中に見送られて稗田邸の外に出て、そのままきた道を戻る。

 道中、彼は「俺は蚊帳の外か……」と、やり切れない気持ちを吐露した。

 

 

 自宅から少し離れたところに向かう阿求たち一行。無言で歩く阿求に霊夢が訊ねる。

 

「で、どこに行くの?」

 

()()家よ」

 

「四家か……。そりゃあ、あのにーさんを連れて行けない訳だ」と魔理沙が言う。

 

「そういうこと。色々話さなきゃならないことが多いからね。とてもじゃないけど、部外者は同席させられない」

 

 険しい顔つきで語る阿求に霊夢もまた真剣な表情で「それがいいわ」と同意した。魔理沙も同意見のようで、

 

「だな。てか、他の家も回んのか?」

 

 と訊ね、阿求が答える。

 

「もちろんよ。少々危険ではあるけど、判断材料が欲しいからね……。そっちは慧音さんにも同行してもらうわ。状況が状況だから、ね」

 

「ヤクザは信用ならない。ましてや生意気な連中でしょ。いくならその気でいかないと」

 

 ボキボキと拳を鳴らしながら霊夢が笑顔を見せる。

 

 明らかにやる気満々なその態度に他のふたりが呆れながらも「まあ、その時はその時」と内心、覚悟した。それほど里を混乱させた罪は重いのである。そうこうしている内に一行の視界にお屋敷の門が入ってくる。

 

「あそこが火口家よ」

 

 稗田家ほどとはいかないが、風格のある屋敷だった。すぐ隣には火薬を扱う倉庫や火縄銃の製造所が併設させており、その規模を足してようやく稗田家の半分程度の規模だ。

 門を叩くと使用人が出迎え、三人を門内へと案内する。盆栽と小さな池が立ち並ぶ日本庭園を歩いて、玄関へとあがり、そのまま客間に通される。

 大きな松の木が描かれた戸を開けた先にはお座敷が広がっており、その中心には黒い袴を着た二十後半とみられる大柄な男性が立っていた。彼は阿求たちに気がつくや否やすぐに頭を下げる。

 

「ご当主、おはようございます」

 

「おはようございます、火口さん」

 

 引き締まった身体から繰り出されるシュッとしたお辞儀は些かのギャップを感じざるを得ない。顔を上げた反動で短髪の黒髪がふわっと揺れる。強面ながら、どこか凛とし、修羅場でも潜ってきたかのような佇まいだ。面食いで有名な霊夢が「あら結構イケメンじゃない!?」と心を躍らせる。

 そんな霊夢の視線を察知した阿求が軽い咳払いと共に会釈してから後ろのふたりを紹介する。

 

「こちら、博麗神社の巫女さんと霧雨雑貨店の娘さんです。今、護衛をしてもらっています。同席させてもよろしいですか?」

 

「もちろんです。さあ、どうぞこちらへ」

 

 ヤクザとは思えない丁寧な態度で火口は三人を座らせた。お茶とお菓子が用意され、話し合いの準備が整う。そのタイミングで阿求が切り出した。

 

「朝早く、お邪魔して申し訳ありませんね」

 

「いえ、本来はこちらが足を運ぶべきだったところを、こうしていらっしゃってくださるとは」

 

「火口さんだってお忙しいでしょう? 私なら大丈夫ですから」

 

 と阿求は気丈さをアピールする。しかし火口は表情を変えなかった。

 

「怪しいところがないか、という確認ですね?」

 

「さ、流石にそこまでは」

 

 阿求が口を押えるが、火口は続ける。

 

「最近、秘密結社が裏でコソコソしてますから。無理もない。自分らも警戒はしていますが、これといった動きはない」

 

「そうですね、リーダーが変わってからというもの、組織の質が変わってしまったようにみられます」

 

「アイツは頭の回るヤツですからな」

 

「「()()()?」」

 

 渡されたお菓子をポリポリと口へ運びながら、疑問を浮かべる霊夢と魔理沙に阿求が説明する。

 

「現、秘密結社のリーダーは奥村雅彦《おくむらまさひこ》。大通りの八百屋のひとり息子よ。小さい頃から頭がよくて勉学はできたけど、反抗的だったそうよ。慧音さんも手を焼いたと言っていたわ」

 

「ふーん、八百屋の息子ねぇ~。なんでそんなヤツが結社なんかに」そうコメントして魔理沙は腕を後ろ手に回す。

 

「周囲の話では尊敬していた父親が心臓麻痺で急死してから妖怪を恨むようになったらしいわ。冬場、厠で倒れていたから事件性はないと判断されたのだけど。それが原因じゃないかと睨んでいる」と阿求が推察する。

 

「恨みね……」

 

 恨みが原因で道を誤った人間を間近で見たばかりの彼女は反射的に視線を座卓の隅に落とす。心中を察した魔理沙が、

 

「よくある話じゃねぇか、気にするな」

 

 と声をかけた。

 

「……何を考えているのかわからんが、里に迷惑だけはかけないでほしいものです。自分らには()()()()()()()()()()のだから」

 

 火口は顎を押さえながら唸り、目を閉じた阿求が「まったくですね」と返す。その口ぶりに霊夢と魔理沙も思わず頷く。

 そこから、一時間ほど他愛もない会話を続けた末、火口は阿求に全面的な協力を惜しまないと語り、武器の管理を徹底に見回りを強化、報告を欠かさず行うと約束した。約束を取りつけたところで話し合いは終わった。

 玄関まで三人を送った火口は阿求に礼を言ったのち、霊夢や魔理沙にも「ご当主をよろしく頼む」と告げ、お土産として巾着に包んだお菓子を手渡した。

 すっかり気を良くしたふたりを尻目に阿求は一礼して火口家を出た。途端、貰ったお菓子を眺める霊夢が顔をニヤけさせながら、

 

「火口さんいい人だったわね~」

 

「な? 人望があるって言った通りだろ?」

 

 同じく、巾着を開けて中身を確かめる魔理沙。阿求は恥ずかしさのあまり、特大のため息を吐いた。

 

「まったく、卑しいったらありゃしない。ちょっとは行儀よくしなさい!」

 

「ごめん……」

 

「すまん……」

 

 稗田家の面子が丸つぶれである。彼女の表情がそれを物語っていた。とはいえ、状況的にいつまで怒っていられない。すぐに気持ちを切り替え、彼女はテンションの下がったふたりを伴い火口家を後にする。

 三人の後ろ姿を物陰から神経質そうな青年が恨めしそうに眺め、吐き捨てた。

 

「(笑っていられるのも今のうちだ)」

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