相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第8話 人間の里にて その2

 寺子屋に到着した三人はその正面スペースで村の子供と遊ぶ若い女性の姿を目撃する。

 

 女性は薄く茶色掛かったくせ毛気味のミドルヘアーに柄物のシャツとジーンズを穿いていた。容姿は少し幼く見えるが綺麗な顔をしている。右京は彼女が裕美だと確信した。

 

 突然、現れた来客を不思議がって、寺子屋から違う女性が出てきた。水色のメッシュが入った白髪に、アレンジが施された青いワンピースを着た聡明そうな人物だ。彼女は紳士の隣にいる少女たちへ詰め寄る。

 

「二人とも、この方は?」

 

「表からやって来たお巡りさんだ」と魔理沙。

 

「お巡りさん!?」

 

「そうだ。手紙の謎を追っているらしい」

 

「手紙!?」

 

「後、美味しい紅茶を入れてくるのよ」と霊夢。

 

「紅茶!?」

 

 訳が分からず、女性の顔は魔理沙と霊夢の顔を行ったり来たりしている。

 このままだと可哀想なので右京が簡単な自己紹介を始めた。

 

「僕は杉下右京と言います。表の日本からやって来ました。裕美さんとお話しさせて頂けませんでしょうか?」

 

 お巡りさんと聞かされた上、裕美と話をさせて欲しいと頼まれた女性は彼女が表で何かしたのかと勘違いしだす。

 

「ゆ、ゆ、裕美さんが、何かしたんですか!?」

 

 気が動転している女性を前に右京はいつものトーンで語り掛ける。

 

「いえ、そういうことではありません」

 

「では、どういったご用件で!?」

 

 慌てふためく女性に魔理沙と霊夢は苦笑する。

 

「落ち着けよ先生……」

 

「皆、こっち見てる……」

 

 女性は振り返ると子供たちと裕美さんがこちらを凝視している姿を捉え、恥ずかしさのあまり赤面する。

 

「申し訳ない……」

 

「いえいえ、僕たちの配慮が足りませんでした。こちらこそ、申し訳ない」

 

「そうだぞ、おじさん」

 

「いや、主にアンタと私のせいだと思うけどね……」

 

 巫女の皮肉を魔女は華麗にスルーする。

 

 刑事は女性に「ただ、同じく表から来た人間としてお話を伺いたいだけですのでご心配なく」と告げて、裕美の元へ向かい、ホッと胸をなでおろした女性は二人と立ち話を始めた。

 子供たちに囲まれる裕美に右京が挨拶する。

 

「初めまして、裕美さん。僕は杉下右京と言います。すでにご存じかも知れませんが、表の世界からやって来た警察官です。ですが、あなたを逮捕しようとなど考えている訳ではありませんので、ご心配なく」

 

「あ、はい……」

 

 緊張から身構えるも逮捕されないと知った途端、裕美は安堵から、深くため息を吐く。やはり、一般人にとって警察という肩書きは相当なプレッシャーを与えるのだろう。

 

 彼らは場所を寺子屋の室内に移してから会話を再開させる。

 裕美は戸惑いながらも経緯を話した。

 

 本名、神崎裕美(かんざきゆみ)。二十二歳で今年大学を卒業したばかりで、塾の講師として働いていたが、その綺麗な容姿からか教え子に人気があり、態度悪い生徒からしつこく連絡先を聞かれたりしていたそうだ。

 

 上司に相談しても全く相手にされず、さらには彼女の容姿に嫉妬した先輩女講師から悪質な嫌がらせを受けるなど散々な目に遭い、四か月で仕事を辞めてしまう。

 

 事情を親に話すと厳しい父親は激怒し、しばらく帰って来るなと彼女を拒絶。

 彼女はアルバイトなどで生計を立てていたが、激しい虚無感に襲われていた。

 

 そのような日々が続く中、気晴らしにとハイキングへ出かけ、その途中で幻想郷の無縁塚に入ってしまった。

 彼女もまた幽霊やネズミたちに取り囲まれて死の恐怖を味わうが、通りすがりの女仙人に助けられ、寺子屋の先生の計らいによって、ここで働かせて貰っているとのことだ。

 

「もう、ここに来て二か月になりますが、とても楽しいです。私が勤めていた塾の子供たちは生意気な子が多かったんですけど、ここの子たちは皆、素直でいい子ばかりで」

 

「確かに素直そうな子が多いですねえ」

 

 右京が寺子屋の室内から外を覗くと、魔理沙と追い駆けっこする子供たちの姿があった。

 彼らは楽しそうに遊んでおり、その姿は現代人二人の心を癒す。

 

「表の子供たちは文明の利器に浸り過ぎたせいか、斜に構えてしまっているところがあります。しかし、彼らにはそれがない」

 

「本当に素直なんですよ! だから、私、嬉しくって……」

 

 淳也同様、裕美もまた、幻想郷にやって来て幸せを手に入れた一人だった。

 右京が先ほどと同じ問いを投げ掛ける。

 

「お聞きする必要もないかも知れませんが――裕美さんは今、幸せですか?」

 

 裕美は即答した。

 

「はい!」

 

 その元気な返事に刑事は納得したように頷く。

 

「それはよかった」

 

 しばらく雑談をした後、右京は裕美に手紙を見せた。

 

「この手紙をご存じありませんか?」

 

 手紙に書かれた文章を眺めた後、彼女は首を傾げた。

 

「知りません……。私、こんな綺麗な字じゃないですし」

 

「そうですか。この字を書いた人物に心当たりは?」

 

「特にないですね」

 

「なるほど。お時間を取らせて申し訳ない」

 

「私も刑事さんとお話できてよかったです!」

 

「ありがとうございます」

 

 互いに礼を言い合ってから二人は寺子屋の外へと出る。

 裕美を見つけた子供たちが駆け寄り、遊び相手になってと急かす。

 それに苦笑いしながらも彼女は快く応じた。右京は遠ざかって行くその後ろ姿を微笑ましく見守る。

 そこに先ほどの女性が現れた。

 

「先ほどは、すみませんでした。私は上白沢慧音(かみしらさわけいね)。この里の寺子屋で教師をしている者です」

 

 上白沢慧音は白沢と人間のハーフでありながらもこの里で活動する珍しい存在である。

 妖怪の血を持つ者は警戒される傾向にあるが、彼女は昔から人里を守って来た実績により、里の人間から信頼されているそうだ。

 右京も裕美から彼女の話を聞かされ、興味を抱いていた。

 

「はい、裕美さんからとてもお優しい先生だとお伺いしました」

 

「や、優しい……ですか!? いや、裕美さんのほうが優しいと思いますが」

 

「そんなことはありませんよ。あなたは困っている表の日本人に居場所を提供しているのですから」

 

「そのくらい当然です。特別という訳では……」

 

「そう言えてしまう辺り、あなたの徳の高さが伺えますねえ。御見それいたします」

 

「ど、どうも……」

 

 慧音は顔を赤くしながらペコっと頭を下げ、すぐに表情を切り替えて右京に質問する。

 

「ところで……彼女たちから聞いたのですが、謎の手紙の主を探しているそうですね?」

 

「ええ、このような文章が書かれていたのですが」

 

「拝見させて頂きます」

 

 渡された手紙をパサッと開き、中身を確認する。

 現代の日本語に理解があるのか、慧音は内容を読み取ってから状況を整理する。

 

「なるほど、この手紙が表のとある神社で発見されたと」

 

「僕はこの手紙が幻想郷で書かれた物だと思っております」

 

「それも“表の日本人”が幻想郷内で書いた……と」

 

「そうです」

 

 慧音は頭の回転がよい。すぐに刑事がここへ足を踏み入れた理由を察した。

 

「それで、杉下さんはこの手紙を書いた人物を探している最中にこちらへ迷い込んだのですね?」

 

「無縁塚に出てしまいました」

 

「しかし、無事生還したと」

 

「まぁ、そういうところですね」

 

 魔理沙たちから話を聞いた時、慧音はそんな訳があるかと、疑っていたが、目の前の紳士の冷静さを見るに、あり得ない話ではないな、と受け入れる。

 

「……手紙の主は見つかりそうですか?」

 

「まだ手掛かり一つ掴めていません」

 

 慧音は顎に手を当てながら考える。

 

「私の知人にも表の人間を保護する活動を行っている方が居るのでそちらにも聞いてみますね」

 

「ありがとうございます」

 

 右京はそう答えると、茜色に染まりつつある空を見上げた。

 

「後、話を聞いていないのは酒場の敦君だけですねえ」

 

「敦君? ああ、酒場の店員をやっている子ですか」

 

「ご存じで?」

 

「妖怪の山で保護された彼を私が引き取りましたので」

 

 妖怪の山とは幻想郷に存在する妖怪が住んでいる山を指す。表の技術を取り入れ、独自発展を遂げた空間は幻想郷のパワーバランスの一角を担うほどの影響力を持つと言われる。

 そこに迷い込んだ敦が何者かに保護されて慧音のところに送られてきたらしい。

 

「そうでしたか! 彼は今日も酒場に居ますかねえ?」

 

「居ると思います」

 

「そうですか。では、これからそちらに伺わせて頂きましょうか」

 

「でしたら、早めに行かれた方がよろしいかと。夜は酒場も込むので」

 

「ご忠告ありがとうございます」

 

 右京は慧音との会話を切り上げ、付き添いの二人を伴い、最後の日本の外来人が居る酒場へと急いだ。

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