時間は阿求たち一行が土田家で話しているところに戻る。尊は酒場谷風の隣、舞花の自宅にいた。
鈴奈庵を出た彼はすぐに店先で掃除をしていた舞花と出会った。間髪入れず彼女から「杉下さんは大丈夫!?」と詰め寄られ、尊は狙撃時のことを教えられる範囲で伝えた。
立ち話もなんだということで舞花は尊を自宅に招き、お茶を出すことにした。彼もまた、そのほうが色々と話を聞けるだろうと誘いに乗り、今に至る。
軽い雑談を振って様子を窺いつつ、安堵からか胸を撫で下ろした舞花に尊が切り出す。
「今、狙撃犯を追っているんですけど、杉下さん狙撃の件で怪しいと思う人物はいませんか?」
「人物……? 犯人は人間なの!?」
「いや、それはまだ……。ただ、妖怪と人間。どちらの可能性も捨てきれないので質問されてもらってます」
「わかったわ。私の周りはきっと妖怪の仕業に違いないって囁いている」
「その理由は?」
「ご近所さんが噂していたけど、犯行現場周辺の民家の庭に何か落ちていたのよね。だけど、それ以外、どこからも痕跡が出ないんでしょ? だったら妖怪の仕業に違いないっていうのが周りの意見ね。
こんな殺し方、里の人にできる訳ない。そう言ってる。常連さんも似たり寄ったりだけど――あ、そういえば、さっき大通りでばったり会った、抗うつ薬おじさんが稗田さんは
閉鎖空間での情報の拡散は尋常じゃなく早い。尊が限られた人物にしか伝えていないにも関わらず、舞花にまで知られているのだから。しかしながら、それ以上に妖怪の報復や抗争といったワードが尊の刑事の勘を刺激した。
「襲撃や抗争……どういうこと?」
「稗田さん、というより昔から稗田家は複数の妖怪と繋がってるって囁かされていたの。おじさんはそれを快く思わない新参者に襲撃されたって睨んでいるんじゃないかな。確かに妖怪ってヘンな札片手に問題起こすから、無いとは言い切れないけど。……わざわざ里に入ってくるかな?」と舞花は首を傾げた。
「繋がり、ですか……」
阿求の動向を見る限り、妖怪と繋がりがあるのは明白だった。舞花の口ぶりからして里の人間はその辺りの事情をあまり知らないのではないか、と尊は勘繰る。
「彼女は妖怪の生態について詳しく記述された幻想郷縁起を執筆してますよね。妖怪との繋がりがないと書けないよな、アレ」
「前に稗田さんが幻想郷縁起の中身は慧音先生や知人のツテを使って妖怪と接触、取材して執筆したと言ってたわね。だから直接的な関わりはないらしいわ」
「なるほど……。ですが、どうして襲撃されなければならなかったのか」
その疑問に舞花は首を横に振って知らないと答える。すかさず尊がもう一つの説について訊ねた。
「もう一つの、妖怪同士の抗争ってのは?」
「さぁ、わからないわね。以前、それっぽい話を聞いたような気もするけど……」
「それ、思い出せませんか?」手を合わせながら尊が舞花に詰め寄る。
「って言われてもね。おじさんと話すのって営業中だけで、あの人、基本的に酔っぱらってるから適当に流しちゃうのよ。だって寒いでしょ? あの親父ギャグ」
「アハハ……」
ずばっと言うのが舞花の性格ではあるが、本人の持ちネタが寒いと一刀両断されるのはさすがに同情せざるを得ない。
「でも、何か思い出せませんか?」
「えー……」
「少しでもいいから」
あるわけないと言いたげだったが、尊が必死に頼んでくるので舞花は眉間に皺を寄せ、口元を押えながら記憶をたどる。数分後、彼女が口を開く。
「うーん……あぁ、お客さんが減って私とおじさんのふたりっきりのときだったわね。あの人『妖怪が里を牛耳るため、互いに牽制し合っているに違いない』って喋ってたかな……。たぶん、それ?」
「妖怪が里を牛耳るため、か――」
そう言って、尊はしばし考え込み、
「抗うつ薬おじさん。どこに住んでいるか教えて頂けませんか? 直接お話を伺いたいので」
「いいけど……あんまり質問攻めにしないでね。うつ病、悪化したら大変だから」
「わかっています」
舞花から住所を聞き、彼女に挨拶して家を出た尊はその足で抗うつ薬おじさんの自宅を目指す。
☆
尊がおじさんの自宅へ向かうのと同じ時、阿求たちは風下家の門前まできていた。
稗田家の屋敷に比べれば小さいが、いかつい雰囲気を醸し出ており、遠目から見てもヤクザの邸宅のような印象を受ける。
「いい、皆――ここは他の三家とは違うから、心してかかるのよ。余計なこと言っちゃダメ」
阿求が小声で忠告し、三人は無言で頷いた。一行が扉を叩き「稗田です。開けて下さい」と言うと門番が扉を開けて、屋敷へと招き入れる。
中に入ると見事な盆栽たちと鯉の住む池がある日本庭園が一行を迎えた。稗田家や白玉楼には及ばないにしろ、一行の目を引くには十分だった。
「結構、いいお屋敷ね」
「悪くない趣味だぜ」
霊夢と魔理沙は興味津々といった感じで案内されながらも視線を動かしてあちこち確認し、阿求と慧音を呆れさせる。玄関に案内されて靴を脱ぎ、長い廊下を歩き、客間へと到着し、案内役が掃除の行き届いた障子を開く。
そこには黒を基調する鶴の描かれた立派な着物をきこなし、白髪をのりで固めた老婆が正座で待っていた。
部下の声に老婆が反応して目を開くと、鷲のように鋭い眼光が解き放たれる。その圧力はすさまじく、妖怪との戦いに慣れている霊夢と魔理沙を狼狽えさせた。彼女らの姿に満足したのか、老婆は口元を緩ませ、
「よくいらしてくださいましたな。稗田はん」
「ご無沙汰しております、風下さん」
神妙な面持ちで老婆こと風下に接する阿求。周囲にはバチバチとした刺々しい空気が漂っていた。辺りがソワソワしているところを尻目に風下は「こっちに座ってな」と手招きし、用意させた座布団に四人を座らせる。
普段なら、胡坐をかくはずの魔理沙も今回ばかりは皆を習って正座を披露して、三人を軽く驚かせた。座ったのを見た風下が阿求へ話しかける。
「こうして少数で会うのは
「ええ、そうですね」
「幻想郷縁起の時?」と魔理沙が言い、霊夢も首を傾げる。
「色々あったのよ」
小声で言って聞かせる阿求だったが、風下が口をはさんだ。
「ウチは稗田はんと〈九冊目:幻想郷縁起〉の内容で揉めたんや。妖怪に忖度し過ぎた内容やったからな。ウチはどうしてもそこが納得できなかった」
そう語る風下に阿求が反応する。
「時代の流れです。仕方ない部分はあると何度も説明致しました」
「だからって里人が妖怪に興味を抱くような内容はあきまへん。見栄えのよい人物画なぞ持って他。妖怪と人間はどこまでいっても敵同士や。敵を美化するなぞ言語道断」
「美化などしておりません。客観的に描かせました」
「女ばっかりやったやん。あれじゃ、若い男や女どもが憧れてしまう。載せるにしても、もっと異形の怪物みたく描かせなアカンわ――ガキ共が引いてしまうくらいに」
「とは言いますが、インタビューに協力してくださった方々の大半が女性の人型妖怪でした」
「妖怪にとって性別や姿なんて飾りや。可愛くみせておるんやろ。昔から人を誑かすのが上手なんや」
「本性を見せないという部分はあるでしょうけど、私が接した限り、その大半が女性であったのは事実です」
「だから可愛く描いても問題ないか。困ったもんやな、里と妖怪の橋渡し役が妖怪側についとるなんて」
「私は人間側ですが?」
「どこがや。アンタが稗田家当主になってから、昼間から妖怪とその手下が堂々と歩くようになったやん。人の姿してるからって妖怪には変わりない。以前は深夜になってからこっそり買いものにやってくる程度やったんやで。それもこれも妖怪の作った
「スペルカードルールは画期的だったと思いますが?」
「確かに人、妖怪問わず、本気の殺し合いを避け、遊戯でケリをつけさせるってのは英断や。それは認めておる。しかしな、連中――時々、それを里の中でしおるやろ? 『人の姿してるから人間だ』なんていつまでも通せると思うんか?
勘づいているヤツはそれなりにおる。そういう輩がなんでアイツらが楽しそうに空飛び、里の内外関係なしに遊んで自分らは里の中でひっそりと恐怖に怯えて暮らさなあかんのやと不満を抱えて、道を誤る。易者の若造も、七瀬とかいう娘もそうだったんちゃうか?」
「それは……」と阿求は表情を曇らせる。
「言えんか。けど、態度で察しがつく。結構、近い線いっておるんやろ? 可哀想な話やで。これ、アンタの忖度の責任ちゃうの?」
「……」
目を逸らして無言を通す阿求に風下がため息を吐く。
「ま、禁忌を犯したのは事実やし、悲惨な結末迎えてもしゃあないわな。まったく、妖怪に近づこうなんてどこまでも愚かや。敵になるようなもんやからな。絶対に見過ごせん。そういった手合いはウチがアンタの立場でも
「「「――ッ!?」」」
その発言に阿求以外のメンバーが驚愕した。一体、この女はどこまで知っているんだ、と。皆の視線が風下に集中する。
「でも悲しいで。里の仲間、手にかけるようなもんやしな。アンタはどうか知らんけど」
「私だって人間です。思うところはありますよ」
阿求は半ば投げやりな態度で言ってのけた後、心底不満そうにふんっと強く鼻を鳴らした。その様子に風下はふふっと零しながら呆気に取られている三人を見た。
「とまあ、こんな感じでウチと稗田はんは意見が合わんのや。おかげで大層、嫌われておる」
そう説明した風下に阿求が噛みつく。
「嫌っているとは人聞きが悪い」
「事実やろ。こーんな小っちゃい子供の頃から定期的にここへ遊びにきてたやんか。それが最近はパッタリや。あーあ、あの頃はよかったなぁ。先代がいてアンタがいて。けれど、あのときのアンタも普通の娘とは違って、子供っぽくなかったっけな」
「前世から引き継がれる記憶があるものでして、子供のように振るまえないのです」
「その割にはウチの宝物庫へ案内すると、やたらはしゃいでいた気がするが」
「き、気のせいです」
と言いながら阿求は咳き込むが、
「そのときだけは目、キラキラさせてて可愛かったで」
「人の前です。あまり関係ないことを言わないで頂きたい!」
恥ずかしさのあまり、阿求は顔を赤らめながら風下に辞めるように詰め寄った。本人はケラケラと笑いながら、
「はいはい、わかったって」
と頷いた。話はいよいよ本題へと移っていく。