道中、寺子屋に寄り、慧音を加えた阿求一行は火口家から二十分ほど歩いた里の北端にある水瀬家の門を叩いた。一分ほど遅れて門が開くと、ガラの悪そうな中年の男が阿求たちを招き入れ、そのまま応接間へと案内した。
彼女たちが部屋に入るとふたりの用心棒を両脇に置いた眼鏡の男が愛想笑いしながら出迎える。
「これはこれは、稗田さん! よくぞいらっしゃいました」
男は身長160センチとやや小柄かつ痩せこけた頬が特徴的で、茶髪になった霖之助のような容姿をしていた。確かに霖之助に似ている。霊夢は昨日の魔理沙の説明に納得した。阿求が挨拶を返す。
「こんにちは、水瀬さん」
火口の時とは異なり、阿求の顔は笑顔が一つもなく、どこかピリピリとした雰囲気を漂わせていた。
その佇まいに水瀬は苦笑いを浮かべつつ「どうぞお座りください」と四人を座布団に座らせ、お茶とお菓子を出す。
水瀬はヘラヘラしているが、周りの部下は一切笑っておらず、どこか視線が鋭い。
霊夢と魔理沙も何かを嫌なものを感じ取ったのか、出されたものに手をつけようとはしなかった。準備が整ったところで阿求が切り出す。
「お聞きになっているとは思いますが昨日、何者かに狙撃されました」
「存じております。外来人が庇って急死に一生を得られた、と。いやいや、本当にご無事で何より――あ、犯人は見つかりましたか? 里中大混乱で、会員が仕事をしたがらなくて困っているのです」
「鋭意調査中です。何かわかったらお知らせします」と阿求はきっぱり答える。
「お命を狙われたばかりで調査とは。些か、危険では?」
「それについては妖怪退治の専門家ふたりと慧音さんに護衛してもらっていますので問題ありません」
「妖怪退治……。ということはそちらのおふたりは博麗神社のお巫女さんと雑貨屋さんのお嬢さん?」
「そうです」
「ほう」
数秒ほど、ふたりを興味深そうに眺めた水瀬はふふっと口元をゆるめた。
「お噂はかねがね。私なんかよりずっと若いのにもの凄くお強いとか。いやぁ、羨ましい限りです。我々は常に妖怪の脅威と隣り合わせですから。是非とも退治法をご教授して頂きたいものだ」
「里にいれば安全なのでは?」
何気なく、霊夢が返すと水瀬は首を横に振った。
「水龍会は里外の運河や湖でも活動するのです。井戸の整備から水道の管理、ときには漁業まで。水に関する事業を一手に引き受けております。おかげで妖怪に遭遇することもしばしば。威力の心もとない弓や数少ない火縄銃で威嚇を繰り返して妖怪を追い払うのですが、それでも妖怪は繰り返しやってきます。ですから、妖怪退治法を教え頂ければなと思いましてね」
「お、お札とかでいいなら……」
これはお金になるな。そう思いつつ霊夢が提案するが、水瀬は肩を竦める。
「それでは追い払うのが関の山です。もっと
目の奥を光らせる水瀬の真意に気づいた霊夢が目つきを細くして「ということはつまり――
水瀬はあっけらかんとしながら「あはは、そこまでは望みませんよ」と言って、おどけてみせる。
「話が逸れてしまいましたね。今のは忘れてください」
「……」
「(いけ好かない野郎だぜ)」
一連のやり取りに魔理沙が内心で吐き捨てる。他のメンバーも皆、同じ気持ちのようだ。水瀬は両手を軽く振って冗談を装うも、不気味な作り笑顔は相変わらずだった。
「稗田さん、我々水龍会も何か協力できることはありませんか? 事件解決のため、会員たちを働かせますよ?」
「お気持ちは嬉しいのですが、相手が妖怪か人間か不明な以上、余計な犠牲者を出す可能性もあります」
阿求がやんわりと提案を断ると、水瀬は微かに笑顔を崩した。
「事件捜査はそちらで行うと?」
「里のためです」
「ま、我々里の人間では力不足。致し方ない。そちらのお嬢さん方のように強い訳でもありませんし――わかりました、里の治安維持に尽力致します。そこで一つお願いがあるのですが」
両手をパンと叩き、頭を下げる水瀬を阿求が訊ねる。
「なんでしょうか?」
「対妖怪用に火縄銃をいくつかお貸しくださりませんか? 現在の数だと心もとなくて」
「今の所持数はいくつです?」
「壊れているものを除けば、三丁です」
「壊れているものを除けば?」と阿求が突っ込む。
「えーと、どれくらいだったかな……。おいお前、覚えているか?」
銃の数を忘れた水瀬が部下に問う。ガタイのいい部下が低音を響かせながら「五丁です」と答える。
「五丁だそうです。壊れたものは火龍会に持って行かせますので、補てん分だけでも貸し出して頂けませんか? なにせ、このような事態ですし」
手もみしながら詰め寄る水瀬に阿求は感情を込めずに対応する。
「検討してみます」
「ありがとうございます! 妖怪がうろついていると思うと夜も不安で眠れませんから、アハハッ」
本気で言っているのかふざけて言っているのかわからず、困惑する霊夢、魔理沙、慧音の三人を余所に阿求があの組織の話題を出す。
「ところで水瀬さんは秘密結社をご存じですよね?」
「秘密結社……? あぁ、あのガキ共ですか――知ってます。人間の歴史を取り戻すとか言って妖怪に突撃を繰り返している幼稚な連中。本当に愚かですよ! ……で、何故、そんな話を?」
「現リーダーが攻撃的な人物で、裏で組織的に活動しているとの情報が上がっているのです」
「へえーー。それは初耳です。けど……言われてみればここのところ、空地や道端で演説とかしなくなりましたね。前はそれなりの頻度でやってた気がしますけど……。まさか――今回の狙撃はアイツらが!?」
「それはまだ不明です。妖怪の可能性も十分あります。何か情報が入ったらすぐに知らせてください」
「承知いたしました」
その後、他愛もない話で三十分ほど繰り返し、キリのよいところで阿求が時間を理由に訪問を切り上げる。水瀬と水龍会の構成員に見送られながら一行は屋敷を後にした。
しばらく、歩いてから周囲に誰もいないことを確認した阿求が正面を向いたまま、独り言のように訊ねた。
「どうだった?」
「怪しい人よね。妖怪を自分たちだけで倒そうとしている節がある」
「同感だ。ちょっとばかし社会基盤を担っているからって調子に乗ってるんだぜ」
「たださえ、火縄銃の使用を許可しているのだ。これ以上、武装させる訳にはいかない」
霊夢、魔理沙、慧音が水瀬に対する嫌悪感を顕わにし、阿求もまた同意する。
「そうよね。妙に白々しいところもあったし……。間者に探らせるわ。次は土田家にいくわよ」
そして、一行は土田家へと向かった。そのタイミングで近くの屋根上で羽を休めていた鴉が翼を広げて飛び去った。
☆
鴉は里を抜け、里外の茂みの中へと降りていく。着地地点には茶色いブレザーを羽織ったおなじみの社会派記者が木陰にもたれかかっており、羽音が頭上に響いた瞬間、右腕を真横に伸ばして鴉を迎える。
「偵察ご苦労。成果はあった?」
記者の問いに鴉はカー、カーと鳴きながらジャスチャーで説明らしき行動を取った。ときおり、頷いたり、目を鋭くさせたりしながら数分間の報告を行わせる。
もう十分だと判断したのか、記者は鴉に餌を与えた上で上空へと解き放ち、再度偵察へ向かわせた。茂みの残った記者はこれまたおなじみの帽子の柄に手をかけた。
「狙撃犯の正体は未だ掴めず。さらに人里の権力者がよからぬことを企んでいるかもしれない、か……。笑えない冗談です。しかし――」
それを外す。晒されるのは黒色セミロングの髪と尖った耳、そして童顔。
「ジャーナリスト魂に火が点きますね」
射命丸文は静かに嗤った。