阿求たちが風下家で会談する中、尊は抗うつ薬おじさんの自宅を訪ねていた。
「よくきてくれたな。表の方!」
「あはは、どうも……」
屈託のない笑みを浮かべたおじさんは、壁のいたるところに大小様々な張り紙が貼られ、足の踏み場のないほど散らかった部屋に客人を招き入れた。
特命時代、お邪魔した陣川警部補宅と同等かそれ以上の汚部屋だったが、手がかりを掴むために尊は必死に笑顔を取り繕い、出された座布団に座って話を伺おうとするのだが。
「舞花さんからお聞き――」
「ところで紳士どのは大丈夫か!? 撃たれたのだろう!?」
「ご心配なく、適切な処置を受けたのち、永遠亭へ搬送されましたから。じきに回復するでしょう」
「それはよかった! 朱鷺鍋を頂いたお礼がまだだったからな。何かお返しを、と考えていたのだ」
「そうですか、きっと杉下さんも喜ぶと思います。それでなんですが――」
「朱鷺のお返しだから鶴のお返し――反物というのは如何かね?」
「はあ?」
尊が吹き出す。
「いや、だから鶴の恩返しというのがあるだろ? それを捻ったのだが難しかったか?」
「あ、そうですか」
もはや、親父ギャグでも何でもない単なるこじつけについていけず、尊は言葉を詰まらせた。彼はひとりはしゃぐ抗うつ薬おじさんを観察しつつ、話を切り出すタイミングを窺い続けた。
数分後、自問自答の末、お返しが決まらないおじさんが「紳士どのは何か貰ってうれしいものはないか?」と尊に訊ねる。その際、元部下が、
「自身の身体に風穴を開けた犯人の情報ですかね」
と答え、おじさんの興味を引くことに成功する。
「犯人の情報……? そんなものは持ってないが――」
視線を天井に移し、再び自分の世界へ籠ろうとするおじさんに尊が自身の疑問を強引に聞かせる。
「ここに来る前、舞花さんからお話を聞かせて頂いたのですが、あなたは彼女に稗田さんが
「ふむふむ! よくぞ聞いてくれた。解説しよう――少し待たれい」
そう言うや否や、おじさんはモグラのように紙の海へダイブ。周囲に散乱する大量の紙の中から複数の資料を取り出す。手書きのメモ、文々。新聞、その他もろもろの文献を片手に彼は熱弁を振るう。
「私の言う〝新参妖怪〟というのは幻想郷の結界外からやってきた外来妖怪や隣接する空間から訪れた住民、後は郷内で生まれたばかりの妖怪が相当するが、妖怪以外の人外も含まれる――だから〝新興勢力〟とも表現できるな。
この手の連中は自分の存在を主張すべく、過激な行動を取る傾向にある。大半はスペルカードと呼ばれるお札を片手にルールに乗っ取った決闘を始めるが、中にはルールを無視して行動する危険な妖怪もいる。そういった無法者が稗田どのを狙った可能性は大いにある」
「外来妖怪に隣接する空間の住民、郷内で生まれた妖怪……。具体的にどのような方を指すのですか?」
「外来妖怪なら吸血鬼などの西洋勢。隣接する空間の住民なら冥界や天界、地獄の勢力――亡霊の女王や天人、鬼が当てはまるな」
「郷内で生まれたばかりの妖怪というのは?」
「特定の方法で妖怪になった者を指す」
「特定の方法?」
「〝人を食う〟〝妖怪化の儀式を行う〟などの条件だ。これらはいくつかのパターンのごく一部であり、全てではない。新参者は加減を知らん連中が多いから、大規模な異変に繋がることも少なくない。その度、里は危険に晒されるが、博霊の巫女が解決する。これが一種の形式美となりつつあるな」
「確かに縁起を見る限り、霊夢さんが異変を解決して回ってますね。でも、どうして皆おとなしくしないのか……」
「生活のため、暇つぶし、自身の存在証明――様々だな」
「というと?」
「結界の外からやってくる連中は元いた場所から居を移してくる訳だろ? つまり生活に支障をきたしたからさ。だから自分たちが生活しやすいように移住先で環境を整える。住む場所がある隣接空間の住人は暇つぶし感覚で問題を起こして退屈を紛らわし、郷内で生まれたヤツは力を誇示または存在を認知してもらうべく行動を起こす」
「郷内で生まれた妖怪はどうして存在を認知させる必要があるんですか?」
「〝怖れ〟を得るためだろうか。これが無ければ妖怪は存続できない」
「妖怪の
「かもしれぬな」
「……」
バルバトスの挑戦状を確認している尊はおじさんの考察も満更ではないと評価――外来妖怪が幻想入りし、その領地を奪い取りにきたとする侵略説も現実味を帯びてきたが、表には出ていない情報なので、バルバトスの件を伏せながら会話を続ける。
「ですが、それだけだと何故、稗田さんが狙われたのかまではわかりませんね」
「外来勢の仕業ならば、脅しか挑発のどちらかだろうな」
「里に対してのですか?」
「幻想郷の妖怪に対してだな――『自分たちはルールを守らないぞ』そういう意思表示に取れる」
「既存の勢力が関わっている可能性は?」
「ほぼないだろうな。稗田どの由緒正しき生まれ。さらに稗田阿礼の生まれ変わりで地獄の閻魔さまに仕える徳の高いお方と聞く。閻魔様の側近を攻撃することは閻魔さまとの全面対決を意味する。力ある死神、鬼、霊が一斉に敵に回るのだ。これほど恐ろしいことがあるか? いくら妖怪とはいえ避けるはずだ」
「そう言われてみれば……納得ですね」
「これは、荒れるだろうなぁ。しばらく部屋に籠るしかなさそうだ。……掃除、しておくか」
「それをオススメします、ハハ……」
散乱する紙類を手に取り、肩を落とすおじさんに尊は乾いた笑いを添えて答える。時間が惜しい尊はすかさず、もう一つの説を訊ねる。
「次は
「わかった――しかし、あくまで私の憶測だ。現在研究中が故、あまり言いふらさないでくれよ」
自分は舞花に漏らしていたよな、と白けたような目でおじさんを見やるが、尊は流して対応する。
「は、はぁ――了解です」
尊が頷くと同時におじさんは彼に詰め寄り、耳元で持論を展開し始めた。
「幻想郷にいる妖怪や力ある者はなんだかんだ理由を作っては、里に干渉しようとしているように思われる」
「その根拠は?」
「
「勘……?」 尊がキョトンとする。
「確証がないのだ。けれど胸騒ぎがしてならない」
「どうしてそうお考えに?」
「表向き、里の中に妖怪はいない――とされるが時々、見知らぬ女どもが空を飛んでいるところが目撃されるし、里のど真ん中でスペルカードバトルを繰り広げたりする。
空中で攻撃し合う連中を指差して私が『アレは妖怪だぞ』と言っても大半の里人は『外からやってきた人間じゃないのか? 可愛らしいし』。妖怪じゃなければいいのかと訊ねても『人間ならいいんじゃないか? 仮に妖怪だとしても我々への敵意がなければ許容できる』と答えるのさ。
普通、空を飛ぶ人間なんていたら警戒するだろ? 妖怪と思わしき連中を里中で見かけたら恐怖するだろ? スペルカードが流行る前は大騒ぎだったのだぞ」
「どうして騒がなくなったんですか?」
「天狗新聞の影響だろうな」
「天狗新聞って文々。新聞ですか?」
「そうだ。定期的に妖怪の詳しい情報が里に撒かれ、皆が新聞に目を通すようになってから意識が変わっていったのさ。恐怖というベールに包まれた妖怪の生態が里人にも届く。中身はおぞましい内容が少なく、人間が見ても嫌悪感のない記事が多い。
些か、作為的に感じられるが、そのおかげで幻想郷の考察が捗るようになった。しかしながら私は怖くてたまらん。里から既存の価値観が薄れ、消えていくこの現状がな」
「参考になります。ただ、それがどう
「新聞を読めば読むほど、妖怪たちを含めた里外勢力は頭がよく、強かな者たちだと思い知らされた。妖怪にとって里は大事な場所だ。ここのところ、外来した新興勢力が増え、それぞれが何かしらの方法で里と関わりを持とうとしている。その流れに合わせるように既存の勢力も里にすり寄ってきている。妖怪はわがままな個人主義者の集まり。この状況を放っておくとは思えない。
そうなれば妖怪同士争うのは目に見えている。この疑問を稗田どのや白沢どのにぶつけても『考え過ぎですよ』と言われてまともに取り合ってもらえない。そうこうしているうちに狙撃事件が起こった。疑わずにはいられんのだ。対立のもつれが原因なのではないか、とな」
抗うつ薬おじさんは項垂れながら、右手で額を押さえた。白玉楼で右京から考察を聞かされていた尊は彼のことを笑う訳でもなく「なるほど」と、頷くにとどめた。
しばしの間、両者とも無言のまま、考え込んでいる。おじさんは今後の不安、尊は犯人へと繋がる手がかりを。そして、尊が独り言のように、
「もし、稗田さん狙撃の犯人が
「なんと!? そんなこと――」
とおじさんが声を荒げるが、尊は意に返さない。
「あなたは誰が怪しいと思いますか? 外来人でも里の人でも誰でも構いません。挙げてみてください。あなたから聞いたとは口外しませんから」
「どうしてそのようなことを訊くのだ!? 人間が稗田どのを攻撃するなど――」
「仮定の話です。ぼくはこうみえて表で警察やっている身なので事件を多角的に見る癖がついてるんです。先入観は時に捜査を妨げるし、場合によっては冤罪を生むきっかけにもなる。決定的な証拠が見つかっていない以上妖怪、人間を問わず、疑わなければならない」
「……」
もっとも過ぎる意見におじさんはぐうの音も出ず俯き、口を閉ざした。やはり里の仲間を疑いたくないのだろう、と尊は解釈し、申し訳なさそうに悩むおじさんに言った。
「すみません。今のは忘れてください。……時間も頃合いなのでぼくはこれで失礼します。貴重なお話、ありがとうございました」
これ以上、負担を掛けるのは舞花との約束を破ることになると判断した尊が軽く頭を下げ、立ち上がった。家の外に出るために踵を返したとき、おじさんがドンっと立ちあがった。
「待ってくれ――心当たりが、ある」
☆
ところ変わって風下家。阿求と風下家代表の会談は続いていた。話の主導権は完全に風下が握っており、あの阿求が珍しく振り回されている。
ときに厳しい意見、ときに思い出話、ときにまるで関係ない話題。緩急をつけた独特の語り口も相まって誰もペースを合わせられない。そんな印象だった。
黒色の袴を着たガタイのよい男に自らの煙管を持ってこさせ、一行の許可を得てから火を点け、そっと吹かす。煙を吐き終わった彼女はチラリと一行を見やってから笑った。
「しっかし、改めてみるとすごい顔ぶれやな。博麗の巫女と雑貨屋の娘に寺子屋の先生。部下からアンタらの到着を聞いた時
「そんな訳ないじゃないですか……」阿求は戸惑った。
「わからんやろ? 時代は変わったんやから。ウチみたいな頭の堅いヤツはいつ消されてもおかしくない」
「数十年も前から里に尽力している方々にそんなことできませんよ」
「その言葉が本当なら嬉しいな。けど、それでいいのかとも思う」
「え?」
意味深な言葉を呟く老婆に阿求が目を丸くし「それはどういう意味ですか?」と訊ねるも本人は「それはいいとして」と軽く流す。
「そろそろ本題に入ろうか? ここにきた理由、それは狙撃事件の件やろ?」
「そうです。心当たりは――」
「ある」と風下は断言して「知りたいか?」と続けた。
阿求はコクンと頷く。すると風下は廊下のほうを見て「あっちに六畳一間の個室があってな」と煙管の先を向ける。
「こっから先はウチとアンタ――ふたりっきりで話さんか?」
「「「な!?」」」
周囲に動揺が走った。それは阿求たちだけではなく、近くで話を聞いていた風下の部下たちも同様だった。寝耳に水と言わんばかり、護衛と思われる黒服の男たちが即座に近寄り、
「代表、それは危険です! ソイツらがもし武器でも持たせたりしてたらどうするんです!?」
その物言いにカチンときた魔理沙がすかさず物申す。
「なんだと!? それを言い出したら、てめえらのほうが危険じゃねえか!! 阿求のヤツは身体が弱いんだ――いくら相手が年寄りとはいえ、取っ組み合いになったら負けちまう」
その言い分に目つきを鋭くした黒服が言い返す。
「あぁ? 何、代表を侮辱してんだよ、親不孝者の癖によ」
「あぁん? どういうことだよ?」
「魔法に魂を売って、あっち側についた女だって言ってんだよ?」
「あっち側だぁ!?」
「里、抜けてそこの〝妖怪巫女〟とつるんでる裏切り者だっつってんだよ。とぼけてんじゃねえぞ、妖怪の飼い犬どもが!!」
「んだと、てめぇ!!」
普段から気にしていることを言われ、さらに親友まで侮辱され、これ以上ないほど腹を立てた魔理沙が懐に手を伸ばし、八卦炉を取り出そうとした。
「ちょっと魔理沙!!」
霊夢が慌てて魔理沙を制止するのだが、それと同時に風下の部下たちも懐に仕込んだ獲物をチラつかせ、一触即発の状況に陥る。そこへ――、
「やめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」
鬼神の如き怒号が轟き、周囲の者たちの時間が止まったようにピクリとも動かなくなった。声の主は風下である。風下は妖怪とも見間違うほど、鋭い睨みを効かせて部下を一喝する。
「誰が、客人相手にドス出せと教えた? とっととしまえ」
「しかし――」
「しまわんかい!!!! これ以上、恥かかせたら、しばくぞゴラァ!!」
「す、すんません!!」
獲物をしまった黒服たちは心底怯えたような目をしながら、そそくさと定位置に戻っていく。その光景に四人は顔を引きつらせた。外野が静まったところで風下は阿求に言った。
「すまんな。ウチの部下が無礼を働いた」
「こちらにも非があります。何卒、お許しを」
謝罪を済ませた風下が魔理沙を見る。
「別に取って食おうという訳やない。ただ、部外者抜きにして話したいんや」
「部外者? 私らがか?」
「そやで。普段から里の外で生活してる連中と半人半妖の先生。誰が妖怪に漏らすかわからんからな」
「私と魔理沙はわからなくないけど、この先生まで……?」と霊夢は腑に落ちない様子だった。
それは慧音も同じだった。
「私のことも信用してくださらないのですか?」
「話が話やからな。アンタが真面目にせんせーやってはるのは知ってるけど、どちらかと言えば、妖怪側やろ?」
「どうしてそう思われるのですか?」
「文々。新聞に出てたアンタの取材記事を見てそう思った――特に歴史を妖怪側から語ったところは見逃せんかった。アレは人間に慕われている妖怪が喋っていいことちゃう。反乱分子を増やすだけや」
「それは……」
「付き合いも多少なりともあるんやろうけど、知ってしまった以上、腹割った話はできん。ええな?」
「……」
どこか思うところがあるのか、慧音は無言のまま俯いた。
「で、稗田はん――どうする?」
「お受けします」と阿求が即答。他の三人を驚かせた。
「そか。ならいこうか?」
「はい」
一対一の話し合いへ身を投じる彼女を魔理沙が「本当にいいのか? せめて服のチェックくらい」と助言するも阿求は必要ないと断る。未だ自分を信用しない魔理沙に風下はこう言い切った。
「もしこの人に何かあったら、ウチは晒し首になってもええし、部下たちも里の外へ追放してもらってもいい。もちろん風下家も解体――財産は里のものや。父ちゃんが表から持ち込んだ宝もあるさかい。かなりの額になるで。これでも信用できへんか?」
「うぐ……」
ここまで啖呵を切られたら、さすがの魔理沙も黙るしかなかった。異論が出なくなり、客間が静かになったところを見計い、阿求を連れて客間から少し離れた個室で改めて話し合った。
一時間後、真剣な顔つきをした風下と阿求が個室を出て、客間に戻る。そこでは霊夢たち、特に魔理沙と黒服の男が不機嫌そうに睨み合っていた。風下はそれを愉快そうに眺めつつ、
「話は終わったで」
「色々なお話をお聞かせいただき感謝申し上げます。皆、失礼するわよ」
阿求はペコリとお辞儀してから三人を連れて客間を去ろうとする。風下も部下と一緒に阿求たちを玄関まで見送る。その帰り際、風下が阿求に念押しするように言った。
「ウチの言ったこと、忘れんようにな」
「はい」
その会話ののち、風下家を出た一行は、その足で真っ直ぐ稗田家まで戻った。